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日本人が、いつも裏と表の文化を駆使することでしか事に対処できない、というのは最近
でいえば福知山脱線事故の調査委員会のメンバーとJR西日本が癒着して、調査報告が漏ら
されていたとかの事件、また、同じJR西日本はこの件についての社員への聞き取り調査に
ついて、他の社員はこう聞き取りにたいして喋っている、という資料を渡されていた、とか
、裏工作が為されていた一件にもよく現れている。吉本もたしか、『ひきこもれ!』だったと
思うが、日本社会の中の偽の真面目さについて、これが改善されるかがすべての始まりだと
思う、みたいなことを喋っている。なぜ日本社会はいつもそうなるのか、というのは未だに
続いている問題で、それには様々要因があるのだろう。吉本の専門であるアジア的精神だ
ともいえるのだろう。上部構造にたいし、下から変えられる、という意識が育ちにくい、
いつでも百姓根性、うまく立ち回ることこそ至上、と言いくるめられてしまう。こういった
問題への解答の一つとして、江藤がやってた占領政策論とか、ついでに副島某のマッカーサー
取り巻き連の仕業論とかがあると思う。細かくみていくとそういう論の有効性もあるのだろうが、
日本社会論として不十分、不徹底としかみえない。なぜなら占領政策というものを過大評価し過ぎている。
だからそのような論、マッカーサー取り巻きがいて云々、という話が出てくる。占領政策で日本人が
変えられた、というのは楽天的な論理でしかない。日本人の近代化の壁を探る試みの一環として、
その意味でだけ面白いとは思える。