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★マイノリティへの配慮は必要?
2015.07.03 11:05
●[対談]乙武洋匡×宮本エリアナ「マイノリティを考える」(3)
乙武洋匡: 僕は『五体不満足』の出版以降、一貫して「みんなちがって、みんないい」
というメッセージを発信し続けてきました。僕は障害者だし、エリアナさんはハーフですよね。
だからそれぞれ、自分が当事者である部分のマイノリティについては意識を鋭く持っていると
思うんです。なおかつ、だからこそ自分が当事者ではないマイノリティ問題についても
積極的でありたいし、理解者でありたいと思っている。
宮本エリアナ: はい。同感です。
乙武: ただ、そう思っているにもかかわらず、何の気なしに自分の口から出た言葉が
人を傷つけてしまったことがあって、最近ちょっと考えさせられたんですよね。
宮本: 何があったんでしょう?
乙武: 僕は昨年4月から、「グリーンバード新宿」というゴミ拾いのボランティア団体の
代表を務めていて、その活動にはLGBT(性的少数者)の方もよく来てくれるんです。
参加者のなかに、体は女性だけどメンタリティは男性という方がいて、その人の存在を
ちゃんと認識していたはずなのに、何十人かで集合写真を撮るときに何気なく
「女の子は前の方に並んで」という言葉が出てしまった。もちろん誰かを傷つける意図は
まったくなかったし、LGBTの人がいなければ何の問題もない言葉だったのかもしれません。
でも、その人がいるとわかっていて、わざわざ「女の子」という言葉を使う必要があったのか。
もう少し配慮があれば、ほかの言い方があったんじゃないかと、すごくショックを受けたんです。
宮本: うーん…私のまわりにもLGBTの方は多いんですが、私は考えが逆で、
たとえばレズビアンの人に特別に気を遣うっていうことが嫌なんですね。さっきの話だと、
「女の子は前の方に…」と言われたなら、自分のことを女と思っている人は前へ行けばいいし、
男だと思っている人は後ろに行けばいい。そこに特別な気遣いがないことが、一番の平等だと
思うんです。私自身、こうしてハーフとして生まれてきましたが、何よりも“普通に接してほしい”
というのが一番の気持ちですから。
乙武: なるほど、言われてみるとそうかもしれないですね。別の言い方があったのではないか、
と悶々としてしまうこと自体が気の遣いすぎで、特別視してしまっていることになるわけだ。
宮本: そういうことを考えなくていい社会になってほしいなって、強く思います。
たとえば海外ではハンディキャップを持った人のモノマネをするコメディアンがいて、
それを観て笑ったりもするんですけど、日本でそれをやるとおそらく「差別的じゃないの?」
って言われるじゃないですか。一方で、私がミス・ユニバースに選ばれると「黒人なのに」
って言われてしまう。どちらのケースも、違っていることが普通になれば、こうはならないと思うんです。
乙武: なるほどね。そういえば、ちょっと前から役所やメディアで「障害者」という言葉を
「障がい者」と表記するようになっているんですよね。それは社会に対する「害」という
イメージをつけてはいけないという意味合いなんだけど、一律に障害者に対してはこうしちゃ
ダメだという風潮には、僕も疑問を感じます。そのことに傷つく人もいれば、傷つかない人
だっているわけだし、ひとくくりにカテゴライズするのはどうなの? って。
宮本: 人それぞれ傷つくポイントは違いますからね。
乙武: 一般的にはほめ言葉とされている「背が高い」という言葉だって、子供の頃から
背が高いとからかわれてきた人にとっては傷つく言葉かもしれない。本来コミュニケーション
ってそういう一対一の関係で、この人にはこう言っていいのか、どうなんだろうって
思いやることが大切だと思うんですよね。
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