08/08/30 20:00:10
倭国乱
西暦193年 倭国餓えの為、新羅に千余人が渡海する。
日本国内の民が流動化=乱れの始まりでは無いかもしれないが、不安定化
の要素の一つ。
崇神11年国内安寧と書かれている=国内とは、畿内の事である とすれば、
畿内以外に安寧でないところがあると言うこと=九州では、乱れを収束できていない。
西暦239年まで、40~50年、景行の九州遠征は、西暦247年頃より
景行、九州遠征の初期に 卑弥呼の死亡
そして景行は、歌を残す、「ただ皇子思う クの山の 白樫が枝を ウズに挿せその子」
クの山とは 狗奴国であり、熊襲国の山である つまり卑弥呼に対し熊襲国を征服、
服従させることを誓った、誓いの歌なのです。