武士と比べると騎士ってさ・・・at WHIS
武士と比べると騎士ってさ・・・ - 暇つぶし2ch2:世界@名無史さん
09/01/24 00:33:34 0
朝鮮や末期明に負けた武士のどこが最強なんだかw

3:武士
09/01/24 00:36:38 0
朝鮮や明に負けた覚えはありませんが?
歴史をちゃんと勉強しましょうね白雉君w

4:武士
09/01/24 00:41:38 0
武士⇒世界の騎士が軽くフルボッコにされたモンゴル帝国を軽く一蹴、朝鮮や明を軽く滅亡させる、シャムでスペイン艦隊を気楽に殲滅、英国艦隊を指先一本で撲殺。

騎士⇒・・・・・・、あれ騎士わ?w

5:世界@名無史さん
09/01/24 00:47:44 0
>2
秀吉の朝鮮出兵では、現地農業があまりにも貧弱だったため食料調達が出来
なかったことや、衛生環境が悪すぎて病気によって疲弊した。

6:世界@名無史さん
09/01/24 01:17:29 O
ってかいつも思うのは、欧州騎士と比較するとすれば
鎌倉から遅くて足利義満あたりの武士だろ。

7:世界@名無史さん
09/01/24 01:25:02 0
>英国艦隊を指先一本で撲殺

それはいつ頃の話?

8:世界@名無史さん
09/01/24 01:27:55 0
あんなザコ朝鮮&腐りきった明に負けて
寸土たりとも領土を取れず帰ってきたんだろw
どこまで弱いんだよって感じだな

9:世界@名無史さん
09/01/24 01:29:11 0
>シャムでスペイン艦隊を気楽に殲滅
ほんと君らその話好きな

10:世界@名無史さん
09/01/24 01:34:50 0
騎士って、あのブリキ缶みたいな鎧はないよなww

11:武士
09/01/24 01:37:06 0
>>7
薩英戦争な

12:世界@名無史さん
09/01/24 01:40:23 0
ロングボウにけちょんけちょんて日本着たらおしまいだろ騎士

13:世界@名無史さん
09/01/24 01:49:54 0
騎士「ロングボウは非人道兵器なので禁止してください・・・」

14:世界@名無史さん
09/01/24 01:51:29 0
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄\
| このスレ定期的に立つNE!  |
\_____  ______/
          V
. ━━O/⌒ヽ━━ロニニ>
     ∧,,∧(^ω^ )  
    /ο ・ )Oニ)<;;>
    /   ノ lミliii|(ヾゝ
   (o_o,イ__ヽ´|(__) ノ~⌒)彡   ┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨
      ノllllllllヽ| | ̄ノl ノ
     / /~ヽ ノ'''''''~ヽヽ\ヽ_
     ヽニフ|_|   (_/  ヽノ
         (_ヽ

15:世界@名無史さん
09/01/24 01:52:43 0
フルプレート着てた騎士なんて、おもいっきり形骸化してた末期じゃん。
まあ、西ヨーロッパは基本的に大規模な会戦がほとんどなかったし。


16:世界@名無史さん
09/01/24 01:53:51 0
>>14
お前久々に見たわ、元気だったか(泣)

17:世界@名無史さん
09/01/24 02:50:20 0
>>ビビリのあまり全身銀ピカ鎧を着て金属達磨レベル

このくだりだけ面白かった

18:世界@名無史さん
09/01/24 05:36:48 0
応仁の乱以前なら武士も鎧達磨だったろ

19:世界@名無史さん
09/01/24 05:55:01 0
応仁の乱前は馬射が主流だろ?

20:世界@名無史さん
09/01/24 06:37:56 0
武士カッケー

新撰組
URLリンク(jp.youtube.com)
土方副長
URLリンク(jp.youtube.com)

21:世界@名無史さん
09/01/24 09:40:18 0
>>19
南北朝時代には弓矢の威力と射程が増して徒歩で射撃したほうが有利ということになり
そのかわり刀や槍をもって突撃する打物騎兵が増えた。

22:世界@名無史さん
09/01/24 17:24:28 0
>>4
明の衰亡の原因のひとつではあるが直接の原因ではないし
朝鮮にいたってはそもそも滅亡していないw

薩英戦争のことをいってるのだろうが
英国艦隊は別に壊滅してないし
薩摩側もかなりの被害をうけた

23:世界@名無史さん
09/01/24 21:30:07 0
3席破壊され数十人死んでる、薩摩は一人か二人死んだだけ

24:世界@名無史さん
09/01/25 03:24:52 0
>>2 秀吉が死んで、シナ征服計画中止になり引き揚げたことを朝鮮では敗戦というのか?

 朝鮮王は日本兵に追われてソウルを逃げ出したとき、民衆から石の雨を見舞われたらしいな。

25:世界@名無史さん
09/01/25 10:22:05 0
出たっ「負けたんじゃなくて途中でやめてやっただけ」

26:世界@名無史さん
09/01/25 10:25:47 O
外征して目的が果たせなかったら敗戦だろ……常考

27:世界@名無史さん
09/01/25 10:36:21 0
    / ̄|
    |  |
    |  | ∧ ∧  そんな事より
  ,―    \<`∀´>   韓国に謝罪しようぜ!
 | ___)   |  ノ
 | ___)   |)_)
 | ___)   |
 ヽ__)_/


28:世界@名無史さん
09/01/25 15:36:18 0
>>23
物的被害はかなりうけた

29:世界@名無史さん
09/01/25 21:04:55 0
"ワールシュタット"は"死体の山"という意味で、
バトゥ率いるモンゴル軍の前にドイツ騎士団はヘンリク王以下、大量の騎士が屍を晒した。
一方で得意の騎馬が使えなかった日本や越南ではモンゴルは旧南宋や高麗兵に兵力の主力を依存し、
結局は敗退した。


30:世界@名無史さん
09/01/25 21:54:35 0
日本が大陸と地続きでなくて本当に良かったね

31:世界@名無史さん
09/01/25 22:34:47 0
武士強すぎ

32:世界@名無史さん
09/01/25 22:44:40 0
モンゴルは強いわけではない。組織戦は弱いだろ。
多分時代の流れが味方しただけ。後スラブ人が弱すぎただけだろ。
実際ポーランドより西にはいけてない。
当時はクルセーダーズによる疲弊と諸侯のバラバラさが欧州を覆ってる。
実際神聖ローマ帝国領は犯せていないに等しい。
実際ワールシュタットの戦いでモンゴルはゲルマンに大敗してる。
組織戦にはかけているため、時代を先取りした機動力だけでは限界がある。

33:世界@名無史さん
09/01/25 22:53:28 0
>>32
ワールシュタットの戦いに参加したドイツ騎士団は全滅している。

34:世界@名無史さん
09/01/25 23:15:12 0
ワールシュタットってモンゴルが勝った戦じゃなかったけ?
実際あったかどうか微妙とか言われてるけど。

35:世界@名無史さん
09/01/26 00:14:42 0
ワールシュタットでは総司令官&ピャスト朝国王のシュレジエン公ヘンリク二世が戦死してますけどね。
モンゴルがゲルマンに大敗したのにゲルマン側の総帥は戦死ですか?そうですか・・・
ヘンリク二世の首は槍先に架けられ高々と晒されたとポーランドでは伝えられていますのに。

同時にハンガリーではモヒ平原の戦いで敗北して国王ベーラ4世がオーストリア領に
逃亡してますな。ハンガリーは首都も陥落してますな。当時の首都エステルゴムが。
ベーラ4世は国家再建の際にエステルゴムからブダペストに首都を移しますが、首都が
無傷ならそんな必要もなかったでしょうな。

モンゴル相手に欧州は歯が立たなかったような印象しかうけませんなぁ。

36:世界@名無史さん
09/01/26 00:27:55 0
途中で撤退したのはオゴタイ・ハーンが死亡して後継者問題が発生したためで、
もうちょっとハーンが長生きしてたらヨーロッパは今頃なかったかもしれない

「モンゴルはイスラム式の攻城兵器を多用している」という情報から、
篭城しては不利と判断した騎士団は野戦を挑んだが、
実は蒙古が一番得意なのは野戦だったのでした

37:世界@名無史さん
09/01/26 00:39:57 0
モンゴル軍はさらに西へ進み、「レグニツァの戦い」もしくは「ワールシュタットの戦い」が起きる。
だが、世界史上有名なこの会戦も、本当にあったのか定かでない。
同時代の文献には全く見えず、十五世紀の文献で突然大きく語られるからである。
だから、あったとしても、ささやかなものであった可能性が高い。

バトゥのもとにオゴデイ崩御の知らせが届き、モンゴル諸王家の部隊は東方へ引き上げてゆく。
だが、バトゥのジョチ家はヴォルガ下流の草原に腰を据え動かなくなった。
「ジョチ・ウルス」はトルコ系のキプチャク族が大半を占める独特の構成となり、
そのため俗称としてのキプチャク・カン国という風にいわれる。
西北ユーラシアに巨大な世界が誕生し、ゆるみ、崩れ、変形しながらも三百年続き、ロシア帝国もこの中から誕生した。

「モンゴル帝国の興亡(上)」杉山正明 講談社現代新書より


本当になかった、というわけではないかも知れんが、そんなに重要ではないということかな?
ハンガリー&ポロヴェーツがモンゴルに蹴散らされた「モヒの戦い」の方が重要かも知れない。

でも、決して「実際ワールシュタットの戦いでモンゴルはゲルマンに大敗してる」ということにはならんね。
何が「実際」なのやら。

>モンゴルは強いわけではない 組織戦は弱いだろ多分 (根拠なし。モンゴル軍のどこが「組織戦に弱い」んだ?)
>時代の流れが味方しただけ (時代の流れが味方してたなら、そりゃあ強いんじゃないか?)


モンゴルの戦史
URLリンク(mltr.ganriki.net)

38:世界@名無史さん
09/01/26 06:03:50 0
単なる島国蛮族の戦士が一流の「道」を持ったのは、それが現実には不要となった江戸の太平期からのことでした
一方騎士道は日々戦いの中で道を作り上げてきたものだ。単なる飾りとは比べるまでもない

39:世界@名無史さん
09/01/26 17:40:18 0

日本は、武の国か文の国か?
スレリンク(whis板)


40:世界@名無史さん
09/01/26 21:32:29 0
>>37
実際に国王陛下がブチ殺されていることはどう説明するわけ。
さらに、その影響で、戦後にシロンスク公領とクラクフ公領にポーランド南部が分裂して
しまったこともどう説明するわけ。
さらにさらに、戦後に人口希薄になったシロンスク公領あたりでドイツ移民の誘致を積極的に進めるように
なったこともどう説明するわけ。おかげでポーランドのドイツ化が進行し、はるか後世のナチス時代には
ドイツ系とポーランド系との民族対立ということにまで問題が発展していくのだけど。

41:山野野衾 ◆09Xc/lRh7Y
09/01/26 22:42:08 0
杉山先生の「なかった」説は、岡田英弘先生も名指しはないものの批判しておいででしたね。
どなただったか忘れましたが、東欧史家の批判もありました。

と、「杉山 ワールシュタット」で検索したら、2001年からこの話題が出ていましたね。
どうも年に1度は『モンゴル帝国の興亡』(上)の引用以下、この手のやり取りが繰り返さ
れているような気がします。確か、去年も一、二回ありました。

42:世界@名無史さん
09/01/26 23:07:33 0
>ワールシュタット

最近はドイツ騎士団居なかった説もどっかのスレで見た。
年代記の騎士団に言及している部分が後世に挿入された疑いがあり
戦死したはずの指導者がのちになっても生きているとかで。

それとは関係ないがワールシュタットの蒙古騎兵とドイツ騎士団の戦いのイラストがあった。
URLリンク(img19.imageshack.us)
URLリンク(img391.imageshack.us)

43:世界@名無史さん
09/01/27 00:01:42 0
チュートン騎士団、不戦説か。

まあ、モンゴルに欧州が蹂躙されかかったってのはガチだろうが。

44:世界@名無史さん
09/01/27 00:09:19 0
ワールシュタットがあろうがなかろうが、モンゴルがロシア一帯をその後
後300年間支配しながら、ヨーロッパを征服できなかったのは事実!
だからバトゥが引き上げなくてもヨーロッパを支配するのは不可能だろう!

45:世界@名無史さん
09/01/27 00:15:37 0
欧州は森が多いから無理じゃね
いろんな遊牧民が欧州に来たけどハンガリー平原に構えて
略奪しにいくって感じですぐ終息するからな
結局近場の中国以外長期的に占領できたのはステップ地帯だからな


46:世界@名無史さん
09/01/27 00:36:28 0
モンゴル軍は、焼成煉瓦や石造の城壁に、やはり苦戦していたようである。
版築や日干し煉瓦の城壁が多い西夏、金、ホラズム、イラク等は、たちまち
都市が陥落して滅亡したとされる。
木造城壁の多いロシアや東欧の都市も、あっけなく壊滅したとされる。
しかしながら、南宋は長期間モンゴルに抵抗し続ける事が出来た。
インド、エジプト、西欧、日本等の征服は最終的に断念される事となった。

47:世界@名無史さん
09/01/27 02:40:49 0
なかったという説はまるで信憑性ないそうです

48:世界@名無史さん
09/01/27 09:11:45 O
騎士はドラゴンも魔王も退治出来るが、武士に出来るのは精々、鬼退治である。

49:世界@名無史さん
09/01/27 09:26:43 0
鬼がドラゴンや魔王よりも弱いという根拠はありません

50:世界@名無史さん
09/01/27 09:30:33 0
モンゴル撃退についてはベトナムが興味ある。
日本は2度(風だのみ)ベトナムは3度

一般民衆は食料をかくして山へさっさと逃げた。
たしかベトナム戦争でも似た様なことやってたんじゃねーかな。

51:世界@名無史さん
09/01/27 09:34:07 0
ベトナムは蒙、中、仏、米と大国に攻められてばっかの可哀想な子

52:世界@名無史さん
09/01/27 09:38:56 0
だが、そのすべてに勝っている
だからベトナム人は独立不羈の気概をもっている








と韓国人に向かって言ってたな

韓国は自分で何もやったためしがないくせ口だけはでかいからな

53:世界@名無史さん
09/01/27 09:48:10 0
風だのみ?

54:世界@名無史さん
09/01/27 09:51:11 0
フン族もドイツ辺りまで来たら森に機動力を奪われたり、
湿気のおかげで合成弓の糊がはがれて大変難儀したって
ディスカバリーチャンネルで言ってた。

55:世界@名無史さん
09/01/27 10:08:20 0
何かスレタイと離れたモンゴルスレになってるな。
両方と戦闘したのはモンゴルだけだから、
ベンチマークとしてモンゴルの話が出るのは当然なんだが。
一応スレタイの文脈を意識した語り方にしてね。

56:世界@名無史さん
09/01/27 12:19:06 0
実際に戦闘したことないからどうにもならん

57:世界@名無史さん
09/01/27 18:39:06 0
>>48
てつのよろい着て徒歩で歩き回るのなw

58:世界@名無史さん
09/01/27 23:21:57 0
>>52
>韓国は自分で何もやったためしがないくせ口だけはでかいからな
それは言い過ぎではないか
たしかに実際の事跡と比べて大言壮語なのはたしかかもしれないが

59:世界@名無史さん
09/01/27 23:58:22 0
マスケットが登場したとたん死滅した騎士
一方武士はライフルや機関銃の出現まで生き延びた

60:世界@名無史さん
09/01/28 09:24:11 0
>マスケットが登場したとたん死滅した騎士

ソース

61:世界@名無史さん
09/01/28 17:07:51 0
マスケット騎兵とか軽騎兵とか重騎兵とかクロムウェルの鉄騎兵とかいるけどな。
元和以後の江戸時代の武士って、基本は文治のための役人やんか。

62:世界@名無史さん
09/01/28 17:20:03 0
身分制度としての武士と兵科としての武士の違いを巧く使い分けて屁理屈こねられてもね
馬上で弓を射るような武士はマスケットの洗礼すら浴びて無いじゃないのか
その点中世の典型的騎士の方が遥かにマシな気がする

63:世界@名無史さん
09/01/28 18:20:40 0
意味が分からん
武士も普通に火縄銃を使ってただろが

64:世界@名無史さん
09/01/28 18:36:20 0
騎士ってようは、騎兵の典礼化によるクラスのことだし。
騎兵そのものは近代までずーっとあったわけで。
どんな騎士とどんな武士を比べるんだ?

65:世界@名無史さん
09/01/28 18:48:35 0
中世の封建的な武士と騎士を比べれば
このスレではその後の軍事史の主役の一部であるマスケットで滅んだとされている騎士と
それ以前の原始的直接武器を持った足軽ごときに駆逐された武士という構図ができてくるな
武士でも火縄銃を普通に使っていたらしいが
誰でも戦力になる火縄銃を農民に混じって撃って、「俺さまは由緒ある武士なんだぞ~}なんて言われても
「わ~凄いね~偉いね~」としか返せん

66:世界@名無史さん
09/01/28 19:40:45 0
武士が由緒あるなんて言えるのは、室町以前か江戸以降。
戦国時代はぐっちゃぐちゃ。



67:世界@名無史さん
09/01/28 21:09:57 0
戦国時代がもうしばらく続いてれば、火器を持った百姓町人の時代になって武士は消えてただろう

68:世界@名無史さん
09/01/28 21:23:20 0
騎士はその金属達磨レベルの体重と馬の体重と加速で相手をひき殺す戦法。
武士は遠くから弓をピュンピュン撃つ戦法。突撃もするけどひき殺すとかじゃない。

比べるの無意味じゃね?

69:世界@名無史さん
09/01/28 22:08:24 0
100年戦争の時の騎士は重装備過ぎて、射的の的になっちったんだよな。
まあ、相手はイングランドの誇る長弓部隊だったんで、武士の弓で打ち倒せるかどうかはちょっち疑問だが。
ただ、ワールシュタットではモンゴル弓騎兵に思いっきり蹂躙されたりもしてるんで、意外と面白い勝負になるのかもしれん。

70:世界@名無史さん
09/01/28 22:55:11 0
信憑性0

71:世界@名無史さん
09/01/28 23:27:56 O
な~にがKNIGHT IN SHINING ARMORだよな… ガチガチにして強く見せたがるのは今も昔も白人DNAの悪い癖
建築だってそうじゃん シンプルさを怖がってとにかく飾りまくる 偶像崇拝も好きだし

72:世界@名無史さん
09/01/29 00:12:17 0
>相手はイングランドの誇る長弓部隊だったんで、武士の弓で打ち倒せるかどうかはちょっち疑問だが

武士の弓は縄文時代製だったのですね。わかります。

73:世界@名無史さん
09/01/29 00:19:21 0
過剰反応の被害妄想乙

74:山野野衾 ◆09Xc/lRh7Y
09/01/29 00:28:00 0
>>65
>武士でも火縄銃を普通に使っていたらしいが
元々は徒歩の足軽の芸という扱いで、騎士(騎乗して戦う武士)も鉄砲を扱う
ようになるのは、文禄・慶長の役の頃からだそうです。
信長が若い頃から鉄砲の師について学んでいたという話は、後年成立した『信
長公記』の、更に写本によっては含まれない巻首に出て来るので、後年成立し
た話と考えた方がいいかもしれません。
あるいは、足軽芸という地位も未成立だったためかもしれませんが。
しかし、稲富が天文23年(1554)に師に認められたという話といい、鉄砲
伝来後、鉄砲の師という地位が誕生したにしては早過ぎる。
共に江戸期になってから記録された話のようですし。

75:世界@名無史さん
09/01/29 00:32:48 0
騎士がボコボコにされたロングボウよりも
さらに長大で高威力な和弓を馬上からビュンビュン飛ばした武士

76:世界@名無史さん
09/01/29 00:33:35 0
鉄砲伝来は1543年ですね。教科書に書いてあることですから間違いありませんよね。(棒読み

77:世界@名無史さん
09/01/29 00:35:12 0
>和弓を馬上からビュンビュン飛ばした武士

過剰反応と意図的な誤導による被害妄想乙

78:世界@名無史さん
09/01/29 02:19:21 0
ロングボウ戦術ってのは弓の威力でなくて矢が大量に降り注ぐのがポイントでは?

79:世界@名無史さん
09/01/29 06:52:04 0
和弓のほうがロングボウなんかより強力だからな
騎士なんてまともに弓すら操れないし

80:世界@名無史さん
09/01/29 07:22:20 0
騎士だって弓くらいは扱った。弓がなけりゃ狩猟もできんぞ

81:世界@名無史さん
09/01/29 09:10:43 0
京都の三間堂で夜通し弓を引いて競ったという武士は相当体力があった。
三十三間堂の廊下は120mあった。それを打ち抜いた武士がいた。
ほとんど水平に引いているから強弓だった。
今では正月の行事に女性がこれにあやかり長距離を引くが、全部上向きで
放物線を描いてやっととどく。それも60mだ。
日本の武士おそろし。

82:世界@名無史さん
09/01/29 09:25:44 0
武士は鉄砲撃てねーよ
鉄砲撃つのは足軽雑兵
あいつらは武士じゃねー
趣味でやってる武士はいたけど
そいうtらも戦場じゃやらない
幕末に銃装備させようとさせて
「我らに侍をやめろと申すか。足軽になれというのか」とえらい苦情がきたぐらいだぜ

83:世界@名無史さん
09/01/29 09:36:15 0
何で武士の話はかならず江戸時代以降に行き着いてしまうのか

84:世界@名無史さん
09/01/29 09:40:39 0
>>82
地域差があるんだけどなあ実は
価値観は藩ごとでばらばらです

85:世界@名無史さん
09/01/29 09:47:28 0
明智光秀は鉄砲の達人といわれた

86:世界@名無史さん
09/01/29 09:51:55 0
>>82
西洋式の船を導入する際もマストに登るのを嫌がって
「我らに侍をやめろと申すか、とび職になれと(ry」

87:世界@名無史さん
09/01/29 10:23:09 0




●  もしも日本が米英に負けていたら    ●

1 :のび太の大東亜戦争:2009/01/05(月) 23:09:46 ID:0kmeaiwu0
もしも、あの大東亜戦争において、金甌無欠の我が大日本帝国が
万が一にも、鬼畜米英に負けるような事になっていたら……。

今頃、大日本帝國はどうなっていたんだふか……を考えてみるスレです。



スレリンク(history2板)





88:世界@名無史さん
09/01/29 10:36:08 0
江戸時代の武士は軍務もあったが、メインは統治でいわば教養人の集まり。

89:世界@名無史さん
09/01/29 11:39:31 0
騎士だって戦争してないときは政務やってたじゃ?

90:世界@名無史さん
09/01/29 12:28:05 0
騎士ってKnightの意味でいってるの?
であれば、「Sir」の称号を貰った爵位のない下級貴族でしょ? 一代限りの。
準男爵も「Sir」だけど世襲だからもっと上。

武士というのは足軽より上の地位だし、そもそも比較にならないのでは?w

91:世界@名無史さん
09/01/29 12:31:49 0
そういえば、フランスで火縄銃というと「銃士」だけど、
「三銃士」でアトスが、リシュリュー枢機卿の護衛隊ともめてそれが発覚したとき、

 「おや、これでは騎士(シュヴァリエ)に叙してもらえそうにないな」

とにやにやする場面があったなぁ。
17世紀前半の下級貴族は、生まれだけでは「騎士」に任じてもらえないんだよね。

92:世界@名無史さん
09/01/29 12:37:58 0
勝海舟の家はもと農民のめしいからはじまってる
江戸時代でも身分差はそれほどなく、旗本株を買えば誰でも武士になれた
ただ、上士は別格だった。でも幕末は旗本でも才能があれば殿様にお目見えできたよ
新撰組だって一代で大名並になった

93:世界@名無史さん
09/01/29 13:12:01 O
中世騎士なんて、文字も読めないならず者集団なんだが…
漢文で詞を詠んでた同時期の武士とは、教養レベルが悲しいほど違うんだよな。

94:世界@名無史さん
09/01/29 13:16:23 0
11世紀以後になると
騎士は普通に文字の読み書きもしたし
騎士文学も栄えた

95:世界@名無史さん
09/01/29 13:41:57 0
江戸時代後期100万都市江戸では識字率90%超えてたらしい。
同時代のヨーロッパの首都の識字率は10%や20%程度だった。

96:世界@名無史さん
09/01/29 13:43:46 0
↑なんか武士も騎士もどうでもよくなってきてるな

97:世界@名無史さん
09/01/29 13:44:18 0
西ヨーロッパと日本じゃ、識字の意味が違うもんね。
西ヨーロッパで読み書きが出来るってのは、ラテン語の読み書きのことで自分たちの住んでる国の言葉じゃない。
パストン家書簡なんか見ても、商売やってる連中は普通にいくつかの言葉で読み書きしてる。


98:世界@名無史さん
09/01/29 13:53:07 0
11世紀ごろでは、騎士階層って文字を読むより戦う方が大事だったんじゃないかな。
書記として修道士などを使っていたし。
そもそも騎士文学って、吟遊詩人が口伝で伝えたものだよね。

リチャード1世は文字の読み書きができなかったんじゃなかったかな。

99:世界@名無史さん
09/01/29 13:56:45 0
リチャード1世は、サクソン英語はまったく話せなかった。
アキテーヌで育ったし、ブリテン・フランス語しか使えない。
ラテン語は使えなかったと思うけど、十字軍ではフランス語を使えればもんだいなかった。

100:世界@名無史さん
09/01/29 15:39:09 0
武士は天皇貴族を閑職追いやり政権を司った
一方、永遠に騎士は貴族の手下でしかなかった

101:世界@名無史さん
09/01/29 15:49:54 0
それ、どっちも誉められたことか?

102:世界@名無史さん
09/01/29 16:02:38 0
武士ほど世界で強かった階級はなく
           武士ほど知識階級が多かった階級はなく
                        武士ほど公の精神が強かった階級もない


世界の騎士や貴族階級は自らは戦はせず、勉学もせず、私欲ばかりこしらえる為に市民が革命を起こし王の首まで飛んだのだった

103:世界@名無史さん
09/01/29 17:29:51 0
日本史板か三戦板かVIPか知らんが、汝らのあるべき場所へ帰れボケ

104:世界@名無史さん
09/01/29 18:07:24 0
なんつーか武士嫌いの自作自演ではないかと疑いたくなる奴だな

105:世界@名無史さん
09/01/29 18:33:18 0
客観的事実だけどなー(・З・)

106:世界@名無史さん
09/01/29 19:12:35 O
大日本帝国がチンケなチンピラ国家だと証明された今は
もう日本の誇りは武士しかない。
まあ武士も起源は百済のサウラビなんですがね

107:世界@名無史さん
09/01/29 19:15:22 0
チョーセンニンジャw

108:世界@名無史さん
09/01/29 19:15:23 0
>>98
騎士文学が口伝なのは10世紀以前の叙事詩だろ
11世紀以後のロマンスはちゃんと文字で書いたものだよ
この頃になると俗語が普及してきて
商人や騎士は簡単な文字の読み書きぐらいは習ってる
それに吟遊詩人も11世紀以後になると騎士階級の出身が多い
ちなみにリチャード1世は詩も書いてるし
シャルルマーニュと混同してない?
シャルルマーニュは母語は古独語で古仏語もラテン語も理解できた
読み書きの練習は結構真剣に取り組んだがものにならなかったらしい
複数言語操れて言語能力が低いわけじゃないのに文字が苦手ってのは
たぶん読字障害の可能性が高いと思うけどね


109:世界@名無史さん
09/01/29 19:31:34 0
平時の武士は官僚(+内職)だったけど、平時の騎士は何してたんだろう?
無知なんで、今一つ想像ができない。まさか、農奴からふんだくってただけとは思えぬが・・・
誰か教えてくらはい

110:世界@名無史さん
09/01/29 19:36:20 0
吟遊詩人って芸人でしょ?
社会階層的には商人や農民より下の階層。
騎士階級が吟遊詩人になるかな?

111:世界@名無史さん
09/01/29 19:38:38 0
騎士が吟遊詩人になるわけじゃないっしょ。
騎士が吟遊詩人に自分の武勲を謳わせた。
当時の吟遊詩人は芸人あると同時に、言ってみればニュースソースでもあったわけで。


112:世界@名無史さん
09/01/29 19:42:25 0
>>106
大日本帝国は日本を戦前の世界6強までのし上げましたが何か?

113:世界@名無史さん
09/01/29 20:03:13 0
>>97
自前の言葉が無いという、今のアフリカ並な状況なわけで。

114:世界@名無史さん
09/01/29 20:09:11 0
日本で漢字(漢文)を使うようなもんじゃないのか?

115:世界@名無史さん
09/01/29 21:00:33 0
自前の文字がないなんて日本人が言えた言葉じゃないよな

116:世界@名無史さん
09/01/29 21:27:36 0
>>110
そういった下の階層の吟遊脂人はジョングルールといって庶民相手
トルヴェールやトルヴァドールなど宮廷に出入りする吟遊詩人は
騎士階級の人間が多かった



117:世界@名無史さん
09/01/29 22:18:34 0
イメージでいうとタンホイザーのオペラがいいね
あれは当時実在したドイツの詩人達(全員騎士)が宮廷で歌合戦する話だけど
当時の騎士達の娯楽の一端にふれられる

118:世界@名無史さん
09/01/29 22:23:00 O
戦争の無い時、封地を持たない騎士は、徒党を組んで盗賊してました。

119:世界@名無史さん
09/01/29 22:53:07 0
封地を持たない武士は盗賊をしなかったんだな
素晴らしい日本人の倫理観

120:世界@名無史さん
09/01/29 23:17:49 0
>>109
まず年貢で収入を得てそこから経費をひく
食料費、家臣を養うための経費、武器のメンテナンス
それと服装や嗜好品などに使う
一定の日には主君の宮廷に出むく必要があり
そこで会議や宴会をし、武芸を披瀝し歌や詩などを詠んだりして
同クラスの騎士達や主君との親睦を深める
主君が戦争する時は契約に定められた通りの従軍義務が生じる
また自分が戦争する時は家臣達を召集かける
日常生活は戦のための鍛錬、領地の経営、住み込みの部下の面倒など
基本的に武士の生活と似てると思うけど

121:世界@名無史さん
09/01/29 23:25:54 0
南蛮胴を見ても解るとおり
冶金技術は騎士のほうが遙かに上
一方武士は古代中華から足して変わらない鉄板を貼り合わせただけの粗末っぷり

122:世界@名無史さん
09/01/29 23:42:43 0
>自前の文字がないなんて日本人が言えた言葉じゃないよな

つーひらがな・カタカナ

123:世界@名無史さん
09/01/29 23:50:32 0
かなもじはかんじのくずしにておんなこどものつかうものにてさうらへばや?

124:世界@名無史さん
09/01/29 23:59:07 0
そんならさ武士と騎士どっちがセクシーか決めようぜ!

125:世界@名無史さん
09/01/30 00:26:08 O
武士の鎧の革の質感とかスカート?ヒダが色気ある 黒とか主張しない色がミステリアスで色っぽい
フルフェースじゃない兜に少し隠れた顔と、迫力ある口元のバランスがいいじゃない
騎士は色々覆いすぎて滑稽 あまり実用的じゃないし 写真だと映えるだろうけどねえ…映画やゲームでかっこいいイメージ作られたからな
ヘンリー王の鎧の股間の部品にワラタ

126:世界@名無史さん
09/01/30 00:29:38 0
>>121
>鉄板を貼り合わせただけの粗末っぷり
すべての鎧は鉄板の張り合わせですがけど・・・
大鎧が使われてた頃欧州では鎖帷子がメインだったし

127:世界@名無史さん
09/01/30 00:34:05 O
騎士の鎧装備は50~60kgあるって外人が言ってたけど、霊でも背負ってるかのように重いな あせもできそう
かといってロックユーのヒースレジャーみたいな小さい軽量鎧もなあ‥
ハリウッドでは、映画撮影に使う鎧は、軽くて固いプラスチックで作って、鉄鋼みたいなペイントでリアルに見せるらしい

128:世界@名無史さん
09/01/30 00:43:28 0
馬上試合なんかは、動けなくても問題ないから死ぬほどクソ重い鎧だったらしいね。

129:世界@名無史さん
09/01/30 00:43:31 0
誘導
スレリンク(whis板)

130:世界@名無史さん
09/01/30 01:52:06 0
武士も騎士もガタイが百姓以上に強くないとなれなかったということ?
体力に自信ないやつはボウズに?


131:世界@名無史さん
09/01/30 04:16:47 0
URLリンク(www5.hokkaido-np.co.jp)

132:世界@名無史さん
09/01/30 05:19:20 0
騎士の全身ゴテゴテ鉄板鎧を見てると「臆病者」というイメージが湧いてくる

133:世界@名無史さん
09/01/30 05:34:39 0
馬上試合ってやっぱり頻繁に死ぬこととかもあったの?

134:世界@名無史さん
09/01/30 05:49:15 0
>>132
騎士は捕まえて身代金取るためのもんだから
騎士本人も戦いで死ぬつもりはさらさら無い

135:世界@名無史さん
09/01/30 05:55:30 0
そういう気構えのところにガチンコのやつが殺気満々できたら
「話が違うじゃーん」ってなって負けるとおもうんだけど
大丈夫だったんでしょうか?

136:世界@名無史さん
09/01/30 06:23:08 0
>>133
鎧を脱がすために鍛冶屋が待機している時点で大体想像できると思うが

137:世界@名無史さん
09/01/30 08:28:40 0
>>119
刈田狼藉

138:世界@名無史さん
09/01/30 08:31:15 0
>>135
スイス歩兵が登場すると、連中はガチの殺し合いが当たり前で捕虜や人質もすぐ殺すので
その高い戦闘力も相まってひどく恐れられた。

139:世界@名無史さん
09/01/30 08:57:09 0
サムライのキャラ投票中♪投票よろしく♪
URLリンク(charapre.jp)

140:世界@名無史さん
09/01/30 09:37:48 0
>>135
大丈夫じゃなかった。クレシーの戦いでフランスの騎士や貴族が死にまくったのはそれが原因。
イングランドは身代金目的の商売じゃなくガチで戦争した。

141:世界@名無史さん
09/01/30 11:14:45 0
>>130
秀吉「弟よサムライになってワシを助けよ」

秀長「ワシには力が無い」

秀吉「サムライに力なんているかよ」

秀吉「進めといわれればどんなに弓鉄砲が飛んできても進み、引くなといわれればいくら怖くても決して動かないのが良いサムライだ」

秀長「それならワシにもできそうだ」

142:世界@名無史さん
09/01/30 11:39:25 0
秀長は内政型武士

143:世界@名無史さん
09/01/30 11:43:27 0
秀長はめちゃ名将だぞ負けたのは一回ぐらいじゃなかったか

144:世界@名無史さん
09/01/30 11:50:48 0
秀吉も秀長が死んでからおかしくなったしな

145:世界@名無史さん
09/01/30 12:11:47 O
現代アメリカ兵の歩兵装備も30キロ㌘~40キロ㌘はあるんじゃなかったっけ?
もっと重かったかも。
着るタイプの甲冑の方が動き易いかも

146:世界@名無史さん
09/01/30 12:19:01 0
今の戦争映画見ると、銃で撃たれたらすぐ死ぬけど防具意味あんのかね~?

147:世界@名無史さん
09/01/30 12:31:24 0
現代戦では死傷者の大半は砲弾等の破片で発生する、ので対破片防御を重視した装備らしい。

148:世界@名無史さん
09/01/30 12:41:37 0
>>145
歩兵の種類によってマチマチだから、一概にそうとも言えない

149:世界@名無史さん
09/01/30 12:42:18 0
>>146
映画は作り物だろ馬鹿

150:世界@名無史さん
09/01/30 12:46:35 0
つか、今の戦争で歩兵が前面で戦線こさえて、じゃんじゃんバリバリ撃ち合うことってあんまないんじゃ?


151:世界@名無史さん
09/01/30 12:55:26 0
歩兵の任務は街中での戦いがほとんどですな
開けた場所でのガチンコ勝負は戦車とかの仕事でしょう

152:世界@名無史さん
09/01/30 13:21:36 0
歩兵も居るよ。
ヤッパリ砲弾の破片とかが怖いので移動のときとかは装甲車の中に居るけど。

153:世界@名無史さん
09/01/30 16:31:20 0
武士は低級の攻撃魔法が使える

騎士は低級の回復魔法が使える

154:世界@名無史さん
09/01/30 16:41:25 0
バスタードはええっちゅうねん

155:世界@名無史さん
09/01/30 17:06:52 0
武士は勇、識、胆、義を兼ね備えた理想的美徳人間

156:世界@名無史さん
09/01/30 17:14:48 0
侍はムラサマブレードとティルトウェイトを使いこなす、恐怖の戦闘職業。
騎士はクィジナートの剣と僧侶魔法を使いこなす、安心の防壁職業。

要するにACやHPに関係無く首をすっ飛ばす忍者最強。

157:世界@名無史さん
09/01/30 17:22:17 0
Wizにサムライいたっけ?
ニンジャしか知らん

158:世界@名無史さん
09/01/30 17:46:51 0
土方歳三「われわれは節義ということだけでいこう。時勢とか天朝、薩長土がどうの、公卿の岩倉がどうの、というようなことをいいだすと話が妙になる。
     
政治とは日々動くものだ、そんなものにいちいち浮かれていては、新撰組はこのさき何度色変えしなければならぬかわからない。男には節義がある。これは古今不易のものだ。」

「官といい賊というも、一時のことだ。しかし男として降伏は恥ずべきではないか。」

159:世界@名無史さん
09/01/30 17:54:10 0
西郷隆盛「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は始末に困るものなり」

「私は、かつてある人と議論をしたことがある。私が西洋は野蛮であると主張すると、その人はいや文明国だと主張し議論になった。」

「私が再度西洋は野蛮だと畳みかけて言ったところ、その人はどうしてそれほどにまで西洋を野蛮というのかと私に尋ねてきた。」

「私が本当の文明国であるならば、未開の国に対しては慈愛の心をもって接し、懇ろに説き諭して文明化に導くべきであるのに、未開蒙昧の国であればあるほど残忍な仕方で接し、己を利してきた西洋は野蛮であると言った。」

「すると、その人は口をつぼめて何も言い返すことが出来ないと苦笑していた。」


160:世界@名無史さん
09/01/30 18:00:46 0
吉田松陰「僕は忠義をする積り、諸友は功業をなす積り」

「体は私なり、心は公なり。私を役して公に殉ふものを大人と為し、公を役して私に殉ふものを小人と為す。」

「私を使って、公に従う人を立派な人という。公を使って、個人的なことに従事させる人を、賤しい心の、つまらない人という。」


161:世界@名無史さん
09/01/30 18:06:11 0
おいおい、いつかの武士道スレと似た中身になりそうだな、ここ

162:世界@名無史さん
09/01/30 20:37:57 0
>>120
一般に武士と言ったら江戸時代のイメージだけど、その頃の武士は領地からの年貢で~
なんてのはほとんど居ないでしょ。どっかの藩に官僚として雇われてるか、無役だったら
ただの浪人。書類や計数を相手に頭をウニにするか、家に帰って傘貼りに精をを出すか。
教育がないと勤まらないし、勤勉でなければ食いっぱぐれる。
一方の騎士はなんか農民連中の上にふんぞり返ってるイメージがあるけど。だまってても
多少の年貢は保証されてるだろうし(年貢を払わなければ力尽くで回収)、領地経営の
上手下手でそれなりの差はあっても食いっぱぐれることはなさそう。
文字の読み書きができなくても別に困らんし、勤勉なんてのは美徳の項目になさそうだし、
その点で武士とは対局にあるような。

163:世界@名無史さん
09/01/30 21:50:23 O
>>58
言い過ぎではない。
それどころか世界中に迷惑をかけ嫌がられてる。

164:世界@名無史さん
09/01/30 22:11:21 0
17世紀~19世紀半ばの「武士」と、9~14世紀半ばの「騎士」を比較する時点でもうね…
「イメージがあるけど」ってもうアホかと

165:世界@名無史さん
09/01/30 22:19:42 0
>>157
Wizでニンジャと言えば増田
知らないか

166:世界@名無史さん
09/01/30 22:20:51 O
武士と騎士どっちがセクシーか?

武士は魚とか漬物ばっか食ってそうなイメージがあるからとてもじゃないがセクシーとはいいがたそう...

167:世界@名無史さん
09/01/31 00:24:40 O
中世騎士も十字軍やレコンキスタでイスラムやビザンツに出かけるまでは貧相だったらしいが

168:世界@名無史さん
09/01/31 00:32:14 0
ちゅうか、騎士って十字軍の賜っしょ。
十字軍以前は、いわゆる騎士とは違うと思うが。
封建制も満足に機能してないし。

169:世界@名無史さん
09/01/31 01:20:32 0
10世紀の平将門あたりから「武士」としていいのか?
「つわもの、もののふ」か?

170:世界@名無史さん
09/01/31 02:00:14 O
>>169
平安末期辺り?

171:世界@名無史さん
09/01/31 02:04:18 O
>>170
ミスた
一般的には12世紀末期辺りからじゃない

172:世界@名無史さん
09/01/31 17:09:22 0
>>163
いや、言いすぎだと思う

173:世界@名無史さん
09/01/31 17:33:05 0
韓国人は独立戦争したことがないくせに
植民地支配の被害者、自力で経済発展した、漢江の奇跡
アジアの優等生、先進国の仲間入り、経済大国、ウリナラマンセーの迷言の数々
日本にインフラ整備してもらって、莫大な財産をもらって独立しておきながら
朝鮮戦争ですべて灰にして、その後、戦勝国でもないのに自国では賠償金という名目で日本から援助金までもらって
さらに謝罪しろ、歴史認識だって被害者ぶってるんだぜ?

ベトナム人は仏領インドシナ以来独立を血であがなってきたからな
韓国のなめた現実認識にぶちきれてもおかしくはない

174:世界@名無史さん
09/01/31 17:47:30 0
>植民地支配の被害者
事実だろう
他の国の植民地支配よりましだったかもしれないが
>アジアの優等生
実際アジアの中では優等生の部類に入るんじゃないか?
>ベトナム人は仏領インドシナ以来独立を血であがなってきたからな
>韓国のなめた現実認識にぶちきれてもおかしくはない
ベトナム人が韓国嫌いなのは
ベトナム戦争中の韓国兵の行為のためではないのか?

175:世界@名無史さん
09/01/31 18:02:26 0
植民地支配の被害者
 ↑
被害どころか通貨すらなかった国が、日本のおかげで発展し人口増大。
そもそも、日本が朝鮮とって儲けたり得した事なんてまったく無い出費ばかりした。

176:世界@名無史さん
09/01/31 18:05:33 0
うん、確かにそうだと思う

しかし、国を亡ぼされるということはそれ自体被害と言えるのではないだろうか?

それと

>そもそも、日本が朝鮮とって儲けたり得した事なんてまったく無い出費ばかりした。

これは儲かりも得もしない土地を取った日本の責任ではないか?

177:世界@名無史さん
09/01/31 18:11:22 0
今なら被害といえるだろうけど、当時は被害とはいえないよ
つか、別に国を滅ぼしていないよ

植民地になること=国がなくなること

ではないからね。
そこを勘違いしてはいかん。

178:世界@名無史さん
09/01/31 18:13:54 0
朝鮮の場合は、滅んだと言えるのかねー?
んー・・・?

179:世界@名無史さん
09/01/31 18:17:52 0
李氏朝鮮を滅ぼしたのは日本になるのか?
滅ぼしたというと何か悪く見えるけど、ほとんど自滅やん

180:世界@名無史さん
09/01/31 20:05:08 0
植民地主義=コロナイゼーションと併合=アネクセーション

は全然ちがいます
朝鮮人はみんな日本人になったんだぞ
どこが植民地支配の被害者なんだよ

181:世界@名無史さん
09/01/31 20:06:05 0
スコットランドはイングランドの植民地か?

182:世界@名無史さん
09/01/31 21:11:52 0
李朝を滅ぼしたのはアメリカだぜ?
朝鮮王たる李王家は日本で存続してたんだし。

183:世界@名無史さん
09/01/31 21:20:34 0
「アッバース朝はモンゴルによって滅亡した」決して間違いではないだろう?

184:世界@名無史さん
09/01/31 21:58:31 O
たけし君って昭和っぽいけど、ないと君って平成っぽいよね

いや、親がDQNなだけか

185:世界@名無史さん
09/01/31 23:17:49 0
シュヴァリエやリッターという姓や名前はあるが、「サムライ」という人名は普通日本国外にもないだろ?

186:世界@名無史さん
09/01/31 23:27:30 0
代わりに武という字を名前に使うことは珍しくないけどね。
タケシ、タケルとか。

187:世界@名無史さん
09/02/01 06:16:39 0
朝鮮が発展しなかったのは全て李朝の責任

188:世界@名無史さん
09/02/01 10:17:45 0
    / ̄|
    |  |
    |  | ∧ ∧  そんな事より
  ,―    \<`∀´>   韓国に謝罪しようぜ!
 | ___)   |  ノ
 | ___)   |)_)
 | ___)   |
 ヽ__)_/


189:世界@名無史さん
09/02/01 12:01:19 0
勝海舟は征韓論の際「いずれ朝鮮にも西郷隆盛の如き革命家が出てくる。腐敗しきった李朝では話にならない、その西郷隆盛と話し合うべき」と言ったらしいがついぞ出て来なかった。
勝ほどの人物でも、李朝朝鮮がいかに腐敗した体制か分からなかった。

190:世界@名無史さん
09/02/01 12:17:23 0
きんたまきんじゃダメだったか

191:世界@名無史さん
09/02/01 13:27:54 0
なんかもう武士も騎士もどうでもよくなってきてるな

192:世界@名無史さん
09/02/01 13:48:52 0
武士は器用に箸を使っての食事が可能

騎士は正しい箸の持ち方すら知らない

193:世界@名無史さん
09/02/01 13:59:28 0
だが武士がフィンガーボールを見たら水か酒を注ぐだろう。

194:世界@名無史さん
09/02/02 16:26:29 0
>>189
きんたまひとしを忘れてもらっては困る

195:世界@名無史さん
09/02/02 19:36:37 0
騎士は自分用のナイフ一本と食卓に共用のスプーン一個で飯が食えたが、武士はそんなことはできない。

 よって騎士の勝ち! (ヲイw

196:世界@名無史さん
09/02/02 20:04:08 0
武士はナイフなど使える包丁扱うくらい器用だ
しかしながら騎士は箸で食えない

197:世界@名無史さん
09/02/02 20:09:03 0
いや、使えるかという問題より、不潔を我慢できるかという問題では?w

198:世界@名無史さん
09/02/02 20:34:13 0
たしか中世の騎士ってナイフだけ使って手づかみだったんじゃね?
中世の武士も似たようなもんかな。

199:世界@名無史さん
09/02/02 20:57:50 0
重要なのはどうやって食べるかではなく、食べ物があるかどうか。
自分で調達できれば一安心だ。

200:世界@名無史さん
09/02/03 16:18:29 O
そういや、日本が戦国時代だった頃って、欧州ではまだ、手掴みで飯食ってたんだよな。

201:世界@名無史さん
09/02/03 16:43:26 0
お猿さんのような野蛮な生活をしていた騎士が、漢詩を読み、能狂言を楽しみ、武芸を尊んだ
ハイソな文明人の武士に勝てるわけが無い。

202:世界@名無史さん
09/02/04 23:21:44 0
>>200
手掴みかどうかと、文明の成熟度はまったく別だ。大文明圏の一つ、インドは今でも手で食べるのが
一般的だ。もちろん食卓には手を洗うための水器がちゃんと用意してある。
人によっては手掴みが一番清潔と言う人もいる(ちゃんと洗えば)。食器なんてちょっと
置いとけば埃がたかったり、雑菌が繁殖してたりするもん。
後、日本でも握り飯と寿司は手で食べる(昔の人は寿司は手掴み)。

203:世界@名無史さん
09/02/04 23:26:11 0
別に昔の人じゃなくても寿司を手で食うだろ

204:世界@名無史さん
09/02/05 09:03:20 O
現代に、特定の食べ物以外を手掴みで食う西洋人はいない。というより、それは著しくマナーに反する行為である。
後、日本人が寿司やおにぎりを素手で食うように、西洋人もパンを素手で食ってるが、それはあくまで例外である。
というか、中世ヨーロッパで、清潔って…(´_ゝ`)

205:世界@名無史さん
09/02/05 19:31:43 0
欧州人の騎士への妄想ってさあ。
ドラグーンと重装騎士を混同してない?
重装騎士なんかで軽騎兵に勝てた事一度もないじゃんwww

206:世界@名無史さん
09/02/05 22:58:21 0
中世日本も清潔じゃないだろ
京都の周りは死体がごろごろして悪臭はなってたらしい
治安も悪かったし


207:世界@名無史さん
09/02/06 00:41:58 0
体臭を誤魔化すために香を焚きしめていたのは、平安と中世ヨーロッパに
共通する。平安貴族は風呂入らない。
中世ヨーロッパは冷水浴びはしてたけどね。でも、汚物流入し放題
の川の水を使っていたから余計悲惨なことに・・・

208:世界@名無史さん
09/02/06 17:59:57 0
>>202
インド人はウン子を素手で拭き壁に塗る

209:世界@名無史さん
09/02/07 00:53:07 0
>>202
日常生活から科学技術に至るまで、個々の事例は何れも、
文明の成熟度はまったく別だ。

つまり文明の成熟度とは、何物でもない。

210:世界@名無史さん
09/02/07 01:36:51 0
>>206
おまwww
それ平安時代の日本www
ヨーロッパがうんこまみれなのは19世紀まで続くからwww


211:世界@名無史さん
09/02/07 23:22:25 0
そのうんこまみれの西洋に世界は圧倒されたんだけどな

212:世界@名無史さん
09/02/07 23:33:47 0
うんこまみれの奴ほど強いものは無い。
どれだけの英雄や軍隊がうんこに撃退されてきた事か。

213:世界@名無史さん
09/02/08 04:12:55 0
>>211
されてないからwww
うんこまみれから脱却したイギリスは
いち早く世界最強国になった。

うんこに塗れてるイギリスはしょぼかった。
だがうんこを払拭したイギリスはマジ強い

214:世界@名無史さん
09/02/08 10:06:35 0
しかしウンコまみれのフランスが欧州を席巻したぞ。

215:世界@名無史さん
09/02/08 10:36:41 0
バカ言え
ビクトリア朝時代のイギリスもうんこまみれだったぞ
夏目漱石も路上に散らばる馬糞に辟易したという

216:世界@名無史さん
09/02/08 12:01:08 0
漱石が訪れる前は
上水道にうんこや廃水入ってるレベルだから・・・

217:世界@名無史さん
09/02/08 12:53:07 O
とりあえず文明人としては、武士は騎士と比べて清潔度で一歩リードという事で良いかな?

このままウンコの話が永遠と続くのも何だし。

それより、武士と騎士の、弓矢についての意識の違いについて考えないか。
弓矢の道を最も尊んだ武士と、忌み嫌って法王にまで泣きついた騎士の違いはどこにあるのかってのをね。

218:世界@名無史さん
09/02/08 13:23:17 0
比べるのはいい加減、平安、鎌倉、室町の武士に限定しようぜ


219:世界@名無史さん
09/02/08 13:38:03 0
パリは今でも犬の糞だらけだ

220:世界@名無史さん
09/02/08 14:32:16 0
>>217
馬の体格が下手に良かったせいで「突撃で蹂躙チョーキモチイイ!」状態で
弓とかしょぼく見えたんじゃね?馬上で弓をふるうとかやってられねぇ、と。
あとイングランドの長弓も実は鎧を貫けない程度の威力だったらしいし。

221:世界@名無史さん
09/02/08 14:59:39 0
弓は騎士道にもとる武器とまでは行かんが、
ガチンコ=高貴、弓=あんまり男らしくないし卑怯
みたいな共通認識が当時あったと思われる
また、当時の戦も、弓を使ったガチ戦争と言うよりは、
身代金目当ての身内戦争と言った感が強いのも原因かもしれない

百年戦争辺りからは、戦争の内容もかなりガチンコめいてくるように思うが・・・

222:世界@名無史さん
09/02/08 18:41:22 0
bokken vs long sword
URLリンク(www.youtube.com)

騎士側もなかなか。あと木刀の兄ちゃんかっけえw

223:世界@名無史さん
09/02/08 18:57:46 0
>>222
気分は完全に侍って感じだなw
自分に酔ってますねえ。

224:世界@名無史さん
09/02/08 20:05:54 O
戦争がガチになるにつれ、その価値をドンドン低下させていく騎士。

そして最後は、他兵科には全く無力なカラコールに駆逐される始末。

結局騎士って、突撃しか能のない脳筋馬鹿のアホの子である事は、「ドン・キホーテ」がよく表現してたよなw

225:世界@名無史さん
09/02/08 20:26:04 0
確か、非人道的だってんで禁止された武器はアーバレストだっけ?
とにかく鎧ブチ抜き貫通で、かつ遠距離から狙われて反撃もできずに
騎士が無力化(というか死亡)してしまうので、
非人道的禁止すべきみたいなことになったような
まあ、禁止されても使われてることも多かったようだが

226:世界@名無史さん
09/02/08 20:41:29 0
>>220
イングランドは百年戦争において、当時としては割と画期的な騎士(突撃)殺しの戦術を取ってるね
ロングボウで敵の気勢をくじき、事前に打ち合わせた戦場で決戦することを利用して
尖らせた棒杭を地面に埋めて突撃の邪魔をしてみたり
フランスにジャンヌダルクがいなかったらやばかった

ところで、日本の弓は果たして騎士の鎧を貫けたかね?
時代はだいたい鎌倉ぐらいで、騎士はそのぐらいだとチェインメイルとか着てるのかな
日本の弓の有効射程がどのくらいなのかとか、元寇関係のイデオロギーが激しすぎて
さっぱり調べがつかないんだが・・・

227:世界@名無史さん
09/02/08 20:50:57 0
基本的に弓で鎧を貫くのは難しいだろ。
鎧の種類や弓の強度や弓を引く人間の力などモロモロの要素はあるが、
矢が貫通するような鎧は着る意味が無いどころか、動きを阻害されるわ
刺さった矢を身体から抜くのも難しくなるわで百害有って一利なし。

228:世界@名無史さん
09/02/08 21:22:41 0
>騎士の鎧

プレートメイルやチェーンメイルより(想定戦場によっては)動きやすいレザーアーマーを好む騎士もいるのに
日本の弓が対象のときは常に最強の鎧が比較対照なのですね判ります

229:世界@名無史さん
09/02/08 21:27:06 0
チェーンメイルは弓に、というか刺す攻撃に弱いから、
比べる上では別に弓が不利だと思ってなかったんだけどね
ただ、ロングボウがはじかれたんなら日本の弓は?と思っただけで

230:世界@名無史さん
09/02/08 21:43:53 0
ロングボウ戦術はどっちかっていうと
敵の頭上に矢が雨のように降り注ぐからほとんどは効果がなくても
一発や二発はどこかに装甲の隙間とかに刺さるだろうし
馬もやばいっていう

231:世界@名無史さん
09/02/08 22:10:42 0
そんな飽和攻撃をしてたら直ぐに矢玉が尽きそうだが。

232:世界@名無史さん
09/02/08 22:13:18 0
結局、降り注ぐロングボウをある程度無効化できる鎧を着てる騎士なんて限られてたんじゃないの。
多数の兵士は装甲が薄かったり隙間が多い鎧を着てる奴等で、そういうの相手には効果的だったんだろ。
矢でダメージを受けない前述の騎士なんか数が限られてるんだから、そいつらは大勢の歩兵で囲んでボコればいい。

233:世界@名無史さん
09/02/08 22:28:08 O
イングランドの長弓は、材質がただの丸木弓で、有効射程60~120m。

日本の長弓は、木と竹を張り合わせた合成弓で有効射程180~200m。

長さは、和弓の方が若干長く、最大射程はどっちも同じ400m。

有効射程に差が出るのは、弓の張力もだが、矢がロングボウの方が和弓より長いので、空気抵抗を受けやすく失速してしまう為。

後、チェーンメイルより、大鎧の方が重武装だから。

234:世界@名無史さん
09/02/08 22:46:17 O
クレシーでは、50万本近く使われたらしい。

一人当たり90本弱使われた計算。

後クレシーでは、地面が泥沼化してた上、長篠ばりに馬防柵が敷かれていたらしい。
しかも、嘘か本当か、イングランドの長弓射手は100mの距離で鎧の隙間を射抜けるほどの腕前だったらしい。

そんな相手に何度も突撃かけるなんて、どんだけ脳筋なんだよ……

235:世界@名無史さん
09/02/08 22:52:15 0
>>233
そんなに日本の弓の射程はあったのか。合成弓だからロングボウと最低でも
いい勝負はするんじゃないかと思ってたが・・・

>>234
騎士道の本場がフランスで、妙なプライドを持っていた模様
実際、かなり遅くまで重騎兵が残ってたしね

236:世界@名無史さん
09/02/09 00:21:26 0
>>233
和弓の矢のやじりは大変大型で重いということも付け加えた方が良いような。
小さいやじりももちろんあったけど、大型のやじりはナイフを矢に付けて飛ばしてる
ようなもん。当たった時の殺傷力は恐るべし。

ヨーロッパはなぜか弓をバカにしてきたのは凄く不思議。しかも古典ギリシャ時代からそう
なんだから。中世の騎士はむしろギリシャゆずりの観念を受けたんでないの?
トロイ戦争の敵役、トロイの王子パリス(臆病で卑怯者)の得意とする武器が弓。
アキレスやらヘクトルらの英雄のやることは槍と盾でガチンコ。しかも槍は投げてばっかし。
パルチアン・ショットという言葉も悪いイメージしかない。日本の流鏑馬なんかパルチアン・ショット
そのものなんだけど。

一方、日本は鎮西八郎為朝が大英雄で、得意とするのは五人張の強弓。
平家物語の見せ場は那須与一で、より後世の太平記まで弓合戦を延々物語っている。

237:世界@名無史さん
09/02/09 00:26:11 0
日本は、主力兵器が弓だったからだろうな。

238:世界@名無史さん
09/02/09 00:33:27 0
西欧も弓じゃないの?
ガチで殺し合いしようとすれば、弓を使わないわけにはいかないだろ。
騎士がやってた人質分捕り合いみたいな、なんちゃって戦争ごっこには弓なんか必要無いだろうけどさ。

239:世界@名無史さん
09/02/09 00:33:52 O
ウェールズ人の長弓は鎧を貫けたはずだよ。


240:世界@名無史さん
09/02/09 01:47:11 0
というかそもそも武士は弓馬の道と言われるほど、弓と馬術の習得が最低条件
騎士はそもそも弓なんて大して扱えないだろ

241:世界@名無史さん
09/02/09 02:14:30 0
>イングランドの長弓は、材質がただの丸木弓で、有効射程60~120m。

こっちは基本的につくりが同じまま使われ続けたからいいとして

>日本の長弓は、木と竹を張り合わせた合成弓で有効射程180~200m

それはいつの時代のデータを持ってきてるの?
例えば鎌倉時代と南北朝時代では戦術が変わるほど弓の威力が増加してますが・・・

242:世界@名無史さん
09/02/09 02:16:49 0
>後、チェーンメイルより、大鎧の方が重武装だから。

13世紀前半を想定してるわけ?

243:世界@名無史さん
09/02/09 03:59:44 0
ある程度の高度から大角度で落下する矢は場合によってはプレイトメイルも貫くらしいが。

244:世界@名無史さん
09/02/09 09:48:19 0
ギリシャでは確か、狩猟の女神であるアルテミスが弓を使ってたような
弓=ハンター=動物を追い詰める武器
のような感じで、人間に使うものじゃないとか、庶民の武器だと言う蔑視があったのかもしれない
あるいは、蛮族の使う武器だとか、そういう意味もあったかもしれない
そういえばロビンフッドも弓が得意だね
百年戦争のロングボウも、騎士じゃなくて専門の部隊が使ってたはず

古代ギリシャはギリシャで、歩兵にパイク持たせたアンチ突撃ユニットがあったはずだが、
それは消え去って長く顔を出さなかったね

245:世界@名無史さん
09/02/09 16:31:54 0
そもそも騎士なんて用兵雇える身分だモン
自分が戦う技術習得なんて苦労はしたくないんだろうなw

246:世界@名無史さん
09/02/09 17:32:12 0
戦場で、鉄板に全身くるまったまま馬の上でボーっとしてるのが騎士。
ボウガンで打ち抜かれようものなら「禁止しろ」と泣き喚くのが騎士。
戦場での死者が十数人程度なのがザラなのが騎士。

「死のうは一定」とガチで殺し合い、
勝てば敵の首を切り、負けたら自分の腹を切ってた侍とは雲泥の差。

247:世界@名無史さん
09/02/09 18:31:15 0
>>1
日本の武士も搾取して人口の90%の農民を苦しめただろ
それに

497 名前:名無しさん@一本勝ち[] 投稿日:2009/02/09(月) 00:24:24 ID:kU0wCuB80
銃砲が登場して甲冑が無意味になるまでは
西欧や中国の刀剣も両手で持つ重厚長大な
斬撃用途のものがあった。
甲冑の上から、ぶっ叩いて、敵を倒すものだ。
もしくは両手で刀剣を突き出し、突き倒すもの。

しかし、甲冑を着けなくなると、
剣は細く撓るもので軽く長いものが有利になった。
片手で操作できるレイビアの登場だ。

日本刀(術)は、その進化を怠けていたため、
幕末に洋剣と出会ったときに後れを取ったわけだ。

248:世界@名無史さん
09/02/09 18:54:03 0
武士は西洋の貴族のように土地を独占し搾取したというほど金持ちじゃない、少し裕福な商人百姓の方がよほどいい暮らししてた

>幕末に洋剣と出会ったときに後れを取ったわけだ
日本の合戦は前から長槍、弓、鉄砲が主力だ、幕末の洋剣はサーベルで日本刀と刃をあわせたら真っ二つに折れるほどもろい

249:世界@名無史さん
09/02/09 19:10:23 0
西洋の科学技術に圧倒されたって言う話は散々聞くが、
洋剣に負けたってのは聞いたことないな
しかもレイビアじゃなくてレイピアじゃ?

250:世界@名無史さん
09/02/09 20:08:30 0
>>248
だから江戸時代の官僚化した武士と比べるなよ


251:世界@名無史さん
09/02/09 20:26:14 0
鎌倉でも戦国でも同じだよ、鎌倉時代は武士自ら必死こいて土地を開拓したし
戦国は民百姓守らないと見限られるから必死こいて善政引いた

252:世界@名無史さん
09/02/09 20:32:35 O
鎌倉武士は寺社とか公家の荘園を強奪しまくったけどな。
その反動が建武の親政で出てくるんだが。

253:世界@名無史さん
09/02/09 20:37:59 0
>>249
うん。多分彼はなんか勘違いしてるんだと思う。

254:世界@名無史さん
09/02/09 20:39:30 0
寺社とか公家の荘園というが開拓したのは武士だ
鎌倉幕府というのは武士が朝廷から自分の土地守る為に出来た体制

255:世界@名無史さん
09/02/09 20:44:42 O
最近は武士=東国の開拓農民団発祥ってのは間違いらしいよw

256:世界@名無史さん
09/02/09 20:50:07 0
鎌倉末期の武士は風紀が弛緩してひどかったらしいぞ。
悪党って言葉を聞いたことあるかい。あれは鎌倉幕府末期に徒党を組んで
暴行略奪を働いた武士連中を指したのが元々の起源だ。

>>251
西洋の騎士も搾取してばっかりだったら、農民から見限られたとは考えないかい?
つ>ワット・タイラーの乱

257:世界@名無史さん
09/02/09 20:54:24 0
最近も何も武士は鎌倉以前から居るに決まってんだろが
西国を基盤にした平家だって武士だ

258:世界@名無史さん
09/02/09 20:58:18 O
最近の学説だと武士は中央(京)の軍事貴族発祥らしい。
それ以上は詳しく知らんけど

259:世界@名無史さん
09/02/09 21:08:32 0
武士は元々貴族ではなく番犬だろ

260:世界@名無史さん
09/02/09 21:09:48 O
まあ武士も富士川で逃げ出すような奴から、
モンゴル相手に一歩も退かなかった奴までピンキリっスからね。
十字軍みたいにろくに統制されてないはずなのに
エルサレムやコンスタンティノープル落としちゃう騎士もいるし。

261:世界@名無史さん
09/02/09 21:12:17 O
中央で門番とかやってた奴らが地方に来て略奪の限りを尽くしたのが武士の始まりw
まさにYAKUZAwww

262:世界@名無史さん
09/02/09 21:17:34 0
>>256
悪党は必ずしも名の通りの悪ではない

悪党とは、一般的に社会の秩序を乱す者ないし悪事をなす集団などを意味する用語であるが、日本の歴史においては中世に既存支配体系へ対抗した者・階層を悪党と呼んでいる。

263:世界@名無史さん
09/02/10 00:28:42 0
太平記の時代あたりの武士は滅茶苦茶な感じがするよな
ただ江戸時代の息のつまるような時代より
むしろ風紀が乱れてた時代の方が武士が荒削りでいきいきとしてて魅力的だな



264:世界@名無史さん
09/02/10 10:45:04 O
>262

悪党=トリーズナー
だと思ってる。


そう思うだろ?
あんたも!

265:世界@名無史さん
09/02/11 00:41:50 0
しかし武士って強くてカッケー

266:世界@名無史さん
09/02/11 00:45:02 0
普通は既存支配体系へ対抗すれば悪とも呼ばれる

267:世界@名無史さん
09/02/11 01:27:55 O
もういいよ、肥厨の武士マンセーは

268:世界@名無史さん
09/02/11 01:31:29 O
現代なら、かっこいいけど重くて固く履きにくい輸入靴みたいなもんだ、キシは
履くならオシャレな靴がいいが足は傷だらけ
軽さ実用性よりデザインや迫力

269:世界@名無史さん
09/02/11 03:03:04 O
コー○ーに新作出して貰えないからって、
他板に八つ当たりするのやめてもらえないかな。
コ○エーの糞ゲーで頭トロトロに溶けちゃってるのはわかるけどさ。
糞スレいっぱい建てやがって…

270:世界@名無史さん
09/02/11 06:18:22 0
>>268
騎士の鎧ってカッコイイか?
なんかヤカン被ってる鉄板まみれの変人さんみたいでダサいんだけど。

271:世界@名無史さん
09/02/11 13:48:29 O
基本、西洋甲冑は日本の甲冑に比べて装飾性が低くてダサい。

実用主義と言えばそれまでだが、板金鎧が普及したころには騎士自身の存在価値が失われていた。

因みにチェインメイルは、デザインも糞も無いので論外。

272:世界@名無史さん
09/02/11 13:55:42 0
チェインメイルの上に着る陣羽織、
サーコートは結構格好いい意匠などもあると思うが・・
この辺は個人の好みになってくるがね

実戦にはあまり使われていなかったかもしれないが
フルプレートは格好いいと思うよ
逆に、バチカンのスイス衛兵とかのような、タイツに奇天烈な配色の服のようなのは、
あんまり格好いいとは思わんな。騎士じゃないけど

273:世界@名無史さん
09/02/11 14:42:46 0
騎士の鎧っていってもいろいろあるしなー。
思わず吹いたのが、馬上試合用の鎧。

背中、ねーよ!

274:世界@名無史さん
09/02/11 14:54:01 O
装飾性という観点では、とちらも和式甲冑には遠く及ばない。

それと、板金鎧自体は普通に使われたけど、その頃にはもう装甲槍騎兵は騎士の専売特許ではなかったし、騎兵自体が戦場であまり使えなくなっていった時期。

275:世界@名無史さん
09/02/11 15:00:42 0
装飾性ってなんなんだ・・・

日本の鎧も格好いいと思うが、その基準である装飾性っていったいなに?
遠く及ばないとか断言しちゃってるけど、この辺りは感性次第としか言いようがないのでは
あるいは、そこに使われている技術を比べてみるとか、そんなような感じになると思う

276:世界@名無史さん
09/02/11 15:25:26 O
要は飾り気が無いって事。もっと言えば個々の個性が無い。

日本の甲冑のように、個人レベルでオリジナリティ溢れるデザインが無数にあるわけじゃないしね。

西洋甲冑で、個人を特定する方法が、盾とかに描かれた紋章しか無いのが良い証拠。

277:世界@名無史さん
09/02/11 16:41:38 O
あああれか、兜に「愛」とか文字の飾りがついてる奴かwww
まあ主観と客観の区別も付かぬ肥厨には分相応の感性と言うべきだなw

278:世界@名無史さん
09/02/11 17:06:47 O
「前立」という単語すら知らない厨房乙w

こういうのに限って、肝心の西洋甲冑の特徴すら知らないから面白いよな。

まあ、もう少し勉強してから出直しな、坊主。

279:世界@名無史さん
09/02/11 17:30:07 0
西洋の騎士も俺は何々家の誰々だって感じのが分かる派手な陣羽織みたいのをつけてたよ。

280:世界@名無史さん
09/02/11 18:07:08 O
陣羽織っつか、それ紋章ね。

紋章は、厳格に定められたルールに則ってデザインされた公共的な記号で、個人的センスが殆ど入れられ無い代物。

そんでもって、紋章のデザインだけ違って、後は殆どみんな同じだから、鎧自体の装飾性というとちょっとね・・・

確かに、馬の外被まで紋章で飾った騎士は、ちょっとカッコいいんだけどね。

281:世界@名無史さん
09/02/11 18:21:17 0
兜は一応、いろんなデザインがあったみたいだよ
後に儀式用になってしまったが、騎士が指揮官クラスをやっていた時代は、
装飾鎧なんてものもあった模様
この辺、さっき仕入れた知識だから、なんとも言えないけどw

まあ騎士の鎧の飾りが紋章だとかがほとんどなのは確か
それでも俺は格好いいから好きだけどさ
傭兵になると、武士のようにおのおので面白い格好をしていたんだろうか

282:世界@名無史さん
09/02/11 19:01:05 0
俺の個人的な乾燥だけで言えば西洋の鎧の方が断然かっこうよい。ファンタジー世界に
映えるのは日本の大鎧じゃ無理だ。
日本の大鎧は直垂がスカートみたいにだらしなく見える点、糸が目立って切れそうな
印象を受ける点、脇の下など防備があいてる所が目に付く点などが個人的にいやだ。
ラストサムライとロードオブザリングではどうしても後者の方がかっこうよいし。

283:世界@名無史さん
09/02/11 19:02:59 O
兜の装飾というと、タンブルとトルティルだな。
動物とか角とか冠とか、色々面白いデザインがあるんだけどね・・・

ただ、ぶっ飛び具合が今一歩足りないんだよなあ。

それに、試合用の鎧以外で見たことないんで、たぶん実戦用じゃないんじゃないかな?

284:世界@名無史さん
09/02/11 19:23:39 O
>282

俺も昔はロードスとかのカッコいい騎士鎧に憧れたよ・・・

でもな、実際に調べてみると、ファンタジーはファンタジーなんだよ・・・

鎧はダサいし、騎士はならず者の脳筋だし・・・

なんかもう、「ドン・キホーテ」で騎士物語に終止符を打たれた理由がよくわかったよ。

285:世界@名無史さん
09/02/11 20:00:44 0
鉄砲のせいで大将クラスの鎧が装飾過ぎると狙撃されるから簡素になったという点


286:世界@名無史さん
09/02/11 20:45:58 O
鉄砲に対抗する為、甲冑は大鎧から当世具足に変わったが、デザインそのものは個人の趣向が凝らされるようになって、より派手になってるぞ。

それに簡素になったのは製法であってデザインじゃない。ましてや、狙撃から隠れる為に地味にしたなんて、初めて聞いたが?

287:世界@名無史さん
09/02/11 21:01:22 0
ライフル以前の銃で狙撃なんて当たらないだろ

288:世界@名無史さん
09/02/11 21:09:29 0
>>282
個人的な好みの違いとしか思えんな。
俺はろーどおぶなんちゃらとかいうのよりも、ラストサムライで鎧武者が森から突撃してきたシーンの方が
一億倍カッコイイと思った。

289:世界@名無史さん
09/02/12 04:26:01 0
日露戦争の時の技術でも近接戦闘必要だったんだから、武士=日本人と考えれば最強だろ。
それ以降資本の蓄積がものをいうようになるとアングロサクソン金融が最強。

290:世界@名無史さん
09/02/12 04:53:26 0
ファンタジーに出てくる鎧って実際ねーじゃん
全部銀ピカで、ファンタジーだと兜とかしねーし

291:世界@名無史さん
09/02/14 14:25:39 0
URLリンク(store.shopping.yahoo.co.jp)
エドワード黒太子の大兜

292:世界@名無史さん
09/02/14 14:28:22 0
>>291
いい!!

293:世界@名無史さん
09/02/14 23:09:36 0
>>248
日本刀は明治時代に完成したんじゃなかったっけ?

>>250
剣道が形成されたのって江戸時代でしょ

294:世界@名無史さん
09/02/14 23:15:13 0
日本の鎧は足場の悪い道を走りやすく通気性が良いように作られて
西洋の鎧は隙間がなるべくないように作られている

295:世界@名無史さん
09/02/14 23:18:02 0
>>293
>>日本刀は明治時代に完成したんじゃなかったっけ?

はあ?
頭オカシイノカナ?

296:世界@名無史さん
09/02/15 00:08:05 0
日本刀は平安時代末期当たりに完成されました。技術的に最高峰に達したのは
鎌倉時代です。所謂古刀。以後、この時代の水準を超えられません。
剣道が形成されたのは戦国時代くさい気がする。有名な剣豪は戦国時代当たりが多いし。

鎧はさすがに西洋のプレート鎧は超えられないでしょう。隙間云々だけでなく、
鉄の質自体が違う。日本の大鎧はまだ皮なんかも使ってるし。
最末期のプレート鎧の板金の厚さは4ミリと聞いたことがあります。フライパン
より分厚く頑丈です。
でも、西洋のプレート鎧を着て落馬すると、重すぎて起き上がることができず、
そのまま死んじゃうんです。あれは騎乗専用の武装です。まともに歩くことも
難しいんじゃなかろうか?

297:世界@名無史さん
09/02/15 00:26:21 0
>>295
明治になって製鉄技術が発達して
強度が歴史上最も強くなったんじゃ・・・

298:世界@名無史さん
09/02/15 00:27:01 0
>>296
戦国時代は剣術
剣道=竹刀剣道は江戸時代にできたんじゃないか?

299:世界@名無史さん
09/02/15 00:31:56 0
日本の戦国時代に活躍した当世具足に該当するのは、コンポジット・アーマーだろうなあ。
それ以降のプレートアーマーやフルーテッドアーマーに該当するのは日本にはちょっと見あたらない。
けど、ナイトアーマーは戦争目的のモノもあればトーナメントとかジャウストとかの競技用のものもあるし。
一概に比較は出来ないよなあ。

300:世界@名無史さん
09/02/15 00:33:22 0
戦国時代は剣術なんてお遊びじゃなくて、弓術とか槍術とか実戦で使えることのが主流だろうが

301:世界@名無史さん
09/02/15 00:36:09 0
>でも、西洋のプレート鎧を着て落馬すると、重すぎて起き上がることができず、
>そのまま死んじゃうんです。あれは騎乗専用の武装です。まともに歩くことも
>難しいんじゃなかろうか?

百年戦争や薔薇戦争なんかでフル装甲の騎士が下馬して戦うのが活躍したのは有名だけど。


302:世界@名無史さん
09/02/15 00:40:25 0
>>301
持つと重いけど着ると分散されてそんな重くないらしい
70kgの人間が100kgに太ってもなんとか走れるように

303:世界@名無史さん
09/02/15 00:44:08 0
百年戦争時代の鎧は20kgちょいぐらい。
このぐらいなら、全身に分散すれば普通に走れるし、身体能力に秀でた騎士ならば乗馬下馬を繰り返すのもお手の物だったらしい。
ただ、ヘンなコケ方をすると重さのせいというよりもプレートが関節の動きを邪魔して起き上がれなくなるということはあったらしい。
この辺の動きの制約はカブトムシとかクワガタのそれに近い。
ヘンなひっくりかえり方すると、自重の何倍ものの牽引力を持つカブトムシも動けなくなる。
アレと同じ理屈。

304:世界@名無史さん
09/02/15 00:52:15 0
>>296
鎌倉までは刀匠が自前の炉で鋼の精製から始めていた。
それ以後の炉と比べると、個人で造った炉だから
製鉄技術的には低く、低温で不純物(チタンとか)が多く、
刀身の鋼の成分は各部で均一ではなかった。
しかしこの不純物と不均一さが刀身に粘り気を生んでいた。
刀匠は経験からこの作用を理解し、元のクズ鉄の配合などを工夫して
刀身の出来をコントロールしていたらしい。
もちろんこれを成功させるのは大変難しく、やり直しも多くて効率が悪かった。
この頃の日本刀は一枚鍛えだった。

その頃戦国時代に入って歩兵戦闘が主となり、刀の需要が増した。
出羽、千種とかで高温の炉を用いた鋼の大量生産も始まった。
刀匠も商売でやってるわけだから、コストダウンと効率化を求めて
出来合いの鋼を使って刀を作るようになった。

305:世界@名無史さん
09/02/15 01:01:59 0
>>296
有名な剣豪についてよく調べてみれば分かるが、
戦国末期にならないと出てこない。
ああいう名人芸というのは集団戦闘では要求されない。
剣術をさして、役にたたない、下らない、という戦国末期を経験した武将もいたらしい。
もしそれ以前に剣術が存在したとしても、
薬丸自顕流みたいなシンプルなものだっただろう。

現代の剣道、剣術につながる、体系的で洗練された技術と、指導方法は
念流が初めて生み出したと思われる。
創設者として慈恩という坊さんがあげられている。
平安時代にも剣術の流派があった形跡があるが
中身が分からず、論ずるに足らない。

306:世界@名無史さん
09/02/15 01:07:00 0
剣術が体系化されるのは戦国後期から安土桃山時代にかけて。
要するに、秀吉のような出世を望もうにも既に下克上が成立するような余地が無くなった時代。
この時代になると、戦場で武勲を競って出世する事はほとんど期待できない。
かくして、既に功成った有力な武将に抱えられる事で出世をもくろむ事になる。
こういう武芸者は決闘作法で優劣を競う事になるので、必然的に戦場作法の武術から一対一の剣術が重視されることになる。


307:世界@名無史さん
09/02/15 01:17:46 0
>>303
人間は上半身を曲げないと起き上がれないからな

308:世界@名無史さん
09/02/15 01:18:22 0
道場剣術自体って、江戸時代の初期から幕末で進化したんだろうか退化したんだろうか。

309:世界@名無史さん
09/02/15 01:19:22 0
>>298
上泉伊勢守は、それまでは木刀しかなく危なくてスパーリングができなかったのを
戦国期にして既に袋竹刀というのを考案し、これを盛んに用いていた。
後の柳生石舟斎と初めて対戦したとき
「俺はコレ使うけどアンタは木刀でも何でもいいよ」
と言って、舐められたと感じて怒った石舟斎を返り討ちにしている。

その後江戸期に入り、戦国期の雰囲気も薄れゆき
元禄の頃には型稽古だけのかっこつけの剣術しかなくなり
戦えば素人にも負ける有様で、剣術人気は低迷していた。
この頃の柳生流の人間の日記で
「近頃の若いモンは袋竹刀での対戦すらしない!けしからん」と述べているものがある。
1700年代に入って、この現状を打開すべく、直真影流が
竹刀と防具を用いた稽古を開始し、実力を回復すると同時に
町人、農民層の余暇の増大と、手軽に試合ができるスポーツ競技としての性格が合致して
幕末の剣術ブームへと繋がっていく。

310:世界@名無史さん
09/02/15 01:53:03 O
>>304
よく古釘を意図的にまぜたりしてたよな。
あと同じたたらでも古い形式は玉鋼の取れる量は少なくとも
質が良いてのがあったみたいだな

311:世界@名無史さん
09/02/15 02:09:06 0
玉鋼と三重構造は、生産効率と強度のかねあいから生まれた
当時の日本としてベターな選択だったと思う。

現代の特殊鋼が利用できるなら、三重構造を取って粘りを確保する必要はないし
そうなればシンプルな一枚のほうが強度の点で有利だろう。

312:世界@名無史さん
09/02/15 02:38:16 0
長宗我部元親は幼い頃は姫若子と呼ばれていたが、初陣の際「槍は敵の目と鼻を突くようにし、大将は先に駆けず臆さずにいるもの」と言われ、
いざ戦になるとその通りに行動して鬼若子と言われる程の活躍をしたとされる。

合戦は技術云々ではないという事だ。

313:世界@名無史さん
09/02/15 09:56:51 0
相変わらず武士に変な妄想抱いてる人間多すぎだなw

武士なんて江戸期以前はヤクザに毛が生えたような連中

負けそうになれば簡単に敗走したり寝返る連中がほとんど

314:世界@名無史さん
09/02/15 10:38:56 0
ムスリム戦士たる暗殺教団のアサッシンは当時最強だったイスラムの敵であった
モンゴル帝国の皇帝を暗殺しようともくろんだ。目論みは失敗し、
激怒したモンゴル皇帝は暗殺教団の地域に懲罰軍を送り、かの地を根こそぎ血祭りに挙げたという。
武士がヤクザの毛の生えた連中とするなら、暗殺教団はアルカイダの先駆とも言うべきではないのか。


315:世界@名無史さん
09/02/15 11:19:32 0
>>313
寝返るのは独立してるだからだよ、戦国時の関係は江戸時代の関係というより契約関係だし

316:世界@名無史さん
09/02/15 11:40:46 0
戦国試合じゃ既に鉄砲と槍が主流だろ
刀持った鎧武者のオッサンが一人で「ウォー!」とか発狂しながら突撃したって鉄砲の餌食になるだけ
ハッキリ言って武士は雑魚、ちょっと訓練した百姓にも劣る

317:世界@名無史さん
09/02/15 11:57:13 0
百姓の諺に「泣く子と地頭には勝てぬ」と年貢を取り立てる武士に逆らえない嘆きがあるが。


318:世界@名無史さん
09/02/15 13:29:56 0
>>309
農民とか一部でしょ

>>313
江戸時代の方が酷いでしょ
政権を盗って搾取して貴族政治

319:世界@名無史さん
09/02/15 13:30:54 0
>>317
鎌倉時代は外敵から日本を防衛したじゃん

320:世界@名無史さん
09/02/15 13:31:34 0
>>295はどこへ行った?

321:世界@名無史さん
09/02/15 17:11:47 0
>>314
実際には本拠地が攻略される前にモンゴル軍に降伏して教主ともども生き残ってるけどね。

322:世界@名無史さん
09/02/16 00:38:37 0
ネトウヨは武士が最強じゃないとこまる見たいだが、
はっきりいって200年近い平和をむさぼっていた
朝鮮の正規軍(はるかに劣る兵力数)を圧倒しただけで
明の少数の兵力(文禄:4.3万、慶長:8万~10万)に
さえ勝てず南部四道を確保するのがやっとだったじゃないか!
とても世界最強とは考えられない!

323:世界@名無史さん
09/02/16 00:38:55 0
というかハーンを暗殺とか試みてないからw

324:世界@名無史さん
09/02/16 00:39:20 0
ネトウヨは武士が最強じゃないとこまる見たいだが、
はっきりいって200年近い平和をむさぼっていた
朝鮮の正規軍(はるかに劣る兵力数)を圧倒しただけで
明の少数の兵力(文禄:4.3万、慶長:8万~10万)に
さえ勝てず南部四道を確保するのがやっとだったじゃないか!
とても世界最強とは考えられない!

325:世界@名無史さん
09/02/16 00:39:39 0
>>323>>321>>314

326:パオさん ◆mEq.Fp/iL.
09/02/16 01:07:44 0
日本の武士が世界最強にして史上最大の版図を誇ったモンゴル軍に勝てたのは
日本刀という世界に冠たる武器があったからだ。

参考映像<日本の刀>
URLリンク(www.youtube.com)

327:世界@名無史さん
09/02/16 01:28:44 0
白兵戦の武器で決するほど甘いもんではない。
単に「官軍相整わず」
勝ってる間は表面に出ないが、民族相互の団結力の弱さが
劣勢に立たされて表に出ただけ

328:世界@名無史さん
09/02/16 01:34:19 0
地域諸侯の寄せ集めの田舎国家だから一撃すれば拠点が奪え
あとはどうにでもなるだろうと思って攻め寄せたら
どっこい統一された軍事超大国にボコボコにされたということ

329:世界@名無史さん
09/02/16 01:52:07 0
>>324
島津は数千で20万の明軍を木っ端微塵にしたといわれますが?

330:世界@名無史さん
09/02/16 02:00:43 O
武士を過剰に賛美するのはネトウヨというより
コー○ーのクソゲーに頭を溶かされた連中。
まあネトウヨと親和性高いけどな

331:世界@名無史さん
09/02/16 02:04:55 0
朝鮮も明も日本武士相手にまともに決戦すら出来ない
ひたすら逃げ回った挙句、圧倒的大軍で包囲しながらも逆にシーマンズにボコボコにされたw

332:世界@名無史さん
09/02/16 02:10:56 0
>>323
んな事わかってるよw

333:世界@名無史さん
09/02/16 02:12:29 0
>>331
何度か決戦を試みてはいるんだがその度に撃退されるか攻めきれずに撤退してるな。

334:世界@名無史さん
09/02/16 03:10:29 O
>>324
中国側の資料として七万人死亡した会戦があるがその兵隊はどこから湧いたのかね?
支那人は数しか誇れない弱兵

335:世界@名無史さん
09/02/16 04:26:16 O
>>316
まぁ鉄砲、槍が主な兵器は当然として
いわゆる野太刀を持つ相手に部隊が大苦戦した話を2つ程読んだので刀もそれなりに使える武器みたいよ。
同時の鉄砲は近距離でなければ鎧で弾けるし。


336:世界@名無史さん
09/02/16 06:17:16 i
>>316
戦国時代の侍は「侍筒」って言う普通より強力な鉄砲を使ってたの。
戦争のスペシャリストなんだから、最新の武器に精通してるのは当然だろ。
ちょっと訓練した程度の百姓なんかじゃ相手にならないよ。

337:世界@名無史さん
09/02/16 12:57:30 O
ここで武士を必死に貶してる奴らって、どんなに武士を貶めても、騎士はそれ以下だというのを知らないんだろうか?

338:世界@名無史さん
09/02/16 15:05:13 0
どっちもどっち

339:世界@名無史さん
09/02/16 20:28:51 0
URLリンク(www.meiwasuisan.com)
中世の戦争ごっこ

340:世界@名無史さん
09/02/16 22:18:06 0
>>326
勝てた?ソースは

341:世界@名無史さん
09/02/16 22:19:31 0
>>337
同等だろ

342:世界@名無史さん
09/02/16 23:18:44 0
19世紀まで封建時代やってりゃ武士のほうがよく見えるわ

343:世界@名無史さん
09/02/16 23:35:22 0
武士ってやくざと似たようなもんだ

344:世界@名無史さん
09/02/16 23:40:52 0
まあ、ヨーロッパの封建社会の最盛期は13Cだよな。
それ以降解体に向かって騎士は没落。
封建制が欧州から完全になくなるのは18C後半だけど。

345:世界@名無史さん
09/02/17 06:22:26 0
日露戦争組みも全員士族出身だろ
URLリンク(www.youtube.com)

346:世界@名無史さん
09/02/17 09:09:50 0
>>340
元、高麗、日本、関係国全ての史書に元軍が戦って負けたと書いてある。

『元史』巻一百五十二 列伝第三十九 劉通
「十年、遷征東左副都元帥、統軍四萬、戰船九百、征日本、與倭兵十萬遇、戰敗之。」

『高麗史』八十七巻
「十月、金方慶與元元帥忽敦洪茶丘等征日本、至壹岐戰敗、軍不還者萬三千五百餘人。」

『鎌倉年代記裏書』
「十月五日、蒙古寄来、着対馬嶋、同廿四日、大宰少弐入道覚恵代藤馬允、於大宰府合戦、異賊敗北、」

『帝王編年記』
「六日。飛脚到来。是去月廿日蒙古与武士合戦。賊船一艘取留之。於鹿嶋留抑之。其外皆以追返云々。」

347:世界@名無史さん
09/02/17 15:18:11 0
>>346
台風のおかげじゃなかったの?

348:世界@名無史さん
09/02/17 15:19:05 0
はあ?
頭オカシイノカナ?の>>295はどこへ行った?

349:世界@名無史さん
09/02/17 15:46:05 0
>>347
武士団にやられて、さらに船上でも夜襲されて、更に沖の方に引っ込んだところで台風直撃

350:世界@名無史さん
09/02/17 19:18:10 0
>>347
台風にやられたのは帰り道なんだな。
弘安の役なんかは海上で待機中にやられたらしいけど、
それまで二ヶ月近くまともに上陸させなかったわけで、
神風を差っぴいても鎌倉武士団は健闘したと言っていい。

351:世界@名無史さん
09/02/17 20:30:05 0
文永の役は元軍が優勢だったし、
弘安の役で日本が健闘したのは主力の江南軍10万が合流する前だからな…。

352:世界@名無史さん
09/02/17 22:02:13 0
>>349-350
遠征って難しいんだよね
特に船旅は日露戦争に勝てた理由もそれだし

>>350
2回目は石垣を作ったよね

353:世界@名無史さん
09/02/17 22:24:02 0
>>351
文永の役で、たった1日で敗退した元軍が「優勢だった」などという事実はない。
「元軍が劣勢でこのままでは全滅だから撤退するしかない」とモンゴル人の司令官が撤退を決定したと、
はっきり高麗史に書いてある。

弘安の役でも、主力江南軍10万が合流したのは台風が来る1ヵ月以上前だが、それでも元軍は
博多湾から遠ざかる一方だった。
資料では、日本が殺したり捕虜にしたりした元兵の数は10万人以上。

結局、4万、14万の元軍は鎌倉武士に全く歯が立たないまま、軍事力で圧倒され惨敗したというのが真相。

354:世界@名無史さん
09/02/17 22:43:53 0
武士たちが必死で頑張って外敵を撃退したというのに、
神主や僧侶が「神or仏の加護で神風が吹いて元軍を壊滅させた」
というプロパガンダを流したせいで……。

鎌倉武士カワイソス(´・ω・)

355:世界@名無史さん
09/02/17 22:55:09 0
文永の役で博多、箱崎は陥落して太宰府の水城まで撤退してるじゃん。
これで日本が優勢とは思えないが。

弘安の役は江南軍10万が平戸島辺りで合流して、
「さあ、博多湾へ向けてに総攻撃に行くぞ!」ってところで台風で壊滅的被害を受けたんだろ。
その後、残兵掃討で殺したり捕虜にした、ということだろ。

356:世界@名無史さん
09/02/17 23:02:04 0
>>354
「神風が吹いて元軍を壊滅させた」 というプロパガンダを流してるのは、
戦後の日教組やマルクス主義の歴史研究者たちなんだよ。
戦前はちゃんと「武士たちが必死で頑張って外敵を撃退した」ことになっていたのに、
太平洋戦争で負けた途端、元寇でも負けてたことにされちゃった。

昭和天皇の歴史教科書 国史(口語訳)に書いてある元寇↓

『元はついに武力でわが国を屈服させようと、後宇多天皇即位の年に、高麗の兵を合わせ、数百艘の船をつらねて、
朝鮮海峡を渡り、まず対馬、壱岐をおかし、さらに博多地方に迫りました。九州の豪族たちが奮戦してこれを防いだので、
元軍は深く侵入できずに退却しました。文永末年のことでしたので、これを文永の役といいます。』

『このため、元はまた大挙して攻めてきて、その軍は壱岐、対馬をへて博多と肥前の沿岸にも迫りましたが、
南海、西国の将兵がよく防ぎました。また、偶然にも大暴風雨がおそい、敵の船は破壊され、多くの兵が溺死し、
残った軍はあわてふためいて逃げかえりました。弘安四年のことでありましたので、これを弘安の役といいます。』

URLリンク(www.amazon.co.jp)


357:世界@名無史さん
09/02/17 23:10:29 0
>>355
文永の役で博多、箱崎が陥落したなどとことを裏付ける資料はない。

弘安の役で江南軍10万が平戸島辺りで合流したのは、台風がくる約1ヶ月前。
「さあ、博多湾へ向けてに総攻撃に行くぞ!」って思ったが、日本軍が強すぎて
1ヶ月間逃げ回ってるうちに台風に遭遇したってこと。

358:世界@名無史さん
09/02/17 23:13:58 0
>>356
嘘ついてんじゃねーよ
そういう考え方は「太平記」や「八幡愚童訓」にもみられるだろうが

359:世界@名無史さん
09/02/17 23:16:07 0
世界史厨が必死すぎるwww
世界勝ち抜きトーナメントでブッチ切りのチャンプだった大元ウルスが
日本の国内チャンプに雑魚あつかいされたからって必死にならなくてもww

360:世界@名無史さん
09/02/17 23:19:47 0
>>358
「太平記」は軍記物語だし、「八幡愚童訓」は八幡信仰布教のための宗教書。
どちらも元寇の資料としては二流の文献。
江戸時代の国学者だって、そこに書いてあることが史実だなんて思っていない。

361:世界@名無史さん
09/02/17 23:23:14 0
ぶっちゃけた話、日本が蒙古に勝てた理由って何だと思う?
「日本が強かったから」というなら、具体的にどんなふうに蒙古より強かったのか

362:世界@名無史さん
09/02/17 23:25:40 0
>>360
>「神風が吹いて元軍を壊滅させた」 というプロパガンダを流してるのは、
>戦後の日教組やマルクス主義の歴史研究者たちなんだよ。

この部分に対して言ってるんだよ
それとも何か、これらの著者はマルクス主義者なのかい?

363:世界@名無史さん
09/02/17 23:27:08 O
まあ百済のサウラビの子孫だからじゃね?

364:世界@名無史さん
09/02/17 23:29:45 0
中央政府による統制。
それが保証する頭数(弘安)。

兵員の質。よく訓練され、実戦経験も豊富で、
矢を防ぐ能力では一流の大鎧と射程の長い弓と最高の刀剣を装備した
重装弓騎兵が相互に支援しながら万単位でわらわら湧き出してくる。

そりゃ負けます。

365:世界@名無史さん
09/02/17 23:31:29 0
>>362
現実に現代の日本人に「神風が吹いて元軍を壊滅させた」 というプロパガンダを流してるのは、
戦後の日教組やマルクス主義の歴史研究者たちじゃん。


366:世界@名無史さん
09/02/17 23:32:35 O
元軍は大多数が高麗・旧南宋の兵でモンゴル人がほとんどいない
軍隊だったんだろ?

367:世界@名無史さん
09/02/17 23:35:43 0
>>366
歩兵ばかりだったのは8000人の高麗部隊。
その他の蒙漢軍が2万5000。

それにモンゴル高原出た時点でモンゴル軍にモンゴル人なんてほとんどいない。

さんざんガイシュツ。

368:世界@名無史さん
09/02/17 23:38:22 0
フビライの遠征って結構失敗してるよね。
チャンパ-とかシュリーヴィジャヤとかシンガサーリまで行ってるけど
結局失敗したよな。どれも、海から攻めてる。

369:世界@名無史さん
09/02/17 23:38:56 0
>>365
別にプロパガンダじゃなくとも、
こういう考え方は当時から存在してたわけだ
それをさも左翼特有の考え方のように言ってるんじゃねーよ

370:世界@名無史さん
09/02/17 23:43:48 0
>>369
軍記物語や宗教書の中に存在していた特殊な考え方を、「歴史的事実」として普及させたのは
戦後の日教組やマルクス主義の歴史研究者たちだろーが


371:世界@名無史さん
09/02/17 23:44:37 O
蒙漢軍って騎兵部隊だったのか?
軍馬を船に乗せるって当時はすごい手間だっただろ。

372:世界@名無史さん
09/02/17 23:47:33 0
手間がかかるのは今も同じ。手間をかければ普通に連れていける。
ノルマンコンクェストでも騎兵連れてってる。

373:世界@名無史さん
09/02/17 23:49:14 0
>>371
八幡愚童訓
「其中に、大宰少弐三郎左衛門尉景資殿を、日大将軍として待かけたるところ、
十月廿日未明より、蒙古陸地に、おしあかり、馬にのり、旗をあけて攻かかる」


374:世界@名無史さん
09/02/17 23:49:42 0
吐蕃とか大理国を征服したのもフビライだっけ?
やっぱ地続きだと強いのか。

375:世界@名無史さん
09/02/17 23:50:31 0
>>371
日本から対馬海峡越えて朝鮮半島で暴れまわった倭寇も、大量の騎馬部隊を抱えていた。
倭寇にできたことが、国家事業として日本に攻め込んだ元や高麗にできないはずがない。

376:世界@名無史さん
09/02/17 23:58:36 0
>>370
だから、それ以前にそうした考え方があり、また軍記ものの作者がそう書くほど広まっていたのに、
何でマルクス主義者が広めたことになるんだ

377:世界@名無史さん
09/02/18 00:00:45 0
>>375
私的海賊より国家が有利とは限らないよ、特に前近代ではね
国家というのはたしかに私的な武装集団よりできることは大きいかもしれないが、障害もやはり大きい

どうでもいいけど、戦前・戦中の歴史教科書には神風について書かれてなかったの?

378:世界@名無史さん
09/02/18 00:04:43 0
>>376
八幡愚童訓は八幡の加護を強調するために書かれた宗教プロバガンダで
既に広まっていたわけではなく、これから広めようとしたもの。

しかし世間は面白い書物としては読んだが、いっこうに騙されなかった。
昭和天皇の教科書にも武士が蒙古をボコボコにしたとはっきり書かれている。

ところが戦後にろくな史料批判もできない智恵遅れのマルクスかぶれの文系が
矛盾するところは妄想で補って広め始めた。

379:世界@名無史さん
09/02/18 00:06:29 0
>>377
へぇ、海賊に運べる騎馬を国家が運べないなんてどんな障害があるの?
参考までに教えてほしいね。

ちなみに史料にはモンゴル軍は馬によく乗る、とはっきり書いてありますから。

380:世界@名無史さん
09/02/18 00:10:56 0
>>378
もう何でもマルクス主義者だなw

381:世界@名無史さん
09/02/18 00:12:07 0
>>380
反論できない知恵遅れマルクス主義者の図。

382:世界@名無史さん
09/02/18 00:13:29 0
維新政党・新風

383:世界@名無史さん
09/02/18 00:15:53 0
マルキシストってのは戦後になって張り切ったんだよ。
これからは俺達の時代だ!ってね。
これまでマルキシストをバカにしていた社会を解体し、否定し、
素晴らしいマルクス主義を広めてやろう!そんな感じ。

70年代で化けの皮が完全に剥がれて
「やっぱバカはいらねーや」って捨てられて
またゴミ漁りに戻っちゃったけど。

384:世界@名無史さん
09/02/18 00:18:26 0
>>37
文永の役について、戦前の歴史教科書は神風の記述がなかった。
弘安の役については、大正期にはじめて登場する。
戦中は武士の奮闘と神風によって撃退みたいなストーリー。
そして、敗戦後初めてつくられた歴史教科書「くにのあゆみ」からは、武士が戦闘で負けていたことになり
現在のストーリーになった。

385:世界@名無史さん
09/02/18 00:19:52 0
>>379
に答えられないマルクス主義者。
帰ってオナニーしながら党大会で発表する原稿書いてるんだろうな。
「日本が右傾化してるニダ!元寇の評価にも反動化の徴候が現れているニダ!
これからみんなで論破してやるニダ!」

386:世界@名無史さん
09/02/18 00:21:21 0
>>381
よく言うぜw
「軍記ものの作者がそう書くほど」っつってんのに、
八幡愚童訓の話に持っていくような、論点ずらし野郎に言われたかねーや

387:世界@名無史さん
09/02/18 00:22:26 0
>>386
どの軍記ものにそんなことが書いてあるの?

388:世界@名無史さん
09/02/18 00:24:01 0
>>387
太平記

389:世界@名無史さん
09/02/18 00:27:21 0
>>388
プッwww太平記wwwwバカだコイツwww

390:377
09/02/18 00:27:30 0
>>384
ありがとうございました
>>379
勘違いしてるようだけど、別に俺は元寇が騎馬であることを否定したわけじゃないよ
ただ
>倭寇にできたことが、国家事業として日本に攻め込んだ元や高麗にできないはずがない。
こうした理屈は歴史の中では必ずしも正しくないといったまででね

391:世界@名無史さん
09/02/18 00:28:31 0
>>390
じゃ、正しくない事例よろしく。

392:世界@名無史さん
09/02/18 00:29:21 0
>>386
太平記は神風云々以前に、九州全土が蒙古の支配下になったことになってるんだが、
そんな歴史認識は太平記以外にまったく普及していない。
太平記を根拠に神風の認識が普及していたというのは無理があるね。

393:世界@名無史さん
09/02/18 00:29:30 0
てかさ、「武士」と「騎士」どっちが強いかとか
「日本」と「元」どっちか強いかとか
はっきり言ってくだらないと思う
歴史はゲームじゃないんだから
「白人」「黒人」とか「ユダヤ」「イスラム」とかに置き換えてみれば
こうした議論のばかばかしさがよく分かると思うが

394:世界@名無史さん
09/02/18 00:30:23 0
>>391
全盛期のバイキングと西欧の王国ではどちらが海軍力があったか

395:世界@名無史さん
09/02/18 00:30:44 0
>>393
倭寇にできた騎馬の船舶運搬が、
高麗や元にできない理由としてどんなものが考えられるのかな?

396:393
09/02/18 00:31:19 0
いや、なぜ俺に聞くw

397:世界@名無史さん
09/02/18 00:31:37 0
>>394
西欧に決まってるじゃん。
君、何のためにバイキングすると思ってるの?
ここにない金が西欧にあるからだよ?

398:世界@名無史さん
09/02/18 00:32:33 0
馬鹿?

399:世界@名無史さん
09/02/18 00:33:12 0
>>394
西欧が中央集権化したらバイキングなど相手にならなかった。
だから急いでハラルド美髪王が中央集権化を進めた。

元とは比較にならない事例だな。他には?

400:щ(・∀・㍉)
09/02/18 00:36:51 O
戦国時代や中世なんて、現代人が思う以上に地獄絵図だろ
疫病や飢饉、狂気に塗れた坊主や信者。徘徊するゾンビみたいな村人。金めね物や食糧を奪う山賊や盗賊に海賊。
ところ構わず、性欲にふける老若男女。
そんな中で、日々死と隣合わせの戦士の事をどっちが最強だとか現代人に分かるわけない。

401:世界@名無史さん
09/02/18 00:37:07 0
>>393
元寇の戦利品をして伝えられてる品の中には、モンゴル軍が欧州遠征で獲得したと思われる
十字の印をつけた兜があるんよ。
欧州遠征で騎士を打ち取った蒙古が日本で武士に打ち取られてるんだから、武士は騎士より
強かったと言えるんじゃないの。

402:世界@名無史さん
09/02/18 00:38:02 0
つか、西ヨーロッパの王国ってかなりの数が土着したバイキングと現地人の混血じゃん。
フランク王国だってそうだし、デーン王国だってそうだし。

403:世界@名無史さん
09/02/18 00:38:10 0
>>394
倭寇にできた騎馬の船舶運搬が、高麗や元にできない理由を聞いてるんだけど。
答えが西欧とバイキングじゃ話にならないな。

他に反論ある?低能クン。

404:世界@名無史さん
09/02/18 00:38:43 0
>>399
ゲルマン蛮族vsローマ帝国

405:世界@名無史さん
09/02/18 00:38:55 0
>>402
フランク王国がバイキングって・・・
時代がずれ過ぎなんだけど。
ここ本当に世界史板?

406:世界@名無史さん
09/02/18 00:39:30 0
騎馬の運輸たって、数が違えば難度だって変わるだろうに。


407:щ(・∀・㍉)
09/02/18 00:40:54 O
ケンシロウが最強だよ以上

408:世界@名無史さん
09/02/18 00:40:57 0
>>404
元と倭寇の関係とは比較にならないな。

倭寇にできた騎馬の船舶運搬が、高麗や元にできない理由を聞いてるんだけど。
いい加減答えてもらえるかな?

409:世界@名無史さん
09/02/18 00:41:56 0
>>403
あのだから別に俺は元の輸送能力に異議を唱えてるわけではなくて
必ずしも私的武装集団より国家のほうが強いわけではないということを言いたかったわけで
もしかして俺を誰かと勘違いしてない?
まあでもこの流れでそういう書き込みをすればそうとらえられてもしかたないわな
俺が悪かった、スマソ

410:世界@名無史さん
09/02/18 00:43:31 0
>>409
倭寇にできた騎馬の船舶運搬が、高麗や元にできない理由を聞いてるんだけど。
君はそういうことが有り得ると主張してるんでしょ?
IFでいいから答えてみなよ。

あ、元がローマ帝国並みに没落してるとか、
暗黒時代の欧州並みに分裂してるとか、
そういうバカげた設定はなしで。

411:世界@名無史さん
09/02/18 00:44:42 0
弘安の役の前に元のクビライが高麗へ送った注意書き読むと、軍馬のあつかいについての指示が
かなりの割合を占めている。
元軍に軍馬が少なかったとは考えられない。

412:世界@名無史さん
09/02/18 00:46:50 O
欧州遠征の頃のモンゴル軍と日本遠征の頃の元軍じゃあ
兵質が違うんじゃねーの?
元軍なんてヴェトナムやマジャパヒト王国にすら負けてるし

413:世界@名無史さん
09/02/18 00:47:11 0
>>410
UFOが元の馬を全部キャトルミューテーションしてしまった。
元の馬係りが全員記憶操作されて揃って馬の用意を忘れてしまった。

宇宙パワーを借りれば想定可能。

414:世界@名無史さん
09/02/18 00:49:06 0
宇宙パワーかよwww

415:世界@名無史さん
09/02/18 00:55:49 0
>>412
弘安の役で兵10万、船3500隻を失ったモンゴル軍がその後弱体化するのは当然。
ベトナムでもジャワでも、数百隻単位の艦隊しか送れなかったことが致命傷となっている。
もろに日本に大敗した影響なんだよ。

416:世界@名無史さん
09/02/18 01:04:03 0
>>363
携帯は嫌韓厨が百済だけは味方してるの知らないのな

417:世界@名無史さん
09/02/18 01:05:53 0
暴風雨の自滅を大勝として語るウヨキモい

418:世界@名無史さん
09/02/18 01:08:23 0
圧倒的に日本軍が強かったんなら何で幕府が崩壊したんだよ

419:世界@名無史さん
09/02/18 01:18:07 0
>>418
恩賞として与える土地の不足、
対外戦争に対処するための得宗権力の強化とそれへの一般御家人の反発、
貨幣経済の浸透による農村の自給自足経済の動揺、
細分相続による御家人の貧窮化、

まっ、勝つには勝ったけど、得たものは何もなかったってとこだろ


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