「魏志倭人伝」等を読む (New 1)at HISTORY
「魏志倭人伝」等を読む (New 1) - 暇つぶし2ch225:日本@名無史さん
08/02/08 21:55:02
>で、君は今まで何か論理的な事でも言ったか?

もし、言ってたとして、それをキミが「論理的」と判断できないんじゃないかな?
何せ、論理性0の人なんだから「論理」なる概念自体理解できないことになる。

226:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/02/08 22:37:39
>>225

そりゃあいいや
論理性0

貴重な存在だな
この世の中に0が存在していたなんて。

227:ご参考まで
08/02/09 09:05:17
プラムさん、おはようございます。さっそくですが
卑弥呼は人名に非ずというスレを拝見しましたので反論させてもらいます。
帝紀には、正始四年の記事に「倭国女王卑弥呼」と記されています。
同じく、大和四年の記事には「大月氏国王波調」と記されています。
同じく、青龍四年の記事には「高句麗王位宮」 と記されています。
卑弥呼も波調も位宮も当然に固有名詞の人名と解するは、当然のことです。
壱与も同じく、固有名詞の人名と解して当然です。

228:河童 ◆EY2wfgakAQ
08/02/09 09:45:31
>>227さん

では
何故国内に記録が無いんですか?

229:ご参考まで
08/02/09 09:51:04
228氏の「国内」とは日本という意味ですか。
お尋ねの意味が不明です。

230:日本@名無史さん
08/02/09 10:03:53
出た!
論理性0の反応。

「何故国内に記録が無いんですか?」

倭人が残した記録が無ければ自論の否定材料とは認めないということか。
何で中国の記録じゃだめなんだろう。
あー、そうか都合が悪いからだね。


231:ご参考まで
08/02/09 10:15:37
やっぱり、そういうことですか。230さん、御世話を掛けました。でも
『日本書紀』には、魏志倭人伝が引用されておりますよ。神功皇后紀です。
「明帝景初三年六月、倭の女王、太夫難升米等を遣わし郡に詣り、
天子に詣りて朝献せんことを求む。」 と。

さて、ここでは景初三年となっていますな。
倭人伝は二年です。
ですから、倭人伝において誤写が無いと、断定はできないんですねえ。

232:日本@名無史さん
08/02/09 10:21:35
書紀註は所詮「中国人の記録」だから。
きっと、個人名として「卑弥呼」を使用していたと言う倭人自身の記録が無ければだめなんですよ。
証拠採用の可否はご本人がするわけだからしょうがないですね。

233:日本@名無史さん
08/02/09 10:36:30
中東の笛じゃなくてプラムの笛って訳だ。
それで勝っても世界選手権には進めないけどw

234:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/02/09 10:39:27
>>231さん

二年と三年の違いは、記載されし視点の違いですね
三年は完了時、二年は経過時


>>230
論理性0のレスにイチイチ脊髄反応するなよ

235:せいじ
08/02/09 12:35:34
河童虫さんこんにちは

>自分の目で確認するまでは特定しません。
だから豊前国周防灘沿岸としています。

確認というのは特定の場所を特定していないので、
この掲示板で今後も時間を掛けながら確認したいということですね。
>豊前国周防灘沿岸

行橋のことだと思っておりました。失礼しました。
豊前国周防灘沿岸だとしても卑弥呼の墓が平原遺跡だと遠いですね。
平原がある伊都国が「女王国」と考えたほうがわかりやすいですね。
という議論を有名な方が有名になる前、
したことがあります。

その方は私と同じ卑弥呼の墓を平原遺跡とお考えでしたが、
残念ながら行橋説でした。
「五尺刀」の出土については理解、納得していただけたと思っていたんですが。
河童虫さん一人で?がんばってこられましたから、皆さん既によく主張をご存知です。
そろそろこの日本史板卒業されてはいかがでしょうか。



236:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/02/09 12:56:25
はい
せいじさんこんにちは

>日本史板卒業

全て見透かされているようで(怖)
長年愛用したプラムのコテを封じたのもそれが根底にあるからです。
既に掲示板にて学ぶモノもないし(罵声と煽り雑言はまだ)
せいじさんの声をきっかけに、踏ん切りを付け、
出番を徐々に減らし、ここから消滅したいと思います。

>行橋

やはり
自分の目で見てからですね

これからは
自分の一番学びたい言語理論を主にするつもりです。だから
コテも“河童虫”で統一しました。

237:唐松山
08/02/09 14:10:56
日本書紀に卑弥呼は
景行12年 石っころに 化けてでている。


238:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/02/09 14:57:58
>>237唐松山さん


さざれ石?

239:日本@名無史さん
08/02/09 15:00:57
そうか、居なくなっちゃうのかあ。
いじくるオモチャがひとつ減るのは残念だが、
ご当人の意志じゃしょうがない。
気持ちよく送りだしてあげよう。
卒業おめでとう。

手向けにネタを一つ。
山(やま)、島(しま)、浜(はま)、
天(あま)の「ま」って同源なの知ってたか?

初耳なら、ちょっと考えてご覧。

じゃ、長い付き合いだったが元気でな。


ところで、今度で何度目の引退宣言だっけ?


240:河童 ◆EY2wfgakAQ
08/02/09 15:27:50
>>239

>引退

誰が?

卒業したらOBだから


>「ま」

言意は(多様に←→方向)
雨、天、尼…(アマ)
島、縞、洲…(シマ)

アマはアマという言意で同じ
シマはシマという言意で同じ

241:神奈川県民
08/02/09 17:29:50
>>236へ横レスします。
>やはり自分の目で見てからですね

そう!ご自分の目で確認することが大切なのです。
以前、わたしは倭迹迹日百襲姫の大市墓を観てきましたが、
想像とは違ってかなり大きかった記憶があります。
というか九州旅行を計画中ですか。
関東からだとけっこうな旅費になりますよね。次のGW?!

242:神奈川県民
08/02/09 17:35:35
河童さん~お友達が多くていいじゃないですか(笑)

引退ではなく「OB」だそうです(笑)
あなた~人から「笑われる」センスだけはありますよね(笑)

いつも笑わせて

243:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/02/21 08:36:29
どうやら
畿内の名無しが、自分達の環境作りに躍起になっているようなので
荒れる前に移動しましょう。

244:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/02/21 09:13:42
『夷人不知里數但計以日』

これをちょっと弄ってみますか。
あるサイトの和訳を見ると(東夷の人は里数(距離)を知らず、ただ日を以って計る)
このように和訳されていて、他を見るにも大して変わらない和訳になっているようです。

でも、これを見て誰も反論ないことが不思議です。・・・・・馬鹿じゃね

この文は「但」と言う文字が接続詞となり「夷人」(不知里數)「但」(計以日)を繋いでいるということです
すると
・距離を知らないからただ時間で計る ということになり
大変おかしな日本語になってしまいます。
普通、距離(里数)を知らないので(よって)時間にて計るとか、距離(里数)を知らない(ため)時間で計るという文になります。


つまり トンデモな和訳だということです。

「但」という接続詞の後の文の理由説明を前文にても補う文でなければいけないのです。

245:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/02/21 09:45:37
では
細部を見てみましょう

『計以日』とは
ご存知のように「計」は(結果)であり(〆)です。 算じた後に発生する(計)ということ  和語で(はかーラ行)
「日」は(時間)
ここを和訳すれば  『結果時間にて』『時間にて〆る』となります。

『不知里数』とは
「里数」の(里)は度量衡の単位「里」です
ここは「不知里」ではない。度量衡の「里」を知らないのではなく、「里」は知っているけれども
「里」を(数えていくこと)を知らないということ
つまり、
度量衡「里」を数えていき、そのトータルを「里」に表し認識ことを知らないと言っているのです。

『夷人不知里數但計以日』は
(夷人は距離を数え表す事を知らない、ただし時間で結果を表す)  こういう和訳が適切でしょう。

似たような文章が魏略逸文にもありましたね
『其俗不知正歳四節但計春耕秋收爲年紀』

246:日本@名無史さん
08/02/21 10:15:36
【不買運動】アウトドアファッションの「パタゴニア」が「捕鯨は残酷的かつ暴力的であり、不必要なものです」と宣言!!!【テロ支援】
アウトドアファッションメーカーの「パタゴニア」が
先日、日本の捕鯨船に対して攻撃を仕掛けた狂信的反捕鯨テロ集団シーシェパードを支援していることが明らかになりました。
「パタゴニア」はこの事実を指摘されて
今後もシーシェパードを支援していくと明言、
捕鯨は残酷的かつ暴力的であり、不必要なものであるとして、
反捕鯨の立場を明確にしました。
日本の捕鯨は長い歴史と伝統の中で
海の恵みに感謝しながら鯨のすべてを利用して
採り尽くさないように環境にも配慮しながら
行われてきたものです。
白人のように鯨の油を取る為だけに
鯨を殺戮した捕鯨とは違います。
パタゴニアはそのような日本の伝統を無視して
「捕鯨は悪」決め付けて白人の一方的な価値観を
日本に押し付けようとしています。
パタゴニアはアウトドア用品などを売って
人間が自然に入り込んで環境を破壊することに加担しておきながら
反捕鯨と言うことで何か環境に良いことをした気分になっている
自己満足の偽善者たちです。

日本文化の破壊を目論む反日テロ支援企業に対する
不買運動と抗議メールの送信にご協力下さい!!!

247:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/03 08:02:03
金も出さない、努力もしない。一から十迄人まかせ

248:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/05 08:43:10
まろさん、どくだみさん
こちらに移動しました。


『どくだみさん』

>袁紹が述べた「四百許年」はちょうどかどうかの議論。


どくだみさん何か気付きませんか?倭人伝とこの袁紹伝の違いを
袁紹伝は袁紹語録として「四百許年」を文字にて記録しているのです。
しかし倭人伝は明らかに資料を元に文字にて記録したと判断しても間違いないでしょう。

袁紹語句「四百許年」は袁紹が言葉に発したそのものを忠実に写しているのでしょうか?
だとしたら
袁紹は暦を蔑ろにした行為ですね『おおよそ四百年です。』『395年です』
袁紹が発した言葉はどちらでしょうか?
どくだみさんが言われるように、臣下は暦を重んじ正朔を奉じるなら間違いなく『395年です』と言ったと仮定出来ますね?
しかし、記録では『四百許年』と、395と言う文字は消えて四百になっています。
つまり
文章に記録される事と現実を比較する難しさです。

249:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/05 10:44:27
『どくだみ』さん

どくだみさんは「四百許年」と言う文に“おおよそ”と言う意味ではないかとの事、詰まり四百と言うモノに幅(或はノリ)を持たせていると言う事ですね?

しかしそれは「許」の字の役割ではなく「程」の字の役割です。

『程/ほど』
・時間の度合い
・おおよその経過

それらを示す時に「程」を用い、おおよそ何年、おおよそ何時間と

「程」は時に度量衡にも用いられ(程、一程爲分)髮と寸の間に位置する
数詞と関係の深い文字です。
つまり
「四百許年」と言う文章に、時間的な“おおよそ”を用いる事は出来ないと言う事です。


今、手元に資料が無い為記憶だけで投稿しているので、一度自らの確認をお勧めします。

250:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/05 12:30:27
『漢字の面白さ』
では此処で、別な角度から遊び気分で「許」に(おおむね)と言う意味がない事を見ていきます。

『許』を分解すると「言と午」そして旁である午を分解し、「言」に一つずつ付加し「許」になるまで意味の変化に注目してみます。
・「言|/タン」……この文字の意味は不明
・「計」……かぞえ、しめしあわせ、くわだて
・「訐」……あばく、そしる
・「許」……ゆるす
・「言矢」……かきしるす
・「言失」……わすれる

このように並べて見ると何かきづきませんか?そう!
・「計」→犯罪者

・「訐」→警察・検察

・「許」→裁判所

・「言矢」「言失」→報道(記録)、世間(シャバ)

つまり
「許」の文字としての位置付けは、裁判所にあたり
無罪か有罪か?と白黒をつける位置付けにあり(おおよそ)などというAboutなどありません。

251:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/05 18:26:45
『まろ』さん

濁点は、語句の意味が反転するという記号です。(言意が反転)

例えば

クルクル   これに濁点が付加すると   グルグル

252:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/06 01:12:13
今日はそろそろ寝るかZZZ

253:ご参考まで
08/03/06 16:03:46
河童虫さんがプラムさんとは判りませんでした。最近あまり覗いてりませんでしたから。
なんか、此の頃は皆さんお詳しくて、たまに拝見しても、理解が容易でなくなりました。
倭人伝論争を説得合戦と評した作家か評論家が昔居りましたね。
それでも十分に楽しめますから、陳寿の功績は偉大なものです。ご参考までに一つ。
陳寿の没年はご存知のとおり297年。陳寿の死後まもなく范覠らにより「三国志」公認の
請願が出され、張華のおかげで勅命が下り、陳寿の家に赴き、「三国志」を写させしめた
ことになっておりますが、そもそも、この折に、改筆され加筆され削除された部分は
絶対に無く、誤写も絶無であった、と断定するは不可能と思います。
文部省の教科書検定のようなものが有ったとして、むしろ自然でありましょうな。


254:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/06 17:08:24
>>253ご参考までさん

>陳寿の没年はご存知のとおり297年。陳寿の死後まもなく范覠らにより「三国志」公認の
請願が出され、張華のおかげで勅命が下り、陳寿の家に赴き、「三国志」を写させしめた
ことになっておりますが、そもそも、この折に、改筆され加筆され削除された部分は
絶対に無く、誤写も絶無であった、と断定するは不可能と思います。


そのような見方があってもいいと思いますが、圭角さんは何処をどのように「改筆」「加筆」「削除されたものは何か」を的確に答えることができますか?




255:どくだみ
08/03/06 18:06:00
先ずは、資料を取り扱うときの注意点から。
説文は、許慎が古文学者であることから編纂された書物です。
漢代には既に読めなくなっていた古い文字で書かれた経書が古文経書。
それを研究する中で編纂されたのが説文です。
つまり、説文は、先秦時代の古い時代の意味・用法について書かれているのです。
一方、以前、別の方も指摘されていたように、数詞+許+名詞の用法は後漢時代くらいから
用いられるようになったようです。
つまり、数詞+許+名詞の用法を議論するのに、
「説文にこう書いてある」というのは意味が無いのです。

許が裁判所云々も、白川静みたいに文字学をやるのなら、発想としては面白いですが、
三国・晋の時代の用法を議論するのに持ち出すには、見当はずれな話題です。
甲骨文字の時代から、時間が経ちすぎています。

廣韻に「許、許可也」とあるから、aboutではないと言うのなら、
同じく廣韻に「期也、限也」とある「程」が、何故aboutの意味になるのですか。
そもそも、程は十髪=一程、十程=一分 十分=一寸 という風に、
度量衡の単位として、明確に定められた値を意味していた言葉でしょう。
原義が「限定」というのなら、許より程の方が、よほど「限定」の意味が強いでしょう。
それなのに、程はaboutの意味に転化し、許が転化しないという合理的な理由はなんでしょう。

「程」の辞書的な意味として、「・時間の度合い・おおよその経過」があったとして、
それが、実際の漢文のなかで、どのように使われているかは、検証しましたか?
言葉の押し花では、意味が有りません。
どのような句型で、何時ごろの時代の文章に使われているのでしょうか。
それを調べないで、辞書に書いてあるからでは不十分です。
例えば、三国志の中で、程がおおよその意味で使われている部分は何処ですか。
私は、見つけられませんでした。
国語の辞書には「程」に「おおよそ」の意味がありますが、
大漢和辞典には「程」に「おおよそ」の意味はありませんでしたよ。

256:まろ
08/03/06 18:16:45
>>251

>濁点は、語句の意味が反転するという記号です。

濁点は、つまらない言い方をすると無声音を有声化する記号です。
有声無声とは声門の動きを意識して「か」「が」と交互に発声すれば判ります。
>クルクルこれに濁点が付加するとグルグル

他にも「さらさら」「ざらざら」のように音感によって造語された言葉、
擬態語、擬音語では濁音化で当然ですが意味が変わります。
しかし、これは音感に頼ることの少ない他の言葉にまで
適用できるような普遍的な原則ではありません。
既レスで提示したように「電子ばかり」「電子はかり」、
いずれの言葉でもその意味に違いが無いことを理解してください。

257:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/06 18:27:30
>>255どくだみさん

>許が裁判所云々も、白川静みたいに文字学をやるのなら、発想としては面白いですが、
三国・晋の時代の用法を議論するのに持ち出すには、見当はずれな話題です。
甲骨文字の時代から、時間が経ちすぎています。

ま、これはあくまでも余談としてのネタなんですが
見当はずれとマジに答えてもらえたようですから、質問いたします。
で、甲骨文字の時代から時間が経ちすぎているということと、昨日私の文字組立て解釈との関係は一体なんでしょうか?
それに、時間が経ちすぎているというお言葉ですが、具体的にどの程度の時間であれば許容範囲ということでしょうか?

>廣韻に「許、許可也」とあるから、aboutではないと言うのなら、
同じく廣韻に「期也、限也」とある「程」が、何故aboutの意味になるのですか。

で、この廣韻に「期也、限也」とある「程」は、どのような和訳になっているのでしょうか?(いま手元に資料がないため)

>そもそも、程は十髪=一程、十程=一分 十分=一寸 という風に、
度量衡の単位として、明確に定められた値を意味していた言葉でしょう。

それはどうでしょう?
度量衡「程」は明確な単位ですが、「髪」と「寸」間に幅を持たせた範囲の単位とも捉えることが可能ですが

>例えば、三国志の中で、程がおおよその意味で使われている部分は何処ですか。
私は、見つけられませんでした。
国語の辞書には「程」に「おおよそ」の意味がありますが、
大漢和辞典には「程」に「おおよそ」の意味はありませんでしたよ。

で、三国志の中に「許」を「おおよそ」の意味に使用されたところはありましたか?


258:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/06 18:36:35
>>256 まろさん

>既レスで提示したように「電子ばかり」「電子はかり」、
いずれの言葉でもその意味に違いが無いことを理解してください。

文字の意味を正確に理解し使用していれば、「電子はかり」というような間違った語句にはなりません。正しくは「電子ばかり」です。
「電子」であろうと「天秤」であろうと同じことです。
文字の意味を理解していれば、現代使われている言葉の正確さは判断できます。(ただ現実問題として、例え誤使用でも市民権を既に得ているものに関してはどうしようもありませんが)

259:どくだみ
08/03/06 19:06:27
河童さん
以前読んだ話では、即レス主義とのことですが、もう少し熟考してレスしていただきたいものです。


ところで、「電子ばかり」が正しくて、「電子はかり」は間違いということですが、本当にそうでしょうか。
「電子秤器」は「でんしはかりき」とは読みますが、「でんしばかりき」とは読みません。
「台はかり」「上皿はかり」というのもあります。
まあ、私は言語学は素人なので、この件は、この程度で。

まろさん
はじめまして。
まろさんは、河童さんが師匠だと言っておられる、言語虫という人のことをご存知ですか。
アマチュア言語学研究家で邪馬台国研究家らしいです。
邪馬台国スレで、以前、その人のホームページのアドレスが貼られたことがあります。
かなり特異な説を展開しておられるので、河童さんと議論されるなら、
そういう心積もりをされていたほうが良いかなと思います。
ヤフーの掲示板にトピックを持っていて、特異な論を展開しておられます。

260:まろ
08/03/06 19:30:04
>>258

何故「電子はかり」が間違いで、「電子ばかり」が正しいと思うのですか?
さらには「バネはかり」と言うことも出来ます。
連濁は話者の発声習によるところが大きいのです。
また、「はかり」とそれが連濁した場合の「ばかり」に意味の違いがあるのでしょうか?
違いは無いですよね。
連濁はその方が発音しやすいから起きる現象であって、
話者が意味の違いを表現するために使いわけているのではありません。

概数を表す助辞「ばかり」と語源である「はかる」の意味の不整合は、
濁音化以外の別の理由に求めるしかないのです。
例えば、どくだみと貴方の間で話題になっている「程」や
和語「くらい(位)」の用法について考えてみたらいかがでしょうか?
その結果、貴方の仮説のひとつが崩壊することになるかもしれませんが。

261:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/06 19:41:19
>>259どくだみさん

>「電子秤器」は「でんしはかりき」とは読みますが、「でんしばかりき」とは読みません。

それは当然のことでは
「電子秤器」は「電子」+「秤」+「器」という漢字を合成させ「電子秤器」としただけにすぎませんから
和語(でんし)+(はかり)+(き)は、文字の合成の他に音の合成と言意も伴いますから
和語は言葉としての音を発した瞬間から意味も伴い、その辺が漢字とは違うところでしょう。

262:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/06 20:14:24
>>260 まろさん

「はかり」というのは名詞だから「はかり」と言うだけで言葉は相手に伝わりますが、濁点が付加した「ばかり」は(○○ばかり)と
何らかの語句と結びつかないとそのままでは言葉にはなりません。

単に「はかり」とする名詞は、それがどんな秤であろうとも単なる「はかり」ではそれを限定することができません。
しかし、その「はかり」に○○という名詞が付くことにより、その「はかり」と言うものが○○という限定された「はかり」になり
範囲の限定されなかった「はかり」が、○○という語句によって限定された語句に反転します。
その意味の反転を知らせる働きの記号が濁点なのです。

「○○ばかり」と(発声)(文字にて表記)することにより、「はかり」の言意が反転しましたと・・・・・


クルクルまわるのは自分自身の「目」や「身体」

グルグルまわるのは自分のまわりをまわる時の表現




263:日本@名無史さん
08/03/06 20:50:41
>>259

> まろさん
> はじめまして。

はじめまして・・・
私は、どくだみさんも同じかとは思いますが、
基本的には名無しで、話題ごとに捨てハンドルも使います。
多分、文体や話題の嗜好から、どくだみさんにもいくつかのハンドルは
思い当たるものがあるかと思います。
ですので、「はじめまして」ではございませんがよろしくお願いします。

また、プラム氏さんとも、結構長い付き合いですので、
人となりはよく存じ上げておりますw

264:神奈川県民
08/03/06 20:51:43
河童さん~こんばんわ
「許」
「ゆるす」、「ばかり」で議論されてるようですが決着つきそうですかね?

魏志倭人伝の読みおろし(ぐぐると)を見ると「ばかり」が使用されてるみたいですが・・・。


265:神奈川県民
08/03/06 21:04:58
河童さんはやはり「漢字」に関して強いですね!
丸暗記されてるのでしょうか?
いやはや・・・関心するしかない。
私なんて辞書持ち歩いてないと出てきません(笑)

というか以前に増して、より知識が高くなったようかんじる。

266:どくだみ
08/03/06 21:06:15
>>262
その話は、秤というと何の秤か解らないけれど、天秤やバネといった名詞が付加されることで
限定された具体的な秤になる。
そうすると、抽象的だった「はかり」に濁点がついて、反転して限定されて「ばかり」になるという主張でしょう。
それだと、「ばかり」は「限定されるもの」であって、限定する働きを有するのは付加された名詞の方でしょう。
「ばかり」に他の言葉を限定する働きがあるということには、全然なりませんよ。
「狂う」の名詞化したことば「狂い」に、女をつけると「おんなぐるい」ですね。
「ぐるい」は他の言葉を限定する働きを有するのですか。

ところで、バカという言葉に、例えば野球という言葉を付加して限定すると、濁点はどうなるんでしょうね。
ハゲということばは、十円ハゲや若ハゲのように限定されても濁点は付きません。
水ということばも、若水、逃げ水、死水のように濁点は付きません。

それから、グルグルとクルクルの話、
ヤフーの掲示板で読んだ貴方の師匠の説明は、ちょっと違っていたような気がしますよ。

ついでに言えば、端 箸 橋 は、みな同じ和語「はし」だと言っていましたが、
すべてイントネーションが違います。
例えば、京都弁では、気と木はイントネーションが違います。
中国語では、ピンインが同じでも、声調が違うと全く別の言葉ですが、それに良く似ています。
これらを、全部同じ「はし」だと言ってしまうのは乱暴でしょう。

>>263
そうでしたか。老婆心でしたねw 私も、以前は名無しばかりで、コテハンはどくだみが初めてです。

267:まろ
08/03/06 21:12:51
>>262

> しかし、その「はかり」に○○という名詞が付くことにより、その「はかり」と言うものが○○という限定された「はかり」になり
> 範囲の限定されなかった「はかり」が、○○という語句によって限定された語句に反転します。

それは、「ばかり」の前に付く名詞が修飾することによって生じる現象ですね。
「限定」しているのは、名詞の効果であって、濁点ではありません。
複合語の一部になっても、それが「はかり」の意味しか持たないことに違いはありません。

では、音濁しない複合語の場合はどうしますか?
「やま(山)」は、それ自体では「やま」の意味しか持たないが、
貴方の「理屈」に従えば「大」と言う名詞が付いた「大やま」になると
「やま」の意味が「限定」されたことになりますが、音濁は生じませんね。

> その意味の反転を知らせる働きの記号が濁点なのです。
> 「○○ばかり」と(発声)(文字にて表記)することにより、「はかり」の言意が反転しましたと・・・・・

この場合、貴方の説に立って考えても意味は「反転」していませんよw

 はかり ⊃ ○○ばかり であっても  はかり ¬○○ばかり にはなりませんから。

268:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/06 23:02:54
>>266どくだみさん

>それだと、「ばかり」は「限定されるもの」であって、限定する働きを有するのは付加された名詞の方でしょう。
「ばかり」に他の言葉を限定する働きがあるということには、全然なりませんよ。
「狂う」の名詞化したことば「狂い」に、女をつけると「おんなぐるい」ですね。
「ぐるい」は他の言葉を限定する働きを有するのですか。


これは濁点の位置に関することでもあるし、「ばかり/はかり」の語句の頭がハ行であることに全ての要因があります。
「は」の言意そのものに(範囲を限定しない言葉の方向性が中心から外向き←→)という意があります。
そこに、範囲が限定された名詞が付加するので「はかり」の「は」も原意を反転させ、(範囲を限定する←→方向)という「ば」になります。
(バネと限定された秤)となるのです。

「くるい」と「ぐるい」は子音Kからの変化で、範囲という説明からは逸れますので、今度機会がありましたら説明いたします。

>ところで、バカという言葉に、例えば野球という言葉を付加して限定すると、濁点はどうなるんでしょうね。

「野球ばか」 は既に濁音が付いていますし「野球はか」からの濁音変化ではないでしょう
「ばか」そのものが既に名詞化され、馬鹿そのもの単独で意味をなす語句 「野球」も名詞「馬鹿」も名詞と言う単に名詞どうしを合成したまでの言葉です。
だから「野球」の「はか」という格助詞(の)が間に入ることはないはずですよ


>ついでに言えば、端 箸 橋 は、みな同じ和語「はし」だと言っていましたが、
すべてイントネーションが違います。

表記に違いがありましたか?イントネーションは音声の違いであって、イントネーションの違いに意の変化はありません。



269:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/06 23:25:25
>>267 まろさん

まろさんへの回答は、たぶん >>268 にて説明していると思いますので省きます。



それに
一つだけ加えるとするなら「ば、び、ぶ、べ、ぼ」の正確な音声表記は「ま゛、み゛、む゛、め゛、も゛」
だから、本来は「ばかり」は(ま゛かり) 「ばか」は(ま゛か)であって
それぞれ 「はかり」からの検証、「まかり」からの検証
「まか」からの検証「はか」からの検証をし、相互判断しなければならないのですが
それをすると、たぶんチンプンカンになること必死ですので、今回は比較的に分かりやすいほうで説明しました。


因みに
「馬鹿/マ゛カ」の言意は(多様に付類しない性質)で、分かりやすく言うと(記憶しない)

「ばか/バカ」の言意は(限定された範囲で気が破壊する)

270:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/06 23:37:17
>>264県民さんこんばんは

>「許」
「ゆるす」、「ばかり」で議論されてるようですが決着つきそうですかね?


決着というよりも、学生さんは絶対に(どくだみさん)の方を見習うべきです
私のを参考にした日には、全てペケになりますから
それが現実社会、マクドナルドの接客マニュアルなんです。

271:まろ
08/03/07 00:51:53
>>269

貴方は、音声の話をしているのですか?
それとも「かな」という記号の話をしているのですか?

どくだみ氏へのレスにあるこの文章、

>表記に違いがありましたか?
>イントネーションは音声の違いであって、
>イントネーションの違いに意の変化はありません。

この意味が徹底的にわかりません。

同じレスの中のこの論理

>「は」の言意そのものに(範囲を限定しない言葉の方向性が中心から外向き←→)という意があります。
>そこに、範囲が限定された名詞が付加するので「はかり」の「は」も原意を反転させ、
>(範囲を限定する←→方向)という「ば」になります。(バネと限定された秤)となるのです。

「やま」の事例でも貴方流の「限定」事象が生じることが御理解いただけないようなので何ですが・・・
要点は「は」に濁点が付くことで意味が変わる、つまり音素の変化ではなく、文字記号の変化ということで
よろしのでしょうか?
先ずは、その点を顕かにしていただかないと確かにちんぷんかんぷんですね。

272:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/07 08:09:49
おはようございます。
>>271 まろさん
イントネーションですが、
『はし』とするものが世の中にたった一つだったら、このイントネーションによって区別しようとする現象は起きないし、存在すら無です。
(端、橋、箸…)を、音にて区別しようとする意思がイントネーションの違いにより表現しているだけなのです。

(箸、橋、端…)それらを区別する方法として
・“はし”と音を発し、同時に身体の部位にて対象物をしめす。
・“はし”と表記し、対象物を区別出来る文章にする文章表現
・音のイントネーションにより区別する方法

たぶん、これらの方法があると思われます。
しかしこのイントネーションによる区分けが必要となってくる環境とは、かなり特異的なものであり、音だけで区別しなければならないと言う条件下の区分け表現方法です。
実生活では、盲人や暗闇状態が設定できるでしょうか? でも、このイントネーションによる区分け表現方法は、(端、橋、箸…)等が“はし”と名付けられた後に発生する現象なのです。
全て“はし”が確定された後なのです。

273:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/07 08:45:52
>>267
『おおやま/オーイアマ』ですね

たぶん言語の基礎を説明していないからこそ起きてしまう疑問かと思われます。
・「おお/オー」は“大きい”と言う形容詞
・「やま/イアマ」は名詞

既に「山」自体、範囲が限定されている音にて構成された表現ですし、それに付加される形容詞「大きい」も、「山」の範囲内で起こる現象
だから、濁音の付加出来ない音にて構成されているのです。
だから濁音の付加可能な(おほやま)とは言わないでしょう。

母音「あ、い、う、え、お」
この基本的な言意は
(範囲が限定される、各方向性)

この母音が範囲を限定されなくなったのが
子音Hで構成される
「は、ひ、ふ、へ、ほ」

と、言う事です。

274:日本@名無史さん
08/03/07 12:21:30
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
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古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
URLリンク(www.hibari.ed.jp)

275:ご参考まで
08/03/07 13:14:11
河童虫さんにご返信。
河童虫ご同様にこういう場所ですから、その全部を的確に例示する訳には
まいりませぬが、司馬懿は司馬宣王と常に尊称記述であることはご存知のとおりですが
司馬懿と記述している箇所が二つあります。

276:まろ
08/03/07 21:26:53
>>272

> イントネーションですが、

イントネーションの必要性について問うているのでは無いのです。
貴方が、よく使う「言意」と言うものは、「音」に付随するものなのか。
それとも文字などの記号によって表現されるものなのかと尋ねているわけです。

貴方のイントネーション感について、突っ込みたいところもありますが、
これが解からないと貴方がどちらの説明をしようとしているのか判断しかねるのでね。
ただ、>>272を読んでも「はし」がイントネーションを除く音価を示すのか、
文字通り記号である「は」「し」を示すのかわかりません。
何となく「イントネーションを除く音価」のような気がしますが、
できましたら、この問いについてはYESかNOかで答えて頂きたいと思います。



277:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/07 21:42:00
さて、昨日の
『どくだみさんからのリクエスト』

【おんなぐるい】 の、連濁による反転効果

「おんなぐるい」という語句は「おんな」という名詞と「くるう」という動詞が連濁を伴い結びつき文を構成しています。
しかし、実際には濁点を伴わない
「おんなくるい」という和文は存在しませんが、連濁ということなので「おんな」「くるい/う」を解析してみます。

「くるう」これは動詞なので、これだけでは  何が(くるう)のか分かりません。
「おんなくるい」は、【おんながくるう】という和文が正しい和文です。
つまり、【おんなくるい】の狂う対象は『女』となります。

一方連濁による【おんなぐるい】は結びつく語句の最初に濁点が付加することにより
「おんな」の意味が反転し、狂う対象が『男』になるのです。


『くるう』とする対象の意味が濁点が付加されることにより、見事に『女』から『男』に反転しています。
この、連濁は文章における濁点反転効果です。 

278:まろ
08/03/07 21:44:30
>>273

> ・「おお/オー」は“大きい”と言う形容詞
「大」は正式には「形容名詞(つまり品詞的には名詞)」と言うべきですが、
代わりに普通名詞の「石(石山)」でも「北(北山)」でも同じことです。

> ・「やま/イアマ」は名詞
「はかり(=重さを量る計測器)」も名詞ですね。

> 既に「山」自体、範囲が限定されている音にて構成された表現ですし、

確かに「山」は「丘」でも「原」でもありません。
「地形」と言うジャンルの中では「限定」されています。
それは「はかり」も同じことですね。
「ものさし」でも「ます」でもありませんから、「計測器」と言うジャンルの中では限定されています。

> それに付加される形容詞「大きい」も、「山」の範囲内で起こる現象

「バネ」でも「電子」でも同じですね。
「はかり」の範囲内で起こる現象です。
「バネ」と付いても「はかり」は「はかり」で「ネズミ捕り器」にはなりません。

> だから、濁音の付加出来ない音にて構成されているのです。
> だから濁音の付加可能な(おほやま)とは言わないでしょう。

すいませんが、何が「だから」なのかが解かりません。

> 母音「あ、い、う、え、お」~

急に、そんな「高度」な話をされてもついてけませんがなw

279:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/07 21:49:24
>>276 まろさん

イントネーションについての私の見解は、今朝しました。

語句のイントネーションや訛は、長い間の生活環境によってさまざまですので
基本的には、貴方に言われる『音価』と捉えたほうが分かりやすいかもしれません。

和語は『一音一意』と考えますので

280:まろ
08/03/07 22:00:00
>>279

>イントネーションについての私の見解は、今朝しました。

ですから、繰返しますが、それとは違うことを尋ねています。

貴方がこだわっているの「言意」というものは次のどちらの要素に結びつくのですか?

1 「イントネーションを除く音価」

2 「文字などの記号」

教えてください。


281:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/07 22:00:48
>>298 まろさん

>> 母音「あ、い、う、え、お」~

急に、そんな「高度」な話をされてもついてけませんがなw


「あ、い、う、え、お」
これは 一番初歩の取っ掛かりな部分です。(そう、赤ちゃんが発する最初の言語です)
そして
いま行っている連濁による文の構成は、大変高度な言語理論です。
つまり、産まれたばかりの赤ちゃんが、受験勉強するようなものです。

母音「あ、い、う、え、お」から子音「k,s,t,n,h,m,r,w」が産まれるのですから
(正直な話、私も未だにこの構造を完璧に把握できていないのですが)

282:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/07 22:08:51
>>281 まろさん

>1 「イントネーションを除く音価」

2 「文字などの記号」

教えてください。


どちらにもあてはまりませんが、「文字記号」としたほうが分かりやすいでしょうし、大部分の意味はこれで事足ります。


283:まろ
08/03/07 22:38:58
>>282

> >1 「イントネーションを除く音価」
> 2 「文字などの記号」
> 教えてください。
> どちらにもあてはまりませんが、「文字記号」としたほうが分かりやすいでしょうし、大部分の意味はこれで事足ります。

ありがとう、やっと話が進みますねw
でも「文字記号」の方を選択したとなると私の予測と異なりますね。
私は「かな」とか「濁点」とかの意味で「文字記号」を使っています。
それで良いと言う事なら貴方の理論は「かな」が使われる前の日本語には適用できなくなってしまいます。
もしかして「音節」と言う概念が妥当なのではないですかね?

>音節(おんせつ)とは、シラブル(英語 syllable)ともいい、
>1個の母音を音節主音(おんせつしゅおん。英語 syllabic)とし、
>その母音単独で、あるいはその母音の前後に1個
>または複数個の子音を伴って構成する音声(群)で、
>音声の聞こえの一種のまとまりを言う。

                    By WIKI

日本語のかな一文字は、大雑把に言えば全て一音節といえます。
例えばひらがな「た」「ち」「つ」「て」「と」は
現代標準語では、それぞれ[ta][ti][tsu][te][to]と言う音価を持ち、それぞれが一音節と言うわけです。

284:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/07 23:25:35
>>283 まろさん

>音節(おんせつ)とは、シラブル(英語 syllable)ともいい、
>>1個の母音を音節主音(おんせつしゅおん。英語 syllabic)とし、
>その母音単独で、あるいはその母音の前後に1個
>または複数個の子音を伴って構成する音声(群)で、
>音声の聞こえの一種のまとまりを言う。


いいえ
「一音一意」です。
一つの音に対し一つの言意
一つ一つの言音に意があり、その音が集まり一つの語句を形成します。
例えば
「アオ」という語句は「ア」という言意と、「オ」という言意が存在し
その意の合成が「アオ」という言意になります。
そしてその言意にしたがい、「アオ」に対する適切な意味が生まれます。


285:まろ
08/03/07 23:34:28
>>284

> いいえ
> 「一音一意」です。
> 一つの音に対し一つの言意
> 一つ一つの言音に意があり、その音が集まり一つの語句を形成します。
> 例えば
> 「アオ」という語句は「ア」という言意と、「オ」という言意が存在し

その例えじゃ、解かりにくいなあ。

「ア」も「オ」も一音一音節だからなあ。

じゃ、「は」は一音節だけど音素は二つ。
貴方の言う「言意」の要素も二つ([h]と[a])とないりますか?

これが正解だとしたら>>280の問いの答えは1番と言うことになります。

286:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/07 23:40:43
>>まろさん

実際には、現在「アオ」と表現しているものを『見』
その対象物を身体を使い指し示し音を発し伝える。

この動作全てを口(形、音、排気)で行う行為が言葉です。その行為が「アオ」という音に意思変換されただけです。


287:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/07 23:48:52
>>285 まろさん

>じゃ、「は」は一音節だけど音素は二つ。
貴方の言う「言意」の要素も二つ([h]と[a])とないりますか?

これが正解だとしたら>>280の問いの答えは1番と言うことになります。


通常はそれで十分理解できますが、正確にはそうじゃないから今でも勉強継続中なのです。
単純に「ha」と二つの音素なんですが、子音「h」にはいくつかの(母音や子音)によって構成されているのです。
しかし、言意だけの解釈なら「ha」の二音素でOKでしょう。

288:まろ
08/03/07 23:49:58
>>286

>音を発し伝える。
>口(形、音、排気)で行う行為が言葉

それが基本要素なんでしょう。
じゃ、>>280の1番の理解でよろしいわけですね。
それとも、まだどこか違うから返事をいただけないのですか?





289:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/07 23:59:45
>>288 まろさん

>1 「イントネーションを除く音価」

答えないわけではありません。
この『イントネーションを除く音価』だけで片付けてしまっていいのか迷っているからです。


290:まろ
08/03/08 00:15:09
>>287

> これが正解だとしたら>>280の問いの答えは1番と言うことになります。
> 通常はそれで十分理解できますが、正確にはそうじゃないから今でも勉強継続中なのです。
> 単純に「ha」と二つの音素なんですが、子音「h」にはいくつかの(母音や子音)によって構成されているのです。
> しかし、言意だけの解釈なら「ha」の二音素でOKでしょう。

失礼、被りましたねw
まあ、文字じゃなくて音価の方に意味があるわけですね。
これで、ようやっと>>251に戻れます。

>>251

>濁点は、語句の意味が反転するという記号です。(言意が反転)
>例えば クルクル~

くるくる(自転)ぐるぐる(公転)のような擬態語の例はわかります。
音価の違いそのものが言葉の意味の違いになっているのですから。

では、「はかり」の場合はどうでしょうか?
ただの「はかり」が「バネばかり」になったところで意味は反転していません。

「はかり」と言う重量計測器を表す言葉が、バネと複合することにより、
「はかり」言う大きな集合の中の一要素「バネ式はかり」になっただけです。
重量計測器と言う性質が変わったわけではないので「反転」ではありませんでしょう。
「反転」と言えるには、重量計測器としての性質が失われなければなりません。

これは「山」に「石」が付いて普通の山が石の山になる変化と同質のものです。
つまり、はかりの事例で元の意味を限定化した要素は「バネ」との複合なのであって、音素の濁音化ではないのです。

「は(←→)」が「ば(→←)」になることで( )内の記号の向きが反転すると言う理論と
貴方が今回例示した「ばかり」のケースは結びつくところは無いようですね。

291:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/08 00:46:08
>>290 まろさん

>「はかり」と言う重量計測器を表す言葉が、バネと複合することにより、
「はかり」言う大きな集合の中の一要素「バネ式はかり」になっただけです。
重量計測器と言う性質が変わったわけではないので「反転」ではありませんでしょう。
「反転」と言えるには、重量計測器としての性質が失われなければなりません。


この言葉の主目的は(範囲が限定されるか、限定されないか)
全ては「はかり」の「は」がこの語句の鍵を握っているのです。


>「は(←→)」が「ば(→←)」になることで( )内の記号の向きが反転すると言う理論と
貴方が今回例示した「ばかり」のケースは結びつくところは無いようですね。

「ば」=(→←)ではなく(←→)です。  「ば」に付加した濁点は付加された名詞語句に効果します。



やっぱ無理ですよ
いきなり受験勉強から始めるのは   
今、単純に濁点と言ってる記号も、正確には(アハ)という言葉を記号化したにすぎません。(因みに半濁音は アフ)

そして、「アハ」の意味解釈は(合い離れる)


☆意味解釈=分かりやすく表現すると

292:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/08 00:55:11
>>291 まろさん

・言語理論を学ぶ気持ちがあるのなら、先ずは「あ、い、う、え、お」から
・言語理論を否定しようと考えているなら、先ず相手がしていることを十分に把握してからでも遅くはありませんよ
そのほうが的確に沈めることができます。それでもやっぱり「あ、い、う、え、お」から

293:まろ
08/03/08 01:06:01
>>292

> ・言語理論を否定しようと考えているなら、先ず相手がしていることを十分に把握してからでも遅くはありませんよ

ですから、いろいろとお尋ねしてるんですよ。
とりあえず、今は複合語の生成に際して、「は」と「ば」の交換が起きても起きなくても同質の変化(効果)あると言うことを
御理解いただけるよう頑張る次第です。




294:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/08 01:24:39
>>293

では、まろさん
どくだみさんの提示した【女狂い】に挑戦してみてはいかがですか?


頑張る次第と言われても・・・・・・・
そもそもの原点が違いますから・・・・・

今はまろさんでも理解できる「はかり」という語句で説明しているからここまで来ていますが、これを更に分解し
言語本来の「は」「か」「り」から始めたら、これだけで一月は遊べますよ

295:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/08 01:31:11
私は初歩的な基本をマスターするのに二年程要しましたが、たぶんまろさんなら一年で覚えられると思います。
その基本さえ覚えてしまえば、後は結構スムーズに簡単な事は解析できます。


一つの余興として覚えてみるのも、また一考かと

296:まろ
08/03/08 10:37:12
>>294

> そもそもの原点が違いますから・・・・・

「原点」と言うよりも「感性」が違うのかもしれませんねw

> 今はまろさんでも理解できる「はかり」という語句で説明しているから

いえ、ぜんぜん理解できていません。

> 言語本来の「は」「か」「り」から始めたら

今、実際にそれを検証しているわけでしょう。
出発点は「はかり」と「ばかり」の違い、「は」だと「限定」されないで「ば」だと「限定」されると言う理論です。
それを説明するのに貴方が用いたのが「はかり」と複合語「バネばかり」の事例です。

しかし、それは「山」と「石山」の関係との違いを説明することが出来ない事例だったわけです。
「石山」」の事例と「バネばかり」の事例での限定効果の違いを説明するには、
結局のところ、もとに戻って、貴方が「は」に与えている「特別な意味=範囲」の説明をしなければならいからです。

そして、その「範囲」と言う言葉こそ、私が終止符スレで繰り返し説明を求めながらも、
一切スルーされ続けていた定義不明の言葉なのです。

貴方が使う言葉「範囲」「限定」、特に「限定され(でき)ない範囲」などは特に難解な理論です。
普通に考えれば、ある事物が他のものと区分され、「限定されている」から「範囲」と呼べるのであって、
限定されていない、他と区別されないものに「範囲」などと言うものを認知するのは不可能です。
「限定された範囲」もまた然りですね。

つまり、貴方の使う「範囲」か「限定」のどちらか、又は両方は、一般には理解できない用語です。
「あいうえお」の説明をされても、そこで使われる基本的な用語の説明がなければ理解できません。
まずは、「範囲」の上手い説明法から考えてみたらいかがですか?

297:どくだみ
08/03/08 12:49:01
>>268
まろさんとは、随分レスが進んでいるようですね。
その議論を読んで後から追いかけるのは大変なので、
私は私でレスさせていただきます。
「ばかり」は限定される側であり、他の言葉を限定する能力は無いとの私の書き込みに
語頭がハ行であることに全ての要因があるとのことでした。

歯→奥歯・前歯の「ば」 蝿→銀蝿・ショウジョウバエの「ばえ」
生える→ひこばえの「ばえ」 映える→夕映えの「ばえ」 
箱→大箱・小箱の「ばこ」 鋏→和鋏・洋鋏・糸切り鋏の「ばさみ」
袴→仙台袴・下袴の「ばかま」

名詞も、動詞から名詞化したのも含めて、語句の頭が「は」であって、
前に名詞が付くと濁音化する言葉はたくさん有りますが、
濁音化によって、限定の能力を得て、
他の言葉を限定するようになった言葉はありません。
ということは、語句の頭がハ行であることで、
「はかり」が濁音化して、他の言葉に限定を加えるようになる
という理論は成り立ちません。

298:どくだみ
08/03/08 13:04:06
端・箸・橋は、漢字で書き分けられますが、清音と濁音も、万葉仮名では別の漢字で書き分けられていたそうです。
その後、平仮名・片仮名が発達すると、清音と濁音の表記上の区別は消えます。(ex忍ふれと=しのぶれど)
ネット情報ですが、清濁の表記が意識され出したのは、江戸期だそうです。
そして、濁点の表記が確立するのは、明治の学校教育からだそうです。

出発点で、端・箸・橋と清濁が、別の漢字で書き分けられていたのは同じ。
仮名の発達により、端・箸・橋に仮名を振るとき「はし」となり、清音濁音の表記上の区別も消えた。
どちらも、表記上の区別はなく、口に出して読むときにイントネーションの変化や濁音をつける。
そして、明治期に今の漢字仮名混じり文の表記法が確立したとき、「はし」は端・箸・橋と漢字で区別され、
清濁は、濁点の付加で区別されるようになった。

こういう表記上の変化の歴史を無視して、イントネーションの違いは表記の違いを生まないので意の変化はないというのなら、
明治期、少なくとも江戸期まで濁点表記をしていなかったのだから、濁点による意の反転というのは、
濁点表記が生まれる江戸期以降の現象ということになり、「はかり」が濁点で意味が反転するなどという議論そのものが、
無意味となりますよ。

299:どくだみ
08/03/08 13:25:15
ついでに、もうひとつ。
さて、「おんなぐるい」についての河童さんの説ですが、それが正しいと仮定しましょう。
「さけぐるい」なんて言葉もあります。
切手蒐集や鉄道マニアなら「きってぐるい」や「てつどうぐるい」とも言えます。
「おんなくるい」は「おんながくるう」が正しい和文だとするならば、
「さけくるい」は「さけがくるう」が正しい和文になりますね。
他に「切手がくるう」「鉄道がくるう」が正しい和文になりますね。
狂う対象は「酒」「切手」「鉄道」ですか?「酒」「切手」「鉄道」が狂いますか?
間違ってますね。もともと狂うはずのないものですから。
だから、「おんなぐるい」が濁点によって「女」から「男」に反転したなんて事実無根です。


>「おんなくるい」という和文は存在しませんが、

濁音表記がなかった時代を考えれば、そういう和文も存在しえます。
もともと、「狂う」が名詞化した「くるい」という名詞が存在します。
それに、女や酒や切手や鉄道という名詞が付加して、「くるい」の対象を限定します。
その際に、連濁して「おんなぐるい」になります。

>「おんなくるい」は、【おんながくるう】という和文が正しい和文です。
>つまり、【おんなくるい】の狂う対象は『女』となります。

「おんなくるい」は、発音すれば「おんなぐるい」であって、
【おんながくるう】という和文ではありません。
しいて言えば、「おんなにくるう」が「おんなくるい」になり連濁して「おんなぐるい」になります。
狂うのはあくまで「おんな」に狂う「おとこ」(最近は男に限りませんが)

もう一つ重要なこと。私は、濁点で反転するかどうかを聞いているのではなく、
濁点を付加された限定された言葉が、他の言葉を限定するようになるのかを聞いているのです。

300:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/08 19:28:36
>>299どくだみさん

『おんなぐるい』→「おんな」「くるう」→【おんな(に)くるう】【おんな(が)くるう】


『さけぐるい』→「さけ」「くるう」→【さけ(に)くるう】


『バネばかり』→「バネ」「はかり」→【ばね(の)はかり】


おんなぐるい だけが、文が二つに

301:日本@名無史さん
08/03/08 20:49:51
>>300

『おんなぐるい』→「おんな」「くるう」→【おんな(に)くるう】【おんな(が)くるう】
『さけぐるい』→「さけ」「くるう」→【さけ(に)くるう】
『バネばかり』→「バネ」「はかり」→【ばね(の)はかり】

>おんなぐるい だけが、文が二つに

そんなのアンタの読み方の問題w

フツーは「おんなぐるい」から「おんながくるう」なんて連想しないだろう。
それに何で「はかり」だけ動詞化しないの?
モノを比較しようとするときに基本的なことは、それぞれの対象を恣意的に扱わないこと。
それをしないのがトンデモさんの常道。

比較するならこうだよ。
『おんなぐるい』→「おんな」「くるう」→A【おんな(で)くるう】B【おんな(に)くるう】
『さけぐるい』→「さけ」「くるう」→A【さけ(で)くるう】B【さけ(に)くるう】
『バネばかり』→「バネ」「はかる」→A【ばね(で)はかる】B【ばね(に)はかる】

「おんな」と「さけ」はBがしっくり来る、「バネ」はAとしか読めない。
何故ならば「おんな」「さけ」は原因を示し、「バネ」の場合は手段を示しているから。
だから、使える格助詞も違ってくるわけ。

ちなみに【おんな(が)くるう】と「おんな」を題目とする格助詞を補うなら、
「くるいおんな」など「おんな」の方が主体でないとならないだろう。


302:どくだみ
08/03/08 20:55:21
>>300
もう一回、考えてみてください。
「○○ぐるい」の例は「くるう」と動詞ですが、
「バネばかり」の例は、「はかり」と名詞になってます。
それから、格助詞には「が の に を へ と から より で」があります。
いろいろ当てはめてみてください。

303:どくだみ
08/03/08 20:58:28
内藤の防衛戦身ながら書いてたら、レスかぶっちゃいました。
ドローだったけど、防衛できて良かったー!

304:日本@名無史さん
08/03/08 21:14:12
プ氏は普通のレスでも格助詞の使い方が変。
多分、日ごろから「てにをは」に気を使うことのない人生を送っているんだと思う。
文章で「てにをは」を使い分けられないと悲惨な結果を招くこともあるが、
日常会話の中では、多少間違って使っても前後の話題から意味は読み取ってもらえる。
「俺ハラ減った」「骨折れて足いてー」などと全て省略したって通じるときは通じる。
でも、ここは、2chとは言え、文章によって成り立つ掲示板。
それに御本人は言葉一文字の違いにもこだわる説の持ち主。
「文法嫌い」も結構だけど、自分の主張を生かすためには学ぶところは学んで欲しいね。

305:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/08 21:28:11
どくだみさん

たぶんどんなに説明してもむだですね
やはり基礎のない方に、いきなり受験勉強からではこちらも説明の限界があります。

306:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/08 21:40:43
>>302

どくだみさん

そろそろ私の土俵で相撲をとってもよろしいでしょうか?

307:日本@名無史さん
08/03/08 21:42:05
多分、プ氏の説明能力の方に問題があるのだと思う。

それと、プ氏自身が虫説の真髄を理解していない。

308:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/08 21:53:14
>>307

ピンポ~ン。
私は先生ではありません。まだ生徒です。

それに
基本的には説明説得するつもりもありません。
(教えて欲しいと願う人を除く)

309:どくだみ
08/03/08 21:58:49
>>306
別に、構いませんよ。
ただし、来週水曜から、しばらくネットに繋げない状況になるので、
それ以降も続くようなら、一時水入りになりますのでご了承ください。(期間不明)
私の携帯は、書き込みできないんです。読めますけど。
とりあえず、来週火曜までお説を伺いつつ、
それ以降になりましたら、私がネットに繋げる状況になり次第、
お知らせの書き込みをすることにしましょう。

でも、「くるう」と「はかり」を比べたのは、
貴方の不注意だと思うんですが、
虫説と関係するんですか?

>>255の私のレスに対する答えも、熟考していてくださいね。
私がネットに繋げるようになってからで構いません。

310:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/08 22:38:32
どくだみさん

>貴方の不注意

貴方の不注意と判断する、その認識と違うことを私はしているのですから、当然の判断かと
そう、たぶんどくだみさんが今まで考えすら持たなかった思考です。
ちょっと視点を変えるだけなんですが、今まで堆積された固定観念が邪魔をし、意識しないと覗くことの出来ない。
だから
『貴方の不注意』と言われても、それはどくだみさんの世界の話しなんです。
そう、時間の経過と様々な環境によって忘れらされてきたもの

311:日本@名無史さん
08/03/08 22:54:20
>>310

>貴方の不注意

動詞形と名詞形を較べてしまったこと指摘されてるんですよ。
一方の形だけ変えちゃ比較にならないじゃないの。

>今まで考えすら持たなかった思考です。

いいえ、比較対象を弄るような小細工はトンデモでの常套手段です。

>ちょっと視点を変えるだけなんですが、

視点を変えるなら比較対象を同等に扱わないとね。
葉書と絵葉書を比較するとき絵葉書だけ裏返して、
これにはあて先も書いてないから葉書じゃないだろうと言ってるようなもの。

>今まで堆積された固定観念が邪魔をし、意識しないと覗くことの出来ない。

つまり、見えるものをわざと見えなくして比較するフリをしてるわけ。
それが虫説の真髄なわけですけどねw



312:どくだみ
08/03/08 23:13:17
>>310
あの~、それは何度も伺いましたので、本題へどうぞ。
質問は、最小限にして、なるべく貴方の説を伺いましょう。

313:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/08 23:36:07
『おんなぐるい』

 先ほど、助詞は他にも沢山存在するとの指摘がありましたが、私はあくまで最も説明するにふさわしい助詞を利用しただけです。
既に何度か説明しましたが
『おんなぐるい』と言う語句は、「おんな」と「くるう」という二つの語句を利用し一つの語句に作り上げたものです。
「くるう」と言う語句だけでは何がくるったのかを特定することができない状態、つまりくるったとする対象の範囲を限定することが出来ない語句だということです。(簡単な話、主語が存在しない)

その範囲の特定出来ない語句「くるう」に、範囲内に位置する「おんな」という語句を付加することにより、初めて「くるう」とする対象が「おんな」となり 「おんな、くるう」という文の基礎が出来上がります。
特定された「おんな」は限定されたもの、「くるう」とする語句に「おんな」を付加した段階で既に、【範囲が限定されたもの】と【範囲が限定されないもの】の関係が出来上がっていることに注目してください。
でもまだ「おんな」「くるう/い」というただ繋いだだけで、一つの語句としては成立していません。 この離れた状態の語句を一つの語句にするのが濁点の役割なのです(現代で言う連濁)

もともと【範囲が限定されない】語句に対し【範囲が限定された】異質なものを繋ぎ合わせる役目です。それが【濁点】
本来なら【「範囲が限定されない語句」゛「範囲が限定されない語句」】という形が理想なんですが、「おんな」という語句全てに濁点を付加する都合のいい語句(形)は存在しませんので
【範囲を限定しない語句】の語頭に濁点を付加し、前面に来る語句は、濁点を付加された語句とは(対的、或いは反転)関係であることをアピールしているのです。

『バネばかり』『さけぐるい』も同じです。

314:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/08 23:50:01
そして
どくだみさんが提示した『おんなぐるい』と『さけぐるい』の違いは、文にしたとき主語となる(おんな、さけ)という名詞です。
「おんな」には対となる「おとこ」が存在し、本来なら「人」とし題材を提供し、『さかぐるい』との関係を求めなければならないもの
『さけ』に対となる語句が存在しないので
だから
『おんなぐるい』という語句には 

【男】【女】の反転
【範囲が限定される】【範囲が限定されない】の反転

という複雑な答えが出来てしまうし、説明もより複雑になってしまうのです。

これで、先ほど『おんなにくるう』『おんながくるう』という二つの助詞を使用した理由が理解されたと思います。

315:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/08 23:57:31
>>311

>比較対象を弄るような小細工はトンデモでの常套手段です。

トンデモと考えるなら、レスすることすら無駄な作業と思います。たぶん貴方の認識範囲では理解出来ない事なので
そう感じているだけだと思いますよ
たまには自分の認識を超える思考も存在することを考えてみてください。
貴方の認識範囲だけが、全ての世界ではないんですから(あっ、貴方にしたら貴方の認識範囲が貴方の全ての世界でしたね、失礼しました)

316:どくだみ
08/03/09 00:15:06
>>313
まず、「おんなぐるい」や「狂う」など、私が出した例で恐縮ですが、良くないことばですし、
これから議論を続けるなら、何か、もっと綺麗な言葉にしませんか。例は、何でも良いですよ。
それから、今後、なかなか質問できなくなるので、質問できるうちに質問しておきます。

>その範囲の特定出来ない語句「くるう」に、範囲内に位置する「おんな」という語句を付加することにより、
初めて「くるう」とする対象が「おんな」となり 「おんな、くるう」という文の基礎が出来上がります。

まず、突然、(範囲内に位置する「おんな」という語句)と仰ってますが、
「おんな」という語句は、何の範囲内に位置するのですか。

次に、(簡単な話、主語が存在しない)という言葉から想像するに、
(「くるう」の対象が「おんな」となり)ということは、
「おんな」が主語になるということこですね。
なぜ、「おんな、くるう」と並べただけで、「おんな」が主語になるのですか。
「おんな、くるう」と並べたとき、その関係は、
【おんな(で)くるう】【おんな(から)くるう】【おんな(より)くるう】【おんな(まで)くるう】
と種々想定できますが、そこから特に「おんな(が)くるう」と特定する理由は何ですか。

「おんなぐるい」は「某は女に狂っている」、「さけぐるい」は「某は酒に狂っている」であって、
両方とも「おんな」「さけ」は、主語ではありません。

>どくだみさんが提示した『おんなぐるい』と『さけぐるい』の違いは、
>文にしたとき主語となる(おんな、さけ)という名詞です。

「さけぐるい」「きってぐるい」「てつどうぐるい」から、
「酒が狂う」「切手が狂う」「鉄道が狂う」という文はつくれません。
酒も切手も鉄道も、文にしたとき主語になりません。

317:どくだみ
08/03/09 00:23:01
>>314
>「おんな」には対となる「おとこ」が存在し、本来なら「人」とし題材を提供し、
>『さかぐるい』との関係を求めなければならないもの

ここは、日本語として意味が通りません。書き直しをお願いします。
(「おんな」には対となる「おとこ」が存在し、)は、意味が解ります。

(本来なら「人」とし題材を提供し、)の提供する主語は何ですか。
それから、「人」として題材を提供するとはどういう意味ですか。
(多分「て」が抜けてるのはタイプミス?)

(『さかぐるい』との関係を求めなければならないもの)
これの主語は何ですか。「さかぐるい」との関係を求めるのは、我々ですか。

文章の途中で、主語・述語の関係が乱れていないか、
などの点に留意して文章を書いてください。

318:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/09 00:43:02
話が全然先に進みませんので、
先ほどの『主語』と言う部分は取り消します。

319:どくだみ
08/03/09 00:46:12
と思いましたが、今回は、ここまでにしましょう。
私も忙しくなるので、あまり書き込めませんし。
(火曜までは、ちょこちょこ書き込むかもしれませんが)
ネットに繋げる状況になったら、また遊んでください。
水曜以降でも、携帯で見るだけは見れるので、思うところがあれば、
書き込んでください。拝読いたします。

最後にひとつ。女には男が対になりますが、バネには対がありません。
反転するとか限定するとかの説明に、対は必要ないでしょう。

320:どくだみ
08/03/09 00:48:34
書いているうちに、入れ違いになりましたね。
まあ、そういう状況ですので、ご理解ください。
あまり、2chに書き込んでると実生活が・・・。

321:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/09 00:52:30
>>316

>まず、突然、(範囲内に位置する「おんな」という語句)と仰ってますが、
「おんな」という語句は、何の範囲内に位置するのですか。

『くるう』と意味する範囲です。

時計がぐるうのか、人がくるうのか、さけにくるうのか等など
「くるう」一語句単独で使用することはありませんから

「くるう」と言う語句に付加出来るあらゆる範囲の中です。

322:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/09 01:00:38
>>319

>反転するとか限定するとかの説明に、対は必要ないでしょう

ここで誤解を処理しておきます。
先ほど述べた「対」とは 相反する対的なもののことです

例えば
雌雄、凸凹、東西、・・・・・・・です。 

323:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/09 01:05:07
>>317

>>「おんな」には対となる「おとこ」が存在し、本来なら「人」とし題材を提供し、
>『さかぐるい』との関係を求めなければならないもの


質問します。
どくだみさんは、日常においても
こうして細かい指摘をしながら人と接しているのでしょうか?

324:どくだみ
08/03/09 01:46:27
>>321
>『くるう』と意味する範囲です。

なるほど、意味が解りました。
ひとこと 「【くるうの】範囲内に位置する「おんな」という語句を~」 と付け加えてくれていれば、
質問するまでもなく意味が解ったのですが。


>こうして細かい指摘をしながら人と接しているのでしょうか?

人と話すときも、本を読んでいるときも、意味が解らない表現に出会うことが少ないので、
こんなに細かい指摘をすることはありません。
ただ、ここでは、私の知らない説を主張する人と議論しているのだから、
推測で理解しては、まずいでしょう。私が勘違いしているかもしれませんし。
解らないところは解らないと指摘しないと意味がないと思います。
文章って、書き手が思ってるほど、他人には通じないものだと思います。
だから、私はしつこいくらい言葉を足して書きます。
それで、いつも長文になってしまいます。

ということで、これから佳境というところで、申し訳ないのですが
私の個人的な事情で、今回はこれくらいで一旦終了させてください。すみません。
遅くとも四月上旬までには、また書き込めるようになると思いますので、
そしたら、またやりましょう。

そうそう、「おんなぐるい」に変わる言葉の例なのですが、「男ぶり」とか「男盛り」とかどうですか。
なんか、こっちの方が、威勢が良くて、あれこれ考えるのも楽しいですよ。
その他、河童さんの気に入った例があれば、それでも結構です。

325:まろ
08/03/09 02:14:12
>>313

> 『おんなぐるい』と言う語句は、「おんな」と「くるう」という二つの語句を利用し一つの語句に作り上げたものです。

正確に言うと「おんな」と「くるう」が名詞化した「くるい」が合さったことばです。

> 「くるう」と言う語句だけでは何が ~ いることに注目してください。

これは、どなたも異論が無いかと思いますが、次の

> でもまだ「おんな」「くるう/い」というただ繋いだだけで、一つの語句としては成立していません。
> この離れた状態の語句を一つの語句にするのが濁点の役割なのです。

その「一つの語句にするのが濁点の役割」と言うことが、一切論証されていません。
ただ、「ある」「ある」と繰り返して言うだけでは「論証」にはなり得ないのですよ。

例えば、
『おんななかせ(女泣かせ)』と言う語句は、「おんな」と「なかせる」と言う二つの語句を利用し一つの語句に作り上げたものです。
正確に言うと「おんな」と「なかせる」が名詞化した「なかせ」が合さったことばです。
こちらは「おんな」と「なかせる」を「なかせ」と名詞化しただけで、すんなり繋がってしまいました。

複合名詞を作るには、名詞同士でないと作れません。
そこで「泣かす」の連用形「泣かせ」を用いて名詞化し「女」と合わす手続きが必要なのです。
「おんな」+「くるう」の場合でもこれと同じ作業が行れていますが、「女泣かせ」には「濁点」の出番がありません。

濁点が登場しなくても言葉は複合される以上、「濁点」には貴方が主張するような「ことば」を繋ぐ役割は無いことになります。
つまり、濁点化とは言葉を繋ぐ道具では無く、繋がったことによって生じた現業に過ぎないのです。
私は複合語における連濁の役割とは、単に「発音のし易さ」「聞分けのし易さ」なのでは無いかと思います。

同じようなことは事例を換えて、既に何度も説明しましたが、貴方からは未だ満足な反論がありません。

326:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/09 02:28:29
>>325まろさん

>同じようなことは事例を換えて、既に何度も説明しましたが、貴方からは未だ満足な反論がありません


なぜまろさんのもやもやを私が満たさなければならないのでしょうか?
私は、まろさんのもやもやを満たすまで
永遠に説明しなければならないのでしょうか?

何時までたっても平行線であることは既に見えているのに・・・・・・

327:まろ
08/03/09 02:54:26
>>326

> >同じようなことは事例を換えて、既に何度も説明しましたが、貴方からは未だ満足な反論がありません
> なぜまろさんのもやもやを私が満たさなければならないのでしょうか?

別に「もやもや」とまでしていません。
何故、返事が無いのかと思っているのです。

> 私は、まろさんのもやもやを満たすまで
> 永遠に説明しなければならないのでしょうか?

と、言うことは、貴方的には、「説明した」と思っていたわけですね。

濁点化が無くても複合語が作れるのは何故か?
「範囲」「限定」とは如何なる定義で使われることばか?
全てスルーされていると思っていましたが・・・
参考までに該当するレス番をご教示ください。

> 何時までたっても平行線であることは既に見えているのに・・・・・・

そんなことは無いですよ。
私の方は貴方の領域に僅かながら(入り口付近で言葉の壁に突き当たっていますが)近づいています。
説明が通じないのはお互いの拠って立つところにあるのではありません。
どくだみ氏も仰っていましたが、話が通じないのはお互いの文章力の問題です。
私は貴方の使ういろいろな単語の意味がわかりません(理論もわかりませんがw)。
わからないので、理解しようといろいろと質問をしますが、
貴方の方も私の文章がわからないのでしょう、その結果として何の返事もない。
ただただ、問うてもいない別の事象について説明が繰返されるだけなのです。

まあ、そういう状況なだけです。

328:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/09 09:10:12
>>327まろさん

>「範囲」「限定」とは如何なる定義で使われることばか

「範囲」=海の中にある島というイメージでどうでしょうか
     ただその島の域も、「界」もあれば「境」もあります 一般的に言われる島は「界」ですが、夢の島は「境」ですね


「限定」=ある範囲の中の特定(狭められた)されたもの 
     私の場合、線の中にある点というイメージで使用していますが
     言葉上での事ですから、その点にも範囲が存在することはがありますが、しかしその範囲は「境で形成される範囲」と認識してしようしています。
    
つまり
通常「範囲」と一言で片付けていますが、私の使用している範囲には

・『界による範囲』
・『境により形成された範囲』

が、あるということです。

>濁点化が無くても複合語が作れるのは何故か?

これは一度簡単に説明したと思いますし、昨晩どくだみさんに対する>>313でも触れていますので参照下さい。

濁点とは、言語『アハ』が記号化されたものです。
その『アハ』という事由が、その二つの語句の結びつきに必要なければ、連濁と言う現象は発生しません。

そう、貴方の言われる

>私は複合語における連濁の役割とは、単に「発音のし易さ」「聞分けのし易さ」なのでは無いかと思います

は、たぶん音韻学の分野で話されているのかな~と考えています。

329:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/09 09:22:33
>>端・箸・橋は、漢字で書き分けられますが、清音と濁音も、万葉仮名では別の漢字で書き分けられていたそうです。
その後、平仮名・片仮名が発達すると、清音と濁音の表記上の区別は消えます。(ex忍ふれと=しのぶれど)
ネット情報ですが、清濁の表記が意識され出したのは、江戸期だそうです。
そして、濁点の表記が確立するのは、明治の学校教育からだそうです。

出発点で、端・箸・橋と清濁が、別の漢字で書き分けられていたのは同じ。
仮名の発達により、端・箸・橋に仮名を振るとき「はし」となり、清音濁音の表記上の区別も消えた。
どちらも、表記上の区別はなく、口に出して読むときにイントネーションの変化や濁音をつける。
そして、明治期に今の漢字仮名混じり文の表記法が確立したとき、「はし」は端・箸・橋と漢字で区別され、
清濁は、濁点の付加で区別されるようになっ


・・・・・・・以上>>298 どくだみさんレス・・・・・・・・・・



私はそう考えていないからこそ、いまこうしてここで書き込みをしています。


330:まろ
08/03/10 00:11:47
>>328

> 「範囲」=海の中にある島というイメージでどうでしょうか
>      ただその島の域も、「界」もあれば「境」もあります 一般的に言われる島は「界」ですが、夢の島は「境」ですね

ふむふむ、「範囲」の方は、至極一般的な用法ですね。
ただ、「界」と「境」の使いわけは、その説明じゃよくわからない。
例示が「夢の島」だから「境」の方は人工の範囲かな?

> 「限定」=ある範囲の中の特定(狭められた)されたもの
>      私の場合、線の中にある点というイメージで使用していますが
>      言葉上での事ですから、その点にも範囲が存在することはがありますが、しかしその範囲は「境で形成される範囲」と認識してしようしています。

これも、至極極普通の意味です。
これに内向きとか外向きとかの記号が付くと解からなくなりますが。
単語それ自体の解釈にはさほど難しいところはないのに通じないのは何故か?

要するに単語の「使用法」が私とは違うと言う事ですね。
既提示の問題語句「限定されない範囲」「限定された範囲」は「されない」「された」の部分に理由があったんですね。
「限定されない範囲」って、顕かに可笑しな表現だと思いませんか?
私的には、それぞれ「大きな範囲」「大きな範囲に内包される小さな範囲」と理解しておきます。

私の理解が「界」「境」の解釈と併せて違っていたらフォロー願います。

331:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/10 00:33:00
>>330

>限定されない範囲


あっ!
そう書いてありましたか?それは
『範囲が限定されない』或は『範囲を限定しない』の間違いです。

訂正しますね

332:まろ
08/03/10 00:34:31
>>328

> >濁点化が無くても複合語が作れるのは何故か?
> これは一度簡単に説明したと思いますし、昨晩どくだみさんに対する>>313でも触れていますので参照下さい。

>>313には私もコメントを付けています(それ以前にも論点は整理して提示しています)
>>313の説明を有効とするには、先ずは「は」→「ば」のように
「濁点化」が言葉の意味を「限定」したり、二つの名詞を繋いだりする効果を有することが前提です。

しかし、もともとは「は」が「ば」になる(「濁点化」)と意味が限定されると言う説を立証するために、
貴方が提示した「バネばかり」の例について、その正当性を説明する根拠が「濁点化」だからでは本末転倒でしょう。

> 濁点とは、言語『アハ』が記号化されたものです。
> その『アハ』という事由が、その二つの語句の結びつきに必要なければ、連濁と言う現象は発生しません。

やっと話が進みましたね。
でも、私はその「アハ」なるものをまったく理解していません。
お手数ですが

> そう、貴方の言われる
> >私は複合語における連濁の役割とは、単に「発音のし易さ」「聞分けのし易さ」なのでは無いかと思います
> は、たぶん音韻学の分野で話されているのかな~と考えています。

ちなみに「女泣かせ」の「な」はもともと有声ですから濁音化(有声化)する必要は無いんですけどねw
別の例だけど「女ったらし」という言葉もあります。
こちらの「誑す」の「た」は無声音ですが、複合化しても連濁しませんね。
ちょっと不思議でしょう。お暇なときに解釈してみてください。

333:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/10 00:44:56
『境』は
人為的に区分けされたもの

『界』は
人為的な区分けでないもの
地理的な表現で説明すると
『境』=人為的に引かれた境界線 。 本来一つのモノを境によって、二分した。


『界』=人為的なものではなく、自然界における地形的な環境により別けた


(分かれる と 別れる)の違いと同じです。

334:まろ
08/03/10 00:46:03
>>331

> >限定されない範囲
> あっ!
> そう書いてありましたか?それは
> 『範囲が限定されない』或は『範囲を限定しない』の間違いです。
> 訂正しますね

私の思っていることと違います。
何が違うかと言うと・・・・
「はかり」と言う言葉、これはそれ自体で「重さを量る機械」と言う意味があるのですから
既に他の機械類の中で「限定」された存在です。
時計や定規とは「界」を異にする「範囲」が与えられているのです。
貴方だって「範囲」の中にこれまた「範囲」があると仰ってるように、
私は範囲の多重構造を意識して考えてしまうので「限定されない範囲」には凄く違和感があるんです。

335:まろ
08/03/10 00:51:41
>>333
> 『境』は
> 人為的に区分けされたもの
> 『界』は
> 人為的な区分けでないもの
> 地理的な表現で説明すると
> 『境』=人為的に引かれた境界線 。 本来一つのモノを境によって、二分した。
> 『界』=人為的なものではなく、自然界における地形的な環境により別けた
> (分かれる と 別れる)の違いと同じです。

私がそれぞれの漢字に抱くイメージと微妙に違いますが、貴方が使う場合はそのような意味と理解しましょう。
前レスと含めて大分進展したかと思いますので、今宵はこの辺で失礼させていただきます。


336:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/10 00:55:47
>>332

>おんななかせ


『おんななかせ』の(なかせ)
なぜ (なかせ)なんですか? それに、語句の頭が何故“な”なんですか?


そういうモノが芯になる学問を今習っています。

337:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/10 09:57:08
>>335まろさん 『ばかり』 濁音(アハ)が付加された語句


・言葉の基は、各個別の清音、清音が存在するから濁音も存在する。
・言葉の語句は、個別な清音が複数(合う)ことにより、一つの集合体とする語句が生まれる。
〈例えば〉
(か)という個別清音と (き)と言う個別清音が“合う”事により、「かき」と言う一つの集合体語句が生まれる。
だからこの「かき」が(柿なのか蛎)なのかはまだ分からない。イントネーションはそれらを音の強弱を付ける事により、区別する智恵。言葉の発生、意に何等影響するものではありません。

そして、この清音語句に濁点が付加されたものが「がき」と「かぎ」
★『濁音/アハとは』
一度“合う”行為によって「かき」と言う語句を、もう一度“離し”音の意を表すと言う……記号です。

「がき」は、「がき」と言う語句をもう一度「(か)゛(き)」と離し、記号を文字化し、「(か)アハ(き)」とします。



……続きは後で……

338:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/10 17:08:18
>>377の続き

「がき」は、「がき」と言う語句をもう一度「(か)゛(き)」と離し、記号を「がき」は、「がき」と言う語句をもう一度「(か)゛(き)」と離し、記号を文字化し、「(か)アハ(き)」とします。
「かぎ」は、「かぎ」と言う語句をもう一度「(か)(き)゛」と離し、記号を「かぎ」は、「かぎ」と言う語句をもう一度「(か)(き)゛」と離し、記号を文字化し、「(か)アハ(き)」とします。

、「(か)アハ(き)」=「か」と「き)が合い、そしまた離れるといいます。
一度合い再び離れるということは、合う前の状態のとは同じ清音でも意が変わります。(人間で言うところのバツイチ)
この場合濁音の付加されなかった方の音、「がき」の場合は(き)、「かぎ」の場合は(か)の意が反転します。

そうすることにより「がき」 と 「かぎ」の意を伴った一つの(カとキの)語句が出来上がります。
つまり、「がき」と「かぎ」という語句が出来上がるまでには、こうしたプロセスを踏んだ上で誕生しているわけです。

そして「がき」という語句には、語句の頭に濁点が付き、「かぎ」という語句には、語句の尻に濁点が付いていることにも注目ください。



339:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/10 18:10:24
で、 肝心の『ばかり』ですが
先ほどの「がき」「かぎ」と同じように分解してみます。

『ばかり』の清音は(はか-ラ行)  個別清音「は」、「か」、「ラ行」が合うことにより一つの語句となっています。
まず、
「は」と「か」が合い「はか」という語句になり、その「はか」という語句に「ラ行」をあわせると「はか-ラ行」という語句が生まれます。
その「はか-ラ行」の中にある(り)を特定合わせると「はかり」という語句が生まれます。これが重さなどを計測する機械の名称となっている語句「はかり」の構造です。

「ばかり」は「はか」という清音語句に濁点を付加した「ばか」に清音「ラ行」の特定(リ)を合わせた語句
そして「ばか」の意の解釈は、先ほど述べた(がき)と同じ方法で、「ばか」の(カ)の意が反転した意になり、その「ばか」に清音(リ)をあわせたわけです。

340:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/10 18:31:45
つまり
「は」「か」「り」と言う個別の清音を合わせ「はかり」とし、「はか」に濁点を付加し、元の「はか」の意を変えて「ばか」になっているから
当然「ばかり」の意は「はかり」の意が反転したモノになっているわけです。

そこに(バネ)語句を合わせるから
『バネばかり』と言う語句が出来るのです。

これで別に連濁することで言葉の調子を整えたのではない事が分かりますね。

341:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/10 19:05:45
語句
「ばね」「はかり」を合わせる行為から意味を把握する方法もありますが(一番最初に行った)、
一音ずつ最初から組み立ていった方が、混乱せず意味を解す事が出来ます。


濁音が語句の頭に付く「ガキ」は
「〇〇〇ガキ」に
濁音が語尾に付く「カギ」は
「カギ〇〇〇」に

それぞれ意味を反転させ、一つの語句を形成します。

でも、個別の清音の言意を知らなければ
内容はサッパリでしょうけど

342:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/10 19:29:29
『クソガキ』の語源を、言語理論で解析すると


清音「クソ」「カキ」
(カキ)の「か」に濁音があるので、(クソ)の意が反転し、
(クソ)=『消化しない』になり

“消化しないカキ”
(熟していない柿)
となる。
意味解釈は
“青い柿”

クソガキの語源は“青い渋柿”と、

予言します。

343:aratame_himiko
08/03/10 20:08:36
こんばんわ

なんか一生懸命書いてますね(笑)
スレの人気が出る秘密がようやくわかったようね。

そう!スレ主が一生懸命書いて呼ぶしかないのですww疲れるんだよねw

344:aratame_himiko
08/03/10 20:14:13
河童さん
漢字が得意そうなので聞きますが、
「壹」、「臺」の違いはどのような認識でいるのでしょうか?


345:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/10 20:30:02
>>344さん

その『壹と臺』って、倭人伝風の違い?
それとも
単なる漢字での違い?

単なる漢字としたなら
違いも何もないよね、別に比較出来る位置にある文字でもないし


倭人伝風の違いなら

『臺』=タイ
『壹』=イ

タイ= “イ”の地
イ=“イ”

倭人伝は、当時帝國と朝貢交易していた人物を主題に書かれているので
そこに住まう国を“イ”とし

倭伝は、当時帝國と朝貢交易していた人物の支配する“地”を主題にしたので“タイ”とした


『イ』は国の名称

346:aratame_himiko
08/03/10 20:32:54
字の違いのことをそのまま聞いたんですよ。

>『臺』=タイ
>『壹』=イ

辞書で調べたら確か、

>『臺』=タイ 、ダイ
>『壹』=イ ではなくイツ だったような気がするんですが・・・。


347:aratame_himiko
08/03/10 20:39:57
『壹』=イ ではなくイツ 、イチ か~。

そして
『臺』=「台」
『壹』=「壱」

漢または呉によって発音が違う。

ところでまだ「ばかり」、「はかり」をやってるんですかねw
そろそろ決着つけてほしいww

348:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/10 21:07:41
>>346-347

壹萬ロン



>>346

>文字の違い。

違う文字だから
ただそれだけ
それとも、誤写とか誤刻の事を聞きたかったのかな?

349:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/10 21:23:58
>>347

>そろそろ決着

ある意味、現代国語の否定に走っている私に
決着の文字はないよ
既に『プラム』の呪縛から解き放たれた私は、この話し始まると
止まらなくなる。


基礎さえ覚えると、楽しいよ~っ(^O^)/

350:aratame_himiko
08/03/10 21:29:22
ところで『プラム』と「河童虫」はどう違うんですか?ww

詳しくお願いしますwww

351:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/10 21:44:21
>>350

>ところで『プラム』と「河童虫」はどう違うんですか?ww


『プラム』はこの邪馬台国議論によって誕生したハンネ・・・・・主は倭伝解析

『河童虫』は言語理論を基としたハンネ・・・・・・・・主は言語からの古代史観

352:日本@名無史さん
08/03/10 23:23:02
>この場合濁音の付加されなかった方の音、「がき」の場合は(き)、
>「かぎ」の場合は(か)の意が反転します。

>清音「クソ」「カキ」
>(カキ)の「か」に濁音があるので、(クソ)の意が反転し、
>(クソ)=『消化しない』になり

「が」の濁点で反転するのは「き」なのか「クソ」なのか?

353:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/10 23:35:55
>>352

>「が」の濁点で反転するのは「き」なのか「クソ」なのか?

「かぎ」の場合「か」と「き」が合うことで語句としたから「が」の濁点効果は、清音の「き」に効果する。

(クソガキ)の場合、「クソ」と「ガキ」を一つの語句として考えているから
「ガキ」の濁音は前の「クソ」に効果する

別に、「か」「き」から始めて「ガキ」にしてと順を追っても構わないけど
それじゃ、メンドイので「くそ」と「ガキ」から始めました。 こうしても
「がき」の濁音が語頭に付いているから分かりやすいだろう

「くそカギ」なんて言葉はないからね 

354:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/10 23:54:56
訂正


「かぎ」の場合「か」と「き」が合うことで語句としたから・・・・・・(誤)


「かぎ」ではなく「ガキ」です

ここに訂正します。

355:日本@名無史さん
08/03/11 02:22:34
>>347
>『臺』=「台」
ゆとり教育ならokですが
厳密には『臺』≠「台」ですよ。
中国が簡体字を制定、公布する前の文献なら
邪馬台国ではなく邪馬臺國/国です。
「天台」を「天臺」と書くのも誤りです。

【臺】ダイ《説文解字》《廣韻》徒哀切《集韻》《韻會》《正韻》堂來切
【徒】は今の漢字音ではト、清音ですが《説文解字》を見ると「同都切」で
漢代の音は濁音だったことがわかる。

【台】=《説文解字》「与之切イ」「土來切ダイ」
「怡,冶、飴、貽」などは全部「台」を音符として
イという音を持つ字。

万が一『臺』=「台」なら「台」にはイという音があるので
元の漢字音を一部省略する万葉仮名としては
「臺」=「台」=「壹」=イで
「壱岐」を「一支」と書いてイキと読んだように
邪馬臺/邪馬台はヤマイと読むことになる。

356:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/11 08:29:54
>>355

で、万葉集の何処かに『臺』を“イ”と読んだところありましたか?

確かに省略された箇所はありますよ
例えば

『山跡乃國』
これは普通に読むと(ヤマアトノクニ)、でも(ヤマトノクニ)と(ア)を省略している
でもこれは、ちゃんとした理由があるから省略しているんだ。

“yamaatonokuni”と(aa)の二重同母音回避と言う理由が


『臺』が“イ”と読まれた理由はなんだい?

357:日本@名無史さん
08/03/11 10:45:36
>>355の論を用いるなら

臺與=台與=壹與

壹與には
壹を與(与)える?


358:まろ
08/03/12 01:38:04
>>336

> 『おんななかせ』の(なかせ)
> なぜ (なかせ)なんですか? それに、語句の頭が何故“な”なんですか?

これは質問ですかね?
ちょっと抽象的過ぎて問いの意味が判りかねます。
お手数ですが、もう少し具体的な表現で訊ききなおしていただけますでしょうか?

359:まろ
08/03/12 01:38:38
>>337

> 『ばかり』 濁音(アハ)が付加された語句

いよいよ本論ですね。
難易度が高い文章が続くようですので、しばし質問しまくりになりますがお付き合いください。

> ・言葉の基は、各個別の清音、清音が存在するから濁音も存在する。
> ・言葉の語句は、個別な清音が複数(合う)ことにより、一つの集合体とする語句が生まれる。
>〈例えば〉(か)という個別清音と (き)と言う個別清音が“合う”事により、
>「かき」と言う一つの集合体語句が生まれる。
>だからこの「かき」が(柿なのか蛎)なのかはまだ分からない。
>イントネーションはそれらを音の強弱を付ける事により、区別する智恵。
>言葉の発生、意に何等影響するものではありません。

ここで質問です。
清濁についてですが、清音とは濁点の付かないカナで表記される音のことですか?
それとも無声音のことですか?
「なにぬねのはひふへほまみむめもやゆよらりるれろわゐゑを」
これらは、みな有声ですが「清音」の範疇に入れられていますか?

360:まろ
08/03/12 01:42:27
>>338

>「がき」は、「がき」と言う語句をもう一度「(か)゛(き)~「かぎ」の場合は(か)の意が反転します。
>そうすることにより「がき」 と 「かぎ」の意を伴った一つの(カとキの)語句が出来上がります。

難解ですね。
と言うか、理屈がまったく解かりません。
ただし、書いてあることは判りますので先に進みますが確認を一つ。
「反転」とは180度逆転の意味でよろしいですね。

>>339

>で、 肝心の『ばかり』ですが
>先ほどの「がき」「かぎ」と同じように分解してみます。
>『ばかり』の清音は(はか-ラ行)個別清音「は」、「か」、「ラ行」が合うことにより一つの語句となっています。

あー、貴方の説では、「は」も「ら」も「清音」なんですね。(実はどちらも有声音ですが)
語の結びつきに有意なものは濁音化(有声化)と言う音の変化ではなく、濁点と言う記号の方なのですね。

>まず、「は」と「か」が合い「はか」という語句になり、
>その「はか」という語句に「ラ行」をあわせると「はか-ラ行」という語句が生まれます。
>その「はか-ラ行」の中にある(り)を特定合わせると「はかり」という語句が生まれます。
>これが重さなどを計測する機械の名称となっている語句「はかり」の構造です。
>ばかり」は「はか」という清音語句に濁点を付加した「ばか」に清音「ラ行」の特定(リ)を合わせた語句
>そして「ばか」の意の解釈は、先ほど述べた(がき)と同じ方法で、
>「ばか」の(カ)の意が反転した意になり、その「ばか」に清音(リ)をあわせたわけです。

これも理屈は解かりませんが、書いてあることの意味は判ります。


361:まろ
08/03/12 01:42:53
>>340

>「は」「か」「り」と言う個別の清音を合わせ「はかり」とし、「はか」に濁点を付加し、
>元の「はか」の意を変えて「ばか」になっているから
>当然「ばかり」の意は「はかり」の意が反転したモノになっているわけです。
>そこに(バネ)語句を合わせるから
>『バネばかり』と言う語句が出来るのです。

先に「反転」の意味を確認したのはこの解釈のためです。
単品の「はかり」と複合語の一部「ばかり」の意味が「反転」していると仰られていますが、
私の感覚では、ものの重さを量る器械と言う性質に変わりはないので「反転」していません。

>これで別に連濁することで言葉の調子を整えたのではない事が分かりますね。

日本語には言葉を重ねて複数形をつくる造語法があります。
どうも漢語の方法を模倣したもののようですが、この場合も連濁します。
「人々(ひとびと)」「神々(かみがみ)」のような例ですね。
御説では、この事例でも「びと」や「がみ」の性質は「反転」していると考えるのでしょうね。

>>342

>『クソガキ』の語源を、言語理論で解析すると

漢字で書くと「糞餓鬼」だと思いますよ。

362:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/12 07:56:26
>>358-361まろさん

先ずは
『清音』=これは濁音の付加しない状態の音
そう、解釈ください。
有無声音ですが、この分類は音声学、音韻学、人体構造学上での学問的な分類になると考えますし、有無声音の分類から清音が確立されたとは考えられませんので、
清音の枝葉ではないでしょうか?
音声記号(仮名文字)上、色分けされている訳ではありませんし

・濁音に対しての清音と、考えて下さい。
清音を有声音と無声音とにわけないと、何等かの支障が有るのでしょうか?


★『反転』
言葉ですので180度と言う数学的な解釈をされないで下さい。
(ある)⇔(ない)、(外)⇔(内)、(上)⇔(下)、(縦)⇔(横)…………。
このような感覚です。

363:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/12 08:25:30
『機械の名称、はかり』


機械の名称“はかり”の誕生には、それに至までのプロセスが有る事を、前回お話ししたと思います。

決して機械があるから「は」「か」「り」と言う音が出来たのではない。と、言う事を
「はかり」は
個別清音「は」と「か」と「り」が前提にあるからこそ誕生するもの、その個別の組み合わせが「はかり」
機械が出来、その機械を音表現したモノが「はかり」
厳密に言えば、機械の名称と言う表現は間違いです。「はかり」と言う意志表現が、物体化したものが
今私達が見る事、利用する事の出来る 機械「はかり」です。

「は」「か」「り」
↓↓
「はか」「り」
↓↓
「はかり」

このような経緯で

決して
「は」「かり」にはなりません。
これは、時間の経過を考えれば分かります。
文字表現、音表現両方とも
「は」→「か」→「り」
の、順ですね

364:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/12 08:52:00
>理屈がわからない(なぜ?)


理屈を考える前に
まず、音声(音声記号化)意志表現の基本的構造を覚えてください。

それだけで十分かと


★理屈が知りたい場合は
先ず、今まで積み重ねてきた知識(特に専門的な知識)を捨て、「あいうえお」の段階まで戻る事が必要不可欠。
貴方が踏み込もうとしている場所は、今まで無知、未知の領域だからです。
人は未知に対して、無意識的に必ず保守に回ります。過去に積み重ねてきた知識経験に照らし合わせ
しかし、その行為が無意味であるにもかかわらず
だって
貴方が入ろうとしている場所は「未体験(無知)」ゾーンなんだから


私は最初から比較的無知な部類でしたから
あまり抵抗感はありませんでした。(笑)


>糞餓鬼

いきなり漢字が出て来た理由がわかりません。
今、「糞餓鬼」ではなく「くそがき」ですので

365:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/12 08:58:08
>「ひとびと」「かみがみ」


「ひとびと」の方は
ちょっと複雑な要素が絡みますので 機会があった時にでも

「かみがみ」は
後ほどレス致します。

366:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/12 11:00:52
『かみがみ』と『ひとびと』


ここは
細かな分析を省き、一般的に意味解釈されている「神」、「人」として簡単に説明します。

「神」や「人」の段階では、人数的な区別なく「神や人」とよびます。
詰まり、一人であろうと大勢であろと「神は神」「人は人」
“人数に制限されない言葉”
総称「神」、総称「人」


一方 濁点が付加された「がみ」「びと」は
元の“人数に制限されない”と言う意味から、意を反転させ“人数に制限を加える」に
だから
「かみ」「かみ」と、神を個別化し、一つの語句とし「かみがみ」としてます。

・「かみ」=人数に制限左右されない言葉

・「がみ」=人数に制限を加える


総称(一人でも大勢でも)「人」を、個別の人ごとに別ける言葉が濁音の付加する「人々」


分かりますましたか?

367:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/12 17:21:26
まろさん


まろさんが言う『物の重さを量る機械』は何故“はかり”と名付けられたの?

これの答を導き出す事が出来なければ、「はかり」が計測器と言う認識は、単なる固定観念か、推測にしかなりません。

言葉の重要性は、どうして計測器が“あかり”じゃなく『はかり』なのか?
その根底に有る意志です。

368:河童虫 ◆EY2wfgakAQ
08/03/12 17:42:43
因みに『はかり』


『は』= 限定されない、中心から外方向

『か』=見える部分と見えない部分の見える側から見た表面 が中心から外方向
『り』=多様(時間の経過)な物事の範囲


これが『はかり』の根底です。
計測器としての『はかり』の根底には、このような意が存在します。


そして『あかり』は

『あ』= 範囲が限定される、中心から外方向

『か』=見える部分と見えない部分の見える側から見た表面 が中心から外方向
『り』=多様(時間の経過)な物事の範囲

369:まろ
08/03/13 00:32:57
>>362
貴説の説明も佳境に入り、ますます理解しずらいです。

> 先ずは 『清音』=これは濁音の付加しない状態の音
「濁音」じゃなくて「濁点」が付加ですかね?

> 有無声音ですが、この分類は音声学、音韻学、人体構造学上での学問的な分類になると考えますし
>、有無声音の分類から清音が確立されたとは考えられませんので、
> 清音の枝葉ではないでしょうか?

音価が違うので分けているだけですが。
やはり、貴方の考える「清濁」と言うのは音価に基ずくものでは無く、
視覚上の違い(濁点の有無)のことなのでしょうか?

私が貴方の説明を理解する上で、ここが一番重要なポイントだと思うのです。
なので、再度確認させて下さい。

> 音声記号(仮名文字)上、色分けされている訳ではありませんし
> ・濁音に対しての清音と、考えて下さい。
> 清音を有声音と無声音とにわけないと、何等かの支障が有るのでしょうか?

有声、無声を使い分けない音には、濁点を振る振らないは関係ないですからね。
貴方の説では、「濁音」とは濁点の付く文字(がぎぐげご、ざじずぜぞ等)のことですね、
「なにぬねの、まみむめも、やゆよ、らりるれろ・・・」とは、性質の違うものなのですね。

> ★『反転』 言葉ですので180度と言う数学的な解釈をされないで下さい。
> (ある)⇔(ない)、(外)⇔(内)、(上)⇔(下)、(縦)⇔(横)…………。
> このような感覚です。

今回、例示されたものは、論理的に全て正反対の組合せです。
「はかり(全体)」と「バネばかり(一種類)」の組合せとは意味合いが違います。
はかりの事例の説明に「反転」と言う言葉を使う必要があるのでしょうか?

370:まろ
08/03/13 00:33:49
>>363

>「はかり」と言う意志表現が、物体化したものが
> 今私達が見る事、利用する事の出来る 機械「はかり」です。
> 「は」「か」「り」
> ↓↓
> 「はか」「り」
> ↓↓
> 「はかり」

動詞「はかる」の活用をローマ字にしてみるとわかりやすいでうよね。
hakar-azu,hakar-i,hakar-u,hakar-eba,hakar-ou
この構造は、貴方もご存知だと思います。
貴方の説明では「hakar-」の部分が存在しないように思えます。

>>364

> >糞餓鬼
> いきなり漢字が出て来た理由がわかりません。
> 今、「糞餓鬼」ではなく「くそがき」ですので

えーと、私が何か勘ちがいしってますでしょうか。
「くそがき」・・・くそみたいな子供の話だと・・・・
貴方の言う「くそがき」って、どういうシチュエーションで使う言葉ですか?

371:まろ
08/03/13 00:35:09
>>366
> 『かみがみ』と『ひとびと』
> 「神」や「人」の段階では、人数的な区別なく「神や人」とよびます。
> 詰まり、一人であろうと大勢であろと「神は神」「人は人」
> “人数に制限されない言葉” 総称「神」、総称「人」
> 一方 濁点が付加された「がみ」「びと」は
> 元の“人数に制限されない”と言う意味から、意を反転させ“人数に制限を加える」に
> だから、 「かみ」「かみ」と、神を個別化し、一つの語句とし「かみがみ」としてます。
> ・「かみ」=人数に制限左右されない言葉
> ・「がみ」=人数に制限を加える
> 総称(一人でも大勢でも)「人」を、個別の人ごとに別ける言葉が濁音の付加する「人々」
> 分かりますましたか?

申しわけないが、わかりません。
私は「かみがみ」と言う言葉を「神」の複数形として用います。
私は貴方の説明から複数形の概念を読み取ることができません。
この用法はもともと漢文の訓読から生じたものでは無いかと思いますので、
和語としての歴史は浅そうです。
この例には、あまり深入りせず先に進みましょう。


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