10/06/08 23:14:33 0
>>12
>哲学を認識論という狭い箱のなかに押し込めようとするのは
>哲学の自殺に等しいと思ってるが
>認識論の分野で語るならデカルトを完全に論破した奴なんて一人もいない
その「デカルトの認識論の分野」というのがどこまで(松果体説まで)を含むのか、いま一つ分からないが・・・
デカルトの「我思う、故に我在り」 について言えば、『省察』のあの議論は「論証」ではなく確信の表明に過ぎない。
だからあれは論破するとかしないとかいう次元の命題ではない。それを前提とするかどうかの次元の命題だ。
そこに突っ込みを入れない哲学入門書には、それなりに突っ込みを入れざるを得ない。
>カントみたいな文法屋がデカルトを乗り越えたとか本気で思ってるタイプ?
違う違う。
カントはラテン語文法に強かったが、最終的には古典学を放棄して哲学に専念している。
それはいいとして、
彼はデカルト的地平の内部で仕事をした哲学者だ。(あくまで“極めて大きく言えば”の話だが。)
その地平上で壮大な批判哲学体系を書き綴ったにすぎない。
あくまで“極めて大きく言えば”、それを認めない奴は今時いないのではないか?