07/08/09 15:10:13
はじめは、独断と偏見に満ちたカウンセリングすべての否定に対しての異論。
1 カウンセリングを肯定しているウィルバーはアレだ。>>278
「何を言っているのか根拠がないので意味不明である。」
2 カウンセリングは相談だから、どんなアドバイスが得られてもカウンセリング単体では無意味だ。>>285
「いや、カウンセリングを相談という時点で誤解している、」
「いや、カウンセリングは相談に対するアドバイスではない。」
「いや、相談者に自発的な解決法を発見させたり、精神発達の病理の構造に働きかけることによって、自律性を促進するための触媒である。」>>287
3 高次の自己実現を促すには、カウンセリングは無意味だ >>288
「いや、大家のロジャースのカウンセリングでさえ自己実現を視野に入れている。」
「いや、カウンセリングは、精神病理や、客観的に深刻な病理のない自己実現のためににも使われる。キャリアカウンセリングなどはそうである。」
「こちらがカウンセリングで”自己超越”を行うって言ってるならレス番を指定すべきだろ>>328。(そんなものはない)」
4 VEGANはトランスパーソナル心理学を知らないのは明らか。>>386
「何(レス番も添えて)を根拠に、何を知らないと判断しているのか、他者が分かるように書こうね。」
注意-議論をするために
1「こちらの意見(レス番)」、2「反論の根拠」、3「反論するための結論」ズバリ書かないと議論不可能です。
結論
まず、”カウンセリングは”という時点でおかしい。なぜなら、カウンセリングの種類には多様性があるので一括りに評価できない。
ウィルバーを読む前に『改訂新版 カウンセラーのための基本104冊』とかを読んだほうがいいんじゃないか?
補足
マズロー5段解説には、5段階目の”自己実現”のところに”真善美や全体性の追求”が書いてあります。
これは個我の欲求、自己独自性の実現です。
自己実現は、自分独自の欲求を明確にしてそれを実現するという部分に
カウンセリングの意義が出てきます。
マズローは自己独自の可能性を伸ばす”自己実現”欲求の上に、
永遠なものに向かいたいという”自己超越”欲求を想定している。
マズロー5段解説の上にある”自己超越”です。