15/05/11 14:20:37.44
★【安倍政権考】明らかに米国の態度が変わった…韓国圧力、「歴史修正主義者」レッテル覆した米議会「スタンディングオベーション14回」
2015.5.11 11:00
安倍晋三首相は先の訪米で、日本の首相として初めて米議会上下両院合同会議で演説し、
米国から高い評価を勝ち取った。敵対国から同盟国になった日米両国の「心の紐帯(ちゅうたい)」
を訴え、新時代の日米関係へ導いた演説は、歴史的成果として日本外交史に刻まれるはずだ。
■演説後も称賛
安倍首相の演説「希望の同盟へ(Toward an Alliance of Hope)」は
約45分にわたった。実は予定していた時間より5分オーバーしている。首相は本番を前に何度も
予行練習を重ねていた。それでも予定時間に収まらなかったのは、聴衆が立ち上がって拍手を送る
スタンディングオベーションが14回もあったからだ。
このスタンディングオベーションは米議員団の「外交儀礼」と冷ややかな見方がある。
それは確かに否めない。だが、その称賛は演説後でも明らかだ。
演説を終え、議場を引き揚げようとする首相の回りに人だかりができ、多くの議員が演説をたたえ、
握手を求めた。中にはサインをねだる議員もいたという。おかげで首相は10分以上も議場から出られなかった。
演説場所となった下院本会議場は500人を超える両院議員で埋め尽くされ、2階の傍聴席もほぼ満席だった。
その多くの米議員らが演説を「評価」したのは間違いないだろう。
「みなさま、いまギャラリーに、ローレンス・スノーデン海兵隊中将がお座りです」
スノーデン氏は先の大戦で米海兵隊大尉として中隊を率い、硫黄島に上陸した。
傍聴席のスノーデン氏が立ち上がると、議員団は再びスタンディングオベーションで敬意を表した。
90歳を超えるスノーデン氏に寄り添い、腕を支えていたのが首相の盟友、新藤義孝前総務相だった。
新藤氏の祖父は硫黄島で旧日本軍を率いた栗林忠道大将。
70年の時空を超え、かつて敵同士として憎み合った日米の「心の紐帯」を体現するシーンだった。
首相は「これを歴史の奇跡と呼ばずして、何をそう呼ぶべきでしょう」と呼びかけた。
さらに首相は演説の直前に立ち寄った第二次世界大戦記念碑のエピソードを披露する。
「神殿を思わせる、静謐(せいひつ)な場所でした。耳朶(じだ)を打つのは、噴水の、水の砕ける音ばかり。
一角にフリーダム・ウォールというものがあって、壁面には金色の、4000個を超す星が埋め込まれている。
その星ひとつ、ひとつが、斃(たお)れた兵士100人分の命を表すと聞いたとき、私を戦慄が襲いました」
「金色(こんじき)の星は、自由を守った代償として、誇りのシンボルに違いありません。
しかし、そこには、さもなければ幸福な人生を送っただろうアメリカの若者の、痛み、悲しみが宿っている。
家族への愛も」
「真珠湾、バターン・コレヒドール、珊瑚海…、メモリアルに刻まれた戦場の名が心をよぎり、
私はアメリカの若者の、失われた夢、未来を思いました。歴史とは実に取り返しのつかない、
苛烈なものです。私は深い悔悟を胸に、しばしその場に立って、黙とうを捧(ささ)げました」
「親愛なる、友人の皆さん、日本国と、日本国民を代表し、先の戦争に斃れた米国の人々の魂に、
深い一礼を捧げます。とこしえの、哀悼を捧げます」
首相は先の大戦について「悔悟」と表現して犠牲者に哀悼の意を捧げ、歴史を直視する姿勢を
揺るがせにしなかった。米国内に広がりつつあった首相に対する「歴史修正主義者」という
懸念が払拭されたのは、このときの議員団によるスタンディングオベーションが立証している。
これを苦々しい思いで見ていたのが、歴史認識で首相をののしってきた韓国である。 >>2へ続く
URLリンク(www.sankei.com)