08/04/20 12:28:17
宝賀寿男氏のページより。
祇園山古墳(墳丘墓)は、久留米市の高良大社の麓の西へ延びる丘陵部最先端にある「方墳」とされる墓である。
基部の一辺が約二三~二四M(一に二四~二五M)という不整形であり、もとの高さが推計約五~六Mで、九州ではきわめて稀な葺石を二段にもつ。
その墳頂部にあるひときわ巨大な箱式石棺(内法長約二M、幅約七五CM)が内部主体となっていて、明確に槨がない。
かって盗掘があって、その遺物は全く散逸しているが、棺内及び蓋裏全体には朱(赤色顔料)の塗布が見られる。
墳裾の外周地域で調査された範囲からは、六二基(甕棺3、石蓋土壙32、箱式石棺7、竪穴式石室13、構造不明7)にも及ぶ小型埋葬施設が検出されて、
第一号甕棺からは成人女性の人骨や鏡片・勾玉・管玉・刀子も出土しており、墳裾の各所から古式土師器・須恵器等が出土した。
副葬された鏡については、墳裾の第一号甕棺内に後漢鏡とされる画文帯神獣鏡片が残るだけであったが、
当墳から出土したと伝える三角縁神獣鏡・変型方格規矩鏡が近くの高良大社に所蔵される。以上のようなところが、その概略といえよう。