08/08/09 18:57:33
どくだみさん
前スレで、渤海国王の国書について詳細なレスをして下さり、ありがとうございました。
「本枝百世」は詩経の決まり文句ですか・・・
勉強になります。
しかし、まだスッキリしません。
「続日本紀・巻第十九」によると、天平勝宝五年(753年)孝謙女帝が渤海国王・大欽茂(文王)に次のような国書を送っています。
天皇敬問渤海國王。朕以寡徳虔奉寳圖。亭毒黎民。照臨八極。王僻居海外。遠使入朝。丹心至明。深可嘉尚。但省來啓。無稱臣名。
仍尋高麗舊記。國平之日。上表文云。族惟兄弟。義則君臣。或乞援兵。或賀踐祚。修朝聘之恒式。効忠款之懇誠。
故先朝善其貞節。待以殊恩。榮命之隆。日新無絶。想所知之。何假一二言也。由是。先廻之後。既賜勅書。
何其今歳之朝。重無上表。以礼進退。彼此共同。王熟思之。季夏甚熱。比無恙也。使人今還。指宣往意。并賜物如別。
孝謙女帝は727年の大武芸(武王)の国書に言及し、日本とは血族は兄弟、義では君臣の関係に当たると言っていたとしている。
これを見ると大武芸王の国書は全文ではなく抜粋であり、省略された部分に「族惟兄弟」という表現があったようです。
これについては如何でしょうか?