25/07/29 22:26:49.26
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[1970年9月5日]83万人を超える入場者を記録した日
夜になると帰りの電車に乗ろうと駅に向かう人で中央口付近は大混乱
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[1970年9月5日]期間中最多の83万5832人の入場者数を記録し,人で埋まる大阪万博の会場
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[1970年9月6日午前0時頃]帰りの電車に乗り切れず,会場内の「お祭り広場」で一夜を明かす親子連れ
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[1970年9月6日]入場者数が最多を記録した日の翌日,多くの人でごった返す
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[1970年9月6日]万博会場の入り口に夜間入場停止を伝える張り紙が掲示され,がっかりする家族連れ
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[2025年7月12日]多くの入場者でにぎわう大阪・関西万博の会場。
1970年大阪万博と比べるとまだ余裕があるように見える
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6421万8770人が訪れた1970年の大阪万博は大盛況だったが、
予想を超える入場者数はさまざまな問題を引き起こした。
3月15日(日)の開幕日から1週間もたたない21日(土)、1日当たりの入場者数が30万人を超えた。
同26日には、目玉設備だった動く歩道で転倒事故が発生し、多くの重軽傷者が出た。翌27日には
同40万人を超え、大型連休の5月3日には50万人、6月7日には60万人を超えた。
8月下旬になると何度も60万人超えを記録。そして会期末が迫った9月5日(土)には期間中最多
となる83万5832人に達した。会場内には最大50万人超が滞留。6日の毎日新聞朝刊1面には、
会場が超過密都市に変貌し、「一時的に鳥取県並みの人口が集中した」とある。
閉場時間の延長や、バスや電車の増便も図られたが、午後11時になっても約21万人が
会場周辺で立ち往生し、帰れなかった約4200人が会場内で野宿する羽目になったと書かれた。
(次へ続く)