14/01/31 13:33:25.53
>>70
よかったらお付き合いください。数学の「論理的正しさ」は宇宙どこでも正しいのか、というに馬鹿げた疑問について悩んでいます
昔の偉い物理学者「互いに直行する直線は3つまでしか(我々の脳内では)想像できないから、この宇宙の物理学的次元数は3次元である」という話をきいて、
「ああ、人間の直観や単純な類推と、論理的妥当性というものは別物なんだなあ」と解釈したのですが(この物理宇宙は少なくとも3次元ではないから)、
ではいま人類の積み上げた数学的論証というのは「地球人の知性でなくても確実に確かだといえるのか」という疑問がありました
つまり「数学というのはホモ・サピエンスの脳内における思考体系の一部なだけではなく、この宇宙にあまねく普遍の仕組みである」といえるのか、ということです
(仮定として)この宇宙にどっかに別の知性体がいたとして、彼らもこの宇宙に属しているかぎり「必ず同じ数学体系にたどり着く」のか、という疑問です
なんでこんな馬鹿げた疑問をもてるかというと、たとえば光の3原色についても、決してこの物理的宇宙が本質として光を3つの色から形成しているわけではなく
「人類のもってる光の分解能が3つだから」という理由からです。実際のところ光の分解能が4つであるヒトもいて、そういうヒトたちは一般人とは別の彩色で世の中をみています
(赤や紫がより多色にみえるのだそうです。遺伝学の理由から女性に多い)
では、数学のいう「論理的に妥当である」というのは、本当にこの宇宙が本質として論理的に妥当であるのを保証していて(?)
人類の知性に関係なく、いついかなるときでも妥当たりえるのか、人間のもつ生化学的なプロセスに由来したものではないと確実に論証されているものなのか、そこが疑問でした
ちなみにこの疑問に関しては「コンピュータは人類の生みだした機械ではあるけど、ひとまずヒトの脳とは別に数学的に作動しているから
数学はこの宇宙ではいつでもどこでも論理的妥当性を保証されている。そう思っていい」とぼんやり考えているので、そんなに心配というか真面目に疑問に思っていません
つまり自分のなかでは「数学でいう論理的妥当性というのは、この宇宙に組み込まれたものであり、人類でなくても発見できるし、どこでも通用している」です