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<2>医師らひそかに中絶手術
◆厚生省「超法規的措置」で保養所開設
「不幸なるご婦人方へ至急ご注意!」。満州(現中国東北部)や朝鮮半島から博多港に
向かう引き揚げ船では、こんな呼びかけで始まるビラが配られた。
「不法な暴力と脅迫により身を傷つけられたり……そのため体に異常を感じつつある方は
……」「診療所へ収容し、健全なる体として故郷へご送還するので、船医にお申し出下さい」
(中略)
ビラを配ったのは、現在の韓国の首都ソウルにあった京城帝大医学部の医師たちの
グループ。
このグループは終戦後の朝鮮半島で日本人の治療に当たっていたが、ほとんどは45年
12月ごろに帰国。引き揚げ者の治療を続けるため、外務省の外郭団体「在外同胞援護会」に
働きかけ、グループ全体を「在外同胞援護会救療部」に衣替え。46年2月、博多港に近い
日本最古の禅寺「聖福寺」に、診療所「聖福病院」を開設した。
(中略)
このグループの一員で、京城女子師範学校で講師も務めた医師は、引き揚げてきた教え子
と久々に再会した。しかし、話しかけても泣くばかり。両親から「ソ連兵に暴行されて妊娠した」
と打ち明けられた医師は、グループの他の医師と相談して中絶手術に踏み切ったが、手術は
失敗し、女性も胎児も死亡した。
すでに、博多港に着きながら、暴行されて妊娠していることを苦にした別の女性が、海に
飛び込んで自殺する事件も起きていた。(つづく)