16/04/16 18:22:33.54
★ラジオと放送法 辛坊治郎さんと吉田照美さんに聞く
聞き手=松沢奈々子・永持裕紀2016年4月14日04時01分
政治的公正さを巡り、やれ圧力だ、萎縮だ、果ては電波停止だと騒がしい昨今のテレビ。
だが同じ放送法のもとにありながら、ラジオでは、わりと自由に政治が語られている。
ラジオ番組を持つ2人に聞く。放送法をどう考える?(聞き手=松沢奈々子・永持裕紀)
■辛坊治郎さん(ニュースキャスター)
首相の安倍晋三さんとは、関西のテレビ番組に何度か出演をお願いしている縁で、
ラジオにも2月の聴取率週間に合わせて出てもらいました。
理由は後で話しますが、放送法4条は危険な条文であり、撤廃すべきだというのが、
私の持論でして、番組の放送前に安倍さんに直接、4条撤廃論をぶつけたんです。
すると「いいですねえ! そうしましょうよ。その代わり、電波をオークションにかけますよ」
と言うんです。
これは強烈です。「痛いところをついてくるな」って感じです。というのも、放送局が放送法4条の
撤廃を言い出さないのは、現状で十分、経営的にもうかっているからです。4条を撤廃する代わりに
電波割り当てが自由化されたら、放送局は困るんですよ。
放送法4条は「政治的公平」「報道は事実をまげない」などの倫理規範を設けています。
これは電波の独占利用という特権と引き換えに、放送局に条件を課したものです。
言論の自由を守るための規定という解釈は間違いです。新聞の自由を守るために、
新聞法が必要ですか。言論の自由は、憲法で保障されています。
高市早苗総務相が放送局の電波停止の可能性に言及しましたが、あの発言が国会で問題に
なったこと自体、違和感がありますね。答弁は役人が書いていて、野党側もあの質問をしたら、
ああいう答えが返ってくると分かっている。安倍政権が、実際に停波を言ってくることはない
でしょうけど、将来の政権が、この条文をたてに言論に強烈な縛りをかけてくることだってあり得る。
だから30年来、私は放送法4条は危険だと言い続けています。
そもそも、放送免許は各新聞社の傘下の放送局に与えられたものです。間接的に新聞にプレッシャーを
かける形なんです。でも、だからと言って、新聞が何かに萎縮したり、権力におもねったりすることは
ないですよね。放送局も同じです。現場の人間で、そんな圧力を感じながら仕事をしている人はいません。
テレビにとっての最大の関心事は視聴率です。首都圏のラジオは2カ月に1回、聴取率を調べるだけ
ですけど、私はそれは、あんまり気にしていません。
ラジオではしゃべりたいことをしゃべっています。私のような放送局出身の人間は、放送法をたたき
こまれますから、ここまでは許容範囲、これを超えるとアウト、という感覚は本能みたいにすり込ま
れています。「よくそこまで言いますね」と言われますが、限界がわかっているから、文字で起こせば
問題のない表現で、ぎりぎりで止まれる。でも、我々の仕事はニュアンスで、どうにでも伝えられる。
テレビなら、眉の動かし方一つで変えられるんです。多メディア化が進み、インターネットで放送が
十分できる時代に、放送局にだけ政治的公平を義務づけるなんて時代遅れでしょう。
安倍政権になって、メディアの縛りが厳しくなったと言う人がいますけど、私はまったくそうは
思いません。民主党政権では、私が大阪のテレビ番組で「鳩山由紀夫首相は宇宙人だ」と言っただけで、
東京の政治部を経由して「二度と言うな」とクレームが来ましたよ。
私がはるかに問題だと思うのは、近年、社会が不寛容になりつつあることです。インターネットによる
監視社会になって、言論の許容範囲や限度が狭まっていると感じています。ヘイトスピーチなんて
ひどいものが出てくると何とかしたくなる気持ちはよく分かるけど、やっぱり安易に言論を制約
することについて、私は反対です。言論の自由は、民主主義社会の根幹です。言論なんて、
いい言論も悪い言論も両方あっていい。社会が健全ならば、悪い言論は淘汰(とうた)されて、
いい言論が残るんですから。(聞き手・松沢奈々子)
(以下リンク先で読んでください)
URLリンク(www.asahi.com)