15/03/31 15:40:30.27
★安保法制は「戦争法案」ではない 中国の脅威を無視する人たちの“ありえない”前提
2015.03.31
自民・公明両党は安全保障法制の骨格について合意した。
一部の野党は「戦争法案」と批判しているが、安保法制を整備すると本当に戦争に近づくのだろうか。
安保法制の骨格は、自衛隊の海外活動での3原則である(1)国際法上の正当性(2)国会の関与
などの民主的統制(3)自衛隊員の安全-の下で、自衛隊の活動について、(1)武力攻撃に至らない
グレーゾーン事態対応(2)他国軍への後方支援(3)国際的な平和活動(4)集団的自衛権
(5)邦人救出-の5分野などで広げる。
これらを一つ一つみれば、国際常識からいっても戦争になるようなものではない。
むしろ、国際協力の観点から遅きに失したものもある。他国軍への協力といっても、
グレーゾーン事態への対応では、相互主義の下で、やらないといえば国際的には非常識になる話だし、
後方支援も、日本に重大な影響を与える場合なので、やらないというわけにはいかないところだ。
こうした当たり前のことに懸念を持つ人は、一国平和主義者か、米軍が一方的に守ってくれるはず、
という自国にだけ好都合で国際的にはありえない前提を持っているのだろう。
集団的自衛権も、国内法における個人の正当防衛のように、自己または他人が権利侵害されたときに
行動するわけで、他人の権利侵害を見過ごしていいわけでない。そうした利己的な人は自分が
やられたときに他人は助けてくれない。一国だけで平和が達成できるほどに強大な国家でなければ、
集団的自衛権でまとまった方が安全であり、防衛コストは安くつく。しかも、その方が国家として安全になる。
戦後、日本の再軍備を過剰に心配した米国が、日本の軍事力を弱体化させるために一方的な防衛義務を
甘受したのが、日米安全保障条約だ。戦後の日本にとって、これは渡りに船だった。軍事にコストを
かけずに、経済政策に特化することができ、戦後の高度成長につながった。
ところが、冷戦構造の終わりとともに、米国が日本の防衛費負担に根を上げはじめた。
日本も国際関係の中で、相応の負担を考えざるをえなくなった。
実は、米国は日本の他にも韓国、フィリピンと似たような相互安全保障条約を締結している。
しかも、韓国もフィリピンも日本と似たような戦争否定の憲法を持っているが、
いずれも集団的自衛権は議論の余地なく行使可能だ。日本だけが、再軍備への懸念で
米国から特別扱いを受けてきただけなのだ。
それも、もうなくなろうとしている。にもかかわらず、安保法制に懸念を持つ人たちは、
戦後の冷戦当時の恩恵を当然のように思っている。しかも、米国の退潮に加えて中国の脅威が
現実に存在しているという事実を無視している。
国際情勢の変化を読めないで安保法制の整備に反対するのであるから、整備するよりも日本を
危険にさらす危険性の方が大きいだろう。 (元内閣参事官・嘉悦大教授、高橋洋一)
URLリンク(www.zakzak.co.jp)