仏教の歴史at WHIS
仏教の歴史 - 暇つぶし2ch883:世界@名無史さん
09/07/20 18:23:04 0
>>881
外道の教祖が似たような事を言ってた気がする

884:世界@名無史さん
09/07/20 21:13:18 0
>>883
wikipediaで見た限りではアジタ・ケーサカンバリンの快楽至上主義の事かなぁ。でも「全てすばらし
い」じゃなくて「来世とかあの世とか存在しないから、この世で快楽を尽くせ」って事のようだよ。「楽しみ
にはもれなく悲しみも付いてくるけど享受しろ」とも言ってる。

885:世界@名無史さん
09/07/26 01:18:49 0
391年に日本が南朝鮮を植民地化し、
その後の混乱を経て663年、白村江で唐・新羅に大敗し交流が途絶えてしまいますが、
仏教か日本に伝わった538年の百済は日本の植民地でおそらく多くの日本人がいたと思います。
391年以前に既に相当数の日本人が現地に根付いていたはずです。
そうなると百済はほぼ日本人の国と考えても良いのではないでしょうか?

886:世界@名無史さん
09/07/26 02:14:01 0
>>885
スレ違いだな。

887:世界@名無史さん
09/08/03 08:05:39 0
立川流に入りたいです。
どこに往けばよいでしょうか?

888:梵阿弥
09/08/03 15:56:32 0
>>81
図書館で手に取った事あります。目次くらいしか見ませんでしたが。訳者あと書きによると、
エジプトに禁欲行の集団があって、名がインドの集団と似てるらしいですね。
只、名が似てるだけで断定してしまうのは飛躍だ、というのが訳者の感想でしたね。
>>?のアレクサンドロスのクレメンスの、佛教徒を含むインドの行者に対する描写は具体的であり、
単なる噂だけで無くエジプト辺りで自身で接触したかもしれない、と思う一方で、
もしそうならもっと自身の経験を、例えば、彼等にこの件を尋ねたらこう答えた、
といった話を書いても良さそうに思えます。
そういえば、>>858でも紹介されてますね。同じ人かもしれませんが。
逆に、インドに於ける蓮の意匠はエジプト起源と言われている。ナイルの増水期の
舟遊びの絵に出てくる。死後西方で暮らす、というのもミイラに象徴される
エジプトの来世観の影響という説が在りますね

889:梵阿弥
09/08/03 15:59:09 0
>>700
>ネオ・ブッディズム
あのインド新佛教というのは、アンベドカル師の提唱により、
1956年に最下層民の集団改宗で出来ました。
被差別民自身がヒンドゥーでは、差別は何時までも解消されない、と考えての事です。
別に日本人が始めた訳じゃありませんよ。それまでのインドの佛教徒はとても少なかった。
インド共和国の1961年の国勢調査によると、それまでの10年間で佛教徒は
18万から325万人に増えている。
そしてアンベドカル死後は勢いが衰えましてね。
あまり増えず、特に人口爆発の状況では人口比でどんどん減っていた。
活気ある指導者が望まれてたみたいですね
>>820
絵解き、在りますね。地獄図等を見せて、佛法を説いて聞かせる。
今でも例えば紀伊日高の道成寺でやってるそうです。あそこは有名な鐘巻の話ですね

890:山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte
09/08/04 00:09:50 0
>今でも例えば紀伊日高の道成寺でやってるそうです。
元絵は足利義昭が見たことで有名ですが、文中に中世に多用された「女人地
獄使 能食一切人 外面如菩薩 内面如夜叉」の文句があるので、こちらは
人は心によってどちらでもなりうるという説明で流すそうです。
実際、仏典の解釈がかなり強引なものも含むのは、過去もありましたからね。
姑が嫁を脅かそうと鬼面をつけて……などの話も語られることがあります。
貝祭文など、そうした説教文芸の集いは今でもよくありますね。
絶対数が減って来ていますが。
涅槃図の解説なら、今でも珍しくない。猫や摩耶夫人の下りが盛り上がる。

891:世界@名無史さん
09/08/05 16:31:11 0
日本信仰史―神儒仏道耶― 一
URLリンク(blog.livedoor.jp)


892:世界@名無史さん
09/08/05 22:20:24 0
山野某さん

厳密に言うと、仏教ってシッダールタさんの教えじゃないんでしょ?

893:世界@名無史さん
09/08/05 22:39:57 O
仏がゴータマ・シッダールタになったり親鸞になったり山野さんになったりするんじゃないか?

894:世界@名無史さん
09/08/05 22:56:36 0
三身説かwwwww

895:山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte
09/08/05 23:56:09 0
>>892
単に「仏の教え」という意味での仏教ならばともかく(前近代に仏教といえ
ばこちらの意味でしたが)、近代に移入された宗教という概念による仏教、
釈迦の初転法輪から現代まで続く仏教であれば、もうシッダールタ個人の説
いたこととは、ほぼ関係なく存続していたと言えるでしょう。

そもそも、原始仏典ですらどこまで忠実であったか分かりません。
富永仲基が江戸中期に推測したように、韻文のみが伝わってそれに散文が肉
付けされたのかもしれませんが、釈迦の入滅からアショーカ王の時代までの
約1世紀の期間に、どこまで変っていたのか不明です。

その上、これは記録自体に言えることですが、現存する仏典の内容が、何時
漢訳されたかなどである程度成立時期が分かるとは言っても、現存する写本
の内容と、当初の内容がどこまで合致するのかも保証の限りではない。

896:山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte
09/08/05 23:57:29 0
これらを明らかにするのが歴史的な研究ですが、歴史上の仏僧も信者もそこ
まで考えて経典を読んでいた訳ではないでしょう。
地理的な広がりも歴史的な広がりも考えれば、仏教全体について言うことは
容易ではないでしょうが、ただ言えると思われるのは、現状と最初期との間
には、ずいぶん深い地層が存在しているのだろうということです。

しかし、それは果たして批判や否定に結びつけるべきものでしょうか。
思想や文化は、文章と共に変化し、改変されていくものです。
これは不可避でしょう。怪しさを言うなら、キリスト教ほかも怪しい。
だからといって、現在の経典そのものや経典の変化した文章、習俗などを回
帰させることに、どれほどの意味があるものか。

往年の神仏分離などは、古を理想化し、古代の状態にすればうまく行くとい
う根拠のない考えに取り付かれて実行されたものでしたが、その結果は単に
破壊(と近代日本のイデオロギー)を生み出しただけでした。
イデオロギーの方は、復古思想の担い手たる平田国学や水戸学など、屁とも
思わなかった新政府の面々が、上手に使って行くことになりますが。

教えが元の状態じゃないから駄目だという発想自体、根拠がないでしょう。
寧ろ、現状を否定した原理主義は危険なだけです。
原点に戻れという考えは、その原点とされる釈迦やイエスが自分たちよりも
凄いと考えていれば成り立つものでしょうが、それも根拠がありません。
釈迦の教えになく、現代人の信仰している仏教にあるものもあるでしょう。

過去2000年以上に渉って変化した教えの方が、釈迦の説いた分の教えよ
りは、多様性という点において、現代には相応しいではありませんか。
勿論、その中における釈迦の教え(と考えられるもの)の価値までもが否定
されることには、ならないと思いますが。

897:山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte
09/08/05 23:59:02 0
「仏教」を釈迦個人の教えに限定するから、逸脱したという考え方になる訳で。
過去から現代までの「仏(を志した人々)の教え」でしょう。実際の所。

898:山野野衾 ◆m6VSXsNcBYte
09/08/06 00:08:33 0
要するに、釈迦を特別視・神格化するから遠慮が出るのであって、仮に仏教
を1から2000までの数の連なりと見た場合、釈迦は最初の1ではあって
も、全体を構成する1部の数としては残り2~2000と同等であり、自分
も仏教と向き合う人間=2000として釈迦と同等である、と。

私の恩師は日本や中国史上の仏家を取り上げる際、宗門学者のみならずマル
クス系の史学者までもが歴史上の高僧を天才扱いして、気付かないことが多
いと常々言っていましたが、それぐらいに構えてもいいでしょう。
仏教徒として生活するにせよ、仏教史をやるにせよ。
どんな史上の人物とでも、茶飲み友達ぐらいの気分で扱うことです。

899:世界@名無史さん
09/08/06 07:45:39 0

お釈迦様は「真実」を発見されたわけでしょう。

常に「お釈迦様が何を言ったか」ではなく、「真実」に依拠するのが正しい態度。


900:世界@名無史さん
09/08/06 07:48:10 0

しかしその発見自体はとてもすごくてありがたいことなので、

尊崇してやまないのは人間として自然な態度。


901:世界@名無史さん
09/08/06 08:43:32 0
ある本でインドの仏教徒の王様(アショカ王だったかな?)が
エジプトとリビアの戦争をやめさせる為に使者を送ったという話が載っていましたが
詳しく知っている人はいませんか

902:世界@名無史さん
09/08/07 05:47:43 0
>>899
と言って妄想に耽るだけ、釈尊は妄想から抜け出す道を
妄想を通して説かれた、説かれた通り実践し結果を出してきた聖者に
従わず自分で解釈、体験できると思うのは間違い。

なぜなら、インド学は200年の伝統があるが誰も悟っていない。
釈尊以来、2500年ほどたっているが、伝承以外で仏教的に悟った人が
出ていない。こちらは解釈か知られていないだけの問題かもしれないが、


903:世界@名無史さん
09/08/07 08:21:02 0
>>896
同感だな
原理主義者というものはたいていとんでもないカルトを生み出すからな
今のイスラムの原理主義者といい、(恐ろしいことにwwコーランすら読まない原理主義者)
キリスト教でも結局資本主義と福音派とネオコンを生み出しただけだったし、
神道のほうは、明治維新を成立させたのはいいが、国家神道を
生み出してしまったし、
マルクス教の原理主義者は連合赤軍やトロッキストを生み出しただけだし、
○○の昔に帰れとアジるやつはたいていろくなのがいないなぁ


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