06/09/04 22:31:01
その後たくさんの自己卑下が登場してくるでしょう。
自分を自分でだめだと言い、自分を哀れんだりするのです。
自己憐憫は、大変危険な場合があります。自分を自分で哀れむことも
トキに必要でしょうが、それが何かを隠すための自己憐憫(れんびん)だという
こともあるのです。
この支配と服従から目をそらすための、自分への哀れみだということもあるのです。
本質から目をそらすための。だから偽の罪悪感などもそうです。
自分はだめな存在だから・・・で終わってしまうのです。本来責任を
引き受けるとは、なんらかの失敗をとりあえず認め、変革していくはずです。
それが途中でとまってしまうのです。この偽の自己憐憫・自己卑下・偽の罪悪感が登場し。