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ヨーロッパは大砲が発達した17cにはもう築城なんて行われていなかった
野戦築城 土塀や塹壕を用いた要塞建築が主流。同時代の日本の城と比べる
ならば大砲の存在をなによりも考慮しなければならない。西欧において火砲
の装備の過剰、銃器の過剰供給などは寧ろ好都合。火砲の多い軍が圧倒的
に優位だった。大阪の陣でも もはや 築城による篭城戦法は時代遅れと
あきらかだった。がこれを最期に日本は260年の江戸幕府が開かれ、
ヨーロッパのような要塞建築の技術が進歩しなかった。
何世紀も前に作られた城にこもって火砲をあびながら戦った明治時代に
ヨーロッパの野戦築城があれば、戦況も変わっただろう。五稜郭はナポレオ
ンよりまえにフランスいた要塞建築家ウォーパンが考案した
ウォーパン式築城 星型や二重壁を用いた要塞であるが、どちらにしろ時代遅れの
産物だった。ちなみにこのウォーパン式築城はフランスのいたるところに
つくられマリーアントワネットの無駄遣いなど、遥かに及ばぬ多額の負債を
フランスにもたらした。