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8世紀、カスピ海・黒海の北岸一帯のとある国が国民総出で「ユダヤ教」に改宗しました。
その国の名を「ハザール」(Khazaria)と言います。
ハザールは東にイスラム教を奉じるイスラム帝国(アラブ人)、西にキリスト教(東方正教会)を奉じるビザンティン帝国(東ローマ帝国)の
二大超大国と国境を接していました。そして、双方から自らの宗教(イスラ ム教とキリスト教)へ改宗するよう、迫られていたのです。
しかし、これはハザールにとって 大きなジレンマでした。
ビザンティン帝国・イスラム帝国双方共、敵に回したくはないハザールは、結局、キリス
ト教でもなく、イスラム教でもない、第三の宗教「ユダヤ教」を「国教」として選択したの
です。ご存じかとは思いますが、キリスト教もイスラム教も根は同じで、ユダヤ教徒は「啓
典の民」として差別される事は無かったのです。これで、ハザールも安泰かに思われたので
すが、ビザンティン帝国の謀略やら、国内諸民族の紛争・国土の荒廃・経済基盤の崩壊によ
って9世紀には衰亡。10世紀に遂に国家が消滅し、ハザール人は各地へ離散してしまったの
です。そして、この時、ヨーロッパに入ったハザール人改め新・「ユダヤ人」の内、ある者
は「ヴェニスの商人」に代表される商業・金融の中核へ、又ある者は各国政界の中枢へと食 い込んでいったのです。