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★引き揚げ名簿に「命のビザ」杉原千畝氏も 外交文書公開
斉藤寛子2017年1月12日10時08分
外務省の定期的な外交文書公開が12日に始まった。敗戦による外交権停止で
外交官が世界各地から引き揚げる際の名簿に、ナチスからユダヤ人を救うため
リトアニア領事代理として「命のビザ」を発給した杉原千畝(ちうね)さん
(1900~86)と家族の名があった。
杉原さんは終戦時はルーマニア勤務の3等書記官で捕虜収容所に収監。
「在ルーマニア公館員引揚予定者」などの文書によると、46年11月に
ブカレストを発ち、陸路モスクワからシベリアを経て中国・大連へ。
47年4月に「恵山丸」で博多港に着くまで半年かかった。
杉原さんに関する著書がある外交史研究家の白石仁章(まさあき)さんは
「詳しい帰国状況は不明だったが、三男が7歳で亡くなったのは帰国後
間もないとわかった。長旅がつらかったのではと胸が苦しくなる」と話す。
杉原さんの妻幸子(ゆきこ)さん(資料では雪子)は生前の著書で、
引き揚げの一行はソ連を移動中に各地で収容所に留め置かれ、
呼び出された夫が拘束されないか心配したと記している
URLリンク(www.asahi.com)
日本敗戦に伴いルーマニアから引き揚げた外交官らの名簿。杉原千畝氏と家族の名があり、「昭和二十二年四月十五日午後八時 帰京」とある
URLリンク(www.asahicom.jp)
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