【法とは何か】法哲学スレッド【原理】at JURISP
【法とは何か】法哲学スレッド【原理】 - 暇つぶし2ch102:法の下の名無し
05/01/18 01:14:02 8JuZvvJN
>「遵法責務の存在を否定すること」の意味内容に関わるのだと思うのですが、
> それは、法が予定する罰則・強制を免れることをも意味するのでしょうか
> (これは多分、少なくとも上の場合、不当な結論でしょう)?

遵法責務は「法は、法であるがゆえに従われなければならない」ということを意味します。
遵法責務が存在しないからといって、「従わないと痛い目に遭うから従う」ということは大いにありうることです。
法が法であるから従う、というのを内的服従と呼び、法が刑罰で威嚇するから従う、というのを外的服従と呼んで区別する事が出来ます。
で、法実証主義は、「法って何ですか?」という問いに対する一つの解答に過ぎないので、
それ自体でナチスの「合法的な」(だが邪悪な)行動を止められるわけではありません。
(「悪法は法に非ず」という自然法思想だって、ナチスの暴力を止められるわけではありません。)

>結局「ある法体系が、政治哲学上の理由から従ったほうがイイ!という状況」
>がポイントになるのだと思われますが、私はここの理解が十分にできない。
>具体例を出して説明していただけるとありがたいです。

例えば、「最大多数の最大幸福」を目指す功利主義は政治哲学の代表例ですが、
ある具体的な状況で、法を守ったほうが人々の幸福が増進されるならば、功利主義はその法律への服従を命じます。
しかし、その法が何らかの原因で愚劣だったり邪悪だったりし、違反する方が人々の幸福を増大させるような代物である場合、
功利主義はためらうことなく違法行為をすべきである、と主張するでしょう。
従って、功利主義に拠れば、ある法準則に従うか否かは、それが幸福を増進するかどうかのみで決まるのであって、
それが「法である」かどうかはどうでもいいことなのです。
だから、遵法責務が存在しなくても、ある法への服従が人々の幸福を増進するならば、それに服従するべきことになります。
つまり、遵法責務を否定することと「自分の意思に反するならば、遵守しなくてよい」というのは全く別のことなのです。

この立場に立つと、ナチス法体系の内のある法準則は守ると人々が不幸になり、違法行為のほうが人々の幸福を増進しますから、
それに違反すべき政治哲学(この例の場合功利主義)に基づく理由があることになります。
しかし、違反すると後が怖いので、ユダヤ人の幸福など無視して法を遵守するドイツ人が圧倒的多数だったわけですが、
そこから先はそもそも哲学がどうこうできるような問題ではありません。思想をどうこねくり回そうと痛いことはしたくないのが人間ですからね。



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