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★【直球&曲球】「諜報機関にしか情報は交換しない」と蹴られた元日本大使の絶望
2015.3.5 14:30
湾岸戦争の時、ふと新聞に目をやると「イエメン日本大使公邸に爆弾」との見出しが飛び込んできた。
背筋が凍りついた。当時、父は日本大使としてイエメンに赴任していた。その頃、日本政府は多国籍軍に対し、
約130億ドルの資金援助を表明。親イラク感情の強いイエメンで対日感情が悪化するのではと
囁(ささや)かれていた。そして、最も恐れていたテロが起きた。手榴弾(しゅりゅうだん)が
大使公邸に投げ込まれ、爆発したのだ。父は不在であったが、母は2階でじっと身を潜めていた。
家族が狙われた湾岸戦争は僕にとっても衝撃的であった。
外務省を退官した父に心残りはあるか、と尋ねたことがある。しばし沈黙の後に
「外交で最も大切とされるのは『情報収集』だが、わが国では基本的に重要視されなかった」と呟(つぶや)いた。
湾岸戦争の時、日本の新聞に「イエメン、外務省前に50万人規模のデモ」
「イラク軍の戦闘機がイエメンに避難か」と報じられると日本の政治家や外務省が慌てふためいた。
しかし、それらの報道は臆測でしかなかった。メディアの報道に国が振り回されている姿を見て、
「独自の情報を持っていないからだ」と情けなかったそうだ。
また、あるアラブ諸国の諜報員と接触し、情報を探ろうとした父は、「諜報機関は諜報機関を相手にしか
情報は交換しない」とかわされたそうだ。日本には独立した諜報機関がない。父は主に各国大使館や
イエメン政府から情報を集め、本省に伝えていたが、高度な情報収集には限界を感じていた。
そして、ガッカリさせられたのは本省からも高度な情報を求めてこなかったことだ。
国の根幹であるべきはずの安全保障を米国に頼り続けてきた日本の「成人していない姿」
をそこに見たのかもしれない。
「イスラム国」による邦人人質事件においても情報を他国に頼っている状況では限界があっただろう。
国家による情報収集のあり方を真剣に議論すべきだ。日本にとっての脅威は何もテロ集団だけではなく、
近隣諸国が含まれていることを忘れてはならない。
◇
【プロフィル】野口健
のぐち・けん アルピニスト。1973年、米ボストン生まれ。亜細亜大卒。25歳で7大陸最高峰
最年少登頂の世界記録を達成(当時)。エベレスト・富士山の清掃登山、地球温暖化問題、戦没者遺骨収集など、
幅広いジャンルで活躍。著書に『世界遺産にされて富士山は泣いている』(PHP新書)など。
URLリンク(www.sankei.com)
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