09/10/22 23:34:33 0
自分を含めた全ての人間は、「より良く生きたいと」望んでいる。
その内的生命活動を外的暴力によって死に至らしめる事は、自然の摂理・宇宙の方向性に反する
行為です。
全ての存在は、宇宙の進む方向へと進む。生命はすべからく、宇宙の進む方向へと進む。
そして今、私たち人間と言う生命は、この宇宙に存在し、宇宙とともに進んでいる。それが「生きる」
ということです。
「全ての人間が『生きたい』と望んでいる」という普遍的事実を正しく理解する事で、13・632の規範
は効力を顕すします。私は言い切りますよ。
問題は、13・632そして私の上の考えを”理解し保持する為の、機会と能力の欠落”に集約すると
私は主張します。それを理解しようと勤めないこと、妄執によりそれを忘れることが「原罪」であるとも。
本能で生きる生物は自ずとそれを知っているのだと思います。「本能」には既に刻まれていると言う事です。
しかし、人間は本能の他に、理性を持っています。理性とは生物としての人間の可能性を著しく増大させ
たとともに、本能を抑圧し極小化させた。つまり、人間は理性に依存する事で可能性を広げた分、本能に
刻まれているものを、理性で読み取らねば理解できなくなってしまいました。
それが人間という生命の進化に伴う欠陥なのか、いまだ進化の発展途上なのかは解かりませんが、ニー
チェの言う「超人」や、仏教で言う「成仏」などは、本能と理性の完全な統一なのではないかと私などの凡夫は
考えたりします。
逃げたつもりが・・・以上。