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2014.4.18
キッシンジャー機密文書を入手 米国が警戒した日本の核武装、右傾化
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機密文書NSSM210が出る3年前、佐藤栄作内閣時代の1971年4月15日、キッシンジャーは対日政策検討を指示する
同NSSM122を出していた。沖縄返還後の日米関係を睨み、対応を洗い出す内容だ。これを受けてNSCが作成した報告書に、
「われわれはどのような日本を望むべきか」という項目がある。その中の提言で「核兵器保有は日本の安全保障に
寄与しないと信じ込ませるべき」としていた。
さらにキッシンジャーは、佐藤内閣から田中内閣に移っていた1973年3月7日、再び対日政策を検討する
機密文書NSSM172を発した。ここで彼はもっとストレートに「日本が核保有に動いた場合、米国の取るべき立場は何か」と問いかけた。
文面からは米国政府首脳の警戒心がひしひしと伝わる。同盟国であるはずの日本がまるで敵国のようだ。
その背景には当時の日米の新たな緊張があった。
1971年7月、リチャード・ニクソン大統領は電撃的な中国訪問を発表した。キッシンジャーが密かに根回しした成果で、
東西冷戦下、世界秩序を揺るがす大事件だった。文字通り、日本側には寝耳に水で「ニクソン・ショック」と呼ばれた。
そのわずか1カ月後、今度はニクソンは金とドルの交換停止を含む新経済政策を発表した。これも戦後の国際経済体制
を変える内容で「ドル・ショック」と形容された。