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金[広東語ではカム]首露王陵の隣にある。伝説によれば、インド阿踰陀(アユタ)国の
王女で、許黄玉(ホファンオク)という。はるばる船で金海まできたという。48年に首露と
結婚した後、189年に157歳で亡くなったという。古墳は 1641年に修築されたもので、
わきには王妃がアユタ国から持ってきたとされる石塔が建っている。婆娑(パサ)石塔
といい、韓国では他でみることの出来ない形式の石塔である。[五重塔に似ている]
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荒波を静める力を秘めた婆娑石塔は神秘的な石塔として漁師達に航海の守り神として
何度も持ち出され、その度に破損したと言われています。この婆娑石塔は赤い色をした
石が6段に重なった状態になっていて、この赤い石は韓国には存在しないものなので、
インドから船に載せられてはるばる来たことを強く裏付ける証拠でもあります。
また、この婆娑石塔こそが、首露王陵でも見られた絵に登場してくる塔なのです。
(写真右参照)当時の駕洛国がインドのアユタ国と文化交流が行われていたことが窺
い知ることができます。[金毘羅、象頭山などはこのへんからか、尾道の玉の岩は
カイラスを見たことのあるトン族でないとわからない]
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十三重塔(室町時代) 重要文化財 父・藤原鎌足の追福のために、長男・定慧と次男・
不比等に よって西暦678年に建立されました。現存の塔は、享禄5年 (1532)の再建
で、木造十三重塔としては、世界唯一のものです。唐の清涼山宝池院の塔 を模して
建てられたと伝えられています。高さは約17メー トルあり、屋根は伝統的な檜皮葺き
です。神仏混淆時代の名残であると同時に、談山神社のシンボル的な存在です。
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[仏教公伝以前なのだ]