08/06/02 23:01:47 0
>>566
「物を粗末にしたくないから」という動機であったのなら
賄い料理として処理する事も出来たと思う。
そういう事もせずに、客用に使い回しを繰り返していたというのなら
やはり、「別の動機」があったのだと思う。
もしそうであるのなら、
たとえ、他人の目から「物を粗末にしない立派な人」に写って
この世で評価される事があったとしても・・・
その行為は、やはり「負のカルマ」として積まれてしまうのではないだろうか。
世間は誤摩化せても、高次の自分は誤摩化せない。
>自分で自分を罰してしまう。
正確に言うなら、罰するのは、「高次の自分」って事なのだろう。
そして、やはり「動機」。
「自分さえよければ」という動機は、
時代、地域を超えて、問題のある行為なのだと思う。