07/10/02 08:32:54 0
>>191
>よって北京城より狭い京都御土居の範囲が広いといって防御機能を否定する意見には妥当性がない。
北京城より狭いかどうかは論点になっていない。
>京都の御土居がそれらの例と同様に農地が広がっていても特に不自然なことではない。
当時の京を考えても農村まで含まれている。
>豊臣時代、特に聚楽第が存在した時期は洛中に大量の兵力が存在しており、広い京都の御土居を守備することは可能である。
聚楽第で集中して防御も出来、洛中の寺院も要塞化しており陣城のように扱える。
わざわ御土居を築造する必要性がない。
>雨による侵食から土塁を保護するためには何らかの樹木が茂っているほうが好ましく、実際に各地の城の惣構えや主郭の土塁部分でも各種の樹木が植えられている。
その場合は、上記で既に指摘されているが、樹木ではなく芝生で表面を保護している。
また、土塁の斜面を滑りやすくするために滑りやすい草を植えたりするのが通常。
また、富田林の土塁に関しては、土塁に竹を植えたとは述べられていない、
土塁と竹と並列して述べられていることから、別の防護の施設と通常読み取られる。
また、逆茂木にするなら、土塁の上部にはしない、土塁の「麓」か斜面にするもの。
>有事に兵士が移動する最上部だけ竹が生え茂らないように伐採しておけば移動も問題にはならない。
京の御土居には上部も竹で覆われており、武者走りが存在しない。
>各地の城の惣構の殆どは出入り口の櫓門を除けば櫓は築かれないほうが通例である。京都の御土居でも櫓が築かれていないことは、不自然ではない。むしろ通例通りといえる。
京の御土居には櫓の遺構がまだ発見されていない。
発見されて無い以上、無いと判断するしかない。
また、御土居の出入り口には総構にもある筈の虎口など防護施設がなされていない。
周辺の総構の山科を囲んだ土塁には、出入り口には必ず虎口などがなされている。