【国際】「日本と14年間戦って勝った」という中国の弱味 「逃げ回って正解」と公言した毛沢東が邪魔? [01/23]at NEWSPLUS
【国際】「日本と14年間戦って勝った」という中国の弱味 「逃げ回って正解」と公言した毛沢東が邪魔? [01/23] - 暇つぶし2ch1:◆CHURa/Os2M@ちゅら猫φ ★
17/01/23 13:46:46.81
2017.1.23 07:00
★【野口裕之の軍事情勢】「日本と14年間戦って勝った」という中国の弱味 「逃げ回って正解」と公言した毛沢東が邪魔?

共産党軍の役どころは、国民党軍の矛先を帝國陸海軍に向けること。
この陰謀の悪臭がプンプンする「汚れたフンドシ戦略」を練ったのは、
初代国家主席・毛沢東(1893~1976年)だった。
毛沢東の発言録や戦略論は既に世界中に出回っており、中国共産党お得意の
粉飾・ねつ造は本来なら不可能。現代の中国共産党が「抗日戦勝利」を主張する度に、
毛があの世よりさまよい出て、真実を公表してしまう。

ロクに戦っていないのに「日本に勝った」と、国内外に言いふらしてもいるが、
まさか「相撲」なので「不戦勝がある」などと開き直りもできまい。
歴史を「洗浄」しても、歴史にこびりついた臭いは消えないのだ。
それにしても、「戦勝国」が自国に有利な歴史を創った先例はままあるが、
「傍観国」のケースは寡聞にして知らない。

■1万2500キロを逃げまくった共産党軍の健脚

柳条湖事件が満州事変へとつながると、国民党軍総司令官・蒋介石(1887~1975年)は
共産党を「内憂」、帝國陸海軍を「外患」とみなし、共産党を排除した後、帝國陸海軍に
対処する《安内攘外》戦略を樹立。国民党軍は共産党軍を潰走させた。共産党軍は《長征》
と呼ぶが、中国大陸を西へ北へとグルグルグルグル、2年もの間、1万2500キロを逃げまくった
健脚には驚嘆する。

その後も、国民党軍が共産党軍に軍事的勝利を収め続けたが、
帝國陸海軍との戦闘が本格化(=支那事変)すると、国民党軍は深刻な損害を被った。

URLリンク(www.sankei.com)

国民党軍はたまらず、帝國陸海軍に対抗すべく《第二次国共合作/1937年》を成立させる、
過ちを犯した。帝國陸海軍が与えた国民党軍の損害以上に、国民党軍が与えた共産党軍
への損害は存亡を左右するほど壊滅的だったからだ。「共産党の謀略」に乗せられ、
蒋介石は拉致され、まんまと国共合作を呑まされた。

国民党の軍費・弾薬援助も手伝い、共産党軍は蘇生。逆に国民(党)政府は合作後も、
主要都市を次々に帝國陸軍に占領されていく。毛沢東は帝國陸軍が国民政府の
首都・南京を陥落させると祝杯の大酒をあおり、大はしゃぎしている。

「共産党の謀略」は、国民政府支配下の主要都市が陥落を重ねる中、
毛沢東が1938年に主張した《持久戦論》に色濃くにじむ。
しかも、共産党系軍が最後まで日本に勝てなかった動かぬ証拠まで歴史に刻んだ。
持久戦論は以下の前提に立つ。

《日本は軍事・経済力ともに東洋一で、中国は速戦速勝できない。
だが、日本は国土が小さく、人口も少なく、資源も乏しい。
寡兵をもって、広大な中国で大兵力に挑んでいる。
一部の大都市/幹線道路を占領しうるに過ぎず、長期戦には耐えられぬ。
敵後方で遊撃戦を展開し、内部崩壊を促せば、最後に勝利する》

持久戦論によると、戦争は3つの段階を踏む。

(1)敵の戦略的進攻⇔自軍の戦略的防御(1937~38年)

(2)彼我の戦略的対峙 敵の守勢⇔自軍の反攻準備期間(1938~43年)

(3)自軍の戦略的反攻⇒敵の戦略的退却⇒殲滅(1943~45年)

URLリンク(www.sankei.com)

ところが、(3)段階に当たる1944~45年にかけ、帝國陸軍は50万の兵力で
対中戦争最大の作戦《大陸打通作戦》を実行し、戦略目的達成はともかく、
作戦通りの地域を占領した。結局、支那派遣軍は1945年の終戦時点でも
100万以上の兵力を有し、極めて優勢だった。第二次世界大戦(1939~45年)
における帝國陸海軍の戦死者240万人の内、中国戦線での戦死は46万人。
(3)で言うところの「反攻」「殲滅」などは夢物語だった。

数字や持久戦論が何を示唆するかは歴然としている。

(以下リンク先で呼んでください)

URLリンク(www.sankei.com)


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