【シルクロード】日本人と謎の秦氏?2【ダビデ】 at HISTORY
【シルクロード】日本人と謎の秦氏?2【ダビデ】 - 暇つぶし2ch200:日本@名無史さん
07/01/19 10:34:09
景況がそんなに影響力を持っていたのなら、なぜ仏教が
栄えて景況は広まらなかったのですか?

最近ユダヤとかキリスト教と日本の繋がりに興味持った
何も知らない素人ですが、素朴なギモン。。

201:月光仮面
07/01/19 11:02:22
>>199
秋田唐松神社の愛子神、これは銅鐸の神香具土を読み替えたようですが、
神功皇后の腹帯を賜ったことに由来するそうです。
URLリンク(www.genbu.net)
URLリンク(www.d3.dion.ne.jp)
銅鐸破壊の犠牲となった古代日本の神を愛子、イエスともよめる名称に
改めるこの神功時代は倭国と百済が接近した時代でもあり、ここにも
当時のキーワード・イエスが流れているのかもしれません。

202:1
07/01/19 11:22:35
>>174
>>このスレの問題提起があまりにも核心を突きすぎた

自分自身、日本史業界の者ではないのでよくわからないのですが、政治、思想関係
からみても、防衛、外交、教育、宗教方面からみても「日本建国の文化基盤やルーツ」が
ここまで曖昧なままで、よくやってこれているなと思いますね。しかし民族としての
心理的な不安定さ(贖罪意識など、へたれ文化?)が、21世紀に入りこの国を揺さぶっている。

政治文化的な「国連核独占平和主義=米中歴史史観=日本属国・洗脳状態」と
日本民族始祖論争=半島史観、中華地方政権亡命説、曖昧なユーラシア・南北融合神話
の曖昧さはつながっいている感じがします。
戦前の富国万世一系神話でもなく、戦後の流行的な騎馬民族説でもない「建国論争」が
あるべきだと思います。さきの男系女系議論など、空想的ていうか漫画的でしたし。

203:1
07/01/19 11:30:16
>>200
中国では一時期、長安で異常に流行して「国教」扱いされ
その反動でその後弾圧されていったときいています。

日本には、空海の密教などの形式を通じて、コンセプトは仏教の啓蒙に
応用されていますよ。仏教がイエスの思想を飲み込んだ形。(弥勒創世とか)
宗教が市場で力を持つときは、よりその民族の風土や土着の神々にとりいる
、入れ替わる形で浸透するので、ザビエル以前からイエス教は受け入れてる
と思いますよ。中世の宣教師もそういう認識をしていたらしいし。

204:月光仮面
07/01/19 13:26:11
基本的に先ず日本の天皇制、神社仏閣を考古学的に武装すること。この過程で
現出する価値をできるだけ世界に提供すること。このためには英国王室とか、
各国の観光資源のように観光ビジネスの発展を図る必要がある。
次に考古学があまりにも対象分野が狭すぎ、巨石学とかその他
数知れない隙間分野が存在する。また世界史、日本史等あまりにも細かく分か
れすぎており、横の連絡がない。
基本的には宗教団体に対する課税が不明瞭で、報告責任が果たされていない。
完全に透明化して文化遺産の保護、観光資源の開発、皇室の経営が十分に
採算が取れるようにするべきである。史学、考古学、宗教、観光の宣伝費も
こうした経済の枠組みでキャッシュフォローを円滑にしなくてはならない。
宮内庁・神社本庁・創価学会も、パチンコ業界もこのままにしておけば今に
不二家のペチャンコとなるのは必然である。神罰をごまかしても社会のおきては
ごまかせないのだ。とまー、こんなことの上で歴史問題も子供がハリーポッター
を読むようなレベルまで面白いものにしてゆく必要がある。こんなことがいえるのも
2CHのいいところですね。議員さんに聞いてもらいたいなー。

205:日本@名無史さん
07/01/19 13:43:20
>>203
なるほど。基本的には、仏教を広めるために
キリスト教(景教)エッセンスを取り込んだんですね。
軸足は、仏教からずれることはなかったのか・・
よく分かりました。ありがとうございます。


>>204月光仮面さん
いいですね~ 私ももっと皇室は宣伝すべきだと
思っています。絶対にああいうの好きな人は多いし、
国内外にファンが増えこそすれ、害にはならないと思う。
宮中参殿の引越しとかめちゃくちゃ興味深かったです。

でも、海外に宣伝すると、「八紘一宇の復活だ」とか
いちゃもんつける人が出てくるからムリか(^_^;)

206:月光仮面
07/01/19 13:47:22
ロシア、中国、北朝鮮、イラク等ではちょっと怖いですね。

207:1
07/01/19 14:52:48
>>204
基本的に同意。
実は終戦後、オリエント協会を創設した三笠宮時代からヘブライ文化と
シルクロード、天皇をつなぐ研究は、皇族みずから真剣にやっていた。
海部氏、元伊勢や天皇家に伝わる伝承や、やたの鏡のようなロマン。
秦氏にも詳しいユネスコ国連文化外交の平沼郁夫。
いままでの日本文化の流れをどの方向に向けて集約するのか。
たとえば、遺伝子研究で「一部日本人=トルコ系遺伝子」説が証明
されつつあるが「日本=シルクロード・東欧までみんな部族的な親戚」
となった時代の天皇文化、政治経済、文化戦略とか。
戦前のようなへまはすべきではないが、脱欧米主義など避けて通れない課題もある。

208:1
07/01/19 14:54:13
平山郁夫の間違いでした。

209:月光仮面
07/01/19 15:21:23
>>207
それを言われると一番頭の痛いのはイスラム原理主義民族運動の問題。こうなると
相当なレベルの人でないと妙案はないと思う。やってみるしかないが日本人のような
非原理主義、汎神論のような考えが、イスラムvsユダヤキリストといった対立構造
では生まれない水平思考的のものが生まれるかもしれない。タイ、インド、台湾、豪州
等との友好を重ね、そのうちにモンゴル、中央アジア、東欧等で仲間を募りなんとか
国連でも意見の通るようにしたいとは思うが。


210:日本@名無史さん
07/01/19 21:11:21
シュメール学の権威であるS・N・クレーマーによれば、
「ついこの間まで、プレアデス星団を指すシュメール語ムル・ムルと、この星々を
表す日本語「スバル」との間に、何か歴史的な、あるいは文化的なつながりを想定
するなど、だれにも夢想だにできないことだった。それが優れたオリエント学者
ロイ・ミラーが、権威あるアメリカ・オリエント学会の会長講演をもとに加筆し
“スバルの跡をたどれば、本当にシュメールの昔にまで行き着く”ことを論証した
のである」という内容の論文だった。

>>「スバル」=古事記、日本書紀、では「すまる、統る」とも記す。ちなみに
沖縄方言でムルブシ(星)八重山方言でムルカ星と言う。「スバル」星は「東」
の方角を指す道標。天皇(スメラミコト)も東に輝く「スバル」のミコトでは?


211:月光仮面
07/01/20 08:34:24
スメラミコトの淵源はスバルでしょう。出雲大社のモデルはピラミッドに封印されて
いましたね。本殿への階段はタレントの方が登りましが、正月の番組でも紹介された
ように本来は太陽の精が蛇の力によって社に入り、天に登ることから来た祭祀、
出雲大社に天孫が遣わすアメノホヒこそ、天孫がこの祭祀を実する主体であること、
すなわち、天孫はピラミッド、極北人の地アルタイ、アステカのマチュピチュ・ピラミッド
等に流れる太陽神アメンの孫であると言うことを意味します。このピラミッド建設に
携わり、万里の長城を築いた石工、メーソンの流れこそ秦の渡来であったのだと思い
ます。石工においては白人であるフン、タタール、トルコ族も活躍しましたが、太古の
姿を維持し、それを生きながら実行しているのが日本の皇室です。昭和天皇の葬儀に
各国の国賓が列席されたあの時の姿こそ日本の本来のあるべき姿だと思います。

212:月光仮面
07/01/20 08:53:36
皇太子の立太子礼のときのあの長い帯は太陽の精をバックアップする蛇であり、
帯、タラシとなっている。オキナガタラシ姫と言うのは沖津宮と中津宮、天界と地上界
を蛇、タラシで結ぶ女王ということで天孫の機能を表すが、これは幻の出雲大社の
階段、天の橋立を上ることで、オズの魔法使いのドロシーは乱暴な竜巻によって
虹の大橋を渡り果たされるのですが、天地を行き来することを意味するのでしょう。
秦氏とはこのタラシを製作する機能を持った部民と解釈すべきでしょう。
東龍日百磯姫(ヤマトトトヒモモソヒメ)が橋墓で登られたのもこの天上への階段
であったはずです。

213:月光仮面
07/01/20 09:08:46
太陽とは繞道祭の日が村々をめぐるようにして天空を登るものとする光のページェント。
蛇の習慣のないアルタイ人が旧石器時代からの鹿の剥製毛皮をまとい、シシ踊りと
称して今も岩手ではおどりますが、獅子舞(正月のテレビのかくし芸では中国のもや
った)、龍の踊り・・・太陽を追っかけたり、咥えたりするものですね。大事なことは
アルタイ人が龍と鹿を変換することで夫与(鹿)、晨国/辰国間の変換が行われ、日本
には鹿飼いは来たが、夫余は来ていないんだなんて書面審査のようなことが行われて
いる。裁判官が書面審査だけなら世の中楽なもんだよなー。

214:月光仮面
07/01/20 09:29:23
大避神社の井戸はヨセフの話と似ているが、実は、ウラルにもアミンベクという話があり、
井戸が出てくる。これは井戸を作る石工と言うのがピラミッド建設に関与し、アルタイの
銅山開発、殷商青銅器文明の創造に関わっているのだと思う。大避神社の井戸を聖書
のヨセフよ結びつける人もいないが、あまりユダヤばかりではいけない。ユダヤ以外にも
パミール、アフガニスタン等の交易人種がエジプトに出入りしている。

215:月光仮面
07/01/20 10:32:42
本日は天上界にお招きあり丹波哲郎さんの同時通訳とのことで、ヨセフ元エジプト首相
にインタビューをさせていただきます。ヨセフさん、早速ですがこれは正月に放映された
大避神社の井戸でございますが、なにか思い出のようなものはございますか。
いやー、脅かすなよ。これってずばりわしが投げ入れられたものだ。歌劇アイーダさな
がらの閉所恐怖による地獄の責め苦じゃった。が、こうした井戸と言うのも各国の俘囚
の民がエジプトのために掘ったものだったんじゃ。エジプトとかその近辺に行けば腐る
ほどあるとは思うがのー。しかし、これが大避神社にあるとはのー。で、政府はその井戸
とか、文化財に幾分かのことはしているのかのー。一等地のマンション官舎、終身高額
年金には金をまわすが、そんなのはどうもといっているとか。ふーん。苦労が足りんよう
じゃ。よし、直ぐにもわしの子孫に見学させて見ようぞ。・・・とこのへんで目が覚めた。

216:日本@名無史さん
07/01/20 10:50:15
夢かよっ!

217:月光仮面
07/01/20 11:20:54
論理が破綻すると夢の回路を作り、正常の回路につなぎ、更に展開を続け、
ある時点で夢の回路の部分を除去し、正常回路のみで作動することを確認し、
論理を完結さすというトリックはよくあるよな。で、マジレスというのか、やや、そうすると
カツシカ、カツウラ、カツラギ、カドノ、アマカツ・クニカツ、カスガ・・・ここあるカツという
共通部分は鹿=龍と言う過程によって、光る龍のくねる道=繞道祭等をヒントにカツが
倭語ヒムカと同意義であることがわかる。カスガと飛鳥山から筑波に刺す日を見た時
更に飛び立つものが鳥ではないかと言うことになる。これから筑波、鳥羽、投馬、吐蕃
拓跋、トクハツなどが鹿、と同時に、泉、龍源の意味を持つのがわかるんだが、ちょっと
買い物に出る。忙しいなー。

218:月光仮面
07/01/20 12:08:31
間違えて暴投隣のレーンに入った↓
スレリンク(history板:579番)
>579 :月光仮面 :2007/01/20(土) 12:05:35
>さて、【江上】騎馬民族説は今。。。vol.8【波夫】でおなじみの白馬青牛さんの↓
>引用
>ミ・ニャク族は、西夏王国支配者の末裔でしょうね。
>羌(チャン)族は、中国戦国期に秦が四川省の岷江の都江堰という
>水利施設を作ってから現代に至る二千年間、毎年冬から春にかけて、
>都江堰の修理工事に活躍し、また冬に山を降りて、山の産物の薬草や
>麝香を漢人に売り、春になって山へ帰る時は日用品を買って帰る。
>羌族は、堤防工事と井戸掘り技術に巧みで、成都平野の井戸の大半は、
>羌族の職人が掘ったものらしいのです。
>これ等は、日本の山と里の交流と似ておると思います。
>草原の遊牧民と違い、五胡時代に活躍した羌、?や高句麗等、
>山地農牧・農猟民は防御施設を持っており、それには土木・水利技術が
>必要であったのではないか。と考えております。 引用終わり
>ここで言われる羌族こそ秦氏の先祖で大避神社の井戸を掘ったもの、そして
>アルタイの熊野(白鳥)族/蘇我・素鵞族と関係するものであろう。


219:月光仮面
07/01/20 12:30:35
ドラゴンと龍 Part2
スレリンク(min板)menu634-643
をしばらく参照願いたし。最近中国最古の龍は確か夏の時代という中国発
の考古学ニュースがあったはずなんだが、ちょっと探して見る。

220:月光仮面
07/01/20 13:03:09
あったぞ、
URLリンク(www.ufoarea.com)
Khufu王(BC2553-2530)時代北極にあったThubanつまり、龍、この思想をいち早く
キャッチしたのは夏王朝。幾百年の歳差を経てそれは多少移動を開始していたこと
であろう。約千年後のことであった (3700BP=BC1700)
しかし、中に対するこの解釈は高度に発達した文明が誕生しつつあったことを物語り、
後には龍の踊りとなるのであろう。これに反しアルタイの旧石器時代から続く部族は
それを鹿踊りとして表現した。ここに文明の規模の違いを見る想いがする。そして
朝鮮半島も南端に達した頃、鹿民族は龍民族に変身するがそれは台頭する漢民族
の影響であろう。そして岩手に残る鹿踊り、出雲大社、箸墓はやがて誕生する日本
の基となる。

221:月光仮面
07/01/20 13:04:55
あれ、龍と打ったら中となっている。又、家事があるのでこのへんで。

222:月光仮面
07/01/20 14:32:42
さて、羌族は青銅器原料の錫を求めインドネシア、バヌアツ、ニュージーランド、
アマゾン、北・中南米にまで足を伸ばしたのではと疑わなくてはならない。ミャンマー
には失われたユダヤ部族がいて現在イスラエルに帰っているらしいが、テレビ番組
ウルルン滞在記ではドルメンを造る山岳民族を紹介。これは欧州・極東の巨石文化
と同じ。アンコールワット遺跡には偽扉があり、エジプトの石工羌族のもの、石造建設
技術は錫生産地、インドネシアに渡り、ボロブドール遺跡を生んだのであろう。
ユダヤ・キリスト系ウェブサイトはこの地に残るYAP遺伝子を日本人の商活動とするが、
そうではなくこれは羌族とするのが順当。バヌアツとか中南米の縄文土器については
羌族と同じYAPの縄文人が遠征したのかもしれない。アマゾンの地底から超巨人
モンゴロイドと隼人の文様が発見されている。アステカのピラミッドでは蛇が稜線を
下る仕組みであり、エジプト建設に参加した羌族の石工が赤道反流を利用して渡米した
可能性がある。殷商の青銅器文明はこうした背景において誕生したと考えるべきでは
ないか。ナスカに残るハチドリと偽扉には関連がありそうに思える。勿論日本に到達した
戎、物部には日置部というのがある。筑紫でも、大和でも鳥型に同名集落を配置した
ようだ。

223:月光仮面
07/01/20 14:38:50
肝心なことを言いそびれてしまったが、タイのバンチェン青銅器遺跡と言うのがあり、
アッシリアの鉞のような青銅器を作っているが、三星堆等も考慮すると殷商に青銅器が
始まるのはこの後か、同時期かと言う感じもする。殷の二輪車は明らかにスキタイ、
ギリシャ、アナトリア、エジプト等の影響だろう。

224:月光仮面
07/01/20 15:28:38
しかし、YAPと言うのが新大陸にまで行っていないことは明確なので、もし縄文人
が新大陸に入ったとすればCとかのY遺伝子タイプになろうか。が、羌/秦氏系をYAP
とすれば東南アジアに入ったのは彼らである可能性はある。

225:月光仮面
07/01/20 16:19:26
>>220
男鹿半島に鬼が上陸したのは前漢・武帝に時代だと言う現地伝承があり、石段
を造ったと言う伝承あり、鹿角に行けばクロマンタピラミッドが造られている。
月山、湯殿山、鳥海山の出羽三山もこうした文化の上に築かれたものだろう。
庄内平野には天神祭りと言う踊りがあるが、天神思想はタンカンサーと同じ
ルーツである。ナマハゲとトシドンは同じ。沖縄とポ^ランドには同じフン族の
春駒があり、スイスにはナマハゲがある。ボスニアでもピラミッドが発見された。
日本人ももっと商売気を出さないとピラミッド土産はボスニアで買わされる
羽目になる。


226:日本@名無史さん
07/01/21 01:33:06
>>いよいよユダヤは本気だよ!

『新潮45』 2007年2月号
■ロスチャイルド、世界経済を総べるものたち……落合莞爾
URLリンク(www.shinchosha.co.jp)

記事によると、ロスチャイルドの当主は、昨年から日本のホテルに宿泊することが
多くなっているが、六本木の防衛庁跡地に建設中の超高層マンションに入居する
ことが決定しているらしい。

227:日本@名無史さん
07/01/21 01:55:10
>>226
何の話だか忘れたけど、ロスチャイルド家の一派の若い男性が
日本人の奥さん貰っただか、新婚旅行が日本だったかで、お伊勢さんに
いったとかネットで読んだことがあるんだけど、その関係の話でつか?

228:日本@名無史さん
07/01/21 01:57:31
aaa

229:月光仮面
07/01/21 07:50:39
>>227
卑弥呼の邪馬台国よりやや古い時代、対馬の対面ではインドとの国際結婚で
姫が来ているが、その顔については手がかりがない。ところがこの御神像の
鑑定をさせていただくとアレクサンダーの末裔かなとも見受けられる風情がある。
しかし東洋的でもある。そして何より金海伽耶とは地理的に離れていない。
何かつながりはないだろうかと言うことから始まっている。

230:月光仮面
07/01/21 08:01:18
ユダヤ人と日本人は同じYAPであり、天皇家は太陽神を祀る点でユダヤの仕えた
エジプトのファラオに似たところはある。ユダヤが伊勢神宮に参拝、古代の姿を
回復しようとする気持ちはわかる。が、ユダヤのYAPはYAP-Eだが、日本・チベット
はYAP-Dであり、コイサン、ブッシュマンもYAP-Eに近かったと思う。ちと、違うかな。

231:月光仮面
07/01/21 08:19:28
神武天皇がリレーしたかのようなフツの御霊と言うのは、平原、石上神宮出土品
から見て素環頭太刀であろうが、フツの語源が不明。歴史考古学的前後関係
からすれば箸墓を護る兵主神・蚩尤、仏教時代の毘沙門天信仰から見て、後漢
の時代の流行語・浮屠の可能性はあろう。これは金冠伽耶首露王にインドから
姫が嫁ぐと言う伝承、首露王遺跡にある極めてアーカイックな仏塔を考えると
払拭しきれない可能性といえる。

232:日本@名無史さん
07/01/21 13:58:17
>>229
いや、そんなふるい時代のことじゃなくて
最近のこと言ってるんだよ。

233:月光仮面
07/01/22 09:22:34
羌族がエジプトで働くと言うこともなかろう。しかし、ユダヤ民族に非常によく似たウラル・
アルタイ地方の部族がユダヤ同様エジプト社会に入り神官となり、北極星信仰の
一環として或いは金属・鉱物資源交易、取得のためにエジプトからウラル・アルタイに
入り、その際にピラミッド内部の出雲大社のごとき構造、コブラが階段を登るような
儀式とかを伝え、それをウラル・アルタイの羌族/秦族が継承する、乃至は、コーカソイド
形質であるそうした神官を上部構造におく民族移動形式で半島・列島に伝わったと
考えるのが順当かと思う。ユダヤ人がこのプロセスに入っていると言うことは時代が
古すぎて考えられない。

234:日本@名無史さん
07/01/22 10:15:25
はじめは新羅系羽田氏の社会だったが、途中から百済系氏族にクーデターで
追放された羽田氏はくやしい思いをして生きてきた

235:月光仮面
07/01/22 11:16:01
とりあえずこの辺でこのスレの課題をまとめてみれば、
エジプト石造建築・太陽神信仰の日本木造建築・日本各宗教への変転を背景と
する日本国家の誕生・・・ということになり、歴史・考古学的調査が必要な地域は、
エジプト、コーカサス、バシコルスタン、旧ソ連中央アジア、BMAC、パンジャブ、
チベット、ヒマラヤ、アルタイ、新疆ウイグル、ヤクーチア、ブリャートモンゴル、
モンゴル、内蒙、中国東北・・・ということになろうか。



236:月光仮面
07/01/22 11:23:29
吉村作治-エジプト、中近東、石坂浩二-アフリカ、コーカサス、欧州、
松平定知-シベリア、中央アジア、モンゴリア、ヒマラヤ、インド、苅谷俊介-日本、
江守徹-極東、東南アジア、オセアニア、米州
こうしたメンバーによる放談会のような番組を作り、面白おかしく最終目的のハイビ
ジョンDVDサイズの大作を目指すのもいいと思うが、国連、各国大学を引き入れた
国際バージョンの製作のためにはわが国の教育・文化機関を動員する必要も
あろうか。

237:月光仮面
07/01/22 11:30:10
ユダヤ人の金持ちがいるというのなら、多少なりと趣旨にご賛同を頂き、ご協力を願え
ればアブラハムへの供養にもなると思うのだがね。

238:月光仮面
07/01/22 11:37:59
東儀さんの雅楽知識の薀蓄の一端でも例のロックフェラーとのテレビ討論の形で
聞かせれば相当効果はあると思うが。まー、日本には他にもジョンガラをとっても
大変なもんだし、目にみえないものはいくらでもある。

239:月光仮面
07/01/22 12:23:08
NHKも金が集まらないんならプロジェクトファイナンス乃至はプロジェクト
ごとに番組を債権化して金融市場に売り出し、債権・番組海外に輸出して
経営を立て直すくらいの頭はないのかなー。キリストも財テクを奨励しているし、
秦氏の関連の大月氏では卑弥呼時代からコインを発行している。経営感覚は
2000年ほど遅れとるぞ、。

240:日本@名無史さん
07/01/22 14:13:04
ABE=エイブ=アブラハムと言うシンクロニスチックな流れも無視できまい。

241:月光仮面
07/01/22 14:51:38
ダイアゴナルな、ダイアクロニクな関係、パラレルだろうな。

242:月光仮面
07/01/22 14:58:18
安倍と言うのは鳥見山の巨大古墳、桜井茶臼山、メスリ山だっけ。あの関係で
大王クラスかもしれんぞ。

243:日本@名無史さん
07/01/23 01:16:30
月光仮面よ、
仕事しろよwww

244:月光仮面
07/01/23 13:24:17
東国原というのは神武の名前にふさわしいと思わんか?


245:日本@名無史さん
07/01/23 21:35:40
はじめは新羅系秦氏の独断社会だったが、途中から百済系氏族にクーデターで
追放された波田氏はくやしい思いをして移住したがそこは平和な土地でした


246:白馬青牛
07/01/24 01:22:13
>>218
に関連して、「四川省を訪ねて」に、ミ・ニャク族と近い
嘉戎(ギャロン)族小学生や羌(チャン)族の女性が出ております。
URLリンク(kishuu.cool.ne.jp)
羌系の女性は背が高く美人も多いとありますが、西夏王国を築いた
タングート羌族も「身長が高く鼻が高い」という特徴と類似しています。

247:月光仮面
07/01/24 08:50:33
>>246
よくわかりました。日本人のルーツが雲南に至ったということがよくわかります。しかし、
類似の形質は日本人の全てではなく、一部の弥生時代に流入したものであり、水稲
経済の膨張などに連動するのだと思います。戎と羌が共通なんでしょう。
秦氏が秦を称したことをなりすましと見るよりは、一般的に羌は秦と名乗り、日本に
秦として渡来したものも羌であったと見たいですね。

248:日本@名無史さん
07/01/24 10:48:30
秦と名乗ったのは権威ずけしないと、ライバルに負けてしまうので適当なことを
言ったかも


249:月光仮面
07/01/24 12:21:54
秦とは秦韓でも言っているし、嘘ではないだろうが、始皇帝の末裔の辺が多少
気になる。秦韓ではそうした発言は見られない。ただこれは日本を甘く見たと
言うのではなくたまたま秦韓のほうにはそうした記録が残らなかったともいえる。
ここで秦氏について多少考えて見ると形質的にはコーカソイドが残っていないので
モンゴロイドの羌族が主体。ただし宣教師団、騎士団的な集団のトップにはコーカ
ソイドがいたものと考えられる。で、完新世早期、秦氏の祖である羌は照葉樹林
文化圏よりの中国西部にあって西方からの宗教、農業、工業を漢族にリレー
したもので、他方、出雲に到来した白狄は膠着語を話すコーカソイドで、エジプト系
天地崇拝宗教を持っていた。これに対して天孫秦氏はこれよりは時代の下るスキタイ
時代にインドアーリア文化圏にあった太陽崇拝宗教を持ち込んだのかもしれない。
これは拝殿・階段のある出雲造り、トリポリエ神殿によく似た八幡造りの神社の
相違から推測される。基本的にいえることは宗教・技術の流れがあり、形質人類学的
民族移動と言えるものではなかったものの、カリスマ的な要素の渡来はあったと言うこ
とだと思う。


250:日本@名無史さん
07/01/24 13:22:56
高杯や三足土器の源流は三星堆文化にあり、という中国研究者も
いるようです。少なくともこの土器と三苗との関係はありそう。

URLリンク(www.max.hi-ho.ne.jp)

251:日本@名無史さん
07/01/24 13:40:44
三足彩文土器 イラン B.C.1500~B.C.1200年頃
URLリンク(www.city.okayama.okayama.jp)
三足彩文壺 イラン B.C.1500年頃
URLリンク(www.city.okayama.okayama.jp)

252:日本@名無史さん
07/01/24 15:28:36
2. 長江流域は約1万年前からすでに米が栽培され、約8000年前には稲作が発達しました。
土器は丸底が主流で、約6000年前には三足の鼎(かなえ)が登場します。
3. 黄河流域では、約1万年前から粟やひえの栽培が始まり、約7000年前以降には平底、
丸底、三足の土器が出現。 約5000年前から土器が一変し、中流域では灰色土器、
下流域では黒色土器が現れます。
4. 北方地域西北地方では、約6000年前以前の土器は発見されませんが、彩文土器が
発達したことが大きな特色です。
5. 北方地域東北地方では、約6000年~5000年前に窯を使用し、彩文土器が出現しました。

 これらをまとめると、中国新石器時代の土器づくりは約1万2000年前に始まり、各地域
で形や種類、技法、文様などがかなり異なります。 また、農業の発達によって土器
づくりの技術も発達し、約6000年前には三足土器が登場。 中国の漢時代まで代表的な
土器の一つとなりました。土器はもちろん日常生活用品でしたが、一部は祭りに関連
したものと推察されます。
URLリンク(www.kaen-kaido.com)

253:月光仮面
07/01/24 15:53:32
このスレの価値は、秦氏がユダヤ人ではないかとする極めて衝撃的な発想に
端を発し、思いつきもしなかったところ、エジプト文明と日本文化の関係にわれわれ
の目を開いたことにあり、現在、ブリャート考古学会でも、モンゴル高原と中国の
戎、白狄との関係に言及している程度で、アルタイの学会も同じレベル。ウラルには
エジプトとの関係を論証するサイトがあり、モルダビアにはシュメールとの関係を
論じるサイトがある。しかし、日本とエジプトという発想はどこにもない。このスレだから
こそ出てくる。つまりユダヤ人と日本人と言う一切を飛躍した想像力がエジプトと
日本と言うアイディアを生む。これが立証できれば中国の夏・殷商文明の成立を
解き明かすことができる。極めて大きな賭けではあるが。幸いなことにわが国には
優れたエジプト研究があり、真面目にやれば立証できると確信する。

254:月光仮面
07/01/24 15:58:08
古代対馬海峡にノルマンジーとか、元寇のような動きを想定すると世界の物笑いと
なろうが、ユーラシア大陸に駅伝、リレーのように正倉院、新羅のローマン・グラス
のような物と価値観の流れがあったことは全く自然なことであろう。

255:日本@名無史さん
07/01/24 16:20:13
このスレ、ほとんど一人で盛り上がってるのね。
真実を書いてやろう

秦氏=弓月王ってのは、 
三日月をシンボルとする王という意味で、
三日月はトルコの国旗のように中東に広くシンボライズされている。
ここの王族。

天照大神という伝承は、後の朝廷書記が秦氏出身だったように、
そもそも秦氏の祖先伝承から来ている。
中東出身の先祖が、記載する伝承は、当地の神話を見れば明確。
それは、 アルテミスである。 アルテミス神殿があるように

女神アルテミスの伝承が、時を経て、 女神アマテラス に変わったのだ

 

256:月光仮面
07/01/24 16:38:31
エンジンブレーキも必要かと思う。ユダヤ・キリスト・イスラム・仏教等の教義を根底から
覆す可能性があり、世界に与える衝撃も決して少なくはない。宗教とは人間の生命その
ものであり、動かしてはならない価値観だからだ。慎重にやる必要がある。

257:日本@名無史さん
07/01/24 17:41:16
珍敷塚については吉村作治に見てもらいたい

258:日本@名無史さん
07/01/24 18:51:07
秦氏はライバルが権威付けに成功してるのですぐに後れをとらずに権威付けに成功した
ゆみずきの王なのでトルコ出身だったが今日までばれなかった

259:白馬青牛
07/01/25 02:19:12
>>247
日本人のルーツが雲南に至ったとは考えておりません。
渡来系弥生人は一部の地域でしょうが、渡来系古墳時代は広い範囲に
拡散しております。四川省に近いチベット系と日本人の容貌が似ておると
云うんは、河口慧海氏や西川一三氏も云われてますけど、確かに縄文系より
も渡来系の面長な容貌ですね。青海青銅器人と渡来系弥生人の類似も
あり、羌系と日本人は近いとも思います。

260:月光仮面
07/01/25 07:47:33
>>259
日本のもともとの先住民、縄文人など・・・これをルーツとすれば、それが雲南に至る
と言うことはないということですね。よくわかりました。そして渡来系弥生人と青海青銅器
人が似ている。羌系と日本人が近い。よくわかりました。ありがとうございました。

261:月光仮面
07/01/25 10:52:24
>>255
吉備楯築墳丘墓(中円双方型)はトルコ・タタールと共通する形式。
松江・田和山遺跡頂上には半月(弓月)の壇あり。又、
日御碕神社には
URLリンク(www.mitene.or.jp)
 月支国王玻瓊が兵般数百艘を率いて、日御碕に攻めてきた時、日御碕神社の
小野宮司の祖先が勇敢に防戦に当たり遠祖の須佐之男命も式上から大風を起
こしてこれを助けられた。これには月支国の軍勢もかなわず大軍はことごとく藻屑
となった(伝承) これは孝霊の頃といわれる
URLリンク(kankou.pref.shimane.jp)
URLリンク(www.genbu.net)
日月紋は、菊花紋とともに皇室の紋章、錦旗に用いられた。
URLリンク(www.genbu.net)
URLリンク(www.genbu.net)
月星はトルコ共和国
URLリンク(www.sarago.co.jp)
にもあるが、日本では壱岐のデザインがこれに一番近く、やはり
馬韓月支国出自かな↓
URLリンク(www.genbu.net)

262:月光仮面
07/01/25 11:07:05
>>258
トルコ人はトルコに侵入してきたもので、多分日本にも島根・鳥取方面から入ってきた
もので、膠着語・アルタイ語を話すコーカソイドが上層にいた集団。秦氏が属したのは
印欧語のイラン又はトカラ系の言語を話す集団。前者はアマテラス・クニテラスの思想、
後者はアマテラスの思想。天地vs太陽。

263:月光仮面
07/01/25 14:18:48
秦氏は菊花紋で、イスラエル、中近東、インドにも広がっているもの、出雲系は
日月紋でトルコ、フン等。神話に出てくる白鳥はアルタイ系に関するもの。記紀は
各種のオリジンのメドレーの感があり、古墳時も各種豪族間のリレーがあった
のだろう。

264:日本@名無史さん
07/01/25 21:32:44
菊の歴史は古く西暦600年ころ朝鮮から伝わりましたので

265:日本@名無史さん
07/01/25 22:26:15
日本の国章および天皇は朝鮮起源ですね
日本人は素直に自分の血がわたしたち朝鮮人によって生かされていると自覚してほしい

266:日本@名無史さん
07/01/26 10:01:59

朝鮮人は朝鮮半島の歴史はすべていまの朝鮮民族のものと勘違いしている。
朝鮮半島は中国と日本の狭間にあり、文化も人も通過点であることを知るべきだな。
朝鮮という言葉そのものが中国人国家の名前だ。
朝鮮半島の文化は古代から中国文化のコピー文化だ。
だから、朝鮮の文化の起源を探ればすべて中国にいきつくだろう。
明治以降は日本文化のコピーをしている。

朝鮮国旗は中国陰陽思想の太極と日本国旗の白地に日の丸のミックスだ。
中国、日本という大国に影響されるおのれの様子を端的に示している。



267:日本@名無史さん
07/01/26 10:14:11
菊の紋章をいますぐに日本由来の草花に変更できますか、でないと負けそうなので
いったいどうすればいいかな

268:日本@名無史さん
07/01/26 10:38:51
>>267

朝鮮人よ、日本語が上手いな。それとも在日か?
日本人の下手なコピー版のような奴だな。
朝鮮語も勉強しろよ、母国語だろう。




269:月光仮面
07/01/26 10:40:17
日本も海という自然の防壁があればこそ、半島の轍を踏まずに済んでいる。
その防壁のない半島は極めて哀れ。太国の地雷原となって国を消滅させてゆく
哀れさに同情を禁じえない。が、陽は朝にはさす。朝鮮の字のごとく美しく生まれ
変わることを望みたい。

270:太国
07/01/26 10:41:59


271:月光仮面
07/01/26 11:03:32
太国追随だけではなく、朝の太陽を拝み、大きな気持ちを持てということだ。
しまった、大国というのが太い国となっていたなー。ズマソ


272:日本@名無史さん
07/01/26 11:59:53
269 日本は天然の防壁があるから自然に防衛できてるだけで、半島は気の毒すぎる
古代からとなりの怖い大男におどされたりなでられたりして生き抜くためには
しなんの苦労があったはずで、それをけいべつできようか、いや同じ人類としては
百済滅亡時のように救援の軍をはくすきえに差し向けるべきだ

273:日本@名無史さん
07/01/26 13:21:33

>>272

乞食根性、たかり精神はもうやめろ!
おまえは醜い朝鮮人か?

高句麗、百済はいまの朝鮮人の先祖じゃないぞ。


274:日本@名無史さん
07/01/26 13:29:18
>>267
日本は椰子の実の歌が象徴するように、
潮の流れに乗って、世界各地から色々な文化が
流れ着くところです。

どこぞの半島と違って人類や文化が、唐突に
自然発生wするわけじゃありませんので、「経由」と
いう単語が存在するのですよ。

「経由」は「Ke-i Yu」と読み、「目的地へ行く途中、
ある地点を通ること。」を言います。つまり言い換え
ると、「通過」のことですね。

275:日本@名無史さん
07/01/26 13:30:49
>>269
毒や臭気や棘のある植物みたいなもんですよね。半島って。

276:日本@名無史さん
07/01/27 10:24:05
朝鮮の意味はあざやかなあさひと言う意味でしょうか

277:日本@名無史さん
07/01/27 10:56:25

ちがいます。超賤、ウルトラ賤です。

278:日本@名無史さん
07/01/27 11:12:52
>>276
朝鮮という漢字を見れば一目瞭然だと思うんですが、
なぜ敢えて聴くのか。漢字が苦手にもほどがあるというか
「朝日」ではない。朝だ。

279:日本@名無史さん
07/01/27 19:55:30
すがすかしい朝を迎えたよの意味でしょうかねえ

280:日本@名無史さん
07/01/28 18:01:30
韓は井戸の枠
倭は矮小
朝は朝献の朝

結局中国の属国をアピる

281:日本@名無史さん
07/01/28 18:05:06


古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。三つの足の部分は
空洞になっており,その部分に水をため,足の上にのせた簀のこ(すのこ)
の上に米を置く。足の間の火で炊く(というより蒸す)と,上にのせた蓋
(ふた)の間から,湯気が立つ。この様子がそのまま漢字になりました。
つまり「氣」です(後漢の『設問解字』による)。
URLリンク(www.hibari.ed.jp)

古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。



282:日本@名無史さん
07/01/28 19:58:57
シルクロードの終着点が日本で出発店がローマでした、途中には色々な国があり
そこを

283:日本@名無史さん
07/01/30 01:23:00
そこを…なんだ?

284:日本@名無史さん
07/01/30 21:31:44
上げてやったぞ。

285:日本@名無史さん
07/01/30 21:55:21
ありがとうございます、

286:日本@名無史さん
07/01/30 22:01:47
伊賀組紐が着物の帯締めで高麗織り、古代をひらいた服部氏、さなぐ氏

287:月光仮面
07/02/05 16:39:45
NHKで昨日ネパール政情不安の件のニュース中、ダビデの星マークがネパール
にもあるので驚いた。ミャンマーにも失われたユダヤ支族がいたわけだからあって
もおかしくないが、いきさつがいまいち。ところで、伊勢神宮にもあるがどうもこれを
寄付したのはユダヤ人で、皇室も絡んでいるようだ。つまり、皇室にもユダヤと日本は
関係あるんじゃないかと言う考えがあるようだ。ところが、私も同じ考えなんだが、私の
考えはシュメール語とか、ウグロフィン・アルタイのような膠着語を話すコーカソイドで、
フルリ人というのがいて、これが多民族集団でエジプトに侵入した時に、付近にいた
ユダヤ人も一緒に入ったのではないかということだ。で、このフルリ系がウラルアルタイ
地方、パミール地方に銅、色石(ラピスラズリ)を求めて、或いは、北辰信仰によって移動し
新疆ウイグル、モンゴリア高原で後に鮮卑とか、秦になるモンゴロイドと接触し、この際に
後に天皇家に入る宗教形式が形成される。それはエジプトの太陽崇拝を基にしたもの
ではなかったのかということなんだ。ちと、乱暴なところもあるんだが大体この線で、なぜ
ミラミッドの中に出雲大社とか、磐船のモデルがあるのかの説明が付くと考えている。

288:月光仮面
07/02/05 16:49:54
キリスト教、イスラム教の信者が多いもんだから、初めにユダヤありきで、ダビデ
紋、菊花紋も皆ユダヤのブランドだなんていう考えが横行しているが、注意深く
向こうのウェブサイトを見ていると、そうではなく、ユダヤがどこからとなく拾ってきた
ものだということになっている。ベドィンのような連中にそんなに高度な文化が生まれ
るわけがない。善光寺の菊紋の方が由緒正しいのかもしれないのだ。

289:月光仮面
07/02/05 17:01:09
その後日本では奈良・平安時代にあたるが、ユダヤ教を信じる膠着語、これは
既にトルコ語みたいな物になっていたようであるが、これを話すハザールというのが
大きな勢力を持ってくる。先ほどのネパールなんかもこうしたユダヤ教文化の影響が
飛び込んだのかもわからない。ただ、日本に来たような話はない。

290:月光仮面
07/02/05 17:13:05
皇室は時代と共に色んな宗教を取り込まれるが、それでいて日本古来のものは
ちゃんとやっておられるようであり、なかなか、さすが世界一の長寿皇室である。
しかし、無理をしてユダヤ・キリスト教に接近しなくとも歴史はそれより一回りも
格が上であることを証明してくれるはずである。

291:七色仮面
07/02/05 19:30:16
八田氏は新羅系なので冷遇されてしまい、働き者でしたが歴史から消されました
消す方法は神社なら領地のとり上げでガタガタにしてしまう

292:月光仮面
07/02/08 10:22:50
エジプト、ギリシャ、インド、中国に馬、二輪戦闘馬車、青銅器などを持ち込んだのは
同一の中央ユーラシア騎馬民族で、この最後の動きが万里の長城で跳ね返され
朝鮮半島南端に至る。これを引き受けたのが日本というわけで、アマテラスがスサノオ
の馬による耕作等に基本的に反対であったことは日本の史書の記すとおり。しかし、
車輪を表すヘロデ紋を初めとする大陸からの多くの文物と、思想、宗教の流入で
三韓経由日本に入ったものがユーラシア文化の中核的なものであったことがわかる。
日本とエジプトをつなぐのも、互いに受動的にこうした中央ユーラシア文化を受け入れ
たということであろうが、エジプトには形骸が残り、日本には精神が伝わったようである。

293:月光仮面
07/02/08 13:06:08
エジプトにおいてユダヤ人は羊飼いであり、「嫌悪すべき存在以下のの存在」とされて
いたよし。このユダヤ人の「ヨセフ物語」というのは盗作のにおいが強いが、こうした
ユダヤの立場からすればアメリカンドリームというファンタスティックなはなしであるが、
ユダヤと同じく、エジプトに入ったと見られるウラルのバシコルドの伝説にある。
エジプトの史家マネトンの解釈に寄ればヒクソスとは馬王の意味だそうで、馬韓国王
といったものに非常に似ている。騎馬民族の王が羊飼い集団を率いて侵入するわけで
中国・殷商、馬韓等と同様のパターンのようである。面白いのはエジプトではユダヤ人
を羊飼い、(羌と同じだ)、「アミ」、「アメ」と呼ぶことで、アルタイの大王が羌族の神官
をアミ、アメと呼んだのかもしれない。ただエジプト人はその言葉に抱いたのは現在の
テロリストであるとか、戦前のナチスドイツとかスターリンの持っていたのとよく似た
KKK的感情のようだ。


294:月光仮面
07/02/08 13:15:25
日本人はこうした西域の羊飼いの宗教をアマテラス、天御中主として伊勢神宮に
奉っているわけで、しかも、ガス室送りのユダヤ人を救出した実績すらあるんだから
伊勢神宮に灯篭がどこともなく献灯されても全く不思議ではない。これは日本人の
神徳というべきであろうか。

295:月光仮面
07/02/08 14:50:52
>>287
出雲には古い青銅器製造遺跡が多い。銅鐸には古代出雲神殿のような
図案がある。そのルーツはエジプトのピラミッド内部↓
URLリンク(www.guardians.net)
にあるのではないかと思う。ついでであるがここにある地下室、黄泉の国
遍歴の宗教体験ができるように工夫されているのが信濃の善光寺だ。
他にも熊本県等にはトンカラリンという宗教遺跡のようなものがある。
日本の銅鐸は内モンゴルにおいて発見されている。すなわち青銅器文化という
共通項がエジプト・殷商・日本を結んでいるのだ。勿論、青銅器文化はテン国、
タイ・バンチェン等にもあり、古代羌族の行動範囲も広かったのであろう。
そしてし、日本と長江下流の銅緑山の関係は邪馬台国・魏の時代に再燃する。
話は変わるが、ピラミッド内部の社殿は八幡・日吉・トリポリエククテニ神殿型
であり、出雲式ではないのが面白い。出雲人には何らかの癖があったようである。

296:月光仮面
07/02/08 14:59:28
出雲は銅鐸
URLリンク(www.tnm.jp)
この形式に忠実であるようだ。銅鐸教のバチカン的存在であったのだろうか。

297:月光仮面
07/02/08 15:40:07
去年、一昨年、吉村さんのテレビ番組でピラミッドをやったとき、龍が階段を
横波運動をしながら登る廊下の説明をされ、さすがに工学博士、着想が
違うわいと思っていたんだが、横浜中華街の龍踊り、獅子舞等、三輪神社の
繞道祭等を見るに付け、空中飛行には水上遊泳同様横波運動を想定する
古代人の物理学者的発想の奥深いことに感じ入った。龍踊りとは新疆ウイグル
方面でエジプトピラミッド思想の中核部分が展開されて蛇、龍、鹿、獅子の踊り
に変化したのではないかと思う。

298:月光仮面
07/02/08 15:46:39
この龍のようなものが天橋立、浮橋を昇るのに帯、タラシ、を利用するということで
沖(天界)中(地上)タラシヒメが生まれ、アマタラシヒコ、アマテラスが生じるのであろう。
するとこうした概念は弥生墳丘墓が立体化する古墳時代に始まったのだろうという
推測が付く。

299:日本@名無史さん
07/02/08 19:56:18
百済系氏族は堺や鶴橋に巨大な百済寺やがあったが、枚方の百済王神社や高槻の方にも
いったが

300:日本@名無史さん
07/02/08 20:25:43
高麗神社は関東に移住させられた理由はなんでやろ

301:桃太郎
07/02/09 06:09:27
月光仮面は、相変わらず凄まじいな
ひさしぶりに読んだら、目がくらくらして、酔った。

誰かまとめサイトを!
酔い止めを

302:日本@名無史さん
07/02/09 08:44:10
新羅系の羽田氏がいちばんつよい時代が最初みたいですね、その後に
百済系がはいってきて日本の在来の氏族と共同で開発していったかも

303:月光仮面
07/02/09 10:04:59
【夏王朝】歴史の証明【伝説】
スレリンク(whis板)menu311
古代、中国西方には羌と呼ばれる民族があり、こうした文化をリレーしていたが、その
子孫が歴史時代に秦の子孫を名乗るものになったのが多いようだ。ハタ氏のなかにも
こうしたものの子孫はいるんじゃなかろうか。


304:日本@名無史さん
07/02/09 10:24:31
羽田は権威ずけのために名乗っただけで、本名はちがうかも

305:日本@名無史さん
07/02/09 10:27:42
そんなこというのはてんさいてきなばかかも

306:月光仮面
07/02/09 10:29:36
ハタ氏の場合、秦というよりも、タケシ(チクシ・ツクシとか言う意味ではなかろうか)ウチ
王朝時代の渡来人の一つであり、その語源は機織りなどのハタにあるようだ。ところが
ハタとは聖なる呪具、タラシ、等と関係し、単に繊維・縫製技術者ではなく、神主・伎楽・
芸術・防衛等の分野でも活躍したようである。ところで、伊勢神宮のヘロデ、ダビデ紋、
大避神社のヨセフの井戸、洗礼のプール、記紀に残る多くの聖書からの引用は秦氏が
ユダヤ人ではないかと思わせる。ユダヤ人はYAP+E、縄文人がYAP+Dとされる。チベット
雲南にもYAP+Dが多い。ところが顔を見比べたら直ぐにわかることだがユダヤ人は
白人、つーか、白人とアラブの中間程度。秦氏とか、雲南・チベットはどう見てもモンゴ
ロイドで関係はないと見るのが当然だ。

307:月光仮面
07/02/09 10:43:21
ユダヤ文化がらみの問題は秦氏にあるのではなく、秦氏が仕えた功満王、融通王
といった王族にあるのだ。ロシア・アルタイ・トゥーヴァ共和国をヒュペルボレオイ
(極北人)の聖地とし、ギリシャのアポロを一年教育したクマンジン(白鳥)族は
タケシウチ王朝の立役者であり、ヒクソスの王であった。アポロン、エジプトには
旧太陽数は合い宗教を打破し、政権を獲得することを教える、エジプト、ギリシャ、
殷には青銅二輪戦車・馬をもたらす。スサノオとはこうした勢力の中心であり、
馬韓・百済に前線基地を置いていたようである。日本においてもホアカアリ、アカルヒメ
等の旧勢力の上にアマテラスという唯一太陽神で国家統一を図ったのだ。

308:月光仮面
07/02/09 10:59:08
エジプトと羊飼い、これにはユダヤだけでなくウラル地方のもいたらしいが
相当羊飼いはイジメを受け、釣り馬鹿の西田は社長に釣りで取り入るように
ユダヤのヨセフは夢占いで取り入り、ウラルのアミンベクはギャンブルで勝つ。
ヨセフのお棺 URLリンク(www.freemaninstitute.com)
こうした釣り馬鹿話が旧約聖書にはいっているようだ。羊飼いはは「アメ」、「アミ」
等と呼ばれインドにおける不可触選民のようなものだったらしいが、大王であった
ヒクソスはウラルに引退した後も、周辺の羊飼いをこう呼んでいたのであろう。そうして
そうしたノマドを糾合し中国北辺経由朝鮮半島南端に達したものと考えられるのだ。

309:月光仮面
07/02/09 11:06:35
>>307 ちょっと乱れてるようだ。
古い太陽教を打破する、唯一神の太陽教、アマテラスとか、アテンの神とかを導入し、
政権を掌握する。・・・日本ではアマテラスに足元を見られ出雲に追放されてみたり、
アマテラスもエジプト同様うまく働かなかったようである。太陽に税金を取られたのでは
当時のニートもどえらいことであったのであろう。しかし税収確保、税制改革こそ国家
存続の条件であることは永遠の真理だ。

310:月光仮面
07/02/09 11:16:06
>>307
アルタイ・ヒュペルボレオイ(極北人)はアポロにオロチを退治し、自分で新神殿
を開けと教育している。スサノオなんかは出雲と大和で二回もオロチ退治を行っている。
ギリシャに水田があるわけはないが乾燥地のことなので日本同様水脈確保は
利権確保につながったのだろう。

311:月光仮面
07/02/09 11:33:14
URLリンク(www.touregypt.net)
これはエジプトの太陽崇拝遺跡、注目すべき点としては全体的に石段を持つ日本の
神社社殿配置に酷似していること、及び、日本の神社の祖形と思われるモンゴリア高原
ケレクスルと基本的に同じであることだ。
URLリンク(www.touregypt.net)
ヒクソスがヒュペルボレオイ(極北人)であったこと、それが馬韓経由日本に入ったことに
間違いはないと思う。又ピラミッドの起源を示唆するのがオベリスクの先端部分で
琥珀金で塗られ朝日に輝くのだという。カイラス山の朝日といってもいいのではないかな。


312:月光仮面
07/02/09 11:43:40
>>310
ヒクソスへ移行期、アルタイ・オークニェフ文化ステラ(石碑)には天に登る
二輪車の絵がある。ギリシャ留学生アポロン君の黒板代わりであったのか。
が、後の高車丁霊の高車、かぐや姫の牛車のような感じも多少あるんだが。

313:月光仮面
07/02/09 15:48:24
>>307
エジプト人が、ユダヤ人を憎み、いじめ、劣等民族の烙印を押した。これはユダヤ人の
選民思想が原因であったのかもしれない。いずれにせよ、時のヒクソス王にとっては、
「アメは愛い奴じゃ、頭が切れるのう。エジプト人は河馬か、馬鹿じゃのー。」なんて
言っていたんだろう。このヒクソス王がウラル・アルタイに帰国して周辺の東洋の羊飼い、
羌に対しても同様の態度で接し、自分を王とする集団を形成したのだろうが、満州に
入った頃は羌よりも、鹿飼いツングースの夫与等を引き込んだこともありえよう。高句麗
では諸加といって家畜別にサブグループとか、管理職を決めている。日本の加賀、甲賀、
伊賀などというのも鹿加、狗加、猪加であったのかもしれない。


314:日本@名無史さん
07/02/09 16:17:23
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
URLリンク(www.hibari.ed.jp)

315:月光仮面
07/02/09 18:25:09
殷の湯王は太陽神の末裔ということなのでアルタイ語を話す白人であったのかも
知れないが、生贄に羌を殺すのが殷の習性なので、上記のユダヤ人への態度とは
少々違ったかも。卑弥呼政権は魏に生口を送っているが、羌はなかなか美男美女
だそうなので、卑弥呼の銅鏡見返り輸出の生口も相当のイケメンであったのかも
しれない。殷の崩壊にはこうした生贄役の羌族の不満もあったことだろう。

316:日本@名無史さん
07/02/09 18:37:55
クジラ尺の名前は渡来人が来た時に四天王寺を造ったかもしれない金剛組の
こましゃくと同じで、

317:月光仮面
07/02/10 12:15:18
ロシアの学者は殷をカラスク並行と考えている。
カラコルスカヤ (多色絵画・鳥・太陽人/動物像)BC2100-1900
オークニェフスカヤ (人面動物石柱・石板墓・円形石囲い) BC1900-1500
アンドローノフスカヤ(幾何学模様土器)BC1500-1100
カラスク(箱式石棺墓)BC1100-800
私は、夏と殷初頭にアンドローノフスカヤ文化が到達、戦闘二輪馬車、小麦
青銅器、彩陶などの文化が伝えられ、その後にエジプト・コーカサスの箱舟信仰の
影響を受けた箱式石棺墓が殷に伝えられ、殷はこの頃に崩壊し、箱式石棺墓
はモンゴリア、満州、半島経由九州沿岸に到達するのではないかと見ている。
アンドローノフスカヤと類似のスルーブナヤはスキタイ・キンメリアになってバルカン
半島をアドリア海・エーゲ海・トロイ方面、もう一派はアナウ近辺から近東経由パレス
チナ、エジプトに、もう一つはヴェーディック・アーリア族としてインダス峡谷に、
もう一つは河西回路を二里頭へと進むのであろう。そうして初期青銅器原料をウラル、
アルタイに依存したことで殷の王族にアルタイ系乃至は印欧系が入ったことが考えら
れるが、銅緑山等長江下流の鉱山開発と自国の窯業の発展と共に輸入依存はなくなり、
殷の体制は崩壊するのではないか。

318:月光仮面
07/02/10 12:22:44
>>311
日本では次第に見られなくなってゆくが、福井県南部にあるこの日野宮神社
URLリンク(www.mitene.or.jp)
この石垣が四角であることに上記のエジプト神殿との共通点を見出す。
日本ではこうした遺跡の保全は一切民間の浄財で行われるが、限りなく重要な
世界遺産だと思う。

319:月光仮面
07/02/10 12:30:14
日本史が世界史の一部であり、日本の国民も、朝廷も一丸となって全ての世界で
失われたこの歴史を保存したことを世界に発信し、世界の人がそうした日本を理解
してくれることこそ、私の望むところなのだ。そしてこれが子々孫々に伝えられたとす
れば、これまで歴史を残してくれた日本の先人も必ず喜んでくれることであろう。

320:月光仮面
07/02/11 08:04:59
【シルクロード】日本人と謎の秦氏?2【ダビデ】 ・・・繰り返すが、このスレタイは世界
史観を根底から覆す衝撃の事実を簡潔に述べたのだ。ヒクソスはユダヤ、クルド・・・
バシコルトスタン、トゥーバ、商(殷)、纒向(邪馬台国)に通じる。色即是空でいうなら
色とはヒクソス王国、殷、邪馬台国といった結晶化した状態のこと、空とはさまえよる
ユダヤ人、ジプシー、犬戎、西戎、北狄、倭人のような流動化した、分離電子の状態
ではあるがその本質は一つ、商、それは三輪そうめん、金屋子神、神農、スクナヒコナ
という商なのである。それはベニスの商人であり、結晶してはクシャン王朝を築き、
中間状態としてはハザール王国を現出した。

321:月光仮面
07/02/11 08:24:14
史観の顛倒はコペルニクスの天動説さながらに、ピラミッド、聖書、コーランの世界の
呪縛を打ち破る。そして宗教がいかに史実をバイアスしたかを知らされる。全ては
砂に化した中央ユーラシアにあり、その無から欧州、中近東、インド、中国の文明が
生まれた。そしてそれはいまこの日本で復元される。
「殷の戦争は呪力と呪力の戦いだった。戦いには「媚」と呼ばれる巫女を伴った。巫女た
ちは軍鼓を打ち鳴らし敵に向かって呪詛を唱え攻撃した。甲骨文字には鬼方と呼ばれ
る強大な異民族を攻撃したときの様子が記されており、動員兵力数万人のうち投入さ
れた「媚」は3千人に達した書かれている。敵の「媚」を捕らえることは最大級の功績で
「蔑暦」と呼ばれたと記されている。「媚」は呪力を封じるために真っ先に殺された。また
異民族の地を進軍するときは道を整備し、土地かけられた呪詛や悪霊を祓うために異
民族の生首をかかげた。祓除を終えたところを「道」と呼んだ。甲骨文字は祭祀の過程
において発生したもので天意を記すために作られたものである。ごく一部の限られた
階層のものだけが読める神聖文字で一般の生活とは無関係だった。 「媚」に含まれる
眉の文字は顔料で眼の回りをくまどりし呪術的な化粧を施した象形であり、後世に転じ
て「媚びる」となった。「蔑暦」の「蔑」は「媚」を戈(ほこ)にかけて殺す形で「蔑む」などの
語源となった。 「道」に首の文字が含まれているのは祓うために首をかかげたことに
よる。」 URLリンク(lonelynight.blog66.fc2.com)
多数の女官を擁する卑弥呼、名草の姫を八つ裂きにし、数々の女性シャーマンを
誅殺する神武は商の価値観(パラダイム)を持つ聖王であり、神武は簡狄に頼るが
ごとく鴨、ヤタガラスにたよる。簡狄の地には蚩尤があるが、兵主神として箸墓を
守る。後の世の毘沙門天もアルタイ、新疆ウイグルの神であろう。

322:日本@名無史さん
07/02/11 08:31:01
クジラ尺というのはなんでクジラというかみなさん知ってますわね、
ヒントは焼き肉です

323:月光仮面
07/02/11 08:35:42
記紀には新約、旧約、拝火教等のパラレルが多いというが、これは実は
顛倒夢想であり、旧約、新約、拝火教こそ、記紀の原典というべき思想から
派生したものというのが正鵠を得ている。アメノヒボコがアメンベクであり、
その分身が旧約創世記のヨセフである。アミンベクが黄金を得る井戸こそ
大避神社のいどである。つまり、アメノヒボコの井戸であり、これが秦氏の
神なのである。

324:月光仮面
07/02/11 12:03:06
英国女王が中国大使に・・・先日差し上げた犬は元気ですか?中国大使・・・ハハー、
とても結構なお味でございました。・・・これは有名なジョークであるが、極東北部
では犬を食べる。10年ほど前に米国大学考古学チームはロシア・ウラル・サマーラ
川アーリア人遺跡のウグロ・フィン族シャーマン(もっとも危険な人種らしい)キャンプ
の脇の井戸から毛の付いた犬の骨を発掘した。これに関し米国学会では北欧オーディン
神が年末に12匹の犬を連れて吼えまわる、ローマには犬僧というのがいて犬皮の紐で
町に注連縄を張ることに関係があるのではという声があったという。ところが地元の
バシキール・クルド族は犬トーテムをもっており、どうやらエジプトに侵入したヒクソス
とか、パレスチナのユダヤ人の元になった種族のようだ。これが犬戎となり、山東半島
と遼東半島の高句麗の起源となたのではないかと考える。例の井戸の骨は生贄を
毛皮、骨ごと叩き潰し、生で共食する習慣のようだ。エジプトではシリウスが犬と関係
あり、ナイルの氾濫予想になるというがこれはヒクソスであるバシコルト族が教えたらしく、
この辺の功績が創世記のヨセフの手柄となっているのではなかろうか。話は長くなった
が、>>318 の日野宮神社にも大きな犬の伝承があり、キクリヒメ(高句麗)逃さん神社
にも近い。天孫卑弥呼とは仲が悪いが、付かず離れずする狗奴国というのはどうも
この辺ではないかと思う次第である。高句麗にはエジプト・熊野・浅草酉の市を結ぶ
ヒントがある。これだ↓
URLリンク(en.wikipedia.org)

325:月光仮面
07/02/11 12:09:18
月山神社というのが乱れてしまった。ついでだが、クングール、カンガール
というのはトルコ語で川、町という地名らしい。高句麗というのは川のほとりの
町という普通名詞に過ぎないのかもしれない。

326:月光仮面
07/02/11 13:04:57
>>320
商というのは、雄略のような尾根縦走による探鉱、穴師とか、赤城の百足のような
資源開発、そして、奥州藤原三代、徳川の甲州、佐渡のような金鉱開発のようなスパンの
活動であり、現代で言えば豪州鉄鉱山のような山を当てるとそれを資源として交易をし、
国家を運営するということであり、例えば無錫旅情のような観光地となるともはや殷は
商というフェーズに移行する、蝶が変態するようなユーラシア-北アフリカに存在した
人の群れの流れなのである。ちなみに、俵藤太は松江に上陸、近江を経て赤城、奥州
へと向かうようである。


327:月光仮面
07/02/11 14:13:25
>>324
太陽を追う龍、その前脚が馬脚を現しそうな思想、それはエジプト・ウラル・アルタイの
アポロンとも接点のある馬の思想、それは馬韓を生んだものであり、蘇我馬子を生んだ
騎馬民族思想が、別途中国に到達した龍の思想に切り替えられる心理状態を表して
いるような気がする。古代人は心憎い。

328:日本@名無史さん
07/02/11 15:48:05
相変わらず、月光仮面のものを読んでると、とても眠くなる。小出しに語っても良いが、せめてもう少しだけ、文章力を鍛えてほしい。

329:日本@名無史さん
07/02/12 03:16:06
俺も月光仮面の言ってる事がわかりにくいよ、
でも、月光仮面は嫌いじゃないけどな

330:月光仮面
07/02/12 10:14:53
シルクロードはエジプト、バルカンと極東を結ぶ最も南よりの陸路であるが、
銅資源はこれよりやや北よりにあった。10年ほど前に米国大学調査団の
行った調査にある地図 URLリンク(users.hartwick.edu)
にSamaraという川があるが、この辺からも銅が取れる。この地図の2本の破線に
囲われた部分がステップという草原地帯で、これから未だはるか東方にアルタイ
がある。ここも重要な銅の産地だ。


331:月光仮面
07/02/12 11:09:47
これはSrubnaya(木槨墳)文化拡散の地図↓
URLリンク(users.hartwick.edu)
北部の森林地帯と南部の草原(ステップ)地帯の境界線が右上に延びている。
その先にアルタイがある。アルタイに達する同時期の同様文化にアンドローノフスカヤ
文化がある。銅の産地を中心として発達する文化と馬、戦闘二輪車、後のスキタイ
文化が関係してくる。これが殷商、そして、千年の時間差で大和盆地に流入する。
最近進んでいるSintasgta-Arkaim遺跡の研究で大和盆地開発同様、宗教に基づく
地形の利用、蘇我氏の甘樫岡のようなもの、が特徴的であることが判明した。
参考までであるが、イランの考古学者はアーリア族は北方黄色人種に圧迫され
イランへの南下を開始したという。Sintasgta-Arkaim遺跡に近いバシコルスタンでは
トルコ系バシキール語とイラン系クルド語が共存している。バシキール人というのは
恐ろしい鬼のような顔をした人だそうである。

332:日本@名無史さん
07/02/12 11:16:50
>>255
アマテラスと同じ、三貴神の一人、月読神は?

333:月光仮面
07/02/12 11:21:11
スペルが難しいなー。正しくは→Sintashta-Arkaim複合遺跡というらしい。

334:月光仮面
07/02/12 12:31:16
>>332
月読神とは秦氏が半島から壱岐経由、秦王国香春に持ち込み、南九州に入り
隼人となり、それが東遷し、吉備のあたりで卑弥呼に先行する男王となり、河内、
大和、紀伊、伊勢を攻略するも諸国乱れ終には卑弥呼共立となる、この男王
神武を支えた集団ではないかと思う。その神紋は左に月、右に星でトルコ族の
先祖であろう。
URLリンク(www.hayato.com)
URLリンク(www5f.biglobe.ne.jp)
URLリンク(www.genbu.net)
URLリンク(www.genbu.net)
URLリンク(www5.ocn.ne.jp)
URLリンク(www5.ocn.ne.jp)
URLリンク(www5f.biglobe.ne.jp)
そして、月読神とは天神であり、アマテラスとは形式上はシンメトリーを成すものの、
別個の宗教を持つものであった。集団的にはアマテラスが天皇集団、月読神はそれに
従属するものであったと考える。


335:月光仮面
07/02/12 12:41:53
天皇の渡来といえば、これは横綱のようなものであって、モンゴルの朝青龍も
何とか部屋に入ってふんどし担ぎからのし上がらなければ急になれるものではない。
天皇は北陸・近畿・中国の政治的均衡、女王共立の厳しいシステムの中から、難産の
末に生まれたもので、もはや日本独自のものとしか言いようはないのではなかろうか。

336:月光仮面
07/02/12 13:25:25
「14年春2月:
弓月君が百済からやってきて、
「私は我が国の百二十県の民を率いて来たのだが
新羅に阻止され今加羅の国に留まっています」
と進上した。
そこで天皇は、葛城襲津彦を遣わしたが
3年経っても帰京せず
今度は16年8月:
平群木菟宿禰 と 的戸田宿禰 の二人を加羅に遣わし
兵を進めて新羅の国境に陣を敷いた。
これに恐れ慄いた新羅の王は速やかに罪に服した。
これだけの大集団で渡来したのだが、、
一帯この場所がどこなのか
大半は朝廷の近隣に控え多種多様な文明の利器を
伝授した事は容易に推察される。
京都の「太秦」近辺にはその伝承が多々散見されることを
念頭に入れ精査していきたい。
秦氏については次のような説が現在では一般的だが。
海外(中国や朝鮮)への格付・権威付の呼称として
「秦の末裔」を名乗った。
実際は、加羅の民であったそうだ。
この加羅は6世紀には新羅に変る」
URLリンク(www.hayato.com)
加羅みたいな小国にこんな大勢の人間がもとからいるわけはない。
百済にいたと見るのが当然。それにしたも、倭国への渡来を当然のことと
考えているようであり、これは神功時代に百済と倭国間領民往来に関する
約束が成立していたのであろうか。

337:日本@名無史さん
07/02/12 14:47:59
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
URLリンク(www.hibari.ed.jp)

338:月光仮面
07/02/12 15:00:10
>>335
たとえば、ギリシャの場合、アポロンがヒュペルボレオイ(極北人)から持ち帰ったのは
馬、白鳥伝説、八咫烏、二輪車、オロチ退治などであるが、日本に入ってくるのは
オロチ退治、白鳥(素鵞)、馬はスサノオ、神武は八咫烏、又、アポロの時代、地方には
なかった銅鏡などであるが、ばらばらに入ってきている。つまり、このことからも、三韓
から日本に征服王朝のようなものは来ておらず、ばらばらな集団が入ってきたことは
わかる。しかし国家として体をなすにはこれらを統合する必要があるが、日本では
3種の神器という独特のやり方を創造したのであろう。

339:月光仮面
07/02/13 10:56:07
秦氏はユダヤ人というのは極めてホールインワンに近いショットだった。しかし、もっと
すごい発想は韓国人は英国人の祖先という発想↓
URLリンク(members.at.infoseek.co.jp)
この2つとも天才と気違いは紙一重に似ているが、2CHで論議するには格好のテーマ。
これに私の提唱するミッシング・リンクは中央ユーラシア草原に埋まっているという説を
適用すると、全てが、多少の齟齬を除き、有効になってくる。大相撲黒海君の故郷に近い
ソチの支石墓群と、遼寧省、韓国、九州の支石墓が結びつく。競馬で本命を中心に
各種の二番手を想定して流す時の二番手のみをとって選ぶと確率的にとんでもない
めちゃくちゃになるが、これをタテメというらしい。これは絶対にあたらない。私の言う
のはブラックボックスの本命を想定し、それを中心に流すという論理なんだ。前置きが
長くなったが、エジプトのピラミッド建設に参加した多くの地方の住民が帰国して、
同じような概念で始めたのがドルメン、巨石文化ではないかというのが私の仮説だ。


340:月光仮面
07/02/13 11:04:14
で、殷商と遼寧ドルメンを考えて見ると西方から極東に到達したのは南回り、北回り
と、2つのルートがあり、ヒクソスの王族のような2輪車型のものが殷商に、石工・農業・
戦闘要員的なものが遼寧にという結果となったのではないかと思う。そして日本には
そうしたものが朝鮮半島でミックスして到達する。

341:月光仮面
07/02/13 11:23:25
弥生時代は稲作というが、稲作は極めて不合理、不経済な食料生産、量産システム
であり、日本のような亜寒帯気候ではそば、大麦が有利。稲作は王権、政治体制が
出来上がってからとか、広域流通とか、保存などにはある程度有効ではある。従って
渡来人が新たに生活を営んだ地方にはうどん、そば文化があるはずである。三輪そうめん
とか、稲庭うどん、麦きり等には裏の歴史があるようである。

342:月光仮面
07/02/13 11:39:15
ブリャート共和国の仏教・考古学の大御所の卓見では蒙古高原を南北に縦断する
境界があり、その西部はエウロペイド、太陽、円形指向、東部はモンゴロイド、天地、
方形指向だそうである。今言う西方からの2本の道はどうやらこの辺で分岐している。
カラスク・オルドス・殷商への道、カラスク・遼寧への道、これは東胡ではないかと
言われている。この東胡は高句麗、出雲、若狭湾・三河方面、そして日向、瀬戸内は
公孫方面からの流れで、そこに秦氏が位置づけられるのではないか。

343:日本@名無史さん
07/02/13 12:15:11
大阪の地が古代は新羅津と百済津で埋め尽くされてたけども
これは漢字が使える渡来人が付けた名前なので倭人の出るまくはなかった。

344:月光仮面
07/02/13 14:35:52
モルダビア、トリポリエ・ククテニの高床式千木付き八幡造りの神殿モデルの焼き物
について、不思議な思いがしていたが、ちょうど、アポロンがヒュペルボレオイ(極北人)
から帰国する道筋、というか、東方草原のインドイラン族がバルカン、北中欧に侵入する
道筋にあるので、神殿の起源はアルタイの森林地帯と見るのが良いのかもしれない。

345:月光仮面
07/02/13 16:32:51
アポロンはこの↓レンガ色の部分の一番右端、そこにはスサノオも、いたはずだが、
そこから、左の方に黒海北岸経由ギリシャに入った。
URLリンク(en.wikipedia.org)
アンドローノフ文化と総称されるこの文化の中心がピンク色のシンタシュタ-アルカイム
文化であり、東方のグリーンの部分がアルタイ・アファナシエヴスカヤ文化であり、後に
カラスク文化となり、オルドス地方を経由して殷商、遼寧地方を経由して日本に向かう。↓
URLリンク(en.wikipedia.org)
シンタシュタ-アルカイムがユーラシアのへそといってもいいのではなかろうか。

346:日本@名無史さん
07/02/13 19:24:27
秦氏は権威付けのためにつけた名前で本名はちがう名前だった

347:日本@名無史さん
07/02/13 20:35:57
秦河勝の顔見てみたい。太秦の広隆寺にある木像は見たことあるけどね。濃い顔だったんだろうか?

348:日本@名無史さん
07/02/13 21:16:16
秦氏所属の部民のかつ部は仕事はなにをやっていたのかな

349:月光仮面
07/02/15 07:35:40
>>346 >>347
「秦は伝説によれば殷の紂王に仕えた奸臣悪来の末裔とされる。しかしこの始祖伝説は
おそらくは秦が中国に入った後に作られたものと思われる。秦の本当の出自は後に
穆公が西戎の覇となることから考えて、西戎そのものではないかと考えられる。」
URLリンク(ja.wikipedia.org)
楯築遺跡ご神体石・・・この顔は大避神社雅楽面と似ている。
URLリンク(www11.ocn.ne.jp)
推定される盾築における秦王国の部民
参考資料「吉備における郡別部民分布表」
URLリンク(www.infonet.co.jp)
しかし、ここに勝部はなくそれが出てくるのは↓
URLリンク(www.pref.shiga.jp)
URLリンク(nttbj.itp.ne.jp)
蘇我氏滅亡による物部、特に、神武に滅ぼされたウマシマジ、ホアカリそして、物部の
布津神、三輪の繞道祭が復活している。シンタシュタ-アルカイム遺跡では住居を
意図的に焼き払い、式年遷宮のごとく元の形を再建築した遺跡が謎とされている。
そしてそこは拝火教の発祥の地でもある。勿論、ユダヤ、仏教ヴェーダなど一切の
宗教の発生地でもある。
葛飾、勝浦、葛城、葛野等は何らかの平原、川などの東部である。勝には朝日、
輝き等の意味があったのではないかと思う。勝部は拝火祭祀集団ではないかと
考える次第。

350:月光仮面
07/02/15 07:54:25
ついでに言えば、上記の春秋期の秦氏は西戎、アーリア系、であり、犬をトーテム
とする犬戎集団をその下部構造として持っていたものだと思われる。これは既述の
シンタシュタ-アルカイム文化圏のサマーラ峡谷遺跡で、良い土地はアーリア(西戎)、
悪い土地は多分タタールの祖であろう犬戎(井戸に残る犬の毛付骨)が発見されている
ことからこうしたことが考えられる。日本に狼、狛犬、巨大犬とか、地名の残るところは、
山陰から福井県、岐阜県、愛知県から関東にかけてが多い。秦氏とは異なる分布の
ようだ。狗奴国とか、関が原をはさむ合戦が多いことと関係があるのかも。

351:月光仮面
07/02/15 08:10:11
世界中に残る天狼星伝説 URLリンク(socyo.high.hokudai.ac.jp)
徳川時代のお犬様、現在も続く水天宮の腹帯、沖縄のシーサにも残る狛犬と、
犬の信仰もアヴェスタ・ヴェーダといったレベルよりも奥深い広がりがあるようだ。

352:月光仮面
07/02/15 08:22:47
秦氏は確かに渡来人ではあるが、かりにその後産のようなものが百済の故地に残って
いるにせよ、本体は日本以外にはいない、れっきとした日本人集団であり、そこから
神武が出ても決しておかしくはない。むしろ自然なんだが、西都原の伝説ではオオヤマ
ズミが鬼をだまして古墳を作らせたと言うこともあり、原住民を天皇に擁いたことも
ありえる。しかし、参考資料「吉備における郡別部民分布表」
URLリンク(www.infonet.co.jp)
こんなに部民が勢ぞろいをしている場所に天皇がいなかったわけはない。


353:月光仮面
07/02/15 14:01:30
秦氏は、多分、商の中枢部にいたものが、箕子朝鮮として朝鮮を支配、その後、
衛氏朝鮮に追われ、三韓の支配層となり、多分、倭面土国王帥升の訪漢を契機に
筑豊、周防、安芸、そして吉備に至り、そこから大和、紀伊を攻撃するのであろう。
殷の女性シャーマン制度、奴隷制度の片鱗を留めるのは神武と卑弥呼であり、この辺
間では有力であったものの、卑弥呼の没後は、近畿以東の旧出雲勢力がぶり返して
くる。しかし、神功・応神移行、近畿・九州方面が強くなる。といった東西バランス型
になるが、出雲と共に秦氏も全国に拡大して行ったのであろう。いずれにせよ、秦氏は
単なる機織りではなく日本文化の基礎を築くのに最も大きな力となったものであろう。

354:日本@名無史さん
07/02/15 17:15:52
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
URLリンク(www.hibari.ed.jp)

355:日本@名無史さん
07/02/15 18:36:49
>348 カツ丼を造っていたわけどもなく、

356:月光仮面
07/02/18 12:39:31
ちょっと、暴投してしまった↓
スレリンク(history板:330番)

357:日本@名無史さん
07/02/18 22:53:20
URLリンク(www.youtube.com)

358:月光仮面
07/02/19 12:38:12
「これほどの量の大型建物を出土した弥生集落の例はほとんどなく、当時、この遺跡が
近隣に比べて、大規模な勢力を有していたことが見て取れます。」「楼閣や方形区画を
中心として、これら7基の大型建物跡が円周上に配されているという点が指摘できるの
です。」
URLリンク(f1.aaa.livedoor.jp)
URLリンク(pit.zero-city.com)
URLリンク(www.sakai.zaq.ne.jp)
URLリンク(www.hyogo-c.ed.jp)
「客家(ハッカ、北京語 : Kejia /客家語 : Hakka)は、中国の南部に住む漢民族のエス
ニック集団である。唐から元のころに華北から移住してきた人々の子孫であると伝承
されている。福建省の山間部では、外部からの襲撃を防ぐために、「土楼」(円形のもの
は円楼、正方形など四角形のものは方楼)と呼ばれる独特の集合住宅を築いて、一族
がまとまって居住している。また、広東省や香港では「圍」と呼ばれる、城壁のような壁
の中に村を築く方法も取られていた。」
URLリンク(ja.wikipedia.org)
Sintashta-Arkaim Archeological Complex
URLリンク(www.oru.ru)
URLリンク(www.4ygeca.com)
URLリンク(www.bashedu.ru)
URLリンク(www.bashedu.ru)
これは近江に入った新羅からの渡来人天日槍(Sintashta-Arkaim Archeological
Complex地方ではイスラエルのヨセフ同様ヒクソスのアミンベクの話があるが
天日槍はこれであり、ハッカ、秦氏、ユダヤ人は機能的にヒクソス・殷の神主)であり、
秦兵馬俑を含む全てを通し一角獣、とんがり帽子、烏帽子の戦闘帽、死者、亡霊の
葬送装束が特徴的であり、ターリム盆地小河墓遺跡でも同様。ターリム盆地小河墓
遺跡の御棺は堅魚木(ハッチビーム状)・前後の棟持柱を有し、伊勢神宮の祖形である。
波多神社の角凝命もなんらかの関係があるのではなかろうか。

359:月光仮面
07/02/19 12:44:26
垂仁が天日槍に対して、出石と淡路のどちらに国を提供しましょうかとの申し出に
対し、天日槍は自分で決めるから良いとして近江に入っている。つまり、多分近江の
オキナガ等と事前に打ち合わせ済みの行動であったようである。多分天日槍軍団は
多分に工兵師団のようなもので、箸墓建設に参加したものだろう。

360:月光仮面
07/02/20 08:56:38
>>349
伊勢遺跡近辺には勝部の地名があり、勝部は拝火集団と推定。一方伊勢遺跡には
キャラバンサライ・拝火教祭祀の特徴がある。逆に、キャラバンサライが伊勢遺跡、
客家の圍、アルカイム遺跡から派生するものと考えるべきかもしれない。2世紀末頃
には、伊勢遺跡において銅鐸から鏡への転換、改鋳、卑弥呼共立があったと想定され
る。また、伊勢神宮的社の式年遷宮のスタートも考えられる。新太陽崇拝祭祀の樹立
による建国というヒクソス・商の戦略の実現が合ったのではないかとも考えられる。
また、国譲り儀式があったとすれば、オオクニヌシへのヨット、勝鬨橋、マリナー等の
天孫側のコミットメントはこの地で行われたと考えると天の安川は野洲川となる。
烏丸半島、和邇川という地名はその後の大和朝廷と和邇氏の関係の起源を語る
ようでもある。対岸の和邇川方面は丹後半島の籠神社・元伊勢から琵琶湖経由
大和に入る、魏使も通ったことであろう、要路に当たる。ヒコイマスというのが今津との
関連でなんとなく絡んでくくるのである。

361:月光仮面
07/02/20 09:57:51
死人、幽霊の三角額当て、これをやってると、小河墓ミイラのように3800年後に生き返り、
赤頭巾ちゃん、おばあちゃんのように狼に食べられても出てこられる。だからKKKは
スキタイ、兵馬俑、日本の烏帽子のようなとんがり帽子をしている。これらの全ては
シンタシュタ-アルカイム複合遺跡にその起源がある。洋画の「怒りの葡萄」、「駅馬車」
は民族がなぜ移動するかを見事に描いている。ユーラシアのうねりは確かに日本列島に
到達している。波多神社角凝命とは落語家の頭のてっぺんに毛を立てた人がいるが
あんなものかナーと思ったりする。秦氏問題は奥が深い。

362:月光仮面
07/02/20 10:16:32
人が生き返るには、血の滴る牛の生皮で覆った伊勢神宮の棟持柱2本、堅魚木付の
棺に入るのだが、これを真似たのがターリム盆地の北方にいたスサノオの先祖。
馬の首付生皮を霊屋の脇の柱に掲げた。唐津湾沿岸平原での女王葬儀に出席
したスサノオはこういうこともやらかして、八百万の神々の仕置きを受けたようだ。
ターリム盆地の方がスサノオよりはるかに正確な儀式をしている。ただ頭付の毛皮は
獅子舞、龍踊り、蛇踊り、鹿踊り等になって残っている。

363:月光仮面
07/02/20 10:23:31
>>360
卑弥呼は、こうした動乱の山城、近江、大和、摂津、吉備では生まれ得ない。
孝霊が狩をした淡路、モモソヒメの神社が残る讃岐、それらを結ぶ阿讃播の
播磨南方の黒田こそ、卑弥呼、モモソヒメの生まれたところではないかと思う。
そしてこの地名が黒田の庵というように移動しながら大和南部に移ったと考えたい。
垂仁が天日槍に淡路とか出石を提供すると言えるのは、その辺の王族出身であった
からであろう。

364:日本@名無史さん
07/02/21 07:55:13
↑疲れる…。

365:日本@名無史さん
07/02/21 09:38:56
新羅系がほとんどなので出雲にいた邪馬台国女王卑弥呼は気候が温暖な大和に移住しました。

366:日本@名無史さん
07/02/21 10:12:28
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
URLリンク(www.hibari.ed.jp)

367:月光仮面
07/02/21 12:41:17
>>363
神武記にシイネツヒコ、大和宿禰が神武艦隊航行のために明石海峡防衛線
を開くし、神功もこの敵対水域航行には非常な苦労をしていることからもわかるが、
阿讃播とは明石海峡-鳴門海峡を結ぶ近畿の防衛線であり、この地方の石積墳は
西都原他の模倣。ホケノヤマ、萩原1号、綾部出土の楽浪出土とドウハンの画文帯
同向式神獣鏡は楽浪と友好関係にあった出雲辺りから奪ったもので、阿讃播、
それから出たと見られる卑弥呼、孝霊等は土着人であり、秦氏のような渡来人では
なかったと見るべきであろう。日本の元首ナンバーワンは当時の日本人武人の出だ
ったと考えられる。

368:日本@名無史さん
07/02/21 18:01:01
>>362
えひめ県には牛の頭、胴体を模した牛鬼と言う祭りがありますよ。

369:月光仮面
07/02/21 18:06:05
>>368
阿讃の大滝山の首なし馬伝承といい、四国にもなんかありますね。

370:日本@名無史さん
07/02/21 19:38:21
出雲にいた邪馬台国女王卑弥呼は四国によってから大和にはいりました。

371:日本@名無史さん
07/02/22 01:31:15
>>367
>この地方の石積墳は西都原他の模倣。

ソースあったら教えてほすい

372:月光仮面
07/02/22 07:45:03
西都原の模倣とは言い過ぎであった。阿讃播は中小の前方後円、中円双方等を
含む石積墳が多いが、これは各地の中小在地首長が西都原、吉備等の先進文化を
模倣して始めたもので、やや遅れて東海の中小首長が前方後円墳、前方後方墳を
始めるのと似ているのではないかといいたかった。しかし、↓
URLリンク(www.geocities.co.jp)
URLリンク(www.geocities.co.jp)
阿讃播に共通する古墳文化があり、積石技術がある程度統一されていることは、例えば
捕虜とか、難民とかが吸収されて在地の首長に働かされたということも考えられる。

373:日本@名無史さん
07/02/22 20:43:16
あぁ、言いすぎだったのか
でもレスありがとん

374:月光仮面
07/02/23 08:50:33
>>367
>ホケノヤマ、萩原1号、綾部出土の楽浪出土とドウハンの画文帯
>同向式神獣鏡は楽浪と友好関係にあった出雲辺りから奪ったもので、
↑これもいいすぎだな。こういうことらしい↓
URLリンク(members3.jcom.home.ne.jp)

375:日本@名無史さん
07/02/23 09:29:09
100枚の鏡は有力氏族に5枚ずつ分けてプレゼントされましたので
京都のあや部からもでて当たり前ですよね。

376:月光仮面
07/02/23 11:18:59
画文帯同向式神獣鏡だけから何らかの特定地域は出せないでしょうね。古墳の形式
とかも加味する必要がある。しかし、孝霊、キビツヒコ、卑弥呼等の関係する時代と
すれば、倭国大乱(1)のHP↓
URLリンク(www.geocities.jp)
に描かれているよなことが背景にあるのかも。

377:日本@名無史さん
07/02/23 12:14:02
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
URLリンク(www.hibari.ed.jp)

378:月光仮面
07/02/23 12:54:33
韓国情報↓
[原文]後漢書曰 : 倭在朝鮮東南大海中′依山島(為)居′凡百余国
[翻訳文]後漢書に至るのを 倭が 朝鮮 東南 大海 中にあるのに 山と島に頼って 住居
を する. 凡そ 百余国だ.上の記録を見れば 楽浪海 中にあった 倭 人らが大挙 日本
列島で 渡って暮しているということを分かる.
URLリンク(bbs.enjoykorea.jp)
倭国乱直前には鮮卑檀石槐の射程距離にあったものが、倭人伝では日本に
来ているので、倭国乱時代に日本に入り、天孫の配下に入り、その玄界灘、播磨征圧に
協力したものとも考えられる。この民族は春秋時代にはモンゴル方面にいたと山海経に
残っており、それより先に朝鮮半島に入った燕系の箕子系統とは違うものだろう。

379:月光仮面
07/02/23 13:46:16
ただ、委奴国
URLリンク(www5.ocn.ne.jp)
も倭人国であるとすれば、金印出土地の志賀海神社に奉納された膨大な
鹿の角とナマハゲで有名な男鹿半島、ナマハゲ類似風俗の鹿児島、沖縄方面
への伝来(匈奴・フン的)なものも倭人ということになり、倭国乱時代の倭人が
海浜漁労生活者であるということでは倭人の内容が非常に広くなる。古墳前期
には裏日本の四隅突出墳丘墓と表日本の積石墓という二手に分かれる文化圏が
あるのも複雑である。倭人というのも韓人同様多民族集団ということであろうか。
スサノオは騎馬民族、鮮卑等と同様の系統で倭人らしいところがない。オオクニヌシも
アルタイ色が強い。

380:日本@名無史さん
07/02/23 16:07:14
藤原氏最高!

381:日本@名無史さん
07/02/23 21:50:22
小柄な倭人の女はは人気があるが、新羅系の大柄な女は味がわるいのできらわれる

382:日本@名無史さん
07/02/24 09:27:46
そうだよねパチンコ屋でも男よりも手の大きい大柄な女もいててあれは怖いよね

383:月光仮面
07/02/25 09:02:27
山海経の倭、楽浪海中の倭人、鮮卑檀石槐に拉致された倭人、魏志倭人伝
の倭人が同一であるとしたら、渤海湾北西から日本の沿岸部に倭人がいたこと
になる。一方委奴国が倭奴国であるとすれば、ウェーノムという日本人蔑視の
朝鮮語と同じ字となる。ところが委奴国の頃までに、既に、前漢の武帝の頃、男鹿
半島には鬼が来て、石段作りをしている。鬼についての伝承は東北から日向を初め
とする九州に広がる。鬼とウェーノムの意味は似ている。これは匈奴などのように
攻撃性、体力が強く、赤鬼、青鬼というように皮膚の色も違う異民族、ただ、天狗の
面はナマハゲ、トシドンなどのように異民族が持ち込んだお面であった可能性がある。
他方、東北、九州には河童の伝承が多い。これは高句麗神話に出てくる河伯と似た
言葉であり、先住の専業農民とは異なり、河川沿いに住み分かれざるを得なかった
後進渡来人で、これが一番最初の倭人かもしれない。委奴というのは後の匈奴と
同じタタール・トルコ系統ではなかっただろうか。そして倭人伝に出てくる倭人は
かなりの部分弥生化された縄文人を含む、弥生人であったのではなかろうか。

384:日本@名無史さん
07/02/25 09:19:34
天狗とか酒天童子とか猿田彦とか鬼とか
明らかに西洋人
伝説だとか架空の存在だとかいうのは大間違い

385:月光仮面
07/02/25 11:01:47
イケメン面ではゴジラ面に勝てない↓
蘭陵王 (らんりょうおう)URLリンク(www2.kenyon.edu)
しかし、BC1800年頃の小河墓白人老女ミイラの辟邪仮面も鼻は尖り、歯をむいている。
東北の鹿島様というのは陽根を水平にできるだけ長く突出させたわら人形で、賽神。

386:月光仮面
07/02/25 11:06:01
蘭陵王↓
URLリンク(www.kyoto-ap.ne.jp)
上のは間違って維摩経が出てしまった。

387:月光仮面
07/02/25 11:48:04
参照→謎多き存在、物部氏について語るスレ
スレリンク(history板)menu337
出羽一ノ宮大物忌神社大御幣祭<陵王(りょうおう)>
URLリンク(senshohamada.hp.infoseek.co.jp)
これと、南北朝斉国蘭陵王を比較する時、この遊佐の地には、殷の青銅刀子
があることを考慮すると、どうも殷を逃れ燕経由朝鮮に入る箕子の方が古形
を保っていた、つまり、垢抜けした本国の伎楽面より、出羽一ノ宮大物忌神社
の方が古く、上記でも述べた鹿島様などとなり、東北一体に拡散したのでは
ないかと考えるのである。



388:月光仮面
07/02/25 11:54:18
勿論、エジプト・殷を建設、世界の宗教を編み出した秦族が、その本拠地の大避神社
の門外不出の伎楽面を出羽に持ち出すという筋もあるが、現在の大避神社の伎楽面
の取り扱い方が昔からのものであるならば、それはありそうになく、出羽のものは極めて
古い西周初期のものであり、こうした文化が伝わるということは民族移動もあったと考え
ざるを得ない。

389:月光仮面
07/02/25 12:27:31
>>387
山海経の地理誌では、蓋國在鉅燕南倭北 倭屬燕(蓋國は沿海州、咸鏡北道にまた
がって地名が残るので吉林省・沿海州、すると鉅燕というのは黒龍江省、アムール、
チタ、イルクーツク州、蒙古、アルタイであり、倭は内蒙古となる) 朝鮮在列陽東 
海北山南 列陽屬燕(朝鮮は遼の東方、海北山南、これは咸鏡北道か、燕に属す) 
列姑射在海河州中(列姑射は海河州、これすなわち、黒竜江河口浅瀬の彼方、
つまり、樺太) 射姑國在海中 屬列姑射 西南 山環之 大蟹在海中(射姑國は
樺太西南、大きな蟹、すなわち、タラバ蟹の取れる北海道積丹半島、山環之とは
積丹半島に包囲される洞爺・長万部あたりか)陵魚人面 手足 魚身 在海中  
大居海中 (そしてこれはとど、オットセイ等か) 明組邑居海中 (これは津軽
あたりかな)蓬山在海中(これが鳥海山・出羽一ノ宮大物忌神社か) 大人之市在海中
 (これが壱岐・原の辻あたりか)こういうことも考えられる。
URLリンク(www001.upp.so-net.ne.jp)

390:日本@名無史さん
07/02/25 13:07:54
慶州博物館の
URLリンク(inoues.net)
真ん中にある新羅の装飾宝剣に注目。
三つ巴紋がある。
秦氏が創建した八幡神社も同じ三つ巴紋。
これと同形の宝剣がカザフスタンでも見つかってるらしい。
秦氏の弓月国があったカザフだ。


391:月光仮面
07/02/25 13:12:05
上記の燕とか、斉が歴史に登場するよりも早くから出羽には殷文化が到達し、
陵王の伎楽が伝来されていたとすれば、陵王伝説は斉のものではなく燕以前
の遡ることが考えられるし、伎楽の起源も同様である。はっきりしているのは
山海経にいう燕の北方にあった倭と出羽とは地理的に離れていることである。
もっとも、遼河→松花江→黒竜江→間宮海峡→礼文島→大島→鳥海山→壱岐
→黄河河口→洛陽といったコースがあれば話は別だが。

392:日本@名無史さん
07/02/25 13:42:53
近江の愛知川周辺地域 依智秦氏

393:月光仮面
07/02/25 15:45:02
>>390
馬韓月支国< URLリンク(ja.wikipedia.org)
この辺だね。

394:日本@名無史さん
07/02/26 09:15:59
近江に入った新羅からの渡来人の天日槍は秦氏

395:月光仮面
07/02/26 09:48:09
出石袴狭遺跡出土墨書土器に秦部、平安前期年号等があり、天日槍が秦氏ではないか
といわれているようだ。

396:月光仮面
07/02/26 16:12:52
月支の漢籍初出はBC645年管仲の管子で、月氏とは、中国北西部にあり、甘粛山中の
禺氏Yuzhiから中国に玉を供給する禺氏Yuzhi又は牛氏Niuzhiのこととされている
ようだ。商の婦好墓地からは新疆ホータンの玉が750個も出土。月氏は、BC1500年頃
から中国農耕地帯支配者と玉貿易を行っていた。
URLリンク(en.wikipedia.org)
この牛氏Niuzhiとは、秦氏の広隆寺牛祭りとか、ヒンズー教とかと関係するのかもしれ
ない。更に、ターリム盆地のミイラは玉のブレスレットをしており、銅のブローチの縫い
取り、牛頭にドーマン・セーマンのごとき卦のようなものが赤白黒で描かれていた。
他方、後漢書六夷伝韓伝では「土室を作るが、その形は冢(墳墓)のようであり、開き戸
が上にある(シンタシュタ-アルカイム同様)」、「ただ瓔珠(玉に似た石)のみを重んじ、
衣に縫いつけて飾りとし、首に掛けたり耳に垂らしたりする(小河墓同様)」、「子が生ま
れるとその頭を平らにしようとし、皆これを石で押さえつける。(バクトリア-トカラ人
同様)」、「その人々の体は皆大柄で、美しい髪を持ち、衣服は清潔である。刑律は峻厳
である。その国は倭に近く、故に入れ墨をしている者が非常に多い。初め、朝鮮王準が
衛満に破れると、その残りの部下数千人を率いて逃走して海に入り、馬韓を攻めて
これを破り、自立して韓王となった。準の子孫が滅んで絶えると、馬韓の人間がまた
自立して辰王となった。」・・・等とある。
こうしたことから、秦氏、弓月とは、こうした西方の月氏要素を含んでいたと考えられる。

397:日本@名無史さん
07/02/26 17:13:04
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
URLリンク(www.hibari.ed.jp)

398:プラム ◆TOfHBAKZgM
07/02/26 17:49:37
>>225

>名前:日本@名無史さん :2007/02/26(月) 17:17:12
あっちの225です。
従郡至倭にしても、
「基点って何?なぜ従来は今が基点で従郡至倭だと郡が基点になるの?」
ってところが説明が無い。

→どのレベルに合わせて説明したらよいか解らない  
中には『魏志倭人伝』って何?的レベルのヤシもいるだろうし、私の説明だけで
理解でき、間違いを指摘できるヤシもいる。
決してムズイ事でもなく、主観も入っていないはず。全て辞書からそれていない内容なので
そちこちで見かける想像で組み立てた理論よりは、かなりまともと自負している。


>  >>224
二つのレベルで肝心なことを書かないね。
一つ目は、普通のレスでのこと。
>>223で書いてることを>>204で最初から書いておけば、
サガミハラハラさんの誤解もなかったろうに。
文章の書き方の癖なのかな。

→あれはサガミさんに宛てたレス  彼にはあれで十分すぎるレスなの
一から十まで説明しなければ解らないほどの馬鹿ではないよ
それに、彼に至っても私からの反論だけで「ピ~ん」とくるんだよ
付き合いもかれこれ二年以上になるからね



399:月光仮面
07/02/26 17:53:43
天日槍の遺跡とされる製鉄遺跡が5世紀のものが多く、天日槍は5世紀ではないかと
いう説もあるんだが、秦氏が天日槍を先祖として5世紀に製鉄遺跡を作ったということも
ありえるのではないかと思う。天日槍の子孫のタジマモリも徐福伝説等を信じて全国に
ばら撒き、秦氏がこれの上塗りをしたということもあるのでは。記紀を曲解するのは
用心が必要と思うのだが。

400:日本@名無史さん
07/02/26 17:56:36
秦氏は天日槍をご先祖なんかにしてないじゃないだろアフォ

401:月光仮面
07/02/26 18:37:46
>秦人(騎馬遊牧北方系)は、西域~中国西北部の土木・水利技術 集団?
>秦造系氏族は始皇帝15世弓月王が率いる古代最大の大規模移民団?
エジプトのピラミッド内部に神殿を入れたのも、夏・殷を建国したのも、インダス・
ガンジスにヒンズー、仏教を入れたのも秦氏ではないかと大鉈を振り上げているのに
天日槍は無関係なんていわれるとがっくり来るぜ(www


402:日本@名無史さん
07/02/26 18:58:31
天日槍と秦氏は名前が違うので別人だ、が近江がなぜか気になる

403:月光仮面
07/02/26 19:06:55
神と人、名前が違って当然だよな。近江が気になるのはよくわかる。日本最大、最後の
銅鐸生産地であり、信楽焼きでも有名な窯業の盛んな土地柄。そして、丹後の宮津と
直結している。東西南北の要の地でもある。

404:月光仮面
07/02/26 19:19:43
神様が渡来するわけがなく、実際のところは、秦氏の先祖のような存在が、豊前/吉備
あたりで既に秦王国的なものを築いていたのが飛び出したのだと思う。いくらボーダー
レス時代とはいえ玄界灘、瀬戸内海は飢えた海賊で充満していただろう。

405:プラム ◆TOfHBAKZgM
07/02/26 20:12:47
>>389の投稿者です

スレを間違えて投稿してしまい申し訳ありませんでした。

406:日本@名無史さん
07/02/27 04:33:02
>390
秦氏の弓月国があったカザフだ。

う~ん、三つ巴か
賀茂神社

出雲や伊勢のの三柱信仰とも関係がありますか?




407:日本@名無史さん
07/02/27 05:07:29
>396
秦氏、弓月とは、こうした西方の月氏要素を含んでいたと考えられる。

すばらしい

408:日本@名無史さん
07/02/27 05:17:18
4世紀のメイフラワー号と天皇誕生ファンタジー
***********************************
吉備と大和の連合による「天皇の誕生・大和朝廷時代の幕開け」とは、
こんな感じでは?

●熊襲討伐遠征の途上、三輪の仲哀王がなくなり、河内のホムタワケ
(後の応神天皇)は急遽、吉備王と葛城王に同盟の使いを出し、神功皇
后は、大和三輪に戻る軍団を吉備で応神天皇=吉備王同盟の保護下にい
れる。将軍武内宿禰の仲介で、新王朝は平和裏に「現代に続く大和朝廷
連合体制」を創設し、三輪王朝の血縁の忍熊王は宇治で破れ、近江で琵
琶湖に身を沈める。
 
 吉備王は、新王朝の始祖応神に兄媛を与え、代々有力な外戚として
瀬戸内の軍事権を大和に供与するかわりに、従来どおり加那諸国、
金官加羅(後の任那日本府)の安全保障を大和連合に保障させ、北九州
勢力と新羅、百済をけん制しる。


409:日本@名無史さん
07/02/27 05:19:24
 初代応神天皇は葛城襲津彦を遠征させ、百済から始皇帝15世を自称する
弓月王らテクノクラート系の秦氏移民団をまねき、殖産や古墳の巨大化
などの土木、漢字普及をさせる。
公共事業=前方後円墳造営を通じて、吉備と秦氏が後のテラ創設につな
がる「宗教祭司の制度化=天皇制度国家」へ向け、地方政権の豪族の
土俗祭事吸収・祭祀統合をはかっていくこととなる。

卑弥呼論争でも有名な、大和初期の首都マキムク遺跡には、
出雲=吉備が後の埴輪のプロトタイプとなる吉備式特殊器機を中心に
列島の有力墳墓の祭祀様式を、徐々に編集し制度化されていく検証が
なされている。

410:日本@名無史さん
07/02/27 05:21:53
世界史的にも異常ともいえる巨大陵墓文化のノウハウは、中国地方の
出雲=吉備古墳形式と始皇帝陵墓にみる大陸北方遊牧系説もある、土木
好きな秦氏の先端技術が合体したものかもしれない。

 ちなみに遺跡、日本書紀などを吟味すると、遅くとも380年代には吉備
(当時の呼称はハダ・秦・葉田)に入植している。神武伝説は、地元で
は吉備王朝の傭兵扱いなので、あまり人気はない。
それでも神武が8年滞在したといわれる高島宮の大和への出立の日時が、
2月11日なので、朝廷は吉備で建国を祝い、東征に旅立ったという声
(九州東征説ならぬ、吉備東征説)もある。つまり、天皇家万世一系の
始祖のことは、彼らより古い歴史と伝承をもつとみられる日向、出雲、
吉備、三輪の末裔にも、正直よくわからないのだ。

411:日本@名無史さん
07/02/27 07:22:29
URLリンク(kobunken.web.infoseek.co.jp)
日本最古の須恵器が京都・宇治で発見されたが、
秦氏が絡んでるのは間違いないのではないだろうか?
日本で焼かれた物ではなく窯は半島にあるらしい。
韓国の須恵器は4世紀後半なんで、
韓国に根付くやいなや、すぐ日本に来た文化という事になる。

412:日本@名無史さん
07/02/27 07:28:25
朝しか書けないんで連カキすまん。
大阪泉北ニュータウン近辺は昔、陶邑と呼ばれ、
日本の一大窯業地だったが、
やはり周辺に八田荘など秦氏ゆかりの居住地がある。


413:月光仮面
07/02/27 07:44:50
朝、歩いていると、缶ビールを勧めてくれる人がいたが、先立たれた。しかし、今は
朝から焼き鳥や、飲み屋を開いている店が多い。ところで、陶邑というとかの有名な
スエツミミ、また、摂津の名前も陶津ではないでしょうかね。ここにも秦がいるか。

414:月光仮面
07/02/27 08:07:54
>>409 >>410
政策、プロジェクトを立案し実行する能力というものは、弥生社会のように自然体で
出来上がった社会には生まれない。戦後の日本では、重厚長大部門からエンジニア
リング集団がスピンオフする。こうしたものがソフトハウスのようなものに発展する。
殷の箕子が滅び行く政権に見切りをつけるスピンオフすることが極めて示唆的だ。
そして、このスピンオフするものこそその昔、殷、ヒクソス等の古代王国を建設したもの
であったのではないかという感じがしますね。

415:日本@名無史さん
07/02/27 09:47:33
記紀を書いた時が百済系が新羅系を追い払った後ならば、当然自己に都合がいいようにつじつまをあわせるよね

416:日本@名無史さん
07/02/27 10:40:48
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
古代中国では,いわゆる三足土器で炊飯していました。
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URLリンク(www.hibari.ed.jp)


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