08/06/27 01:13:56
>>255
それこそがちがちのネオリベ的発想だなあ。ネオリベがなぜ似非リベラルなのかが
よくわかる。
彼らは既成のシステムが個人の選択を制約して個人にそのなかでの適応的選択、
つまり妥協的選択を大きく強いている現実を無視するか、是認し、その選択を
個人が勝手にしたんだから全部自己責任であるか、または努力不足であるとする。
その選択のさいに選択者がその社会から被っていた抑圧的な構造と制約を棚に上げ。
派遣社員は派遣の不安定さ処遇の悪さを知りながらもみずから派遣会社に登録し続け
てきているのだから、それによるリスクは全部自業自得だという論法だ。
いまの教育制度のなかでは学校に行かない選択によって多大なリスクを被る仕組みに
なっているゆえに個人には行く選択しか事実上無いに等しいという構造は不問に付す。
にもかかわらず、ネオリベラリストはそれをリベラルな社会だと言い張る。
第三項の権力を不問に付すことで労働者を囚人のジレンマ状況に必然的に追い込む
「選択なき選択ゲーム」の規則を課しているだけなのに。
北朝鮮のなかでも将軍様に逆らう個人の自由はある。一部に反体制分子もいるだろう。
しかしそれが多くの人になぜできないのか。その選択に社会の仕組みが多大なリスクを
課すからだ。マンセーしたものだけが出世して上流階級に昇進する人生の道が開ける
体制の下では、多くの人はマンセーする道を適応的に選択するに決まっている。
おまえが好き勝手に将軍様に逆らう道、あるいはマンセーする道を選んだのだから
それによるリスクは全部自業自得で被ってもらおうと言うことができるだろうか。