09/03/22 19:37:58 xs9o3r2O0
>>589
山口重次(当時満鉄営業課員)談
「満人側の日鮮人迫害や鉄道侵害事件などが年中行事化していた。
奉天鉄道事務所管内だけでも、1年間の被害は30万を越え、
電話線を切られたり、線路をはがされたり、はては日本守備兵が
拉致される事件までおこった。
総領事は『厳重抗議』をしたというきまり文句を繰り返すだけで、
『厳重抗議』は370件もたまっていた。軍も傍観しているだけだった。
だから日本人会で、青年連盟の岡田猛馬君が『関東軍は刀の抜き方を忘れたか。
腰の軍刀は竹光か』と名演説をぶって全満をうならせたものだ。
そして、在満邦人は、”国民外交”と称して直接行動をはじめるようになった。