09/03/06 15:23:50 0
>>49
“心”というインチキのうえに決定論は成立する。唯物論もしかり。
51:考える名無しさん
09/03/06 15:46:47 0
決定論と唯物論は浅すぎる表面で熱心に複雑化を試みるオナニー
52:考える名無しさん
09/03/06 15:58:18 0
>>41
>>42
決定論及び神経科学が招く「事実の断片化」というのは正に「原寸大の地図」
「木を見て森を見れず」
木 (部分的な相互作用メカニズムを解明)を見ようとして
森 (システムの全体像)が見えなくなる
精巧にすればするほど見易さを失い地図としての価値を損ねていく
当初、神経哲学が思っていたほど神経が単純ではないのわかった現在では”心”という簡略化した最低限の条件を満たすモデルが復古する
53:考える名無しさん
09/03/06 17:19:30 0
決定論が真理だとしても、何にも困ることが無いのに、何で必死に決定論を否定したがるのかな。
54:考える名無しさん
09/03/06 17:27:53 0
真実じゃないから
55:考える名無しさん
09/03/06 17:46:22 0
>>53
Pribramは神経科学と神経哲学の傾向を論理実証主義への逆行と批判している。
経験主義が不合理で諸問題を抱えており、神経科学が期待されていた成果を上げられていないのは周知のとおり
56:考える名無しさん
09/03/06 17:58:07 0
我々人間の知ることができないことを真実とか虚偽とか判定するのは
ものすごい傲慢な気がするよ。
機械氏だって未来は決定されてると言うが、どう決定されているかは一切言わない。
反対派は未来が決定されてる証拠を要求するけど機械的唯物論の攻撃のためなんだよ。
実際、未来が決定されてようが未定であろうが未来は来るんだし、
未来を知ることが出来ないことは確かだよ。
僕らはその未来を、自然科学的な必然と言ったり、神の意志と言ったりしてるだけさ。
仏教的な思考は時間が分断されてる気がする。
それは現世とその周囲で限定されてるような気がする。
何千年も前のことを想定できないとしている。
機械的唯物論ならこの世の始まりから決定論で起こっているんだから、
現在の状況から過去を完全に物理科学的に検証できそうだけど歴史学でしかできないって
なんか情けない気もする。
だから大げさに言って、機械的唯物論=一神教と同じと言える。
この世が科学ですべて解明されない限り、
やはり、神による世界支配の方が承認されるんだよ。
科学で何でもできたら世界に不満なんかないからさ。
57:56
09/03/06 18:15:05 0
ってことはどういうことかと言うと。
機械的唯物論てのは将来の科学万能主義に対する信仰ということになるんだよ。
将来、科学でわからないことは何もない。
全て科学で何もかもわかるし解決できるという考えだね。
でもこれは科学の力に圧倒されたことや世界観を一変するくらい驚愕した人でないとダメだと思う。
今2009年だけど、昔思い描いていた未来都市みたいにもっとなっていたと思うひとも多いはず。
つまり、科学技術に対するご祝儀相場が終わったようだ。
あとは緩やかな技術の発達が進むだろうけど、
科学万能のドラスティックな変化は起きないんだろう。
そこに科学にたいする悪い面に目を向けなければならないということもあるし、
それほどのこともなかったという現実に落胆したりしなければならないけど、
これは先進技術国家の日本の宿命でもあると思う。
これまではアメリカやヨーロッパへのあこがれと追いつきたいと言う気持ちがあった。
日本の技術が世界有数になって、世界が羨むようになった。
ヨーロッパは何故か過去に回帰してそれで落ち着こうともしている。
58:考える名無しさん
09/03/06 18:17:27 0
全然違うね。誤解だらけ。
59:考える名無しさん
09/03/06 18:18:34 0
心や意識は存外われわれの想像の産物として存在しえないという決定論の
神の視点こそ我々の想像の産物にすぎない。
60:56
09/03/06 18:34:10 0
>>58
確かに誤解も多いだろうと思う。
だが、機械氏の機械的唯物論と決定論の根幹を揺るがすことを記したのは事実だ。
「科学」の名を借りた信心に一石投じたかっただけだよ。
私は自分が崇める思考の存在がないとしっくりこないから批判的な文章を書いてしまった。
いいんですよ、機械的唯物論を信じても。私も科学が好きだし。
でも、観念論と言われる神の支配がなぜか好きなんですよ。
まあ、心変わりはありますから、躍起になってもしょうがないですが。
では。
61:考える名無しさん
09/03/06 18:54:21 0
還元主義によって科学が進歩するという見方が誤りであるのは
遺伝学が分子生物学に取って代わられていない、そして科学への貢献は前者のほうが多大であることから確か。
62:考える名無しさん
09/03/06 19:08:26 0
決定論が滑稽であるのは「心」の観念を神経生理学の観念に置き換えるとよく分かる。
・「あなたが憎い」と言う代わりに
「ああ、あなたは私の左の腹内側篇桃体細胞を発火させる」というように表現するのである。
・あるいは「赤を見ている」と言う代わりに
「長波長錐体が中波長錐体よりも活発に活動している」と言い
・「マギーは気が狂っている」と言う代わりに
「マギーの中脳辺緑系のドーパミンD2レセプターが過剰だ」などと言うのである。
63:考える名無しさん
09/03/06 19:31:17 0
>>62
それを言うなら、「決定論が滑稽であるのは」ではなく
「心脳同一説が滑稽であるのは」とかじゃね?
64:考える名無しさん
09/03/06 19:41:48 0
決定論とプラトニズムに違いってあるの?
65:考える名無しさん
09/03/06 21:05:44 0
決定論+唯物論=ガラクタ三文小説
66:考える名無しさん
09/03/06 21:07:29 0
「外出するとき彼は傘を持って出た」
この事実の場合、決定論ではどのように行動を説明するのでしょうか?
膨大な神経細胞の活動を記述し、加えて胞間の統合やその瞬間の活動も記述し、原子レベルでの脳の状態も記述するのでしょうか?
馬鹿げてますね。
傘を持って出るという行動を物理的な神経発火から説明できるかどうかも怪しいものです。
67:考える名無しさん
09/03/06 21:09:33 0
>>66
それだけならまだいいが雨が降りそうだから傘を持って出掛けた方がいいよと助言するのにも三日はかかるw
(もっとかかるか?)
68:考える名無しさん
09/03/06 21:10:13 0
ラビに物理学や数学を教えるより難しい。
69:考える名無しさん
09/03/06 21:50:02 0
>>66
決定論はそんなに温いものではない。
神経科学だけでは決定論の後退は終わらない。
神経科学には脳の生化学が必要になる。
さらに生化学には分子間の静電気学が必要となる。
さらにさらに静電気学には物理学が必要となる。
宇宙の大統一理論からビッグバンの記述も必要となる。
などなど解明不可能な神秘と諦めを認めずレベルの系列を落として還元していくと無限に近い後退がある。
が、しかし、その後退は有限であり無限ではない。
後退し続け、一つ一つを分析していけば世界を解明できる。
これが決定論。
だが、これは人間の有限性や認識の限界を無視し神の視点を前提とした形而上学。
人間は有限性に縛られているため記述レベルはある程度の状態で維持する必要がある。
すなわち神秘を用いることによって無限後退を止めなければならない。
ここに決定論の破綻と個々の人の存在を超えた社会学、倫理学、政治学の必要が生まれる。
70:考える名無しさん
09/03/06 22:06:00 0
そんな当たり前のことを今更得意気に言わなくても
71:素粒子 ◆d........o
09/03/06 22:12:32 0
決定論ね・・・
何の力が決定付けてるのか・・・
人は死ぬことが決定してるのになぜ生まれてくるのか・・
なぞだね・・・
72:考える名無しさん
09/03/06 22:42:57 0
決定論のために何でもかんでも原因と結果に区別するのはまさに本末転倒だ。
因果律というのは何故に答えるための要請だが科学は如何にを説明する道具だ。
相容れない。