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★【後藤さん殺害映像】「日本人人質『殺害』」(上)の1 交換場所も協議…期待むなしく
2015.2.2 06:07
「日本がテロに屈することは決してない。中東への食糧、医療などの人道支援をさらに拡充していく」
安倍晋三首相は1日朝、後藤健二さんを殺害したとみられる動画が公開されたことを受け、
繰り返しこう強調した。1度目は記者団に、2度目はその後の関係閣僚会議の場でのことだ。
今回のイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」による日本人殺害脅迫事件で、
政府は「人命最優先」を掲げてきた。とはいえ、殺害を予告して身代金や人質交換を
要求する悪逆な手口に、そのまま従う選択肢は初めからなかった。
「日本人の命が大切だからといって、50人以上を殺害したテロリスト(サジダ・リシャウィ死刑囚)
を交換で釈放してほしいとヨルダンに求めるわけにはいかない。それをやるとダッカ事件以下になる」
首相は周囲にこう語っていた。ダッカ事件とは昭和52年、日本赤軍が日航機を乗っ取り、
収監中の仲間の釈放と身代金を要求した事件だ。このとき、首相官邸の判断で釈放された
1人はその後、インドネシアでテロ事件を起こしたのだ。
テロリストを安易に解き放つと、新たなテロを招きかねない。
首相としては、ダッカ事件の轍(てつ)を踏むわけにはいかなかった。
「政府は人質の救出に全力を尽くすが、彼らは自らの意思で現地に行った。
日本国内から意に反して北朝鮮に拉致された拉致被害者との間には、一線がある」
こう指摘する政府高官もいた。外務省関係者は「あくまでヨルダンの対応に委ねるしかなかった」と実情を明かす。
政府は、日本的発想が通用しないえたいの知れない相手に、暗中模索のオペレーションを強いられた。
「邦人が解放されるよう懸命に取り組んだ」
岸田文雄外相は1日、記者団にこう強調したが、
関係国に情報収集や折衝の多くを頼らざるを得ない限界を露呈したのも事実だ。
政府が後藤さんを殺害したとされる映像を確認する約6時間前の1月31日午後11時15分ごろ、
菅義偉官房長官、加藤勝信、世耕弘成の両官房副長官が相次いで官邸を後にした。
政府高官は「明日(1日)は午後遅めだ」と周囲に漏らしていた。
政府は31日深夜の時点で翌早朝の展開は予期していなかったことになる。
「イスラム国」と直接の接点、パイプを持たない政府にとって、情報収集は困難を極めたのだ。
隣国のヨルダンに現地対策本部を置いたが、犯行グループの拠点があるとされるシリアに外交拠点はない。
外務省は内戦激化に伴い平成24年3月、在シリア大使館を一時閉鎖していた。
このため首相はヨルダン、トルコなど関係国の首脳との個人的な信頼関係を最大限に活用した。
「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」の成果のひとつで、世界有数の諜報機関を持つイスラエルとも
緊密に連携したほか、米国や英国からも多くの情報提供を受けた。
「わが友、シンゾー、どうしたんだ。全面的に情報を渡す」
トルコのエルドアン大統領は協力を求める首相にこう約束し、実際に多くの情報を提供したという。
政府はこのほか、ヨルダン国王の親族らのイスラム国とのパイプも活用し、
一時は人質交換の場所や人数についても協議した。
ヨルダン政府は、イスラム国に拘束されている自国の軍パイロット、モアズ・カサスベ中尉の
解放を重視する姿勢を取り続けてきた。しかし、実際にはパイロットと後藤さんはセットで
交渉しており、2人の解放に向けリシャウィ死刑囚以外の複数の拘束者の解放も検討された。
このため、日本政府内でもいったんは後藤さん解放に期待が高まったが、イスラム国側が
人質交換の場所を何度も変更するなど曖昧な態度を取ったこともあり、後藤さん救出には至らなかった。
◇
日本人2人が殺害されたとみられる、イスラム国による卑劣なテロ事件。日本および各国はどう対応したのか。
有効な対策はあるのか。3回にわたって検証する。
URLリンク(www.sankei.com)
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