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2016.3.20 05:03
★【産経抄】南京事件しかり、慰安婦しかり…教科書は度の強い眼鏡を掛けた大人の見解を盛る器ではない
3人で行動すれば、その中に手本となる人がきっと見つかる。孔子はそう説いたという。
〈子の曰(いわ)く、我(わ)れ三人行なえば必らず我が師を得(う)〉(『論語』岩波文庫)。
よい人からは長所を学べばよし。よからぬ人の短所もわが身を律する鏡になろう、と。
▼人の物差しは年とともに伸縮する。多情多感な若者のそれは、たわみやすい。
ましてや中国、北朝鮮が近隣にあり、平和の概念が転換を迫られる時代でもある。
形の定まらぬ若者の価値観を逆手に取り、大人のレンズで事の本質をゆがめて見せるのは禁じ手だろう。
▼平成29年度から使われる高校教科書の、検定結果が公表された。見解の分かれる事柄を取り上げる際、
政府見解や確定判決に触れ、バランスに配慮を-。文部科学省が新たな検定基準を適用した今回も、
地理歴史や公民で偏った見解に基づく記述が目立ったという。
▼「日本が世界のどこででも戦争ができる国になるのかも…」。ある出版社が集団的自衛権に触れた
修正前の記述である。生徒に誤解を与えるとの意見がついて直されたが、「誤解」だけで済むのか。
臭気に満ちた思想の誘導を嗅ぎ取るのは小欄だけではあるまい。
▼南京事件をめぐる記述しかり、慰安婦の「強制連行」しかり。教科書は度の強い眼鏡を掛けた
大人の見解を盛る器ではない。価値観のよりどころとなる相手を学校で「一人」しか持てぬ高校生に、
濁りのない目で物事を見てもらう。検定はせめてもの一助であろう。
▼人生に対して抱く深い興味は人の心を富ませる。それが勉学の報酬だと、
英国の哲学者ミル(1806~73年)は説いた。その導き手に怪しげな者がいかに多いか。
誰が言ったか「教育もまた、教育を必要としないだろうか」とは至言である。
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