【社会/三重】熊野の「竹原八郎屋敷跡」に”敵襲” イノシシで土塁崩落 [14/05/09]at NEWSPLUS
【社会/三重】熊野の「竹原八郎屋敷跡」に”敵襲” イノシシで土塁崩落 [14/05/09] - 暇つぶし2ch1:( ´`ω´) ★@転載禁止
14/05/09 03:45:43.99 0
■熊野の「竹原八郎屋敷跡」に”敵襲” イノシシで土塁崩落 三重 [14/05/09]

 南朝の忠臣、竹原八郎が一三三一(元弘元)年に大塔宮護良親王を迎えたとされる熊野市神川町の
竹原八郎屋敷跡(市指定文化財)の土塁が、イノシシの襲撃により崩落が進んでいる。四方を土塁で
囲んだ「方形城館」で、南北朝時代の遺構として価値は高い。敵の襲撃には抜群の防御機能を誇ったが、
獣という伏兵には苦戦気味だ。 

 人口三十三人の過疎集落、神川町花知(はなじり)の外れに、背丈を超える土塁が一辺ごとに四十
メートルほど続く。屋敷跡の更地は花知神社として引き継がれ、大正期に土塁の一部を切り開く形で
参道が設けられた。中のお社には竹原八郎らが祭られ、十一月三日に例祭が営まれる。

 花知神社総代の前田光義さん(83)によると、近年はイノシシが屋敷跡の土塁を掘り返すようになり、
特に西側の土塁の崩落が進んだ。過疎化で獣の生息範囲が集落まで広がったことが原因。二〇一二年
以降、住民が土塁の欠けた箇所に土を盛り、獣の侵入を防ぐ網を張ったため、一時的に被害は
やんでいる。北側の土塁は北山川に面していたため、大部分がすでに崩落。一一年の紀伊半島豪雨で
川が増水し、屋敷跡の敷地の一部が削られた状態になったという。前田さんは「屋敷跡は祭りの場であり、
住民にとって思い入れは深い。獣が集落や神社を荒らすことは残念だ」と話している。(後略)

URLリンク(www.chunichi.co.jp)
URLリンク(www.chunichi.co.jp)
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URLリンク(www.chunichi.co.jp) 中日新聞(CHUNICHI Web) 2014年5月8日 配信
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