08/12/05 16:14:28 QVDhesCQ0
>>754
支援元との戦争を視野に入れろというのは、東條に限らず、陸海軍認識を持って
いるんだが。
対米戦に乗り気かどうかはその上での更なる判断であって、基礎的な視点として
重慶を外交的にも軍事的にも落とすには支援元をどうにかしなければというのは
確実に持っていた。
海軍にしても陸軍にしても今闘うか、後で闘うかの差でしかないんだよ。当時の
全体的な認識は。
三国同盟や日ソ中立條約で漸く支援国の内ドイツとソ連を正当に外交手段で退け
られたがね。
大川の説得に「靖國の英霊に相済まぬ」と言ったのは、俺がずっと書いているよ
うに、「無条件での撤退は不可能」という事であり、最低でも共産勢力打倒の為
の北支駐留を認めてくれなければ、遺憾ともし難いというのが昭和15年当時の日
本の姿勢。
>>756
南京国民政府と不平等条約なんて結んでいないのだが。
昭和18年には大東亜会議に合わせて日本が北清事変以来持つ権益、租界を完全に
南京政府に返還しているし。
アメリカとイギリスは慌てて重慶政権に権益を放棄している。が結局は日本の行っ
た施策をトレースしたに過ぎない。
滿洲の話は別よ?滿洲國を認めて南京国民政府は日本と和解しているんだから。
>>753
まぁ、此時代の事は複雑怪奇。とても勧善懲悪の世界観では語れないからね。