18/03/31 23:09:10.66 0XeXzN3o.net
隙だらけだから自分語りさせてくれ
10代→両親の希望する一般大ではなく芸術大行きたくて家出される
仕方なく新聞屋の専業で金ためつつ、同僚にいた底辺の生き方を見知る
逆に、すんごい才能で苦情一つもなくバシバシ営業してくる先輩に感動する
ちなみに都内チャリ配達(350~400軒)
20代→紆余曲折で大学を諦め、パチ屋の住み込み ここでも頑張るすごい人、ダメ人間を知る
20代後半→紆余曲折で渡米 板前修業に入る
待遇は超絶ブラック 繁忙期は週7日勤務 でも親方の技術はピカイチな日本人だったので耐える
6年かけて「今ならどこでも通用するだろ」との言葉で卒業を決意
他都市の新規開店にコネ無しで参加
3年後、紆余曲折で今の職場に引き抜かれる その際、休みや給料は(アメリカ基準の常識範囲で)こちらの要求がまるまる通る
現在は連続した週休2日が固定、国内の休日は定休、長期休暇アリ(店の買い上げでも可)で年収600万超えるぐらい
「飲食はブラック」という人がいるが、閉店がある以上おかしな残業はありえない
また、時間外労働を嫌うオーナーのため、物理的に無理な仕事があれば人が増える
メリットは、自炊含めた食の技術、食事タダ、家安い(リフォーム庭付き一軒家1千万程度から)
業者通して日本の食材を買わせてもらえる(都市部の日系ストアに行く必要が無い)など
共働き当たり前なので、妻が自分の半分程度�