14/05/28 05:19:04.98 cIlvlVj7
454 :神も仏も名無しさん:2014/05/28(水) 03:04:13.98 ID:+Wb53ynK
>>449
西村さん。
君の話しがどこでカルト生命教と一致してしまうのかわかるかな。
ストライク!!!です、同感。
空想哲学ですなw。
463:にしてつ ◆oZtcZx4E.M
14/05/28 05:37:16.94 QZ6vQZnl
>>456
質問の答えになっていないよ。
戯論とは何か。どういうメカニズムで一切の言説が戯論になるのか、どういう過程を辿りどの段階でそうなるのか。
テキスト丸写しで誤魔化さずにあなたの言葉で言ってみて。
回答お願いちゃん^^
464:神も仏も名無しさん
14/05/28 05:38:07.79 EpzGiat9
涅槃とは安寧の境地を指すのだが、今となっては
なんのこっちゃほとんどわからん。
ただ、安寧という言葉がある限り体験者は涅槃に到達したと思われる。
寂静と安寧の違いはイメージ上の温度差にある。寂でなければ静でもない。
諦め感も確かにあった。自然という運命に身を任す状態といっていい。
あとは満足感。これは不満足を取り除いた境地で間違いない。
解脱時にそれはさらに強くなる。
つまり何が言いたいかというと人間というのは忘却という便利な機能を
有している。忘却により不満足という苦は取り除くことができる。
煩悩を滅却できないと嘆く人がいたが、決してそんなことはない。
465:神も仏も名無しさん
14/05/28 05:51:32.44 EpzGiat9
無我・非我=無自性=自然現象=空=真我=仏
つまり仏教とは釈迦の教えを指すのではなく、真我の教え。
全人類が有している普遍性のある教えと思っていい。
466:神も仏も名無しさん
14/05/28 05:53:18.50 P0jlgzlT
忘却は智慧ですね。
諦め感とは、期待を滅した状態。
これも智慧です。
467:神も仏も名無しさん
14/05/28 05:57:12.64 EpzGiat9
戯論というのは頭の中のおしゃべりです。
頭の中のおしゃべりが苦なら止めることももちろんできるが、
苦でないなら、しゃべり倒していい。俺はその手法を取った。
しゃべり倒せば疲れて自然に戯論は滅する。そのリピートでいい。
468:神も仏も名無しさん
14/05/28 06:05:13.35 cIlvlVj7
>戯論とは何か。どういうメカニズムで一切の言説が戯論になるのか、どういう過程を辿りどの段階でそうなるのか。
テキスト丸写しで誤魔化さずにあなたの言葉で言ってみて。
回答お願いちゃん
代弁すると何度言うが、まず、
>形而上とは現実から離れていること。現実の条件に規定されない存在。意識や概念が現実とかかわりなく存在するとするならそれは形而上。
形而下というのは要するに現実のこと。意識や概念も、現実の条件に規定されるものならば、形而下の意識や概念である。
は人間の思考回路を対象する場合、両方ともありえない。
469:にしてつ ◆oZtcZx4E.M
14/05/28 06:24:50.16 QZ6vQZnl
>>468
では、形而上・形而下とは?
470:神も仏も名無しさん
14/05/28 06:32:25.47 cIlvlVj7
お前の書いた文章をコピペしたんだ、とぼけるな!!
根本の姿勢が間違っているな、誠意ゼロだな、君は。
471:にしてつ ◆oZtcZx4E.M
14/05/28 06:48:05.55 QZ6vQZnl
>>470
まず>>468については、戯論とは何か、どういうメカニズムで一切の言説が戯論になるのか、どういう過程を辿りどの段階でそうなるのかという問いの回答になっていない。 回答を。
それから>>470について。とぼける、ってどういうこと?こちらの主張をきちんと理解している?
私は一般的な形而上・形而下の定義を提示しただけだよ。
第一に、そこに反論があるかどうか聞こう。
そして私は、そこに対して実はそんなものは存在しない、って言ってる。
全て(形而上だと思ってるのも)形而下オンリーで、形而上というのは形而下の概念に過ぎない、と言ってる。
形而上という能記が指すところの所記にレフェランは無い、と。
第二に、これに反論があるかどうかを聞こう。
じゃあ回答お願い。
472:神も仏も名無しさん
14/05/28 06:53:32.22 cIlvlVj7
人間の脳の思考システムと動物の脳の思考システムが同じだと思っているようだね、君は。
形而上・形而下の定義から垣間見える。
君の脳じゃ職人の技も、形而上・形而下の定義できるんだろうねえ。
473:○
14/05/28 06:56:14.10 82dAIx6x
>>426
>何の効果も無いオカルト真光は許せるのか?
疑団:何も効果が無ければ100カ国に主に口コミで広がり100万人以上が手かざしをしようか。
474:神も仏も名無しさん
14/05/28 06:56:42.34 cIlvlVj7
職人の技に関して、その職人に君の戯論の形而上・形而下の定義で語ってみたら?
確実に、「なにタワゴトいっているんだ?」
と言われるだろう。
職人の技は存在でもなければ、概念や、規定するものではない。
ポランニ―兄弟のどっちだったけw「暗黙知の次元」はw
475:神も仏も名無しさん
14/05/28 07:08:24.48 mGWPHWYW
>>366(にしてつ)
>理解という言葉が気に入らなければ悟る、でもいい。
よくない。
分別対象化思考(想い)そのものの放棄・解脱がブッダのコペルニクス的転回だったのだから。
曰く、『ウバシーヴァよ。あらゆる欲望に対する貪りを離れ、無所有にもとづいて、その他のものを捨て、
最上の<想いからの解脱>において解脱した人、─かれは退きあともどりすることなく、そこに安住するであろう。』(Sn.1072)
ゆえに、理解も悟りも、仏法ではありえない。
>>471
>戯論とは何か、どういうメカニズムで一切の言説が戯論になるのか、どういう過程を辿りどの段階でそうなるのか
横槍だが、
広義で、分別対象化思考(想い)を戯論という。
相対分別対象化思考による一方への固執(我執着)が<集>(四諦の苦しみの原因)である。
>全て(形而上だと思ってるのも)形而下オンリーで、形而上というのは形而下の概念に過ぎない、と言ってる。
これとて分別対象化思考(想い)でしかない。
476:にしてつ ◆oZtcZx4E.M
14/05/28 07:11:14.27 QZ6vQZnl
>>474
> 職人の技に関して、その職人に君の戯論の形而上・形而下の定義で語ってみたら?
> 職人の技は存在でもなければ、概念や、規定するものではない。
職人の技、というのは何かを為す行為能力を言ってるの?
行為能力は形而下の条件に規定されているよね。
寿司職人の技は、まず伝統という形而下条件に規定され、職人の育成環境という形而下条件に規定され、体調や材料や様々な形而下条件に規定されているよね?
逆にどういう職人の技が形而下に規定されていない?
477:○
14/05/28 07:12:43.32 82dAIx6x
>>472
>人間の脳の思考システムと動物の脳の思考システムが同じだと思っているようだね、君は。
横レスですが、人間の細胞も単細胞生物も細胞分裂を行っており、1つの細胞は1つの先端工場に匹敵するほど偉大です。
また霊魂の有無は横においておいても、遺伝子(ゲノム)上で数%しか違いが無くても、その数%が脳神経に関わるものであればシナプス結合の複雑を生じたのが人間でしょう。
478:戯論と机上空論
14/05/28 07:20:48.86 82dAIx6x
本スレをROMしていてよく思うことですが、戯論と机上空論との差があまり意識されていないようです。
我執、思いつきや妄想から生じる戯論はすぐに論理矛盾が生じて住人各位から突っ込まれます。
しかし言語論理世界での机上空論は論理矛盾が少ないので是認されてしまうことも多いようです。
帰謬法が縁で起こった産物をありのままに観じれば机上空論ですが、気付かれないようです。
479:神も仏も名無しさん
14/05/28 07:40:37.90 mGWPHWYW
>>478
>帰謬法が縁で起こった産物をありのままに観じれば机上空論ですが
意味不明
480:にしてつ ◆oZtcZx4E.M
14/05/28 07:46:50.89 QZ6vQZnl
>>475
> 分別対象化思考(想い)そのものの放棄・解脱がブッダのコペルニクス的転回だったのだから。
無分別は空、だけど空⇔色なんだよ。空⇔色と色⇒空とは違うよ。
>理解も悟りも、仏法ではありえない。
違う。私が彼に「戯論とは何か、どういうメカニズムでどういう過程を辿りどの段階で一切が戯論になるのか 」という問いを投げかけているのはそのことでもある。
彼は回答をはぐらかしているけれどね(笑)。
481:写真とベン図
14/05/28 07:46:58.36 82dAIx6x
ベン図(ヴェン図、Venn diagram)とは、複数の集合の関係や、集合の範囲を視覚的に図式化したものである。(Wiki)
例えば『四句分別』は言葉では難解ですが、ベン図だと一目瞭然です。
譬え話ですが、心霊写真を馬鹿にしたある男がベン図『四句分別』を有難がって後生大事にしておりました。
そこに小中学生がやって来て、心霊写真を見て「おー!」と騒ぎ、ベン図を見て「だからどうよ?」との反応。
アホなのは小中学生の方でしょうか。
482:神も仏も名無しさん
14/05/28 08:07:10.22 mGWPHWYW
>>480
>無分別は空、だけど空⇔色なんだよ。空⇔色と色⇒空とは違うよ。
これとて(還滅された)戯論でしかない。
無分別は分別が無い、しない、ということではなく、←これは分別を対象とする『想い』だ
分別そのものが不立(のような様相)の示唆だ。
>違う。
語りえぬことには、沈黙しなければならない。
説似一物即不中