04/04/22 02:00
>>252
>領土も通貨も制度も法もすべて象徴的、即ち宗教的な信念(信用)に支えられ
>た規範意識であり、自然的な意味で物質的な実質をもつわけではありませんからね。
そもそも「象徴的」というのは「即ち宗教的な信念(信用)」ではありませんよ。
特にラカン的な意味、あるいは吉本的な意味であれば「象徴」というのは主体が環界
(外部、主に自然的物質的実質を含む)を想像力なしで認識する作動方法です。
それから「規範意識」は必ずある特定の空間性に基づいて生成します。この空間性とは
個別的現存(個人)それぞれの在り方に由来しますが、この在り方というのは物理的な
限定のこと(場所的限定でも可)です。吉本(あるいはマルクス)の理論では以上のようになります。
>国家は、宗教的な権威にプラスして、物理的な暴力行使
>の手段を組織したことにその差異が求められています。
やはり「物理的」ですよね、国家の属性は。
すると「国家が脳内で完結する一種の宗教団体」というのは間違いですよね。
「脳内で完結」してしまっては、複数の他者を包含する共同性は成立しないですから。
笑い話のようですが「脳」は個人個人別々であり、物質的なものを媒介としてでなければ
共通認識も共同性も生成しませんから。