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五山文学のおこり
894年遣唐使の廃止、907年唐の滅亡、→国風文化隆盛
土佐日記ほかの日記類、唐滅亡直前の竹取物語のあと伊勢物語、源氏物語、
枕草子、905年の古今和歌集のあとの八代集
五代を経て、979年宋の統一、強大な中央集権国家、宋の商人との貿易始まる
日本は次第に武士の台頭→武家社会で五山文化
臨済宗:唐の臨済義玄を開祖とする禅宗の一派。日本には1191年に栄西が伝え、
最盛期は室町時代。明治時代には各派が分立。
天龍寺・相国寺(京都)、建長寺・円覚寺(鎌倉)など14派がある。
『臨済録』:臨済の法語を弟子の慧然(えねん)が編纂したもの。
2巻。禅家では「語録の王」と称して尊重する。
栄西が臨済宗を伝えた1191年は、壇の浦の源平の戦いで、平氏が滅亡したのち。
1192年には源頼朝よりともが征夷大将軍となり、鎌倉幕府を開く。
1202年、栄西、建仁寺を創建。(将軍、源実朝さねとも、殺されて源氏滅ぶ)
北条執権時代、親鸞の浄土真宗、道元の曹洞宗(宋から)、日蓮の日蓮宗、一遍の時宗
宋は日本との貿易を禁止し、密貿易が盛んになる。
1338年、足利尊氏、征夷大将軍となり、室町幕府を開く
中国は宋から元、尊氏が没して十年後、元から明へ。
足利三代将軍義満のころから、能が流行。
四代将軍義持が、相国寺を五山の第一刹に決める。(義満はまだ死んでいない)
五山文化盛ん。茶の湯、生花流行。
五山文化:京都・鎌倉の五山の禅寺を中心に発達した漢詩・漢文。
栄西が宋から禅宗と文化を伝えたのがはじまり。
五山:室町幕府が定めた禅宗官寺制度。五山・十刹・諸山のうち最高の寺格。
京都五山と鎌倉五山がある。時期によって多少異なるが、
南禅宗を別格の第一山とし、京都五山は天龍・相国・建仁・東福・万寿、
鎌倉五山は建長・円覚・寿福・浄智・浄妙
語録=口語。平安時代に受容した書面語と異なる。そのまま音読。そもさん、せっぱ等の禅語に。