【哲学の】池田晶子・18【巫女】at PHILO
【哲学の】池田晶子・18【巫女】 - 暇つぶし2ch680:考える名無しさん
07/03/29 23:41:52
 池田の思考の難点は、このスレに俺が書き綴りつづけた。再度繰り返せば、無限と有限の問題になる。池田自身は己の有限と、それを超える何ものかとの同一を実感でき、ために上記の問題がそんなに難所になるとは考えなかったと思われる。

 池田が己の有限を実感しないで済む感性の持ち主だったこと。それは池田にたいして、「考えられないものとは何か」といった、極限的な問題に立ち向かわせた。

 しかし、俺からみて、池田のこの体質は存在問題を考える上で、片面をしかみないことになると思われた。
 そのことに、最後の対談を読むかぎり、池田は気付いてきたような観がある。

 池田は自分が有限と無限とを双方とも理解していると考える。しかし、池田の呼吸がやみ、心搏が停止し、血液が止まり、他人が話し掛けても答えなくなる、意識は失せる、つまり他界する。

 池田の新しい言葉や思考を我々が知ることはなくなる。

 紛れもなく死は我々と池田を隔てる。池田は「私は死を知らない」と云い、また、我々だって知らない。しかし、死が何をもたらすかだけは我々は知っている。現に池田の死によって我々と池田は隔てられたことをすでに知っている。

 大峯との対談のなかで、これまでの己の思考の難所があることを池田は語っている。

 無限は己のなかにある、と言う池田の思考にも実は有限は潜んでいた。大峯によれば、真理とは、己が必要とするもののことだ。ならば、池田は、あるいは我々が知る真理はどこまでも有限に付き纏われるしかない。

 己の有限を突き詰めることなしに、無限を真に語れるのか、と俺は書いた。最後に池田はそのことを理解したのではないだろうか。池田は自らの限界と、ゆえにさらなる可能性を感じていたかもしれない。だったらいいな、と俺は考える。

681:考える名無しさん
07/03/29 23:46:21
>>678
>プロとして批評しなければならないほどの価値もないし。
>まともに相手してしまったら、プロとしての格も下がるし。

私も「カネだして読むほどの価値もない」と思っていたけど、
あまりのインチキぶりと無責任ぶりにだんだん腹が立ってきて、
やはり厳しく批判されなきゃいけないと思い始めたとこです。

ソクラテスあたりの言説をそのまま自分の言葉として書き散らかし、
最後は「自分で考えなさい」というズルさと無内容さ。
でも無内容だけならまだ罪は軽い。たいした理解もなく気分だけで
観念論の用語を撒き散らすから、ウブな14歳にとっては科学的な態度を
養うどころか、曖昧で神秘的で自己満足な思考パターンに染まる危険が。
池田さんの軽さの一番の罪は、本人が意図したわけではないにしろ、
カルトや非合理的主義の餌食になる下地を広めていることだと思う。

>自分の知ってる範囲では、さりげなく釘を刺していたのは中島義道。
>●「哲学の道場」(ちくま新書)より抜粋

「哲学の道場」(ちくま新書)っておもしろそう。
紹介していただき感謝。
もっと辛口な池田批判本はご存知ないですか?

682:考える名無しさん
07/03/29 23:54:34
>「死ぬことができなかったら、つまり永遠に生きていなければならないんだったら、
> それこそたえられないんじゃない? 
> 私たち死ぬことができるから救われているんじゃない?」

いつでも終わらせることができるからこそ、前を向くこともできるって前向きに捉えなよ。
人間は誰もが死ぬんだから、完全な架空じゃないよ。

683:考える名無しさん
07/03/30 00:01:57
>>681
>たいした理解もなく気分だけで
>観念論の用語を撒き散らすから、ウブな14歳にとっては科学的な態度を
>養うどころか、曖昧で神秘的で自己満足な思考パターンに染まる危険が。

具体的には池田のどの本のどの箇所について言っているのですか?

684:考える名無しさん
07/03/30 00:04:17
>>678
別にどっちの肩を持つわけでもないけど、
極限状況を持ち出しても水掛け論になるだけだよ。
昔の日本軍みたいに、ろくな医療物資もない状態で
止血もままならない重傷を負って「一思いに楽にしてくれ」と
言う兵士にとって、死は救い以外の何物でもないだろう。

685:考える名無しさん
07/03/30 00:11:25
池田にとって<自分の死の恐怖>が存在しないということは
架空の哲学談議じゃないだろ。

686:考える名無しさん
07/03/30 00:13:51
>>680
>死が何をもたらすかだけは我々は知っている。
 >現に池田の死によって我々と池田は隔てられたことをすでに知っている。

 「死」を定義せよ。何故「知っている」などと断定できるんだ?
 おまいは生前、死後なるものを知っているのか?逆説で、現在瞬間が何たるかをわかっているのか?
 もっと根本的なことをいえば、自我があるなんて妄想ではないか?
 もっと突っ込んで、その自我なるものを問題にしている観るものは何者だ?
 さらに・・・・・・、もっと突っ込もうか?


687:考える名無しさん
07/03/30 00:18:26
>>684
あまりにも「自分、自分、自分」の主観的観念論の立場で語りすぎる、
ということを指摘したかったんじゃないですか。それも、あまりに
現実を離れた軽薄な抽象論で語りすぎる、と。


688:考える名無しさん
07/03/30 00:22:08
>>686
もっと突っ込むのはやめたほうが。
>>680は池田さんと同じく、自分の言葉に酔ってるだけだから。

689:考える名無しさん
07/03/30 00:38:20
>>686
>>680
> >死が何をもたらすかだけは我々は知っている。
>  >現に池田の死によって我々と池田は隔てられたことをすでに知っている。


>  「死」を定義せよ。何故「知っている」などと断定できるんだ?
>  おまいは生前、死後なるものを知っているのか?逆説で、現在瞬間が何たるかをわかっているのか?

>  もっと根本的なことをいえば、自我があるなんて妄想ではないか?
>  もっと突っ込んで、その自我なるものを問題にしている観るものは何者だ?
>  さらに・・・・・・、もっと突っ込もうか?
>           
 俺は自分が死を定義できる、など書いてない。よく読んでほしい。
《死が何をもたらすかだけは我々は知っている。現に池田の死によって我々と池田は隔てられている。》
と俺は書いてる。俺には死を語る力も経験もない。

 当の池田自身が《私は死を知らない》と書いてたじゃないか。俺はそれを肯定してるんだよ。俺だって知らない。誰もそれを知らないだろう。

 でも、俺は母親の死に立ち合ったことがある。人が死んでゆく姿は知っているよ。そして、何をもたらすかも知っているよ。

>>684
>>678
> 別にどっちの肩を持つわけでもないけど、
> 極限状況を持ち出しても水掛け論になるだけだよ。

 水掛け論にはならない。限界状況は人間の存在を裸体にする。狂気に陥る人間、祈り始める人間、どうせこんなもんさと居直る人間、ひたすら悲しむ人間、なぜか平然としている人間、私は死なない、と言い始める人間、…

池田が最後の対談で口にした絶対的な他者性が現れる場。それが限界状況だと考える。

690:考える名無しさん
07/03/30 00:55:08
池田ファンなる人は、「死」だの「限界状況」だの「絶対的な他者性」だの、
実存主義の用語を持ち出して語るから、最初は人の心を捉えても奥行きが
ないから人は失望して離れていく。

こんなのは「哲学」でもなんでもなく、むしろ「文学」に分類される
べきなのに。哲学が誤解され軽蔑されるのも無理はない。

ヘーゲルの「絶対精神」なんて用語を得意げに使っている池田さん。
困ったものだ。

691:考える名無しさん
07/03/30 01:46:10
どうせ、誤解されてる冥土の哲学の巫女オバチャン晶子です。

692:考える名無しさん
07/03/30 02:32:30
晶子が
学校関係者や読者に講演を依頼されて
地方の温泉でシッポリと宴会やりました。
混浴の露天風呂に興奮して
妻とセッ○スするのが大好きな晶子の喪主の旦那です。

693:考える名無しさん
07/03/30 03:41:45



( ^ω^) 池田晶子だお
URLリンク(megurulove.com)




694:考える名無しさん
07/03/30 06:05:37
今春もさわやかに変身したメイドの晶子です。

695:考える名無しさん
07/03/30 06:34:52
>>690
> 池田ファンなる人は、「死」だの「限界状況」だの「絶対的な他者性」だの、
> 実存主義の用語を持ち出して語るから、最初は人の心を捉えても奥行きが
> ないから人は失望して離れていく。


> こんなのは「哲学」でもなんでもなく、むしろ「文学」に分類される
> べきなのに。哲学が誤解され軽蔑されるのも無理はない。


> ヘーゲルの「絶対精神」なんて用語を得意げに使っている池田さん。
> 困ったものだ。


 おそらく貴方は永久に哲学を誤解したままなのだろう。貴方が考える“誤解”も“軽蔑”もされない哲学とはいかなるものか、知っているならばひとつ教えてほしいものだ。

 また、俺は池田ファンでもなんでもない。しかし、池田を批判するにしてもそれ相応の思考や読書は必要だ。俺には何でも見通し、とかの顔をつくるだけなら簡単なのだ。

696:考える名無しさん
07/03/30 06:42:15
>>695はそれ相応に魅力的な女性ですか、どうよ?

697:考える名無しさん
07/03/30 09:54:58
Hanakoの企画で四国を遍路する戒名なしの巫女オバチャン晶子です。

698:考える名無しさん
07/03/30 12:09:58
黄泉の国の味覚を
グルメするメイドの晶子です。

699:考える名無しさん
07/03/30 15:39:43
見捨てられたオジさんだった戒名なしの父と
三途の河で再会する冥土の哲学の巫女オバチャン晶子です。

700:考える名無しさん
07/03/30 17:24:43
669 :考える名無しさん :2007/03/29(木) 18:21:35
プギャオはまだ池田から乳離れできていないのかwwwwww

いい加減にオリジナルな道を探ったらどうだい?www


m9。゚(゚^Д^゚)゚。プギャーーーッハッハーヒャヒャヒャヒャヒャヒャ
乳離れするのははおまえだろwああwプギャオ様のチンポ離れするの間違いかwwwwwwww
このスレでおまえ一匹が浮いてるとはわからんのかね?九級君w
お得意のコテももうつかえないほど心が疲弊しきってしまっているのかね?クックック

701:考える名無しさん
07/03/30 17:28:17
665 :考える名無しさん :2007/03/29(木) 15:26:11
与謝野晶子のいわゆる「黄金の釘」と言う意味では、

おまいたちチンケどもよりかは、一般大衆に対する影響力ははるかに大きいわけだが。

これだけでも、池田晶子という存在の「人生の意味と価値」がある。

ましてや、プギャオにをいておやwwwwww



m9。゚(゚^Д^゚)゚。プギャーーーッハッハーヒャヒャヒャヒャヒャヒャ
おまえ自身チンケな存在だから池田信者となって池田を無理にでも高めることで
おまえ自身も追従的に高めようとしているのかね?
残念ながら失敗しているのだがm9。゚(゚^Д^゚)゚。プギャーーーッハッハーヒャヒャヒャヒャヒャヒャ
君は今日からチンケクンと名乗りなさいw
言ってることは毎回同じなんだからもはや見るべき物ではないんだよ、おまえのレスはw
皆様がNG登録しやすいようにチンケクンと名乗りなさいw処刑ライダーの名前は嫌でも名乗りたくないだろうからなw
もしくはチンカスクンでもいいぞ?ぴったりだなwwwwwwwwwww

702:考える名無しさん
07/03/30 17:31:31
プギャオは池田を失って完全に狂ったなw

703:考える名無しさん
07/03/30 18:27:37
>>700
> 669 :考える名無しさん :2007/03/29(木) 18:21:35
> プギャオはまだ池田から乳離れできていないのかwwwwww

> いい加減にオリジナルな道を探ったらどうだい?www


> m9。゚(゚^Д^゚)゚。プギャーーーッハッハーヒャヒャヒャヒャヒャヒャ
> 乳離れするのははおまえだろwああwプギャオ様のチンポ離れするの間違いかwwwwwwww
> このスレでおまえ一匹が浮いてるとはわからんのかね?九級君w

> お得意のコテももうつかえないほど心が疲弊しきってしまっているのかね?クックック


↑「クックックッ」て(苦笑)この人、何しにこのスレに来てるのかな。てかプギャオ、て誰?プギャオて人はそんなに重要人物なのか?(苦笑)

2ch.によくみるタイプの書き込みなんでまあ驚きはせんが。池田の愛読者をコケにするのがそんなに面白いのかねえ。よくわからん。

 普段は何してる人なんだろ。サラリーマンかな。フリーターか。悪口の才能だけはあるみたいだな。

704:考える名無しさん
07/03/30 19:17:05
十四歳の君達は
悩むより
本質的な洞察を考えなさい。
メイドの晶子です。

705:考える名無しさん
07/03/30 20:24:36
>>695
同感です。2chにもたまにはまともな人が来るんですね。

706:考える名無しさん
07/03/30 20:38:29
自演 w

707:考える名無しさん
07/03/30 20:50:12
僕はフーコーを弁護する気もないし、彼が何か新しい社会システムのようなものを提示しようとしたとも提示しえたとも思わない、
それがまず美的なスタイルの問題として提示されているのも確かだと思います。
彼は古代ギリシアの全盛期を考えていたのではなく、古代末期を考えていたんですね。偉大な哲学も終わった、社会秩序も失われつつある、
そんな古代末期にあって、エピクロス派とかストア派とかいった人々が、法のないところでの自律というアート(技術=芸術)を考えていた。
フーコーはそのあたりに焦点をしぼっていたわけです。それは現代ともつながるところがあるように思いますね。

708:考える名無しさん
07/03/30 20:56:32
で?

709:考える名無しさん
07/03/30 21:01:57
>>708
> で?


「で?」じゃなくて、707はひとまず議論の叩き台を提出したのだから、貴方が感想や意見を書いてごらんなさい。何にも出てこないのか?

710:考える名無しさん
07/03/30 22:00:14
哲学の名をかたったエッセーとやらに熱狂し、さらにこれを土台に自らの妄想を展開。
インチキと妄想の拡大再生産。

711:考える名無しさん
07/03/30 23:03:41
 確かに池田晶子が問い掛けたものとして、後期フーコーが遺した一連の研究〈自己への配慮〉というのはあるような気はしますね。
フーコーの講義録『主体の解釈学』に次のような叙述がある。

《自己認識と真理の認識(知るという行為、認識一般の行程と方法)は、そのなかに霊性のさまざまな要請を吸収します。その結果プラトン主義は、古典古代の文化とヨーロッパの文化を通して、次のような二重の役割を演じることになります。

つまり真理へ到達するために必要な霊性の諸条件を、たえず繰り返し立てると同時に、霊性を認識の運動に、つまり自己、神的なもの、さまざまな本質の認識の運動に吸収することになる、ということです。》(92頁)

 こうしてフーコーの叙述を読んでいると、池田の姿が浮上してくるようにも思えますね。意外なところに関連が出てきて面白いね。

712:考える名無しさん
07/03/30 23:14:40
なんだよ、霊性だの背後霊だのって。

713:考える名無しさん
07/03/31 00:12:53
フーコーは1970年代半ばまでソヴリンティからディシプリンへの移行を系譜学的に分析し続けてきたんだけれど、
急に長い沈黙に入る(講義や言論活動は続けるものの、大きな本の出版を中断する)。
そして1984年にはAIDSで死んじゃうんだけれど、死の直前に出た最後の2冊の本(『性の歴史』II・III巻)では、
とつぜん古代ギリシア・ローマに戻って、「自己への配慮」とか、自分自身を芸術作品としてつくり上げていく「生存の美学」
とかいうようなモチーフを、そこに見出そうとするんですね。フーコーはそこに本当の自律を見出そうとしたとも言えるでしょう。
ディシプリンによって生み出される自律は、内面化された他律としての自律でしかない、そこでのパラダイムはカントだけれど、それはサドと背中合わせになっている。
いわば法と侵犯という図式で、法の絶対性とそれを侵犯することの絶対性が見合うようになっているわけです。
ところが、キリスト教以前の古代ギリシア・ローマには、性の問題に関しても、そういう厳格な法はほとんどない。
法のないところで、自分が好きなことをして、しかし行き過ぎると自分にとってもおぞましい結果になってしまうから、自ずと程を得たところに行き着く、それが自律だと言っているわけです。
法に抑えられていた力が暴発するのではない、力が自由に発揮されるところで自分自身を矯めるのだ、と。
ずいぶんきれいごとめいて聞こえますが、フーコーはハードゲイSMの実践者で、晩年はとくにアメリカのゲイ・コミュニティにひかれていったんですね。

714:考える名無しさん
07/03/31 00:14:42
SMというのはまさに法に対する侵犯でめちゃくちゃなことをやっているように思えるけれど、それはヨーロッパのキリスト教国でのイメージ、まさにカント/サド図式にそったイメージでしかない。
そういう禁止から解放されたところでは、好き放題やれるわけだけれど、フィスト・ファックとかもやっているわけだから、本当に好き放題やったら死んじゃう(笑)、
むしろ、だからこそ、非常に繊細な自他への配慮、苦痛を与えることがお互いにとって快楽になるようなある種の技術というのが必要になるわけです。
たぶん、フーコーは、そういう現代のアメリカと古代のギリシア・ローマを結びつけながら、自律―しかも他律(法)の内面化ではない自律を考えようとしていたのではないか。
これはもちろん「皆でハードゲイSMをしましょう」という話ではないですよ(笑)。ただ、古い伝統や秩序には戻れない、カント的な自律的主体にも戻れないとして、しかし、
自由に欲望を解放することが必ずしもアナーキーに行き着くとは限らない、むしろ、自由にやっていることが自らにとって本当に快楽であり続けるためにはそこに自ずと秩序みたいなものが出てくるはずだということを、晩年のフーコーは考えていたのではないか、と。
それは、期せずして、池田さんの言われたこと、何らかの共鳴点を持つのではないかという気がします。

715:考える名無しさん
07/03/31 00:32:58
 フーコーの先の講義録を辿っていると、〈自己への配慮〉が、ソクラテスの時代にはポリスを統治するであろう人間の知恵として捉えられていたのが、紀元1~2世紀にかけて、それが変容して、より一般化して捉えられるようになった、という叙述が出てきますね。

 若年や老年問わず、必要な思索であると。
 そこでフーコーが引用している箇所がまた興味深い。〈自己への配慮〉には年令の別はなくなっていった。

 二十歳には二十歳の、四十歳には四十歳の、そのような修練、思索がある、そういう記述が残っている、そうフーコーは引用している。

 そこで池田の生前の本『14歳からの哲学』『41歳からの哲学』のタイトルを連想するのは俺だけではないでしょう。池田の発想に、そのような文献があったかは知らないが、奇妙な一致がみられるのは確かでしょう。

716:考える名無しさん
07/03/31 07:21:21
池田先生はアーサークラークの『幼年期の終わり』の子供たちと同じになったのだと思いました。

717:考える名無しさん
07/03/31 07:37:23
フーコーは馬鹿だって柄谷行人がいってたよ
小林秀雄のほうがよっぽど偉いって
私見によれば小林より池田先生のほうが賢そうだし
そうするとふーこーなんてゴミみたいなもんだ
長々の引用解説馬鹿じゃないの。
ドゥルーズ、デリダとあわせて三馬鹿大将とはこれを言うのだと吉本隆明先生も言ってました

なにかってとピアジェとかフーコーもちだすのって舶来信仰の低脳だけだよ
日本の江藤ずんとか立派な勉強家の先生の態度見習ったほうがいいよバーカ

718:考える名無しさん
07/03/31 07:42:45
 だいたい俺はフレンチ野郎が大嫌いなんだ。クズ連中さ。

719:考える名無しさん
07/03/31 13:07:34
慶応大哲学科卒業を売り物にしたわりには中身がカラッポだった
痛い池田さんより、消しゴム版画家を名乗り続けたナンシー関の
ほうが評論に関してはずっと才能があった件について。

720:考える名無しさん
07/03/31 13:27:23
>>719
あ~、それ俺も思ってた。
ナンシー関の方が頭いいし、誠実だった。
言葉も池田みたいに垂れ流しじゃなかったしね。
言葉に対する矜持ってもんがあった。

721:考える名無しさん
07/03/31 13:46:47
いやいや、フーコーの話なかなか面白かったよ。

722:考える名無しさん
07/03/31 14:37:27
>>717 >>718

↑池田ごときにヤラれた人間のカキコはたいていこういう児戯に類する。レベル以下。

723:考える名無しさん
07/03/31 15:12:47
↑「クックックッ」て(苦笑)この人、何しにこのスレに来てるのかな。てかプギャオ、て誰?プギャオて人はそんなに重要人物なのか?(苦笑)

2ch.によくみるタイプの書き込みなんでまあ驚きはせんが。池田の愛読者をコケにするのがそんなに面白いのかねえ。よくわからん。

 普段は何してる人なんだろ。サラリーマンかな。フリーターか。悪口の才能だけはあるみたいだな。



( ´,_ゝ`)おやおやwたまに長文で恨みつらみをぶちまけてるなと思ったら
その程度の糞にもならないことしか書けないのかね?チンカス君w
いやぁwマジでプギャオって誰なんだろうネェ?誰がプギャオなのよwwwwwプッククク
自分がかなわない大嫌いな相手に対して脳内妄想認定するときに使う名前なんじゃないの?m9。゚(゚^Д^゚)゚。プギャーーーッハッハーヒャヒャヒャヒャヒャヒャ
プギャオと名乗る人はいないのに、なぜか「こいつがプギャオだ!おれの勝ちぃぃぃぃ!あsdfghj」
と火病っちゃう阿呆がいることだけは確かなんだけどネェw

さぁw問題は振り出しに戻っちゃったねぇwチンカス君w
まずどこのアホがプギャオっていう妄想人物を出し始めたのか、から始めないとネェwwwwwwww
m9。゚(゚^Д^゚)゚。プギャーーーッハッハーヒャヒャヒャヒャヒャヒャ


つまらない長文で身を滅ぼしたネェw
今後は二度と「プギャオは云々」と言えなくなっちゃったわけだw
まぁ脳内妄想の世界でしか生きられないカスは言い続けて
愚かな恥を晒し続けることだろうがwwwwwwwwww

724:考える名無しさん
07/03/31 15:14:16
晶子のダンナモナ

725:考える名無しさん
07/03/31 15:19:19
てか、明らかにスレ違いの「個人攻撃」を繰り返して何がしたいんだろうねw
しかも、存在しない人物を延々とm9。゚(゚^Д^゚)゚。プギャーーーッハッハーヒャヒャヒャヒャヒャヒャ
もうおまえだけになったなぁ?そういう「ひきこもりが家の壁を殴り壊す」ようなことやってるキチガイってwwwww
なんでここでそんなことしてんの?
自分の家の壁壊してなさいよw
ああwもう穴だらけでこれ以上やると隙間風を防ぎようが無くなって辛いのか( ´,_ゝ`)
でももう春だぞ?暖かくなるからもう遠慮なく壊したまえw
お母さんもさびしがっているぞ?ボク?

726:考える名無しさん
07/03/31 15:28:51
内容のあることを書きなさい。

727:考える名無しさん
07/03/31 15:47:22
池田晶子>>>719>>720の容姿>ナンシー関
池田晶子>>>719>>720の学歴>ナンシー関
池田晶子>>>719>>720の女性としての魅力>ナンシー関

728:考える名無しさん
07/03/31 15:51:34
ナンシーと比べてもしょうがないだろwww
池田晶子はエースを狙えのお蝶夫人がいちばん合ってたよね

729:考える名無しさん
07/03/31 15:54:50
しかしまぁいろんな人に勝ち目の無い喧嘩をふっかけては
意味不明の負け惜しみをほざいて逃亡ってのを繰り返してきて、
死んだらすべておしまいと居直って、多くの人に謝罪もしないままくたばるとはね。
最後の最後まで自分の虚栄ばかりを気にして死にゆくとは
最低の死に方だね。
なにが「よく生きる」やらwwwww
著名人として恥しか残らない死ってのは下の下だね。それもわからなかったとはね・・・
反面教師としての価値も無いだろう。
人は死ぬ前はちったぁ謙虚になるもんだからな。
死を眼前にして狂おしいほどの虚栄を求めるなんて愚かなことはしない。
虚栄なんてw生きているうちからも求めないからな( ´,_ゝ`)

730:722
07/03/31 16:49:02
>>723

調子づいてんじゃねぇぞ、この乞食野郎。

オレはそんな一人で複数を装うようなマワリクドイ事をした覚えはない。
猿のセンズリよろしく妄想垂れ流し続けるあまり 他者の区別さえ
つかなくなってるテメェのようなクサレにアヤつけられたくはねぇな。
まぁ堂々たる病みっぷりだ。このネット廃人が。

悪いことは言わねぇ、病院に行け、     

犯罪をやらかす前に。

731:考える名無しさん
07/03/31 18:22:37
言葉遣いには気をつけろよ?小僧
俄の分際で何偉そうにほざいてんだ。
ちったぁ分をわきまえろや?
ネットだからってガキがいい気になっていいってもんじゃねぇんだ

732:考える名無しさん
07/03/31 18:28:42
つーか722ってなに?こいつw
俄でやってきてケチつけてるチンカスじゃねーかw
おい、糞ガキ!
二度とここに来るんじゃネェぞ?
ひっこみつかなくなってとんでもない目に遭う前に消えとけw

733:考える名無しさん
07/03/31 18:35:52
>池田の愛読者をコケにするのがそんなに面白いのかねえ。よくわからん。

>>717 >>718

↑池田ごときにヤラれた人間のカキコはたいていこういう児戯に類する。レベル以下。



( ´,_ゝ`)こいつ頭おかしいのかwそれともただの馬鹿かw
言ってること支離滅裂wこんなお粗末なことして何が面白いのかネェwwwwwwwwww
切れやすい馬鹿で人を煽ることだけだ生き甲斐の2ちゃんパラサイトwwww

734:考える名無しさん
07/03/31 18:52:45
( ´,_ゝ`)早速ひっこみのつかない痛い目に遭ってますなぁwwwwww
今頃はあれかね?家の壁にでも当り散らしてるのかね?プッククク

親御さん、すいませんw
家の修理費かさんじゃいましたねwwwww
これを機に、是非息子さんを働かせて賄ってくださいm9。゚(゚^Д^゚)゚。プギャーーーッハッハーヒャヒャヒャヒャヒャヒャ

735:考える名無しさん
07/03/31 19:39:21
プギャオって死ぬまでこんなことやってるのかな
もう少しまともに生きようよ

736:考える名無しさん
07/03/31 19:46:24
( ´,_ゝ`)お得意の自演で逃げwお粗末だねぇw

737:考える名無しさん
07/03/31 20:01:19
プギャオは池田を失って完全に狂ったなw

738:考える名無しさん
07/03/31 22:17:57
十四歳の君達は
フーコーの哲学なんかに頭を悩ませないで
妻の著作だけを考えなさい。
晶子の旦那です。

739:考える名無しさん
07/03/31 22:25:48
なんか悲惨な馬鹿が一匹いると思ったらなんだwチンカス君がまだくすぶっているのか( ´,_ゝ`)

740:考える名無しさん
07/03/31 22:43:12
プギャオは池田を失って完全に狂ったなw

741:考える名無しさん
07/03/31 22:57:13
池田さんの二つの部分。
哲学らしい言葉を並べただけの部分と、
エッセーとも呼べないような、ひとりよがりで抽象的で生硬な"感想文"。
一つめについては、ギリシア哲学や実存主義あたりの言葉を
そのまま持って来てあたかも自分の言葉のように語っている。
パクリにも及ばないレベル。どうせなら少しくらいはヒネって欲しかった。
二つめについては、恵まれた環境にいて働いたりすることもなかった
からか、上からの視点で幼い攻撃性そのままに勘違い路線を。
おかげで、世間からは、「慶応って所詮は私立だね」とか、
「やっぱり哲学なんて自然科学にくらべたらプップップッなんだね」とか
暖かい目でみられるようになりました。
池田さんに感謝。

742:考える名無しさん
07/03/31 23:22:11
著書に「人生のほんとう」というタイトルを恥ずかしげもなくつける神経が理解できない。
「人生のほんとう」が書いてあると思って買う人もいるんだろうな。

743:考える名無しさん
07/03/31 23:39:48
著書に「14歳の哲学」というタイトルを恥ずかしげもなくつける神経が理解できない。
「哲学」が書いてあると思って買う子供もいるんだろうな。

744:考える名無しさん
07/04/01 01:05:12
 池田晶子って人の根幹には古代ギリシア哲学、あと、このスレの書き込みによれば原始仏教ですか。それが強固にあったのは確かでしょうね。

 大峯顯の言葉を借りれば、それらは池田がまさに必要な言葉であり真理だった。
 その、“必要だった”てところに敢えて云えば池田における存在了解があったと云える。

 池田の生前の言動を思い返して、確かに「いやに尊大だなあ」、と思ったことはある。それは俺だけではないだろうけど。
 しかし、逆にいえば、それだけ確固とした立場、世界観が自分にはあると考えていたことでもある。それが正当だったかはともかく。

フーコーの講義録は池田を考えるうえでかなり大きな材料になる気がする。池田の基本姿勢が掴めるかもしれない。 

 古代ギリシア哲学とか原始仏教とかに、池田と違いさしたる興味をもたない俺には池田の関心のもちようがよく判らない。しかし、それが判らなければ池田の思考が何だっかは掴めないかもしれない。言説を批判するだけでは不十分な気が今はしている。

745:考える名無しさん
07/04/01 03:10:59
で?

746:考える名無しさん
07/04/01 03:52:36
どうせフーコーも
妻も
生まれては他界するので
平等です。
晶子の喪主の旦那です。

747:考える名無しさん
07/04/01 07:28:12
どうせフーコーなんて好きではないので
彼の事は考えませんメイドの晶子です。

748:考える名無しさん
07/04/01 11:53:47
ツマンネー

749:考える名無しさん
07/04/01 12:01:42
( ´,_ゝ`)まだ名無しで必死に「熱心な読者」をコケにしてんのかw
「ツマンネー」だけとはもう風前の灯火じゃないかw

ほらwチンカス君と名乗れと言ったろ?

722 :考える名無しさん :2007/03/31(土) 14:37:27
>>717 >>718

↑池田ごときにヤラれた人間のカキコはたいていこういう児戯に類する。レベル以下。

723 :考える名無しさん :2007/03/31(土) 15:12:47
2ch.によくみるタイプの書き込みなんでまあ驚きはせんが。池田の愛読者をコケにするのがそんなに面白いのかねえ。よくわからん。

730 :722:2007/03/31(土) 16:49:02
>>723

調子づいてんじゃねぇぞ、この乞食野郎。

オレはそんな一人で複数を装うようなマワリクドイ事をした覚えはない。
猿のセンズリよろしく妄想垂れ流し続けるあまり 他者の区別さえ
つかなくなってるテメェのようなクサレにアヤつけられたくはねぇな。
まぁ堂々たる病みっぷりだ。このネット廃人が。

悪いことは言わねぇ、病院に行け、     

犯罪をやらかす前に。



( ´,_ゝ`)ああw恥ずかしいチンカス隊員くんw処刑ライダーという雄雄しき名前はいつになれば出てこれるのかwwwwwwwwww

750:考える名無しさん
07/04/01 12:05:52
というのはさておき、
この人と荻野アンナというのは、自分にとって同じにおいがする。
慶應卒、それなりのルックス、なんか意味ありげ(賢そう)、
どうでもよさそうな人たちが応援している、等々。

まぁ、単なるごく表層的な印象批評です、といったら、怒る人もいるか。

751:考える名無しさん
07/04/01 12:06:55
十四歳の君達は
ツマンネー事に悩まないで
晶子をひたすら考えなさい。
哲学の巫女オバチャン冥土の池田本人です。






752:考える名無しさん
07/04/01 12:56:13
このスレは池田晶子が騙ったことについて語るスッドレです

753:考える名無しさん
07/04/01 13:33:48
>>749ツマンネー

754:考える名無しさん
07/04/01 14:41:05
アキコモナ

755:考える名無しさん
07/04/01 15:30:56
調子づいてんじゃねぇぞ、この乞食野郎。俺はキチガイだ。

オレはそんな一人で複数を装うようなマワリクドイ事をした覚えはない。忘れているだけだ。
猿のセンズリよろしく妄想垂れ流し続けるあまり 他者の区別さえ
つかなくなってるテメェのようなクサレにアヤつけられたくはねぇな。
俺は自演しすぎてどれが自分のレスだかわからなくなってるからな。
まぁ堂々たる病みっぷりだ。このネット廃人が。 俺は真性ヒキコモリのリアル廃人だ。

悪いことは言わねぇ、病院に行け、俺はいけないんだ。保険証も無いからな。     

犯罪をやらかす前に。俺は無理だ。人を殺そうとしても返り討ちに遭うからな。

756:考える名無しさん
07/04/01 15:44:52
晶子は素数セミの性交に興奮して
マンズリしてました。池田本人の喪主の旦那です。

757:考える名無しさん
07/04/01 16:47:54
>>756ツマンネー

758:考える名無しさん
07/04/01 17:21:39
プギャオって死ぬまでこんなことやってるのかな
もう少しまともに生きようよ


759:考える名無しさん
07/04/01 17:24:41
よく生きるメイドの晶子です。

760:考える名無しさん
07/04/01 17:33:47
フーコーの『主体の解釈学』はイイね。〈自己への配慮〉が紀元1~2世紀に一般化してゆき、同時にそこにプラトンの時代には籠められてなかった矯正という意味が籠められていった、というくだりなど。

 当時の文献への細かな読みから〈自己への配慮〉の変遷を読み取るその分析は圧巻で息詰まるものがある。

 まだ前半のみしか目を通してないが、〈自己への配慮〉が孕む主体化の問題まで行ってしまうのだとすれば、古代ギリシア哲学研究における目の醒める成果だといえる。理性と非理性というあの問題まで掘り進むつもりかもしれない。

 この本は2004年2月に翻訳刊行されているので池田も読もうと思えば読めた本になる。池田の関心のあるギリシア哲学の孕む重大な問題を相当な切れ味と凄味で掘り進めているこの本も、おそらく目には留まらなかったのだろう。

 池田は『考える人』で一応フーコーには触れている。が、後期フーコーの研究した、主体化の歴史については何も触れてはいない。あれは重大な問題意識で、それを古代ギリシア哲学から読み取るこの本を読まなかったとすれば池田の不幸の一つだと思われる。

 池田は自信家だったせいか、同時代に刊行された本に、さほど目を通していなかったのでは、と思う。
 
 同一の概念が時代とともに、或る変遷を遂げていく、そのことに、哲学とて時代の刻印を押されないわけにはゆかないことが見て取れる。フーコーはそのへんのことに非常に鋭敏だった。それは哲学の無謬を問い直す力が、眼があったということを意味している。

 池田という人は、ロゴスは時間と空間を超える、と信じていただろう。しかし、池田の文体に、俺など浅田彰と同じ匂いをかいでしまう。主張する内容は違う。が、どこか似ているのだ。

761:考える名無しさん
07/04/01 17:45:53
>>595
>「私は、安い言葉を売り飛ばすくらいなら、言葉の仕事など選ばない。
> それは自分が安い人間になることに他ならないからである。

自分自身が安い言葉を売り飛ばしていて、その自覚がないってのは痛いな。
俺みたいに、宣伝にのせられて中身を見ずにうっかり買ってしまい、
後で金返して欲しいと思った人間の気持ちなんて、
結局わかろうともしなかったんだろうな。

762:考える名無しさん
07/04/01 18:06:21
 池田は戦争体験について、言葉で残された体験を自分は知ることができる。だから自分は戦争体験をしたも同じだ。とでも言いたげな文を書いている。そこから池田は、「戦争を知っている」「戦争を知らない」などの区別は無意味だ、と持論を展開する。

 言葉によるかぎり、意識は時間も空間も超える永遠性のなかにある。そこから話をすすめると斬新な話になる。
 しかし、その考えは体験ということを誤解しているように俺には思える。

 池田は世代という概念も否定する。意識の歴史的制約、地域的制約などないかのように言う。なぜかって?ロゴスとはそういうものだから。

 池田は個体による体験を軽視している。リアル・タイム、てことを軽視していると思う。

 体験ということのなかには、心の領域に食い込むものがある。また、生の意味が〈生きられたもの〉であるかぎり、体験そのものを伝えることはできないとも言える。それは個体としての歴史が一回きりのもので、かつ唯一であることでもある。

 池田は「映像の世紀」という番組をみてボロボロと泣いたそうだ。人には人の体験を推し量る力がある。しかし、体験そのものは原理的には共有はできない。共有はできないが、推し量ることはできる。体験を語る言葉には人の心が染み付いている。

 人間存在とはなにか、どこか勘違いしていたような気がする。言葉についてもっと考察すればよかった。

763:考える名無しさん
07/04/01 18:15:25
>>762
>そこから池田は、「戦争を知っている」「戦争を知らない」などの区別は無意味だ、と持論を展開する。
池田はどこでそのようなことを言っているのですか。

「体験」は語られなくては、その人にとってしか意味を持たないでしょう。

764:考える名無しさん
07/04/01 18:40:34
意味が何であるか、どのようなことであるかということが分からない。
意味論って論理学も入ってきて複雑だ。

765:考える名無しさん
07/04/01 18:42:24
初体験を語るメイドの晶子です。

766:考える名無しさん
07/04/01 19:27:22
>>763
>>762
> >そこから池田は、「戦争を知っている」「戦争を知らない」などの区別は無意味だ、と持論を展開する。
> 池田はどこでそのようなことを言っているのですか。

> 「体験」は語られなくては、その人にとってしか意味を持たないでしょう。

『メタフィジカル・パンチ』中の「同世代の皆さんへ」で書いています。

《確たる世界認識は、自分の死を知るその明らかさと引き換えに獲得されるものだ。ひとたび死んで無になった自分だからこそ、世界の全てを自分と知るのだ。

認識は自在だ。どの時代におけるどの誰かも、全て、「私」だ。私は戦争を知っている。爆弾を抱えて敵艦に突っ込んだことがある。幼い部下にそれを命じたこともある。戦争を知りながら、しかし愚劣を真率に生きるよりしようがなかった人間の悲しみを知っている。

「戦争を知らない世代」などと自ら名乗るなど、恥ずかしいことと思った方がいい。
 生死という絶対的形式において人は、個人も時代も超出しうる。これが我らの普遍である。個人の体験内容たらしめているところの普遍的形式である。》(95頁)

 ここで池田は世代論への否定から、「体験した」「体験してない」の別を重視する戦中派や戦後派の双方へ否定を向けています。そのモチーフは理解できる。理解できるんだが、そう上記のように言い切ることが出来るだろうか、という疑問が湧いてきます。

 世代論は不可能である理由を池田はこう書いています。
《同じ時代を生き、同じ体験を経たとて、全く別の感じ方をする人はいるのだから、世代論はつまらないだくでなく、そもそも不可能な言論であるといえる。》(96頁)

 しかし、世代というのは、池田の言うように、同じ事件にたいして異なる印象をもっている、そのことがやはり世代を形成する要因だと俺には思えるのです。

767:考える名無しさん
07/04/01 19:29:32
>>762
>池田は個体による体験を軽視している。リアル・タイム、てことを軽視していると思う。
単に他人は自分でないということを言っているだけ。
私の想像では、個体による体験を重視するからこそ、言葉の普遍性ということを
強調する道をとったと思うのだが。

768:考える名無しさん
07/04/01 19:37:36
>>766
「知っている/知らない」の区別が無意味だということではなく、戦時ではない現代においても
戦争について知ることはできるということを言ってるんだろう。

「「体験した」ということのどこが偉いのか」という池田の言葉には、私は共鳴を覚える。

769:考える名無しさん
07/04/01 19:52:17
 池田は同エッセイ中、
《言葉を甘く見るでない
言葉の力を侮るでない》と書いている。それには共感できる。
 世代論に自閉し、対話を放棄する精神にたいしては、この批判は有効に思えます。

 ただ、先に引用させてもらったくだり。《私は戦争を知っている》と連呼するセンテンス。これは異様というか、違うんじゃないか、という感を禁じえないですね。

 言葉で語られた体験、それは出来事としての生だと思う。そこで生きられたものにはそれを共有することでは到達できないじゃないですか、池田さん?そう言いたいところです。

 実際にリアル・タイムで体験したものと、あとから語られた体験(言葉)は、僕はやはり違う、同一視はできない、と思いますね。

 で、池田自身が、このエッセイの最後に、生きられたものへの注意を書き込んでる。

《戦争は、端的に、生きられた、それだけだ。それぞれの仕方で感じられ、それぞれの仕方で生きられた、それだけだ。人は生きる限り己れの時代を生きるほかはない。しかし、想い出として語られるとき、ただ生きられていたそのことが忘れられる。

それが我らを繰り返し誤たせるのだ。》(97頁)

 つまり、池田自身、《戦争は、端的に、生きられた、それだけだ。》と宣言している。生きられたものへの眼差しを池田も獲得しているとここでわかる。そのことの重要性を知っている。

じゃあ、どうして、語られた言葉でもって、「知っている」と言えてしまうのか、またわからない。

 僕は語られた言葉での或る体験の理解には限度がある。あくまでそれは起こった出来事の理解で、それによって「知っている」とは言えないんじゃないかと言いたいですね。なぜなら、それを生きた体験は語れないからです。

770:考える名無しさん
07/04/01 19:56:18
>>769
>じゃあ、どうして、語られた言葉でもって、「知っている」と言えてしまうのか、またわからない。

知る方法は言葉によるしかないから。

771:考える名無しさん
07/04/01 20:04:16
知ることは体験を必ずしも要求しません。

772:考える名無しさん
07/04/01 20:24:41
知ることは、取り除くことになる。
中身は落とされ、形式は取りだされる。
戦争を知ることで、生と死は闇に葬りさられる。
"戦争を知らない世代も戦争を知っているのだ、それ故に、私は危惧しているのである゛
こう池田はいったのかもしれない?

773:考える名無しさん
07/04/01 20:28:46
知ることを危惧して
考えてるメイドの晶子です。

774:考える名無しさん
07/04/01 20:44:37
>>769
>じゃあ、どうして、語られた言葉でもって、「知っている」と言えてしまうのか、またわからない。
「あの戦争についてきちんと語れ」という、上の世代に対する、単なるアオリだろう。

775:考える名無しさん
07/04/01 20:52:08
池田は死のブログを批判し、自分に死が刻々と迫っていることを語らなかった。
言葉の力によって、死の生々しさを薄れさせたくなかったんじゃないか?
知を愛する社会において、考えることを愛し、最後には体験を愛するようになったのか。
彼女は普遍から個へ向かっていった。
だが唯一無二の自己を愛する者に、世界はつらくあたるものだ。
それにもかかわらず、なぜなのか、わざわざ個へ向かっていった。
それを嘆いた諸兄も多かったにちがいない。
だが事実、彼女は普遍的なものから退いていき、池田某というよりは、池田晶子、もとい、伊藤晶子その人として幕を閉じた。
何か示唆的な生き方であったように思う。


776:考える名無しさん
07/04/01 20:58:53
14歳の君達は
生き方に悩まないで
晶子の示唆だけを考えてればいいのよ。
哲学の巫女オバチャン冥土の池田本人です。


777:考える名無しさん
07/04/01 22:24:30
 『君自身に還れ』177頁で池田はこう云ってるね。

《そうなんですよね。宇宙のこと考えていたのに、引っ繰り返ってメビウスの帯みたいに裏側に出てしまった。考えていたのは自己だったってことでしょう。》

 つまり、宇宙や永遠性について、言葉を紡いでいると、その言葉を紡いでいる自己が気になってきた。

 これは変化なんだろうけども、もしかしたら、そのように変わってきたのは病に冒されていったことが原因ではなかったのかな、て推測もしてしまう。つまり、死を意識したからではないか。

 死をリアルなものとして意識したとき、今ここで宇宙や永遠について思考している自己はいずれ消滅する、てところに行き着いたのではないか、ということ。それは重大な転換点だったろう。

 精神の一性という立場からは、個体の唯一性は問題にならない。事実池田はその一性のほうを中心に考える人間だった。それが、晩年はその反対概念である多性が気になってきた。

 それはつまり個体の唯一性について考えはじめるということで、大峯との対話ではそっちのほうへ目を向けるところと、従来からの思考―精神への指向―が混在して出てきてますね。

 他と交換不可能な〈私〉というのを意識せざるをえなくなった。〈私〉の消滅がそれを意識させた。

 生の条件が思考を左右する、真理への眼差しを左右する、てことを証明する話だよね。

778:考える名無しさん
07/04/01 22:28:14
>>775
まあ、そういう読み方もあると思うけど。
俺は何も嘆かなかったなぁ。

779:考える名無しさん
07/04/01 22:41:05
何を言っているんだおまえたちは。

780:考える名無しさん
07/04/01 22:51:59
>>777
>そのように変わってきたのは病に冒されていったことが原因ではなかったのかな
それは違うと思う。
「魂」についての思索を始めたのは「残酷人生論」の頃から。

781:考える名無しさん
07/04/01 23:26:33
 そうか。これまでの思索の問い直しが最後の対談では見られたので病の影響かと思ったが。

 死後に仕事の内容が検討されること自体は本人は嫌がってはいないだろう。真っ芯で捕らえようという批判はよいことだよ。たとえ否定的でも。池田本人が生前、他人の仕事に(在世ないし故人を問わず)そうしてきたわけだから。言葉はきつかったからね、池田は。

782:考える名無しさん
07/04/01 23:40:56
>>761
>自分自身が安い言葉を売り飛ばしていて、その自覚がないってのは痛いな。

俺も最初は「池田さんという人は自覚がないんだろうな」
と思ったけど、それなりに自覚を持って用意周到だったことに気づいた。
「哲学じゃない哲学エッセー」とか「専門用語を使わない」とか、
しっかり言い訳を準備していたから。
"慶応大学哲学科卒業"の経歴についても、編集側に「いやらしくなる
からやめてくれ。中身がいいなら黙っても売れるから」と主張すること
もできたはずだ。

>俺みたいに、宣伝にのせられて中身を見ずにうっかり買ってしまい、
>後で金返して欲しいと思った人間の気持ちなんて、

新聞に載ったでかい広告に「慶応大学哲学科卒業」とあったので
その時点で胡散臭いと思っていたが、本屋でパラパラめくってみたら
あまりの中身のなさに驚いて買わなかったよ。

783:考える名無しさん
07/04/01 23:48:31
可哀想な卑俗な自分の方が生は充実する。
真、善、美と三拍子で望ましいものとしてよく挙げられるが、
普遍性をもつ高貴な自分はこれらを表現し、体現するだろうが、
特別に感ぜず感動できない。
卑俗な方はそれらをわかっておらず表現できないくせに、
思い込みんで感動し、夢中になったりする。
また俗であることで俗なことにも心を踊らすことができ、肌で生きることができる。
池田は恐らくは高貴に生まれ、俗であることを次第に選びとっていったといえ、それ故に、普遍性を失い、離れていったが、
何より確かで現実的で生々しいのは俗な自分であり、その思いである。
それ故に実際にはそれが虚しい性質のものではあっても、俗な方に惹かれていったのではないかと思う。


784:考える名無しさん
07/04/01 23:54:08
読み方どころかちょっとしか読んでないんですけどね。
思い込まなきゃつまらないって思ってる。


785:考える名無しさん
07/04/02 00:02:58
敢えて俗であることをよしとしたのはニーチェ的ですね。
まあ池田もニーチェあまり読んでないですけど。



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