09/03/21 21:06:16
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> 兵庫県立考古博物館の石野博信館長(考古学)は「3世紀段階で建物が軸を
> そろえて並ぶのは極めて異例だ。建物をきれいに配列する中国の思想を既に受
> けていたのだろうか。ここが邪馬台国とすれば卑弥呼の宮殿の一角なのかもし
> れない」と推測する。
とうとう出ましたね。
邪馬台国ではないにしてもこのように方角で整然と並ぶ建物群が機内に存在したのは事実です。
私が調べた限り朝鮮半島には同時代このように方角で整然と並ぶ建物群は存在していないようです。
大陸の史書に邪馬台国が初めて登場した頃にはすでにこのような建造物が日本列島には存在していたという事です。
大陸と初めて接触したのになぜ大陸の高度な建築様式が存在するのか?
今までの日本史観ならば矛盾しますね。
この疑問は日本人が呉の国から渡ってきた移民だとすればすっきりと解決します。
大陸の史書に邪馬台国が登場したときにはすでに呉の文明を受けついだ日本人の国家が存在したということです。