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中国が唱える「新型の大国関係」に米国は惑わされるな
2015年03月19日(Thu) 岡崎研究所
アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)アジア研究部長のブルーメンソールが、
Foreign Policy誌ウェブサイトに2月11日付で掲載された論説において、米国が中国の言う
「新型の大国間関係」を受け入れることは誤りであり、米中関係は伝統的な大国間関係である、
と論じています。
すなわち、習近平が米中間における「新型の大国間関係」を提唱することは、非難できない。
習の観点からすれば、中国が責任の負担や、力の競争、ありうべき紛争をせずに、
米国が中国をアジアの主要国として受け入れるよう要求するのは理に適っている。
愚かに振る舞っているのは、オバマ政権である。
「新型の大国間関係」の考え方は、ソ連共産主義の崩壊、既存の大国による新興勢力の野望の
阻止という二つの歴史的事実への中国共産党の強い懸念に由来している。習はこうした事態を回避し、
国家主義復活の先導者としての共産党の正統性を確かなものにするとともに、封じ込めから逃れようとしている。
しかし、中国がグローバルな責任を負うことなく立場を強めることは、米国の利益にならない。
さらに、米国は、中国のレトリックを受け入れることが競争と紛争の可能性を低めるかのごとく考え、
中国の立場を認めるような愚を犯すべきではない。米中関係のいかなる新しい定式化も、
米中間の安全保障上の競争激化を消し去りはしない。
習の枠組みが受容されつつあることは、19世紀以来の米国の対中政策の非生産的な側面を
浮き彫りにしている。それは、米外交における「中国例外主義」とでも呼ぶべきものである。
米国は、中国を夢想的に捉え、不可能な期待を膨らませてきた。しかし、「中国例外論」を
信じれば信じるほど我々はより多くの失望を味わわされる、というのが歴史の教訓である。
国際関係についての中国のスローガンはアメリカ人の耳に心地よく響くが、
中国は外交政策の原理における例外などありはしない。
中国は、力と名声を高めつつある、ありふれた一党独裁国家に過ぎない。対中関係は、
極めて競争的となり、経済的利害により影響を受け、異なる政治的価値が対立することになろう。
これは旧型の大国間関係である。米国の対中政策は新たなスローガンを必要としない。
必要なのは、紛争という手段を用いずにパワーと影響力をめぐって競争しながらも協力分野を探す、
よく計算された外交政策である、と論じています。
出典:Daniel Blumenthal,‘Old Type Great Power Relations’(Foreign Policy, February 11, 2015)
URLリンク(foreignpolicy.com)
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米中関係を覇権国と台頭する新興国のパワー・ポリティクスと捉えるのは、リアリスト的見方としては
常識的なものです。その意味では、この論説は、新しい論点を提起しているわけではありませんが、
「新型の大国関係」というものは存在せず、そのような中国のスローガンに惑わされるべきではない、
との論旨は的を射ています。このような議論が米国の専門家の間でいまだに真剣に議論されているところに、
ややもすれば中国を「夢想的にとらえる」米国人の限界があらわれていると見るべきでしょう。
習近平は「太平洋は米中の両国が共生するのを受け入れるだけの広さがある」と言いましたが、
その見方の中にこそ、中国側の真意が見えています。これは、胡錦濤時代の末期に解放軍将校が、
米国防長官に対し、米中はハワイを起点にして、太平洋の東側を米国が、西側を中国が分割して
管理してはどうか、と述べたことと軌を一にしています。 >>2へ続く
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