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東北工程:百済・新羅の歴史も「中国史の一部」=中国社科院
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公式研究書に百済と新羅の歴史も「中国史の一部」と記述していたことが3日、分かった。
百済に対しては「(高句麗と)同様に古代中国の辺境にいた少数民族である夫余人の一部が興した政権」
とし、新羅については「唐は(百済が滅亡した)660年以前には羈縻政策を、それ以降には直接統治を行った」
と記述した。また、新羅は「中国の秦の亡命者が樹立した政権」であり、
「中国の藩属国として唐が管轄権を持っていた」とした。
「王建は決して<朝鮮>半島の新羅人の子孫ではなく、
中国・淮河流域から来た漢人の末裔・・」と主張し、933年に後唐の明宗が
太祖・王建に送った冊封詔書などをその根拠として提示した。
冊封詔書には太祖・王建を「長淮の茂族」と呼んでいる部分があり、
この論文は「長淮は淮河流域を意味する言葉で、
太祖・王建の本籍地が中国であるため、高麗は中国人が建国した国」と主張している。