07/09/10 15:21:13 0
>>390
議会制民主主義ってのは選挙で選んだ自分たちの代表が「自由な議論をする」」=自分たちで自分たちのことを支配する
というイデオロギーですから、支配の効率という観点からすれば国民に議会やメディアを通して自由に議論させ、感情を
発散させることで国家はその感情に応答してあげることで支配を存続しつづけるという形をとります。
国家からすれば「死刑が残酷か」「人道的か非人道的か」を国民自身に考えさせるように見せかけ、さらに国家機構が国民の
考えを達成する手段であるかのように応答してあげれば国家の支配は存続します。
死刑の是非を問う場で国家(裁判所)が選択するのは「人の命を大切にするか(秩序先行)」「死刑にするか(罰則先行)」であって
それもまた支配のための効率によって図られたものに過ぎない。
とはいえ、「残酷であるか」とか「人道的か」より、やはり「法の下の平等」が機能しているかが国外的な問題として重要で
早々国民感情によって死刑の是非は決められないとは思う。