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★「ひとみ」のデータが天文学に与えるインパクト
天文衛星ひとみの遺産
2016.7.15(金) 小谷 太郎
2016年2月17日(日本時間)に打ち上げられたX線天文衛星「ひとみ」について、
「空前絶後の高精度、日本のX線天文衛星がすごすぎる」および、
その痛ましい続報「『ひとみ』に何が起きたのか」にて、紹介いたしました。
打ち上げからわずか1カ月後の3月26日、ひとみはミスと不運の連鎖により回復不能の損傷を受け、
運用は断念されました。
ひとみの機体は現在も軌道上を周回していますが、電力が復活する見込みはありません。今後何年もかけて、
わずかな大気との摩擦によって徐々に高度を下げ、最終的には大気圏に突入して燃え尽きると予想されます。
しかしひとみの観測装置は、短い期間ですが、試験的な天体観測を行ない、選ばれたいくつかの天体のデータを
地上に送り届けていました。そしてその最初の成果が2016年7月7日付で『ネイチャー』誌に発表されました。
この論文が示すのは、ひとみの革新的な観測装置が、見たこともないような天体データを次々に出して、
天文学の常識を覆していく性能を持っていた、ということです。
ひとみのデータがX線天文学に与える(はずだった)インパクトを、ここに解説しましょう。
今回発表されたのは、「SXS(Soft X-ray Spectrometer)」という装置を用いた「ペルセウス銀河団」の
観測データです(URLリンク(www.nature.com))。
SXSは超高精度でX線光子のエネルギーを測定することができ、特に期待されていた観測装置です。
現時点では、まだ機器の性能を引き出すための「較正(こうせい)」は充分ではないのですが、
それでもSXSの桁違いの高性能が現れています。
URLリンク(jbpress.ismedia.jp)
上の図をご覧ください。真ん中に美しいペルセウス銀河団の画像が目立ちますが、これはSXSのデータとは
無関係で、図の下の方にあるギザギザした白黒のグラフがSXSによる分光データです。
(*配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらでグラフをご覧いただけます。URLリンク(jbpress.ismedia.jp))
どこが圧倒されるポイントがなかなか分かりにくいですが、実はこのギザギザのとがり具合がSXSの圧倒的性能の現れなのです。
X線天文の研究者はこれを見て、
「Helium-like ironのKα輝線が分かれて見える!」
と圧倒的に驚くのです。
この論文の著者は「Hitomi Collaboration」とされていて、215人のメンバー名が末尾にアルファベット順に挙げられています。
X線天文学の論文は著者名が増える傾向にあるのですが、それにしてもこれは記録的な数です。
先代のX線天文衛星「すざく」の検出器論文は、143人だったので、1.5倍ということになります。
『ネイチャー』誌は長すぎる著者リストを嫌うといわれていますが、異例の論文です。
問い合わせ先はメンバーのうち、英国ケンブリッジ大のアンドリュー・C・フェビアン教授になっています。
(非常に話が明晰で上手な方です)
フェビアン教授はあらゆるX線天体を大変な勢いで研究しているのですが、銀河団は特に得意な天体です。
銀河団とは、たくさんの銀河が寄り集まった「もの」です。
そもそも銀河はたくさんの恒星が寄り集まったものなので、それがさらに集まった銀河団は、想像困難なほど
巨大な代物です。宇宙最大の天体と呼ばれます。
銀河団は、銀河の他に高温ガスを含みます。X線で銀河団を観測すると、この高温ガスがぎらぎら光って見えます。
特に銀河団の中心部分で明るく光っています。
これほど強烈なX線を発すると、高温ガスはどんどん冷えて縮んでしまうはずです。そうするとそこへ周囲から
ガスが流れ込むだろう、とフェビアン教授らは主張しました。これは「クーリングフロー説」と呼ばれます。
ペルセウス銀河団は私たちの銀河系から距離およそ2.4億光年、銀河団の中でも特に近くて、X線で観測しても
目立ちます。その中心部には超巨大ブラックホールを有する銀河NGC1275があって、これが銀河団内へ
ジェットエンジンのようにガスを噴射しています。(以下リンク先で読んでください)
URLリンク(jbpress.ismedia.jp)