10/01/26 02:12:58 P
>726
>それに関連して、原則の発見度の度合いが違うというのは原則がある程度いくつかの要素に分けられるということですよね?
>それが階層構造なのか、それぞれ独立した要素なのか分かりませんが、原則を理解している→YES,NO
>と判断できるということは、誰かが1つ目の原則を部分的に理解した段階で、1さんは原則理解者と判断できるのですか?
「原則」は一つですが、それを構成するものが無数にある(多数ある)といった感じでしょうか。
基本的に、部分を理解していても原則理解者とは言えません。
仮にも、100あるパーツのうちの1つしか理解していない人だとしても、
世の中には100パーツがあるということを悟っている人が原則理解者という位置づけになるのでは?と思います。
パズルに例えれば、
1000ピースあることを知らずに600ピースを埋められても原則理解者ではないのだが、
100ピースしか埋められていないが1000ピースあることが分かっていれば原則理解者になると。
つまり、「原則」を発見していなくても、その枠組みの存在を理解しているかどうかが理解者かどうかの分かれ目になるということ。
もちろんこの表現に関しては、他の原則理解者はまた別の表現をするかもしれませんが。
>こういうことは言えないでしょうか?
>例えば原則が100の部分に分けられるとして、一般人は2,3は原則の要素を持っている
>所有する原則要素の多寡によって原則理解の程度を判断することができる
>1さんは10以上持っている人を原則理解者と判定している
>
>判断をYES,NOの二元論で行っているのか、それとも理解の濃淡、強弱で行っているのか、教えて下さい
上の回答によって、これについては答える必要はなくなったのではと思います。