10/04/16 16:13:14 6RjL5cH90
★松陰以前にも松陰に似た考えを唱える人はいたが、幕府が怖くて行動に移した奴はしなかった。
全国の各藩はどこも、ひたすら幕府を怖れ、幕府の嫌がることはけっしてせず、事なかれで過ごしていた
↓
★松陰が、勤皇倒幕を唱え、次々と、実践していった。
↓
★自分の行動の結果、拘束された為に、今度は弟子たちに呼びかけ、決起をうながすも
高杉・久坂始め弟子たちは、幕府どころか藩にも殺されると、松陰に自重を促したところ、松陰に
「私は信念に従う人間、君たちは功利を欲しがっているだけの命を惜しむ俗物」と言われ、弟子たちがヘコむ
★松陰、当然のように怒った幕府にぬっ殺された
↓
★師が殺されて、高杉、考えを改め、松陰の教えを実行することを決意、死を覚悟して行動することを誓った
↓
★長州藩、幕府と外国勢力との大戦争に完敗、長州征伐が開始され、長州藩も佐幕の俗論党内閣に代わり
全国の藩も佐幕に逆戻りし、幕府を恐れ、幕府の嫌がることはけっしてしない、事なかれ主義に復帰した。
これにより全国的に勤皇倒幕運動は壊滅寸前に陥り、徳川政権は今後も続くという見方が支配的になった。
↓
★このまま誰も決起しなければ、明治維新は起こらなかったが、、ここで、「松陰先生に自分が命を惜しむ人間
ではないことを見せるのは今」、と高杉が決起。
しかし高杉が松陰の教えに基づき作った奇兵隊員ですら、政府と幕府を怖れて立ち上がらなかった為
伊藤を引き連れ、たった数人で決起、幕府と長州藩政府相手に戦った(伊藤が出世したのはこれが理由)
↓
★高杉の縦横無尽の活躍で、革命軍にもかすかに勝ち目が出てきたと見た奇兵隊が便乗←山縣有朋w (ノ∀`)
民衆も決起し、なんと圧倒的に少人数の革命軍が勝利し、尊皇攘夷派が藩内閣に就任。本格的な討幕運動が
ここから始まった。
↓
★この長州藩の動きに触発され、全国の雄藩で、また尊皇攘夷派が復活、幕府が追い込まれていった。
坂本や西郷などの全国の志士たちもこの動きに便乗ww (ノ∀`)