【生死】日本陽明学 【超脱】at HISTORY
【生死】日本陽明学 【超脱】 - 暇つぶし2ch316:日本@名無史さん
07/01/06 17:20:48
全日本プロレスっていつ潰れるの?

317:日本@名無史さん
07/01/07 00:57:45
>>316
金がまわらなくなったらそりゃ潰れるんじゃないか?
しかし凄い誤爆だ

318:日本@名無史さん
07/01/09 13:32:44
「天下に狂気を病む人があるかぎり、どうして私一人がそれを免れることができましょう。
天下に心神を喪失する人があるかぎり、どうして私一人がそれを免れることができましょう。」 王陽明

319:日本@名無史さん
07/01/11 13:25:35
「世の中には生きながら心の死んでいる者がいる。
その身は滅んでも魂の存する者もいる。
生死を度外視して、なすべきをなす心構えが大切だ。」 吉田松陰

320:日本@名無史さん
07/01/11 13:30:48
「命もいらず、名誉もいらず、出世も金もいらないという人は始末に困るものだ。しかしこの困った人でないと困難を極める国家の大業は成功しないだろう。」 西郷隆盛

321:日本@名無史さん
07/01/19 22:44:37
吉田松陰の著書を読んでみようと思うのですが、何から入るのがいいでしょうか?

322:日本@名無史さん
07/01/22 10:48:02
「心に納得のゆかぬことを、気力で押し通そうとしてはならない。」 孟子

323:日本@名無史さん
07/02/17 11:42:09
「孔子は知らないのにそれをするということがなく、
顔回は自己に不善があればそれを知らぬことがなかった。」 王陽明

324:日本@名無史さん
07/03/01 18:04:08
「聖賢が人に教えるのは医者が病気の種類に応じて薬を処方し匙を加減するのと同じである。
その目的は患者の病を取り除くことであり、あらかじめ定まった療法をもって患者に臨むわけではない。
なぜなら、一つの療法だけに固執していては、結局は患者を殺してしまうことになるからだ。
今、私が諸君と話し合うのは、それぞれの不十分なところを診断して療法を教えようというだけのことであり、
もしその人が改まってしまえば、私の言葉などもはや無用の長物でしかない。
それをもし永久不変の教訓として墨守してしまうと、いつかは必ず己を、そして人を誤らすことになり、
私の罪過はとても償いきれないものになる。」 王陽明

325:日本@名無史さん
07/03/03 11:27:05
「人心は悪に陥る危険性をはらみ、道心は微妙で確定しにくい。
だから心を純情に一すじにして、中正の道をとるように。」 書経

326:日本@名無史さん
07/03/04 19:36:03
関係するぽいどの板で検索しても
「道徳」とか「モラル」のスレッドてないんだな。

難しいことはいいから
日本的な儒教道徳を教える分野が
必要ではないかな

327:日本@名無史さん
07/03/04 22:16:28
>>326
今の日本て「道徳」とか「モラル」って誰も教育してないもん。
学校の道徳の授業も思い出してみても何もたいしたこと教えてないのが現実でしょ?
自分が生活する上で本当に役に立つものが本来の道徳なんだし。
今の学校の道徳は、ただ闇雲に皆仲良くしようとかそんなのばっか。
なぜ仲良くするのか?まで行かないんだよね。

328:日本@名無史さん
07/03/04 22:21:21
陽明学は中国や朝鮮では異端とされ、朱子学を重んじた江戸幕府も疎んじた。


329:日本@名無史さん
07/03/05 14:23:53
>>328
藤原惺窩は陽明学を評価していて、朱・陸の異を立てることを戒めた。

330:日本@名無史さん
07/03/05 17:15:24
>>327
仲良くしましょうてのと
日本儒教の仁義忠孝礼は
少し違ういますよね。
ただ仲良くしましょうでは
ただの馴れ合いだし、気にいらないやつと仲良くする必要性もないしね。

俺は今の日本には必要だと思います。仁義や忠孝てのは

331:日本@名無史さん
07/03/05 17:22:38
仁義ある生徒がいれば
いじめを見て見ぬふりを
する生徒は減ると思うし、
あまり弱いものをいじめようなんて思わないんじゃないかな。

それは社会にしても同じで
下請を不当にいじめる大企業とか
仁義のかけらもないよね。

332:日本@名無史さん
07/03/05 17:52:05
たとえば日本開闢以来の王家である
皇室を擁護する書き込みは忠だよな。
もちろん皇室に悪いところがあればそれをあえて指摘するのも忠だ。
そしてその時は二千年なわたり国の統治に貢献されてきた
王家に対する礼を忘れてはならない。

しかるに昨今の礼を欠いた皇室批判の書き込みは
なんだ?!。

333:日本@名無史さん
07/03/05 18:10:27
>>332
>>332
結構な数の人が観念的に天皇なり左翼を批判するんだよ。
右派にも左派にもそれなりの歴史的意義はあったのにイメージだけで今は左派が悪いという風潮。
右派に非があるなら右派を批判すればいいし、左派に非があるなら左派を批判すればいい。
ただしイメージだけで勉強もせずに皆が批判するから批判するというのはイジメ以外の何物でもない。

334:日本@名無史さん
07/03/06 11:17:55
「志を維持することは、心に痛苦がある時のようなもので、
心がその痛苦にしめられている限り、無駄話したり無駄な事にかかわりあう余裕などありはしまい」 王陽明

335:日本@名無史さん
07/03/06 22:11:54
二千年来の恩を忘れ皇室に対する誹謗中傷。
弱いものを集団でいじめ。
仁義や忠孝礼のある人のすることではないな。

336:日本@名無史さん
07/03/12 17:58:37
「反省は病を治す薬だが、大事なのは過ちを改めるということだ。
もし悔いにとらわれているだけなら、その薬が元で別の病がおこる。」 王陽明

337:日本@名無史さん
07/03/13 19:14:01
「定なるものが心の本体であり、つまり天理である。
動や静は、定なるものが時々に応じてあらわす変化の局面である。」王陽明

338:日本@名無史さん
07/03/15 02:47:13
「世上の毀誉、軽きこと塵に似たり」 西郷隆盛

339:日本@名無史さん
07/03/21 01:23:08
損得と見栄を取り除いた心が優しさであり義なのだろう。

340:日本@名無史さん
07/03/27 00:30:30
王陽明「喋れない人が苦い瓜を食べても、君にそれを説明することは出来ない。
君がその苦さを知りたかったら、やはり自分で食べてみることだ。」

徐愛「そうしてこそ、真に知るということ、
そしてそのままそれは行うということですね。」

341:日本@名無史さん
07/04/03 02:25:52
黄勉叔「心に悪念がない時には心は晴れわたっていますが、
こういう時にも善念を保持しなければならないのでしょうか?」

王陽明「悪念を去った状態が善念であり、それが心の本体に復したということだ。
それは雲に覆われた太陽の光が、雲が去った後に再び四方にふりそそぐようなものだ。
悪念が去った後に、さらに善念を保持しようとすることは、
太陽の光に、もう一つの太陽の光を付け加えようとするにひとしい。」

342:日本@名無史さん
07/04/09 00:39:29
心に邪念と引け目がないならば胸を張って生きれる。
今のところは、こんな感じで陽明学を理解しています。

343:日本@名無史さん
07/04/15 17:43:02
「友人になりたいと思った相手に対し、邪心を抱いているのなら、親しくするべきではない。」 大塩平八郎

344:269
07/04/22 02:12:06
『近代日本の陽明学』を書いた小島氏が姉妹編とも言うべき『靖国史観』を出したね。

靖国神社のことは、国内の問題だ、という点、
かの神社がからごころに満ちていることをちゃんと指摘している点、
このあたりはまあ、評価できる。

でも、読みやすいのはいいんだけど、ちょっとこれ、軽薄すぎやしないかしら。

345:日本@名無史さん
07/04/25 21:53:24
靖国神社は、もはや政治的なものとしか捉えられていない気がする。

346:日本@名無史さん
07/04/25 22:44:24
お尋ねしたいのだけど伝習録
誰のがオススメ?
書店で溝口なんたらのみかけて買おうか悩んだけど
岩波のも気になってます。


347:日本@名無史さん
07/04/30 04:01:46
>>346
2冊を図書館で見くらべて気に入ったのを勝ってじっくり読むべし

348:日本@名無史さん
07/05/01 02:13:00
書店でパラ読みした限りだと
溝口の方が読みやすいかなと感じた。
税金払ってることだし図書館行って来るか…

349:日本@名無史さん
07/05/03 19:41:21
「至誠にして動かざるものは未だこれ有らざるなり」 吉田松陰

350:日本@名無史さん
07/05/04 20:52:32
今日本陽明学学派て存続しているのか?
天朝を敬い悪を懲らす
これぞ日本陽明学学派だと思うのだが

351:日本@名無史さん
07/05/04 20:58:18
>>333
左翼は長いこときわめて観念的に天皇を批判してきましたね。
しかも、その観念的な悪の専制皇帝的な天皇のイメージを意図的に庶民に広めるという悪行を繰替えしてきました。

このことは日本の国土と歴史と先人達に対する
大変な冒涜で義に背く行いです。

352:日本@名無史さん
07/05/04 21:31:42
626 :世界@名無史さん :2007/05/03(木) 19:09:47 0
なにがなんでも行動するのではなく、
行動する必要があると良知で判断した場合には行動するのが陽明学。
正しい行いだと自分でも理解しているのに、欲やら保身やらで行動しないのを陽明学は戒めている。
例えるならイジメラレッコが自分がいじめられるのは不当だと知りながら、
イジメをする側の怖さに怯えなにも出来ないというのでは駄目ということ。
よってその上下関係が必要ない害悪と感じたなら、その上下関係には従わないとする。

353:日本@名無史さん
07/05/04 21:34:56
>>352
「よって」以降の文章とそれ以前の文章が
つながってませんよ。
「よって」になっていません。

354:日本@名無史さん
07/05/04 21:37:45
それなりに正しい日本語の文章すら書けない時代になってきている。

正しい精神が廃れてきたことと無関係ではあるまい。

355:日本@名無史さん
07/05/04 21:44:12
なにがなんでも行動するのではなく、
行動する必要があると良知で判断した場合には行動するのが陽明学。
正しい行いだと自分でも理解しているのに、欲やら保身やらで行動しないのを陽明学は戒めている。
例えるならイジメラレッコが自分がいじめられるのは不当だと知りながら、
イジメをする側の怖さに怯えなにも出来ないというのでは駄目ということ。

これならいいですか?
訂正ありがとう
自分の中に正しい精神を少しでも回復したいものです。

356:日本@名無史さん
07/05/04 22:02:23
>>355
そうですね。この文章ならおかしなところはないと思われます。

ところでイジメに対する問題ですが
この間ちょうどヤクザにからまれた私としては
なんとかしなければと思いながらも実際には当事者だけでは解決は非常に難しい面があると思います。

このような場合に本当に行動が必要なのは
周りにいる第三者の立場の人達であり、
このようなケースに今の日本人が傍観を決めるのは
ひとえに間違った個人主義の結果であると思います。

357:日本@名無史さん
07/05/04 22:08:48
もしも当事者間だけで解決が難しい困難にあっている
人をみかけたなら、これを助けようとするのが義侠の心でしょう。

最近の日本には絶えてこのような行動をする人を
見ないような気がしてなりません。

むしろ、先日電車内で女性が暴行されたにも
関わらず周りの客は誰も助けなかったように
間違った個人主義の洗礼により
他人のトラブルにはできるだけ関わらないという
じつは非常に冷たい社会を我々は築いてしまっているようです。

358:日本@名無史さん
07/05/05 13:36:36
それで日本陽明学学派は現存しますか?

359:日本@名無史さん
07/05/05 23:44:48
陽明学学徒の系譜を見ると
正義を行おうとしてきた者達の系譜に見えないか?

360:日本@名無史さん
07/05/06 16:08:03
安岡正篤で最後なのかな?

361:日本@名無史さん
07/05/06 18:19:57
影響力で言うなら安岡氏が最後かも。
安岡氏は陽明学だけでなく老荘の学、仏教などを政治家から庶民までに、
幅広く講演した方ですね。

362:!
07/05/06 20:57:48
安岡氏は怪物だよ。
終戦の詔書、平成の元号も全て彼の起草によるもの。
そして今テレビをにぎわしている
細木和子は彼の妻。
細木和子の発言はあやしいものも多いが
基本的には日本儒教的な発言がきわめて濃い。

363:日本@名無史さん
07/05/06 21:14:21
その安岡を篭絡した細木って凄いな

364:日本@名無史さん
07/05/06 21:35:29
痴呆の始まっていた安岡氏につけこんだとも言われています。
安岡氏の家族は、細木さんとの結婚には反対していたようですし。
なにかハッキリしない関係のようですね。
大物との交遊を披露することの多い細木さんが、
安岡氏との関係をTVで語ったところを観たことがないし、
もしかすると細木さんの書籍では披露しているのかもしれませんが。

365:日本@名無史さん
07/05/06 21:42:26
いや細木和子は安岡氏の
思想をまがりなりにですが
受け継いでいるのでは
ないかと思いますよ。

彼女なりにのやり方ですが

366:日本@名無史さん
07/05/17 12:45:00
細木和子は占い師なのか思想家なのか?

367:日本@名無史さん
07/05/18 15:38:52
>>358
日本での陽明学は布教活動のようなものがあった中国とは違い個人単位の思想としての拡がり方を見せたという意見もありますね。
吉田松陰など幕末の陽明学の士、最近では安岡正篤が私塾を開き陽明学を生徒と共に勉強し名のある人物も輩出していますが、
日本での陽明学は集団での思想というよりは、個人の心の鍛錬を重視する思想ではないでしょうか。
個人が持つ本来の性を発揮すれば、それは天から与えられた生まれつきのものだからこの世界にも有益なものになる。
というようなことは日本陽明学も中国陽明学も同じだと思いますが。

368:日本@名無史さん
07/06/11 14:35:43
台湾の陽明山公園は王陽明からきてるんだね。初めて知った。

369:日本@名無史さん
07/06/18 19:26:41
2チャンネルに、こんな場所があったなんて。書き込みかたが良くわからないけど。
初めてなんで許してくださいね。安岡先生に私淑して書籍を読みはじめ、いろいろな本を読みついできて、
今現在は王陽明全集を読んでます。
>>346 推薦書籍の件ですが私は安岡先生の「伝習録」「王陽明研究」「陽明学十講」
から読み始めました。結構数は出ているみたいですが、できれば原文に近いかたちのものを、自分なりに判断しながら
読んでいくのが良いと思います。訳者の個人的な主観が入るみたいなので。


370:日本@名無史さん
07/06/19 20:24:39
>>369
いろんなものを読まれているんですね。
陽明学関連の本以外でも安岡氏のものは読みやすいので私も何冊か読んでいます。
またオススメの書籍でもありましたらご教授ください。

371:日本@名無史さん
07/06/20 15:43:59
陽明学は余分なものが極力省かれているところが素晴らしいね。
心に萌した悪念を去る・・それが全てと言い切っているところとか。

372:369
07/06/21 21:18:24
歴史的書物にふれるとき、その時代背景や当事者のおかれている環境、その人の生い立ちなど
いろいろなことをふまえて考えながら、その人の言動や行動を判断しなくちゃいけないと思うんですよ。
王陽明は仏老にも仙学にも、易にも自分の身を投じて追求したんですよ。でも自分の満足を得られる答えが
見つからなかった。当然儒学(朱子学)にもね。その間自分を取り巻く環境も変わっていく。
正しい事をしようとしても、認められず辺境に送られる。でもその時その場所で悟ったんですよ。
それが致良知、知行合一、心即理。などなど。人間のひらめきとかアイデアって一瞬でワカルンだろうな。


373:日本@名無史さん
07/06/22 16:23:48
到達した境地も当事者のおかれている環境、その人の生い立ちなどで、一日が昼から夜へと変わるように変化してゆくものなのでしょう。

374:369
07/06/22 19:06:57
同感です。だから陽明がこだわったのは門人たちとの、問学による学問だったんだと思います。
陽明学が実践の学問、自己を修める為の学問といわれるのは門人にに合わせて教えを説いていますね。
禅学にこだわった門人には禅学の足らない部分、道学にそまっている門人には道学のいたらない部分を
その人その人に合わせて説いています。禅や仙学、易学を学んでも王陽明が満足する事ができなかった。
霊的な能力を陽明が身につけても、そんなものは一つの人間の能力に過ぎない。重要なものではない。
といっているのは、真に自己を求道することが人間の究極の生き方なのだ。それが陽明学であり、孔子の正道を継ぐ学問だ。
といっています。知識の積み重ねを自慢したり、文字の羅列で人心にうける文書でできた書物、学問を徹底的に否定しています。
現代にも通じて、まったく眼を覚めさせられます。それだけに現代にはあまりに厳格で辛い学問ではありますねえ。

375:日本@名無史さん
07/06/23 16:50:30
孟子が性善説を唱え
荀子は性悪説を唱え
王陽明が無善無悪説を唱えたんだけど、どうゆうこと?

376:369
07/06/28 00:25:39
○説、○説って分けて考えること自体が、後世の人が自分の中で割り切って、孟子や荀子の考えを自分の都合で考える安易さが出ているのだと思うよ。
そもそも孔子や孟子、王子は何説何説を自分で説いて名を挙げようなんて考えなかったんじゃないかな?
世の中が退廃して末世って感じたから、じぶんがなんとかしなくて
はって考えたんじゃないかな?
孟子に「猶興の士」ってのがあるんだけど、そうじゃないのかな?王陽明も学とはこう在るべきだ、学問は人を導くというかこう在るべきだと考えて
そうなったんだと思う。(自分が戦場に駆り出されてそんな場合じゃないのに)その状況に自分がいたらそんな事考えるだろうか????
打算や物欲なんてどっかに吹っ飛んでいるんだと思う。それでもなんとかしなくちゃって、記章の学問、知識じゃ人の悩みや生き方、世の中は良くならないっておもったんじゃないかな。
どうなんだろうかな?

377:日本@名無史さん
07/06/28 20:24:06
たしかに私は~説を提唱して名を上げようなんて思う人が聖人とは呼ばれないな

378:日本@名無史さん
07/07/07 01:10:18
欲望やら雑念やらを一刀両断に良知によって融解する。

379:日本@名無史さん
07/07/07 16:14:50
>>376
>孟子に「猶興の士」

「文王を待ちてしかる後に興る者は凡民なり。かの豪傑の士のごときは文王なしといえどもなお興る」
偉大な王や指導者がなくとも、本当の豪傑はそれでも立ち上がる。
王陽明もそうですが、日本の陽明学の偉人たちもこの言葉の似合う人達ですね。

380:日本@名無史さん
07/07/11 02:56:29
良知とは、私欲、雑念を取り去ったときに人間全てが持っているもの。
「未発の中」「天理」「天道」と同意。
致良知の「致」はキワメルの意で、良知に徹する思考発想で、行動までをも
含む。陽明学が「知行合一」を教示するのは良知による行いを知識だけに、
とどめることは「良知」とはいえないとしている。
 良知って人間の脳の間脳や小脳などの根幹部分による思考発想だと思うんだけど?
もって生まれた思考+「すりこみ」によるもので、大脳による後天的に造られたものではないもの。
だから徹底した「主観」(多くの祖先より受け継いだDNAと幼児期の家族親族などによる環境)は、
偉大な「客観」になるって考えますが?

381:日本@名無史さん
07/07/11 03:03:05
【総連】「安倍一味には負けない」総連弾圧に対して措置取る…朝鮮外務省代弁人声明
スレリンク(news4plus板)l50

382:日本@名無史さん
07/07/11 03:39:09
>>380
「良知を致す」と読むのはどうでしょうか?
大学にもあるように心を正し、意を誠にし、身を修めるのが陽明学の工夫。
その心が正しいのか?意が誠なのか?
これを判断するものが良知。
そもそも良知というものが、その人の現在いる境地、立場で様々に変化してゆくものだと王陽明も言っているので、
現時点での発揮出来うる限りの良知を致してゆき、そしてまたより深く良知を極めてゆく。
とゆうような理解を現時点ではしています。
下4行ですが、自分の生まれ持った思考、後天的な思考、DNA、環境全てを客観的に主催するものが心(良知)なのかな?
王陽明の言う良知とは器官なのか「空」のようなものなのか?脳も器官の一つなのか?人体を主催するものなのか?
自分は脳科学の知識がないので難しい質問です。

383:日本@名無史さん
07/07/15 09:32:10
人間の脳を考えてみると、爬虫類や両生類の脳から進化して大脳皮質が進化しました。
それを単純に進化とみるか?長所と短所はコインの裏表です。知識が人間を必ずしも幸せにしたでしょうか?
陽明先生は、このことに気づいたのではないでしょうか?
私欲物欲では、先生の人生の生きる意義が充たされない。何に。どのように。生きることが自分がみたされるのか。
古の聖人はどう考えたのか?釈迦は?達磨は?孔子は?孟子は?はたまた老子は?荘子は?
陽明先生は悩んで苦しんで達したんだと私は考えます。人間が真剣に自分の生きる道を悩んだときに、
こう在るべき生き方が人間の本来の生きていく法だと。
以前自分の息子から「歴史を勉強する意味がわからない。なんで学校で歴史の授業をするの?」
と、聞かれました。歴史を勉強する意義はなんなんでしょう?私見ですが、先人の置かれた立場環境を自分なりに考えて、理解して、
その場、その時に、先人がどう判断し、行動を起こしたのか。またどう行動を起こせなかったのか。
そういう生き方を自分はどう考えるのか。自分がその場において在るとしたらどう考えるのか。
どう行動するのか。
自分の我が身に照らして古を考察し、自分の行動、生き方に活かすのが歴史を学ぶ。ということだと考えます。
だから決して知識ではないのです。本当に人間の「我、如何に生きるべきか」というのは。


384:日本@名無史さん
07/07/21 12:47:13
三島由紀夫
「陽明学は日本人の魂の中で濾過され日本化されて風土化を完成した哲学である。
もし革命思想が甦るとすれば、このような日本人の精神性の奥底に重りをおろした思想から出発するより他はない。」

385:日本@名無史さん
07/07/23 14:24:55
三島由紀夫は陽明学を一部分しか知らないんじゃないのかな?


386:日本@名無史さん
07/07/26 20:08:28
じゃあ君は、陽明学を一部分以上理解しているのかね?

387:日本@名無史さん
07/07/27 13:30:47
陽明学の教えの一つである「知行合一」は「知」と「行」を二つに分けるな。という教え。
分ければ「知」が学問上だけのものになり、言葉だけを追うものになって実践とは
かけ離れていってしまうから(朱子の登場あたりから儒学を学ぼうとする者達に
この傾向が顕著になった)ということと、
「知」すなわち「良知」は雑念私念を徹底的に取り去った後に現れる、
人間が本来持っている惻隠の心や孝悌の心、礼を重んじる心などをもつものであるから
修養功夫していく上で、悪念を「行」行ないまで到らなければ思慮のなかにあってもかまわない、
というのでは良知が発現されない。だから少しでも念慮が動けばそれは「行」行いということで
そしてその念慮が不善であれば徹底的にそれを取り払わなくてはいけない。それだけ徹しなくてはならない
といっているので、知って行動しないのはいけないというだけの意味のことではない。
三島由紀夫のことはあまり知らないけれど、日本における陽明学は大塩中斎や三島由紀夫などの最後の
部分だけをとりあげて、危険思想だとか、命を犠牲にして自分の思想を達成させる学問だとか考えられているけれど
大きな誤りです。中斎先生はあの行動を起こす前に、改善をさせる為の対策を何度も訴えているし、自らの資財までも
処分して民の為に使っている。三島由紀夫はどうだったんだろうか?

388:日本@名無史さん
07/07/28 22:27:08
吉田松陰も大塩平八郎も自身の決起は存命時には成功しなかったけど、
この二つの決起は幕末~明治維新の流れで大きな起爆剤となったので、
二人の思いは、やはり様々な人に通じていて、大きな意味で決起は無駄ではなかったんだと言ってもいいと思います。
三島由紀夫は自分は作品を読んでないし、自分なりにも理解できていないです。
いずれ彼の作品なども読んでみたいと思っています。

389:日本@名無史さん
07/08/09 00:47:35
現在日本の陽明学者と言えば誰でしょうか?

390:日本@名無史さん
07/08/09 07:58:44
文字の解釈や自分の考察を主張しない学者ですか?
誰なんだろう?この人は!っていう人知っていたら(著作を含めて)教えて欲しいです。
朱子を否定したこの部分は、実際はこうなんじゃないか?とか孟子のこの部分は
こういう解釈があるんじゃないかとか、じぶんの考えを主張している学者っているのかな?
異端だと評価されるのが怖くて、当たり障りのない論文しか書かない、しかも公費(人のお金)
を使って。


391:日本@名無史さん
07/08/09 17:04:55
むしろ異端だと評価されたがってるくらいでしょう。
しかしそれができない無能

392:日本@名無史さん
07/08/10 16:53:51
>>387
三島由紀夫は貧民救済を旗頭にしなかっただけだと思うが。

393:日本@名無史さん
07/08/11 05:40:07
現在日本の陽明学者と言えば誰でしょうか?

答えてください

394:日本@名無史さん
07/08/12 19:17:13
>>393
人にものを頼むなら「お願いします。」ですよ?

自分のことを陽明学者として宣言している著名人を自分は知りません。
陽明学者といえるかどうかをのぞけば、
イエローハット創業者の鍵山秀三郎氏は王陽明を愛読しているのはわりと有名なのでは?
愛読、研究している人間ならば学者、一般人問わなければいるでしょう。

395:日本@名無史さん
07/08/13 09:28:00
同感です。常識的に「お願いします。」ですよ。

陽明学に限らず皆同様の傾向になっていると思います。
文字の解釈と、他の思想の違いをことさらに知識人ぶって批評批判する。
大体が知識の不安定さ、脆弱さに気づかない。知識だけでしか物事を
考える事ができない人たち。
一度で良いから「伝習録」を後、上、中の順に読んでみてください。
「心」についての自分のどう在るべきかが著されていますよ。
お勧めです。



396:日本@名無史さん
07/08/14 03:20:49
孫子兵法の影響について
スレリンク(whis板)

397:日本@名無史さん
07/08/14 19:39:21
>>395
文字の解釈と他思想との違いを研究するのも歴史研究の上では重要なことでしょう。
しかし王陽明がやむにやまれず伝えたかったことは文章上のことを思索してみたり、
他思想と比較してみることでは理解できないのかもしれませんね。
話はかわりますが、欲というものは我ながらやっかいなものですね(笑)
王陽明は欲(念)が、なくなることはないが、欲が発しても限度を超えないことが大事だと言うんですが、
まぁ、その通りですよね。色欲が全てなくなったなら子孫も残せないわけですから。
でも自分を見てみると、つい酒を飲みすぎたりと、まだまだですね。

398:日本@名無史さん
07/08/15 11:23:07
私が思うに、今の日本には陽明学者っていないですよね。
それってやはり寂しいことなのでしょうか?

399:日本@名無史さん
07/08/16 21:47:44
もう時代遅れの宗教だからね。

400:日本@名無史さん
07/08/17 11:54:28
時代遅れの宗教???
陽明学は宗教ですか?時代遅れなんですか?じゃあ時代遅れじゃない宗教ってどんな宗教ですか?


401:日本@名無史さん
07/08/17 21:53:25
皆に認められる陽明学者がいるか?いないか?
そこに囚われても仕方がないような気がする。

402:日本@名無史さん
07/08/18 08:33:10
まず伝習録を読んでみる事をお勧めします。
行動をして飛び込んでみないと、ものの本質は得られないと思います。
それこそ王陽明が言っている浅薄な知識をひけらかせている後世の儒者に
なってしまいます。
 伝習録は単なる修身や礼節を説いている教えではないですよ。
伝習録のなかでは「禅」にこだわる仏家の事も言っています。禅により悟りを
得られたとしてもなんになるのか。と、禅の悟りは自己の一元的悟りで、世の事に
何の好い影響があるのか、人の為に何の益があるのかって言っています。
王陽明の教え(孔子孟子の正道)は、「致良知」「格物(物を正す)」まで教示して
天の理、天の道と同様の創造化育の生き方が人間が本来の生き方なのだと説いています。
何の為に人間は生まれたのか、人の在るべき本来の姿とはどう在るべきなのか、
如何に生きるべきかの答えが見つかると思います。深奥な教えですよ。

403:日本@名無史さん
07/08/18 09:58:37
>>402
そのとおりだと思います。
心則理、致良知、知行合一も伝習録を読んでこそ、理解しやすいでしょう。

404:日本@名無史さん
07/08/20 13:57:43
伝習録にこういう部分が在ります。
「もっぱら心の涵養につとめるものは、日毎に足りないところが目につき、
知識をこととするものは、日毎に増えたことが目につくものだ。
だが、この日毎に足りないと思うそのことにこそ、日毎に増えるものがあるのであり、
日毎に増えていると思うそのところに、日毎に足りないものが生じているのだ。」
と。
知識を目的とする学問と陽明学の決定的な違いはここにあると思います。


405:日本@名無史さん
07/08/20 18:09:46
>>404
この言葉と合わせて考えるのも理解に役立ちそうです。

175 :日本@名無史さん:2006/07/03(月) 03:26:07
「私の場合、工夫の最も重要な点はただ日に減らすことを求めるにあり、
日に増やすのを求めることにあるのではない。
一ぶでも人欲が減らせたら、それはその一ぶだけ天理を回復できたということで、
なんと軽快なさっぱりとした、そしてなんと簡単なことではあるまいか。」

406:日本@名無史さん
07/08/23 20:44:09
まったく同感です。どうしても増やす事にばかり気持ちがいってしまいますね。
でも大切な事は減らす事なんですね。自分に反って自分の内に私心が無かったか?
雑念が無かったか?日々に、常に問うて行うことが大切なんですね。
私的には、何か失敗をした時というのは必ず私心によるものか雑慮にとらわれていた結果が
失敗をするんです。伝習録を学んでいくと実に生活というか、実事にあてはまる。
実践の学、まさしく心学であります。
聖人の価値は目方の軽重や大きさの大小ではない。いかに混ざりの無い自分であるか、
精金されているか、私欲私念、雑念を取り去っていくことなのだと。
聖人には、ほど遠いですが私欲が無いときの決定や行動は良い結果を残します。でも
事を進めていくうちに、私欲私念が湧き起こってしまう。人間ってやっかいだなあ、と思いますよ。



407:日本@名無史さん
07/09/13 01:43:48
「良知とは是非の心であり、是非は好悪である。好悪の感情にまでいってこそ是非は極まる。
その是非が発揮されてこそ万事万変はきわめ尽くされる。」

「是非という字が大いなる基準である。ただし、その運用の妙は、それを使いこなす人の側にある。」 王陽明

408:日本@名無史さん
07/09/13 19:05:51
陽明の勤王精神は微妙だと思う。
寧王討伐の際の軍事能力は評価できるが、
その際に使った兵は勅命によらずして集めた私兵だった。
一歩間違えば反乱者とされても仕方がない。

409:日本@名無史さん
07/09/13 20:15:58
>>408
宦官の専横批判を見てもわかるけど、お上が間違っていると思えば損得考えないで批判出来る人だからねぇ。
まぁ実際に、棒叩き刑、流刑など受けてきてるわけで。

410:日本@名無史さん
07/09/13 21:59:11
実際、寧王宸濠の乱を制圧した後に叛意ありと讒言されているので、
陽明の行動はかなりやばかったはず。
運良く陽明を擁護してくれる人間がいたので助かったが。

411:日本@名無史さん
07/09/13 22:05:40
>>409
>お上が間違っていると思えば損得考えないで批判出来る人だからねぇ。

しかし寧王宸濠討伐に関して言えば、お上の行動に特に否はないと思うが?
地理的に初動が遅くなるのは仕方ないとはいえ、皇帝自ら軍を率いてきているわけで、
陽明が速攻をかけなくてもいずれ鎮圧できただろう。
むしろ問題なのは陽明ではないか?
私的に兵力を集めて軍事行動を行ったという点では陽明も寧王宸濠も変わらないのだが。

412:日本@名無史さん
07/09/13 23:12:41
>>411
この時は王陽明は福建の叛軍の平定に当たっていたと思いますが、
寧王宸濠の謀反の情報を得て、吉安に引き返して義兵を興して宸濠を生け捕ることに成功しています。
お上にゴマするだけの姦臣、宦官の立場から見れば王陽明の行動は、妬みの対象になるのかもしれないが、
いざ反乱を受けた土地の民からすれば、王陽明の迅速な行動で十日足らずで乱が平定されたというのは妥当な行動だと思います。
実際、その後の流れを見ても王陽明は私欲で私兵を募っていたわけでないのはわかると思いますが。

413:日本@名無史さん
07/09/14 00:58:16
>>412
>お上にゴマするだけの姦臣、宦官の立場から見れば王陽明の行動は、妬みの対象になるのかもしれないが、

だから、寧王討伐の流れでは姦臣や悪の宦官の活躍はないんだって。
それがあるのは陽明によって寧王が討伐された後。

>いざ反乱を受けた土地の民からすれば、王陽明の迅速な行動で十日足らずで乱が平定されたというのは妥当な行動だと思います。

その点は評価できる。
しかし、寧王の謀反も、陽明の勅命によらない義兵も、私的軍事行動であることは同じなわけで、
君主権や体制保持の論理という点からみれば、陽明の行為はまぎれもない越権行為であって、
危険視されるのはやむを得ない。

>実際、その後の流れを見ても王陽明は私欲で私兵を募っていたわけでないのはわかると思いますが。

高潔で無私無欲な人間だったら、勝手に私兵を募って軍事行動を起こしていいわけ?
なんて叛乱者に都合のいいんでしょうw

414:日本@名無史さん
07/09/14 01:16:48
陽明自身、自分の挙兵が勅命によるものではないことを自覚していて、
あくまで反乱軍を牽制し官軍の到着を待つ、という建前で動いている。
寧王の乱では、一時は疑われても、陽明に叛意がないことが証明されてめでたしめでたしとなったが、
行動自体はやっぱり問題だったんじゃないの?

415:日本@名無史さん
07/09/14 01:35:30
>>413-414
その理屈でいけば鎮圧しているから大丈夫だという報告を無視して南征した武宗皇帝も問題有りだが。
あなたの考え方は上の命令はどんな事態であろうと絶対という考えで、柔軟な陽明学とは相容れない考えだね。
それが、あなたの価値観において問題有りなら問題有りなんでしょう。まぁ、人それぞれ価値観は違うからしょうがないが。
この時には王陽明がなんの罰も受けなかったのが全てでしょう。
私はさほど問題とは思いませんね。あなたが皇帝なら罰していたでしょうけどw

416:日本@名無史さん
07/09/14 12:03:26
>その理屈でいけば鎮圧しているから大丈夫だという報告を無視して南征した武宗皇帝も問題有りだが。

だから、それが討伐が終わった後の話でしょ。
姦臣も宦官も陽明の挙兵を邪魔したりはしていない。

>あなたの考え方は上の命令はどんな事態であろうと絶対という考えで、柔軟な陽明学とは相容れない考えだね。
>それが、あなたの価値観において問題有りなら問題有りなんでしょう。まぁ、人それぞれ価値観は違うからしょうがないが。

功を挙げれば何をやっても不問に付す、というほうがどうかしていると思うが?
しかもことは軍事の問題だろ。
たとえば、旧日本軍の関東軍が、中央の統制を受けずして
「現地邦人と権益を防衛する」として国民党軍や軍閥を攻撃したのも容認されるべき?

>この時には王陽明がなんの罰も受けなかったのが全てでしょう。
>私はさほど問題とは思いませんね。あなたが皇帝なら罰していたでしょうけどw

「陽明に反意あり」と讒言を受けた武宗によって、謀反の意を試されてまでいるのだが?
武宗の太監に張永という人がいて、この人が陽明をかばったので助かったが、一つ踏み外せばどうなったことか。
まさに死の危機だったと思うよ。

417:日本@名無史さん
07/09/14 18:51:49
>>416
武宗皇帝、宦官らの行動は義兵を興した後のことだからと言い、
王陽明の義兵の件では、関東軍を持ち出し是非をこちらに問う。
ダブルスタンダードだし、批判するための批判にしか思えない。
だからこちらは>>414で非だとは思わないと言っているんだけどね。

418:日本@名無史さん
07/09/14 19:46:23
武宗にも非があるから陽明の非は問うべきではないと?
たとえば陽明の義兵が、武宗の非(いつまでたっても討伐軍を差し向けないとか)によるものでない以上、
武宗の非と陽明の非は分けて考えるべきだと思うが?
まるで、スピード違反で止められた運転手が
「前の奴だって違反だろ! 俺だけ止められるなんて不公平だ!」
と言ってるようなものだ。

陽明の行動はせいぜいやむを得ない行動であって、功は功として評価するとしても、
全面的に歓迎される行動ではないと思うよ。

419:日本@名無史さん
07/09/14 19:47:51
たとえば陽明の義兵が→陽明の義兵

420:日本@名無史さん
07/09/14 20:05:42
歴史として後世から見るのか?
軍隊の募兵の正規の手順として見るのか?
その状況に応じた行動として見るのか?

やむをえない行動をしなかったばかりに反乱の被害が拡大する可能性も有るしねぇ~
その立場によって違うから一概には言えないんじゃないかな
私とあなたで寧王宸濠討伐においての募兵のしかたについての善悪を決める必要性が自分には感じられません。
この議論に意味があるとは思えないので失礼します。

421:日本@名無史さん
07/09/14 20:11:19
当時はガチガチの官僚主義かつ君主制の時代だから、
陽明の軍事行動が体制の枠からはみ出すものとして
警戒されたのは当然のような気もするが。
しかも、当時って王族や貴族の反乱が頻発してたんだろ?

422:日本@名無史さん
07/09/14 20:13:58
>>418
言葉が足りないかもしれないので補足します。

歴史として後世から見るのか?
軍隊の募兵の正規の手順として見るのか?
その状況に応じた行動として見るのか?

自分は、これを全て考えて王陽明の義兵は是だと思います。
あなたは非だと思う部分がある。
それが結論ではないでしょうか。

423:日本@名無史さん
07/09/14 20:27:11
>>422
>歴史として後世から見るのか?

是でも非でもない。
明の屋台骨はまだまだ頑丈であり、
多少反乱が長引いたからと言ってたいした違いはない。

>軍隊の募兵の正規の手順として見るのか?

微妙。
勅命はないけど独断で兵を集めて賊を牽制してました☆
という理屈がどこまで通じるか。

>その状況に応じた行動として見るのか?

是。
寧王の行動を読みきっての行動といい、乱の発生から鎮圧までの期間といい、
素晴らしい軍事能力の持ち主だと思う。

424:日本@名無史さん
07/09/14 20:31:29
>勅命はないけど独断で兵を集めて賊を牽制してました☆
>という理屈がどこまで通じるか。

実際あんまり通じてないと思う。
上でも書いたが、たまたま張永という人がたいした人物だったので助かったと言う感じ。

425:日本@名無史さん
07/09/14 20:46:25
>軍隊の募兵の正規の手順として見るのか?

乱世だったら、陽明の独断専行は充分許容されただろうがなぁ。

426:日本@名無史さん
07/09/17 16:37:20
>>398
陽明学徒でよければ、日本陽明学の系譜とかいう本に団藤さんが紹介されている。
岡田さんはまさに陽明学者だったけど、お弟子さんはいるのかな。

427:日本@名無史さん
07/09/17 16:42:34
あと、京都大学の吉田和男さんが陽明学の私塾やっているそうですね。

428:日本@名無史さん
07/09/20 10:21:48
是か?非か?
それとも灰色で白黒見分けがつけれないのか?

結論=わからない事には判断を下さないのも一つの判断

429:日本@名無史さん
07/10/01 17:23:34
「敬天愛人」 西郷隆盛

430:日本@名無史さん
07/10/04 22:03:59
>>426‐427
なるほど!今の日本にも陽明学は生きているんですね。
そういえば、陽明学関連の書籍が書店の新刊コーナーに、この前、置いてありました。

431:日本@名無史さん
07/10/05 23:24:59
「私が今、知行合一を説くのは他でもない。
少しでも念慮がおきれば、それは、もはや行いなのだ。
そして、その念慮に不善があれば、すぐに、その不善の念は克服すべきであり、
少しの不善といえども心に残さないように、徹底しなければいけないんだということを、
どうしても人々に悟ってもらいたいからである。
これが、私の知行合一を主張する本意なのだ。」 王陽明

432:日本@名無史さん
07/10/08 14:54:33
「古今の聖賢のあらゆる議論の端々に至るまで、
全て、思いに邪なし、の一言で要約できる。
これ以上、何を言うことがあろう。
これこそ、一を知って百に通じる功夫なのだ。」王陽明

433:日本@名無史さん
07/10/17 14:29:57
今や電車の中で朝日を読んでると馬鹿にされる時代だからな。他の新聞なら大丈夫なのに。

434:日本@名無史さん
07/10/29 05:44:00
未発の中を維持するのは、言うは易いけど、行うのは難しいですね。
逆に未発の中という概念にだけ拘りだすと、今度は何が起きても行動しないような枯木死灰に陥ってしまう。
未発の中から、やむにやまれず、ほとばしるものが良知。
口で言うのは簡単。しかし実行出来ないのなら、知ってはいない。
深い学問です。

435:日本@名無史さん
07/11/04 09:43:16
陳九川「欲望というものを振り払うのは難しく、欲望が萌したことに気がついても、なかなか振り払えません。」

王陽明「勇気を発揮するべきだ。勇気は心の鍛錬を積み重ねるうちに自然と身につくものなのだ。
    それゆえに孟子は、天地にみなぎる活力と生命力の気は義が集積されるところに生まれる。と言ったのだ。
    欲望に打ち勝てる人間、それを大賢と言う。」

436:日本@名無史さん
07/11/04 18:53:05
「見えざるものを見、聞かざる声を聞く」というのも奥が深いですね

437:日本@名無史さん
07/11/08 10:46:17
>>436
陸象山~王陽明の流れである心学について、朱子学の人たちは仏教的であると指摘していたのですが、
たしかに王陽明の言葉には禅宗的なものも多いです。
日本で江戸末期に受け入れられた理由の一つに禅宗的なものがなじみやすかったこともあるのかと思います。

438:日本@名無史さん
07/11/10 01:51:55
禅問答ってのは論理的思考を強化するのに役立つからね。
それ自体はまったく役に立たないが。

439:日本@名無史さん
07/11/11 13:07:17
>>438
坐禅は何に役立つのだろう?

440:日本@名無史さん
07/11/11 13:51:45
禅と陽明学が極めて近いんじゃないか。
禅の言う「見性」は、まさに心即理。
「無善無悪」は仏教の無記の考え方と一致する。

心術としては仏教の方が圧倒的に深くて多彩だと思うよ。

441:日本@名無史さん
07/11/11 14:23:17
儒教の道教化が朱子学
儒教の仏教化が陽明学

442:日本@名無史さん
07/11/12 13:25:31
>>439
ただの型だよw

443:日本@名無史さん
07/11/12 21:09:49
「朱子の複雑なるに反し陽明先生の回りくどくなく簡潔で単純なる所が、
日本人に似ているので我輩は大に好きである」 大隈重信

444:日本@名無史さん
07/11/13 11:53:55
>>439
いや、なぜ座禅が役に立たなくてはいけないのか?
役に立たなかったら座禅なんてやめてしまうのかね?

445:日本@名無史さん
07/11/22 03:20:43
伝習録の訳者の溝口雄三は朱子が上から民衆を教化しようとしていたのに対し、
王陽明は民衆と同じ地平に立って民衆自らにその道徳性を発揮させようとしていたと書いていたな。

446:日本@名無史さん
07/11/22 20:16:19
道教(道家)の言う、元気・元神・元精について教えてください。

王陽明
「要するに一つのことだ。流行する側面を気、凝集したときを精、霊妙な作用について神というのだ。」

447:日本@名無史さん
07/11/24 21:48:21
「味方の協和が得られて、初めて地形の有利さも、自然の条件も役に立つのである。
 それ故に、国家の務めを論ずる場合には、まず味方の協和の問題を取り上げねばならない」 吉田松陰

448:日本@名無史さん
07/11/30 00:31:17
「学問にも、外からの教導が必要だが、しかし、自らによって解悟したものは、
一を悟って万事に通じるものであり、その点でまさるものがある。
第一、自ら解悟するものがなければ、教導を十分に受け入れることができない」 王陽明

449:日本@名無史さん
07/12/05 01:56:13
>>440
おっしゃる通り、禅の見性成仏と陽明学の心即理は同じ概念なのかも。
どちらも今までの因習、様々な欲望を取り除いた心で、自己本来の個性を自覚して悟る意味として説明されていることが多いですね。

450:日本@名無史さん
07/12/08 04:11:06
「心は例えるなら鏡だ。聖人の心は磨かれた鏡であり、常人の心は曇った鏡である。
近頃の格物説(事に至る)は、鏡に物を映すことに集中するだけで、
鏡の曇りを問題にしないというのだから、これでは物が映るわけがない。
陽明先生の格物説(事を正す)は、鏡を磨いて透明にすることに集中するのだから、
透明になった後は、あらゆるものをいつでも映しだすことができる。」 徐愛

451:日本@名無史さん
07/12/08 19:22:36
王陽明いわく仏家の言う「本来面目」が陽明学の「良知」に当たるみたい。

452:あぼーん
あぼーん
あぼーん

453:お岩
08/01/01 14:56:23
>>439
>>444
役に立たったら座禅などやらない。なんの役にも立たないからこそ
座禅を組む

454:日本@名無史さん
08/01/01 21:34:21
>>453
禅を志すのだから禅をするし、歌手を志すから歌う

455:お岩
08/01/01 22:21:31
>>454
禅など志すものではいし志して目指すほど価値などない
価値などあってなきが如し。

456:日本@名無史さん
08/01/02 02:01:39
心を落ち着けてレスしよう

457:お岩
08/01/02 08:36:06
禅問答やってた

458:日本@名無史さん
08/01/02 19:17:18
中江藤樹は京都から来た禅僧の論語講義を聴いたのをきっかけに朱子学を独学する。
そして37歳の時に王陽明の全書を読み陽明学に共感する。
道徳の形式よりも精神が重要であるとして、時・処・位の具体的場面に適した行動をとることを説いた。
近江聖人と称えられ熊沢蕃山、淵岡山、中川謙叔らの門人を輩出した。

近江聖人中江藤樹記念館
URLリンク(www.touju.jp)
中江藤樹ウィキぺディア
URLリンク(ja.wikipedia.org)

459:日本@名無史さん
08/01/07 19:57:55
「謙虚はあらゆる善行の根本であるが、驕りはあらゆる悪行の始めである。」 王陽明

460:日本@名無史さん
08/01/24 19:33:03
東郷平八郎、広瀬武夫など日本海軍の名将たちも陽明学の信奉者。

461:日本@名無史さん
08/01/25 00:49:22
過去にも2chには陽明学のスレがあったみたいです。

9 名前: 【^▽^】 投稿日: 2000/05/21(日) 20:06

久し振りに蒋総統の伝記を読み返した。
あのような偉大な人が、真摯な態度で内省を試みてる…。
毛のような傲慢さが微塵もなく、読んでいて共感できるのだ。

「ある日の朝目覚め、過去の過ちを反省す。
 人に“卑しく浅はかである”と思われるのは、戯言が多過ぎるからである。
 人に嫉妬されるのは傲慢な気持ちがあるからである。
 その病原はすべて軽率の二文字に起因する。
 今後は謙虚に人と交際するのみである。
 人が“世事に疎い”と私を嗤おうとも、高慢だとはみなされたくはない。」

又、曾国藩の
「収穫を問うなかれ ただ耕耘を問え」
という言葉を座右としていた…。
現在のボクにはとても重い言葉だね…
わずかな利の可能性に踊って右往左往の数年だったからね…

462:日本@名無史さん
08/01/25 00:52:46
10 名前: 【^▽^】 投稿日: 2000/05/21(日) 20:07

黄仁宇(蒋介石伝記著者)の陽明学評価

「王陽明は真理が客観からくることを認めていない。
 それゆえ、王陽明の哲学は論理的ではないが、物事を決断する点では優れている。
 行動をもって知識に代えれば局面を打開できる。
 左か右かと思案して細かく考慮すれば、逆にいつまでも決心がつかない。

 勇気を好むこのような精神は、最も日本人に口あたりがよい。
 日露戦争の英雄・東郷平八郎元帥は、対馬海峡でロシアの艦隊を撃破し、
“一生涯低頭して王陽明を崇拝する”という印章を彫り込んだ。

 蒋は日本の陸軍士官学校に留学した際、日本の将校士官が
 王陽明の『伝習録』を読んでいるのを知り、これを真似たと言っている。
 蒋は、精強を誇る日本軍人の精神的支柱が中華思想であることに感激した。
 これ以後、蒋も一生涯低頭して王陽明の信者となった。
 台北の草山を“陽明山”と改名するほどの入れ込みようだった。
 (中略)

 まず行動してから結果を考慮するという方針は、完全に日本人の陽明学理解と一致する。」

463:日本@名無史さん
08/01/25 00:54:33
11 名前: 【^▽^】 投稿日: 2000/05/21(日) 20:08

ボクのしびれた蒋語録(「参謀長日記」より)

「私の性格と行動は、狂・直・愚・拙であるがゆえに、
 世間の悪意に対する警戒心が全くなく、疑惑もない。
 だから私は、たびたび敵の罠の真っ只中に陥ることがよくある。

 しかし私は危険な境遇に陥っても冒険であるとは気付かず、
 それが困難であることにも気付かない。
 いつも、危険・困難が一つ一つ明らかになってから、
 初めて自身が危地にいることを知る。

 私は自身が危地に陥ったことを知ると全力で悪戦苦闘して自らを救う。
 私が他者から見て異常に忍耐強く見えるのは、
 性格が強いからではなく、智慧が足りないからである。
 いつも死地に自身を追い込み、九死に一生を得るのである。

 世間の人の中には、私を知勇兼備と思っている者もいようが、それは違う。
 もし私が愚でなければ、どうしてこの困難を恐怖せずにいられようか。
 愚であればこそ、絶望的な状況下において奮起できるのである。
 私が頼みにしているのは、常に道義だけである。」

464:日本@名無史さん
08/01/25 01:22:17
陽明学左派の日本での展開について知りたいのですが、何かいい本など在りましたらお教えください。

465:日本@名無史さん
08/01/25 01:27:22
77 名前: 文責:名無しさん 投稿日: 02/01/25 14:48 ID:YuMoPOy4

>>1
大塩平八郎=陽明学者
安岡正篤=陽明学者

現代のインテリ・ウヨの精神的支柱が、安岡で、
その安岡が著書で大塩をおおいに評価している。

大塩や陽明学を中国の傀儡とするなら、安岡を
師事するインテリウヨはその手先ということになる。

このスレ、ネタなのか?
本気なら理論破綻だ。



78 名前:   投稿日: 02/01/25 15:00 ID:t2f/HUQq

>>77
だから、大塩がいかんのではなく、
大塩の民衆革命のみに焦点を当て、
あたかも大塩が、マルクス的革命思想家であるが如き描写がなされているのが
おかしいと言う事でしょ。

466:蒋介石
08/01/25 01:54:07
「私が日本で留学していたとき、旅行に出かけると、汽車や渡し舟の中で、本を読む日本人をたくさん見かけたものだ。
その人たちの多くは、ひとしきり本を読んだあと、眼を閉じて静かに座り、精神を集中して、
哲学的奥義の思索にふけっているように見えた。特に陸海軍の将校達は、ひと時も本を手放さずに、
一心に学び取ろうとしていた。これほどまでに読まれていたものは、実は王陽明の「伝習録」であった。
私はその後、書店へ行き、王陽明哲学に関する本が非常に多くあるのを発見した。
中には、我が国(中国)で見かけることが出来ないものさえあった。私は、陽明哲学に関係ある本を、財布の許す限り買って研究してみた。
その結果、私自身もこの哲学の神髄に触れ、心酔するようになって、ついに悟るところがあった。
すなわち、一小国である日本が、このように強大になり得たのは、実は王陽明の『致良知』及び『即知即行』の哲学がもたらした結果である」

467:日本@名無史さん
08/01/25 02:01:02
25 名前: 名無しさん@6周年 投稿日: 2006/08/27(日) 12:29:52 ID:4Cxeadxb0
性善説、性悪説と言う言葉を間違って使う者が多いな。

性善説とは、元々生まれた赤ん坊は無垢な心を持っているが
世の悪い影響を受けて悪い心を持ってしまうこともあると言う考え
性悪説とは、人間とはそもそも悪い本性を持つものである。
だから学問などにより努力を重ねよい人間になることが必要であると言う考え

決して、
性善説・・・悪いことをする人間などいない
性悪説・・・人間はみな悪いことをする
などと言う考え方ではない。

26 名前: 名無しさん@6周年 投稿日: 2006/08/27(日) 12:32:17 ID:WhVliayC0
>>25
>世の悪い影響を受けて悪い心を持ってしまう

正に反日教育ですね。

468:日本@名無史さん
08/01/25 07:18:38
>>455
禅とは何か?

469:日本@名無史さん
08/01/25 18:07:27
>>464
曾我蕭白のような京都、大阪あたりの知識人、芸術家層に陽明学左派が流行していたり、
吉田松陰が李贄(李卓吾)の著書「焚書」を獄中で読み多いに感動したという話もあるので、
陽明学左派は日本において影響力を持っていたのですが、そういう展開をわかりやすく説明した本は自分も知りません。
ご期待に添えなくて申し訳ないです。

470:日本@名無史さん
08/02/01 00:14:20
王陽明先生いわく、私の致知は只是各々分限の及ぶ所に随う。
今日良知見在此の如くんば、只今日の知る所に随って拡充到底し、
明日良知又開悟する有れば、便ち明日知る所に随って拡充到底す。
此の如きは方に是精一の工夫なり。人の与に学を論ずるにも、亦須く人の分限の及ぶ所に随うべし。
樹に這の些かの萌芽有れば、只這の些かの水を把り去いて灌漑し、萌芽再び長ずれば、便ち又水を加うるが如し。
拱把より以て合抱に至るまで、灌漑の功は、皆是其の分限の及ぶ所に随う。
若し些少の萌芽に、一桶の水の在る有りて、尽く傾上せんと要ば、便ち他を浸壊し了わらん。

471:日本@名無史さん
08/02/02 01:29:59
今日、死を目前にしても心が安らいでいるのは、四季の巡りを思ったからです。
それは、農家を見ると、春は種をまき、夏は苗を育て、秋には苅り、冬に貯蔵する。
秋冬になれば人は労働の成果である収穫を喜び、酒を作って、村には歓喜の声が響くものです。
いまだかつて収穫の時期を労働が終わったことを悲しむ人を聞いたことがない。
私の人生30年、一事を成し遂げることなく死ぬことは花が咲かず実の成らないことに似ているなら惜しいことなのかもしれない。
けれども私自身の人生から言えば、これは花が咲き実の成る時でしょう。なぜなら人の寿命には定まりがないからです。
人生は農家が必ず四季を巡り労働を営むようなものではないでしょう。しかし人間にも、それぞれに春夏秋冬があるものです。
十歳で死ぬ者には十歳の中に四季がある。二十歳には二十歳の四季がある。三十歳には三十歳の四季がある。五十歳、百歳には五十歳、百歳の四季がある。
十歳を短いとするのは蝉を長寿の大木とすることだ。百歳を長いとするのは長寿の大木を蝉にしようとすることだ。
私は三十歳で死ぬが、四季はすでに備わって花は咲き実が成っているはずでしょう。それがモミガラなのか成熟した実なのかは私の知る所ではない。
もし同志の中に私の少しばかりの真心を憐れんで、それを受け継いでくれる人がいるのなら、
それは蒔かれた種が未だ絶えず、私の収穫の年に恥じないことになるでしょう。同志にはこれをよく考えてもらいたい。

二十一回猛士 吉田松陰

472:日本@名無史さん
08/02/02 01:42:14
「急速は事を破り 寧耐は事を成す」  西郷隆盛

473:日本@名無史さん
08/02/02 02:11:40
陸澄「心を静かにしている時には精神が安定して明朗のように思いますが、
ちょっとでも外部の事に出あいますと心が乱れます。これは何故でしょうか?」

王陽明「それはただ静かにして心を養うことだけを知って、私欲に打ち克つ工夫を行わないからである。
例えるなら温室で育った花と同じことで、そのような状態で事件にいどむなら、心は外の力に圧倒されてしまう。
人間は事のないのを求めるべきでなく、須く事件の上において自己を磨くべきである。
そうすれば自然に心は確立して、平穏無事なる時にも安定し、繁忙多端なる時にも安定するだろう。」

474:日本@名無史さん
08/02/08 14:26:18
「理義はある決まったところに固定されることがなく、その有り様も無限で極まることがない。
私が君と論じて多少悟るところが有ったとしても、それだけのものと考えてはならない。
繰り返して言うが、十年二十年五十年の後にも、それで終わりと言うところはないのだ。」 王陽明

475:日本@名無史さん
08/02/14 14:48:22
「目そのものに実体はなく、万物万象の色が実体である。
耳そのものに実体はなく、万物万象の声音が実体である。
鼻そのものに実体はなく、万物万象の臭いが実体である。
口そのものに実体はなく、万物の味が実体である。
心そのものに実体はなく、天地万物と感応して判断された是非が実体である。」 王陽明

476:日本@名無史さん
08/02/15 12:02:31
王陽明! 王陽明! おーよめー サッ ン- バー♪

477:日本@名無史さん
08/02/15 17:45:04
458 :世界@名無史さん:2008/02/06(水) 19:46:47 0
山田方谷の儒仏道、それぞれの見解なんだけど言い得てるよね。

善悪倶に忘る、老の高き所以なり
善悪倶に容る、仏の大なる所以なり
善を善とし悪を悪とす、儒の正しき所以なり

478:日本@名無史さん
08/03/07 20:10:06
日本陽明学の系譜には錚々たる人士ばかり。
敬意を表したい。

479:日本@名無史さん
08/03/07 20:14:28
自らの其の暗劣なるを忘れて日夜勉励し古賢を以て師と為す 吉田松陰

480:日本@名無史さん
08/03/13 10:13:31
力量、気迫、才能に個人差があるのは当たり前。
才能の多さ又は少なさばかりに気をとられると功利に流れてしまう。
そうやって比較する心を取り除いて、皆が自分にあるかぎりの力量や精神を尽くすようにする。

481:日本@名無史さん
08/03/18 23:05:55
細木和子はあきらかに
儒学の影響を受けている

482:武陽隠士 ◆UCfK2Lx59s
08/03/18 23:28:15
>>481
細木は安岡の縁者。
いろいろ結婚の経緯については遺族らといろいろモメたらしいけど、まあそれはどうでもいいや。
あの「儒学」は安岡経由の生かじりインチキ陽明学。
テレビでも知行合一とか、一丁前のこと抜かしてたがね。
あんなのが儒学じゃ私は泣くよY(>_<、)Y

483:日本@名無史さん
08/03/19 00:55:00
>>481
細木が自分に都合の良い言葉を儒教から引用しているでだけでしょ。
キリスト教でも言うじゃん「悪魔も聖書を引用する」って。

484:日本@名無史さん
08/04/05 22:59:59
>>474
この現代語訳は伝習録のどこにある言葉ですか?
探してみたのですが、みつかりません。教えて下さい。

485:日本@名無史さん
08/04/07 20:55:11
伝習録の引用ばかりでは「日本」陽明学のスレッドとは言えない。

486:日本@名無史さん
08/04/15 16:11:32
>>484
伝習録上巻にあります。

>>485
日本の陽明学者が愛読した書です。

487:日本@名無史さん
08/04/15 16:28:15
万民ことごとく天地の子なれば、われも人も人間のかたちあるほどのものは皆兄弟なり

中江藤樹 著『翁問答』より


488:日本@名無史さん
08/04/17 02:30:17
生死超脱とはどのような境地なのですか?

489:日本@名無史さん
08/04/18 18:59:53
>>488
生死超脱とは境地なのですか?

490:日本@名無史さん
08/04/19 00:16:55
>>486
陽明学を論ずるならば、伝習録を読むべきであるのはもっともです。
然し、陽明学も儒教の一派である以上は四書五経も読むべきです。
尚、陽明学が道家や仏教の影響も受けている事実を踏まえれば、それらの文献も読むべきです。
現代日本に於いて、四書五経を読破している人は少ないと思いますが、このスレの方々はどの位読まれていますか?
私は、四書と孝経、伝習録、小学、近思録は一通り読みました。五経はまだですが、いずれ読破するつもりです。

491:日本@名無史さん
08/04/20 23:13:36
友人が問う、書を読んでも記憶できません。どうしましょう?

陽明先生が言う、ただ理解することです。記憶することを求める必要はない。
だが理解することを求めることも、すでに第二義に落ちます。
ただ自己の本体を明らかにすることを求めなさい。
もし、いたずらに記憶することを求めれば、理解することが出来ないでしょう。
もし、いたずらに理解することを求めれば、自己の本体を明らかにすることが出来ないでしょう。

492:日本@名無史さん
08/04/20 23:18:41
>>490
そんなにあれこれたくさん読んでもしょうがない。
核心を捉えることこそが肝要。

493:日本@名無史さん
08/04/20 23:43:16
>>492
同意
核心をとらえて自分はどう思うのか?というのが書を読む上で重要かと。

494:日本@名無史さん
08/04/21 05:14:58
>>492
>>493
その様な考えは、致良知が大切だとして、デタラメになってしまった陽明学左派的な態度だと思います。
四書五経は江戸時代には武士階級は当たり前に読んでいた儒教の経典です。
また、儒教的感覚の少なくなった現代に於いて、陽明学を把握したいならば、一読位はするべきと思います。

495:日本@名無史さん
08/04/21 14:07:13
>>494
科挙を受ける必要のない我々が教科書を読むかの如く四書五経を全部読破するべきというのは考えの押し付けではないですか?
陽明学左派がデタラメというのも、あくまでも貴方の考えです。
陽明学左派の現成良知は、もはや禅仏教である。との批判を受けたのも事実ですが、
王陽明は天泉橋での問答で、陽明学左派の代表的人物である王龍渓の意見は素質の良い人間に対する教え方であり、
陽明学右派の代表的人物である銭徳洪の意見は心に多少の蔽いある人間に対しての教え方であるとして、
そして両者の意見を採り合い使うなら、普通以上の者も普通以下の者も、道に入らせることが出来るだろうとしています。

496:495
08/04/21 14:13:10
言葉が足りなかったかもしれないので追加します。

王陽明はどちらか一方の説に固執するなら、目の前の人を誤らせることになると注意もしています。

497:494
08/04/21 21:09:29
>>495
>>科挙を受ける必要のない我々が教科書を読むかの如く四書五経を全部読破
するべきというのは考えの押し付けではないですか?
科挙と言う利害打算の観念がないからこそ、現代に於いて四書五経
を読む事は有益なのではないですか?
逆に、貴殿は必要さえあれば、教科書の如くに読むのですか?
そもそも、貴殿は『論語』さえもお読みではないのか?
孔子は「学んで思わざればすなわちくらし。思いて学ばざれば
すなわちくらし」と言っている。
「思う」だけではだめだ。「学ぶ」ことが必要である。
大体、私は、教科書の如く精読しろとは言っていない。
一読位はしてもよいのではないか、と言ったに過ぎない。


498:494
08/04/21 21:27:24
>>495
>>陽明学左派がデタラメというのも、あくまでも貴方の考えです。
陽明学左派の現成良知は、もはや禅仏教である。との批判を
受けたのも事実ですが、
「事実ですが」と言っているのは、王学左派が禅学よりである
事を認めており、「あくまでも貴方の考えです」とは
論理的に矛盾していますよね?
そもそも、思想史的には、王学が陽明の死後、禅学的な左派
と朱子学的な右派に分かれた事は一般に言われていますし、
王学の批判は、多くは左派的傾向に対してのものです。
『伝習録』を深く理解する為にも、難解な五経は兎も角、
四書と『孝経』位は読むべきではないですか?
因みに、不立文字を説く禅にも『臨済録』、『無門関』、
『碧巌録』など、多くの語録があります。
そもそも、不立文字を説く段階で、既に文字に頼らない
けれども、文字も完全否定しないと言うパラドックスが
成り立っているのです。
貴殿は陽明学に興味を抱く時点で勤勉な方だと思いますから、
本質の把握を急ぐ余りに短絡的理解になる事を私は惜しみます。

499:494
08/04/21 21:31:22
尚、陽明学は畢竟すれば、「致良知」に尽きるもので
あり、それ程難解なものではない事も、私は認めています。
然し、同時に奥が深く、一朝一夕に理解出来ないものである
とも思っています。

500:494
08/04/21 23:32:20
>>497
訂正
「学んで思わざれば則ちくらし。思いて学ばざれば則ちあやうし」

501:495
08/04/23 00:02:41
>494さん
私は陽明学左派が禅仏教的なものへ近づいていった事が間違っていたとは思わない立場です。
朱子学派からの批判があったのは事実として書きました。
四書五経の件ですが、こちらも絶対に読む必要がないとは言っていないです。
陽明学の工夫は、普段の仕事上においてするべきだし、そこが一番重要なところだというのは陽明学を学ぶ人なら同意見だと思います。
ちなみに四書五経で読書済みのものは大学、中庸です。
時間を作り論語、孟子を読みたいと思っていることもつけくわえておきます。

502:494
08/04/23 11:44:57
もし、貴方が事上磨練の工夫として行っている事があるならば、教えて頂けませんか?

503:日本@名無史さん
08/04/23 12:06:50
安岡さんって無位無官だろ?

504:日本@名無史さん
08/04/23 12:10:13
安岡さんも良い事を書いているが無位無官じゃ。
新戸部稲造の武士道のほうがまだ実用的だわな。
彼はれっきとした武士だしな。


505:日本@名無史さん
08/04/23 12:33:41
安岡は老荘にも影響受けてるだろ
官位にこだわる訳ないよ


506:日本@名無史さん
08/04/23 13:30:20
政治家にならずに裏の世界で自由に各界の偉人に意見を言うのが安岡のやり方だろう。


507:日本@名無史さん
08/04/23 15:08:57
>>506
「裏の世界」って言葉は安岡のイメージに合わないがな。
支配層の精神的支柱みたいな人物だろ

508:日本@名無史さん
08/04/23 18:57:13
>>502
ダメだと思うことは心から取りのぞき、良いと思うことを着実に心に育ていこうと心がけています。

509:日本@名無史さん
08/04/24 00:07:24
陽明学は出世する為の学問と考えてる人たちがいるのはここですか?

510:日本@名無史さん
08/04/24 01:34:35
陽明学や禅は勝者や、もともと恵まれた人間がやる思想だと思う

老荘も敗者の思想と呼ばれてるがあれもそうだろうね

レベルの高い敗者

エリートサラリーマンから田舎でのスローライフみたいなもん

本当の敗者は集団でやる宗教にいきやすい。

511:日本@名無史さん
08/04/24 05:21:34
>>510
人間て弱ってる時は、集団によっていくより孤独を選んだほうが実は良いと思うんだよね。

512:日本@名無史さん
08/05/05 16:38:10
伝習録を読むと、陽明が、人間の修養を樹木の生長に例える表現がいくつも見えます。
その中で、根を養う時には根を養う事に心掛け、枝や葉、花を思う必要はないとあった気がするのですが、探してもみつかりません。
分かる方いますか?

513:日本@名無史さん
08/05/08 07:13:17
諸君、狂いたまえ 吉田松陰

514:日本@名無史さん
08/05/16 21:18:37
陽明学は独学ですが、安岡先生みたいな深く理解した方に
ご教授されて物にできると思います、今はいませんが

論語は覚えたほうがいいですよ、これは基盤だと思います

私が覚えたいのは中国陽明学ではありません
日本陽明学です、明治維新のメンテリティーに同化したいのです
そして私がやりたいのは団塊世代に下克上をすることです
団塊の世代にはもはや道徳とか日本人らしさなどないのです
ただの金を稼ぐことしか脳がない偽善者ばかりです
戦前の日本人は道徳というものが少なからずありましたが・・
GHQの教育方針などによるアメリカナイズドされた日本人が生まれた
団塊の経営者がおおく生まれ
アメリカ経済の弱肉強食された経済になった

もはや平成維新しかありません
俺はやってみせるよ
平成維新

515:日本@名無史さん
08/05/17 09:19:58
>>514
陽明学の実践をするなら、人欲を去って天理を保持することを心がけて、
動の時にも、静の時も一念一念に人欲を去ることあるのみだと思います。
これは王陽明から中江藤樹に至るまで変わらない陽明学の根本でしょう。
しかし幕末の陽明学徒は大きな器の持ち主が勢揃いしていますね。
幕府側にも薩長側、そして中立派にも陽明学を信奉する志士がいたことは、
陽明学の器の大きさと懐の深さを現していると思います。

516:日本@名無史さん
08/05/17 12:00:09
おまえらニートだろw

517:日本@名無史さん
08/05/17 20:09:41
四句教

『無善無悪是心之体 有善有悪是意之動 知善知悪是良知 為善去悪是格物』

518:日本@名無史さん
08/05/18 00:03:27
>>516
w

519:日本@名無史さん
08/06/02 16:06:50
「我は我が好むところに従う」 董羅石

520:日本@名無史さん
08/06/02 18:13:50
好き嫌いしてはいけません。

521:日本@名無史さん
08/06/02 20:01:30
>>520
好き嫌いの感情をなくせとでも言うのですか?

522:520である。
08/06/02 22:03:29
感情ではなく「とらわれる心」がいけないという事です

523:521である
08/06/02 22:15:52
>>522
好悪の感情に捉われてはいけないという教えにも捉われてはいけない。
理は極まるということがなく変幻自在なものだから。

524:=゚ω゚) 522である。
08/06/02 23:13:23
「とらわれる心」は教えなどではない。
赤心である。

菩提にもとから樹など無く明鏡に台など無い。
よって塵埃が積もるはずもなし。である。

525:522だぜ
08/06/02 23:22:43
>>524
好悪の心もまた赤心

526:日本@名無史さん
08/06/02 23:29:47
ごめんなさい。
523だったぜ

527:=゚ω゚) 524である。
08/06/02 23:36:57
語ることができる理ならそれは真実の理ではあるまい。
また好悪と名付けられるのであれば真の赤心ではないであろう。である。

528:日本@名無史さん
08/06/02 23:43:53
>>527
とらわれる心もまた同じじゃねーか(笑)

529:=゚ω゚) 522である。
08/06/02 23:44:05
>526
気にするな。「憎むな、殺すな、許しましょう」が月光仮面の教えである。

てか、オイラも気が付かなかったのである。

530:=゚ω゚) 522である。
08/06/02 23:51:50
>528
>「とらわれる心」がいけないという事です。

風である。

531:日本@名無史さん
08/06/03 22:41:20
一去である。

532:日本@名無史さん
08/06/07 18:44:39
童心をさぁ、爆発させたいものだなあ

533:日本@名無史さん
08/06/07 18:47:20
天皇はユダヤ民族、もし証明されたら
スレリンク(min板)
天皇家が日本一古い家柄なのか
スレリンク(min板)

534:日本@名無史さん
08/08/08 23:21:54
Wikipediaを見ると、頼山陽先生が陽明学者になっているのですが、本当ですか?

535:日本@名無史さん
08/10/08 02:10:11
好き嫌いの感情まで良知を磨きたい。

536:日本@名無史さん
08/10/08 02:22:12
ソースは陽明学者っぽい名前

537:日本@名無史さん
08/12/05 20:56:07
「良知は、学ばずして天地自然に人の胸中に存在するものにして、いわゆる神明なり」 林子平

538:日本@名無史さん
08/12/07 12:32:26
「人欲の私をスラリと離れて所謂無欲の境涯に這入らば、
人己なく、内外なく、天地万物すべて一枚となって、
彼我の隔てなく、遠近の差別なく、
仁の一字を以て万物に対し、万人に接することが出来るであろう」 長谷井葦山

539:日本@名無史さん
08/12/12 02:07:12
陽明学は、日本の行動家の魂の中でいったん完全に濾過され日本化されて風土化を完成した哲学である。
もし革命思想がよみがえるとすれば、このような日本人のメンタリティの奥底に重りをおろした思想から出発するより他はない 三島由紀夫

540:日本@名無史さん
09/01/24 00:03:06
かんたんにいえばあれでそ?

 陽明学では
  命=何かを行うための道具。シャベルとかハサミみたいなもの。
  だから命を後生大事にするのではなくて、それでなにをなしとげられるのかを大切にするんでそ?


541:日本@名無史さん
09/01/28 04:51:53
>>540
違うと思います。
陽明学は内と外を分けることをしません。
目的がお金なら、お金の為に命を捨てるのでしょうか?

「古今の聖賢のあらゆる議論の端々に至るまで、
全て、思いに邪なし、の一言で要約できる。
これ以上、何を言うことがあろう。
これこそ、一を知って百に通じる功夫なのだ。」王陽明

542:日本@名無史さん
09/01/29 23:04:01
知行合一だろ?

 これは
 「飾りじゃないのよ知識は あははん~
   飾りじゃないのよ人生は あははん~」

ということでそ?

543:日本@名無史さん
09/01/30 01:07:43
>>542
ノリノリですね♪
アナタの考える知行合一はどのようでしょうか?
歌のノリは良いのですがイマイチこちらに伝わらないので・・・・

544:日本@名無史さん
09/01/30 02:11:30
そんな簡単に伝わってたまるか
と思います

545:日本@名無史さん
09/02/09 19:46:35
陽明学は戦国武士たちが大事にした「五常の道」と「三徳」にも通じています。
五常の道 「仁」「義」「礼」「智」「信」
三徳 「仁」「勇」「智」

546:日本@名無史さん
09/02/11 15:36:37
儒教的な思想系譜の五常などが
武士階級にある程度する浸透するのは江戸以降だよ。

戦国時代以前の武士の道徳規範は
一概には言えないけど仏教、特に浄土教的色彩が強い。
これは極楽寺殿御消息とかが広く流布してたせいかもしれない。

547:日本@名無史さん
09/02/12 07:53:43
>>546
後醍醐天皇、楠木正成が朱子学を学んでいたり、
菊地武茂が延元三年に聖護寺八幡に奉納した起請文に、
五常の道に背かないというような内容が残っている。
確かに儒学は江戸時代にはいってから広く普及した面はあるが、
まったく普及していなかったかと言われるとそうではない。

548:日本@名無史さん
09/02/15 21:39:56
>>546
武士道に影響を与えているのは、仏教で言えば浄土より禅では?
上杉謙信や武田信玄と言った武将から、柳生宗矩や宮本武蔵と言った兵法家に至る迄影響がある。
それに、禅がある程度普及していたから、江戸時代に陽明学の受容が容易だったと言われている。
蛇足だけど、陽明学は儒仏道の三教一致的で明らかに禅の影響を受けている。

549:日本@名無史さん
09/02/16 01:04:44
>>548
禅の影響はもちろん否定しない。最初は俺も禅メインのような気がしてたし。
けど、実際に残された家訓、言動を見ると、
かならずしも禅的な思想系譜がベースになってる印象を受けないものが多いんだよね。
ガチで禅的なのは鈴木正三と、強いて言えば織田信長ぐらい。

それに、実際にあなたがあげているような上級武士の例だけで
考えるのは落とし穴がありそうな気がするんだよね。
で、戦国中期ぐらいまでの庶民+ぐらいのリテラシーの程度で言うと
和漢朗詠集、往生要集、平家物語(含 語り)、次点で方丈記、太平記あたりってあたりが
武家の教育用途で使われることの多かった書物になる。
特に多数派である中級以下の武士層の基本的なメンタリティがこのへんから形成されていたとすると、
今から見ると不自然なぐらい浄土思想に偏ってる気がするんだよね。


550:日本@名無史さん
09/02/16 01:05:17
ちなみに信玄はマキャべリストな部分が前面に出てて
宗教的な性格、思想は薄いと思うんだがどうだろう?
覚恕との絡みを考えると強いて言えば天台叡山派と縁が深い(本願寺を除けば)
弟が書いたってことになってる武田信繁家訓とかも加味すると
30条とか碧巌録とかからの引用とかもあるけど、
それでもやはり見性成仏って感じかと言われれば違うんじゃないかなあと。

謙信の指向としては高野山のエピソードや毘沙門天への
帰依同一化を見ると、むしろ密教的な方面にシンパシーが強かったっぽい印象を受ける。
辞世の 極楽も 地獄も先は 有明の 月の心に 懸かる雲なし
とかはモロ浄土教的な土台の辞世だね。もっとも、自作かどうかはともかく。

柳生宗矩や宮本武蔵のケースは言語化しにくい身体知を表現するための
理論武装の手段として禅を選んだと捉えた方がしっくりこないか?
官僚化し武士らしさを失いつつある武士への反発みたいな
近世への過渡期的な部分がを加味すべきだと思う。

551:日本@名無史さん
09/02/16 11:59:13
武田信繁家訓は、なにか一つの宗派や思想に限定されるものではなく、
儒書、仏書、孫呉を自らの経験と照らし合わせて、自分の言葉にしているという印象。
要点を良くまとめてある善い家訓だと思うがどうだろう。

552:武陽隠士 ◆UCfK2Lx59s
09/02/16 23:05:27
>>550
お前バカだろ?
妙心寺派が甲斐で幅利かせた理由知らないのか?
「心頭滅却すれば火も…」てのは知ってるか?
今、妙心寺展を東京国立博物館で開催中だ。
行け。田舎モンなら新幹線かなんか使って東京に来いよ

553:日本@名無史さん
09/02/17 01:24:10
>>552
スレチなんで指摘に留めるが
心頭滅却すれば…ってのは快川紹喜の言葉じゃないよ。
信玄に関しては妙心寺派どころか全ての
宗派の宗徒を自称、寄進も各宗派に頻繁に行ってる。

554:日本@名無史さん
09/02/17 13:18:01
>>551
あれは良いと思う。
合理的だよな。

555:日本@名無史さん
09/02/17 19:40:16
武田信繁家訓はいちいち出典を示してるあたり、
権威主義というよりむしろ勉強のきっかけとして
テキストを紹介してくれてる親心を感じる。


556:日本@名無史さん
09/02/17 19:51:46
昔の聖人の言葉を引用しても、武田信繁自身が内政や戦で苦労実感してきた言葉だから、
机上の空論にならず、説得力のある家訓になっている。
まさに事上磨錬であり知行合一

557:武陽隠士 ◆UCfK2Lx59s
09/02/19 00:50:40
>>553
それは知ってるよ。
ていうか本人の言葉だなんて私は一言も言ってないのに
君が言ってるということは
君がそう思い込んでた話なだけじゃない。
ググッた知見なんだろうな君の御託はw

558:武陽隠士 ◆UCfK2Lx59s
09/02/19 00:53:17
連投になるけど禅関連でオリジナリティななんてないんだよ
いや禅だけじゃなくオリジナリティなんてあんまり考えていない


あとさ恵林寺の地位はわかってるわけ?
バッカじゃない?

559:日本@名無史さん
09/02/19 13:09:34
陽明学左派に関する本が欲しいんだけど、
日本にはあまりないみたいだね。

560:日本@名無史さん
09/02/19 14:54:34
>>557
君こそあれだろ、『妙心寺展』に行って仕入れた知識だろ?
室町時代後期の禅宗なんて、思想史的には見るべきものが
ないと思う。だから、妙心寺派とか恵林寺の地位とかいわれても、
まあ、何それ? で十分だと思うよ。

それはさておいて、『妙心寺展』はひどかった。キャプションが
全くなってない。来場したほとんどの方はちんぷんかんぷんなまま、
帰られただろう。典型的な「自己満足」企画だったな。


561:日本@名無史さん
09/02/20 00:36:06
>>559
李卓吾の『焚書』の現代日本語訳なら、神田神保町で二万円位で売っているのを見た事がある。

562:日本@名無史さん
09/02/20 03:24:23
>>561
平凡社のやつかな?
自分はつい最近、文政年間発刊の「蔵書」と「続蔵書」みかけた。

童心に関しては個人的には共感できるけど、
当時の知識階級批判込みで読むべきものなんだろうとは思う。

563:日本@名無史さん
09/02/20 15:30:21
>>561
情報どうもありがとう。
二万円・・・・
王陽明以降の陽明学派の思想に関して日本にはあまり出回っていないからわかるけど高いね

564:日本@名無史さん
09/02/20 21:08:56
今、2・26事件の青年将校の生き残り、池田俊彦氏の著書『生きている二・二六』を読んでいるのだが、池田氏は陽明学に傾倒していたらしい。
当時、安岡正篤の『王陽明研究』や大塩中斎の『洗心洞サツ記』を読んでいたと言う。


565:日本@名無史さん
09/02/20 21:51:43
>>564
やっぱり陽明学は伝習録読まないと話にならんよ

566:564
09/02/27 23:29:11
>>565
そう言う事が論点ではない。
2・26青年将校も陽明学の影響を受けていたと言う事を言いたいだけで、その理解の深さを云々するものではない。
然し、伝習録を読まなければ、陽明学は話にならんと言うならば、難解な五経はともかく、四書位は読んでないと陽明学はわからんだろう。

567:日本@名無史さん
09/03/02 22:00:27
>>566
四書を読まずとも、伝習録さえ読めば、陽明学の実践は、正直な話、可能だと思います。
陽明学を禅に近いとする人も多いだけあって、
なるほど不立文字的なところが陽明学にはかなりあります。
けれどもそれでは元々は知識偏重の朱子学に対してのアンチテーゼであった陽明学が、
逆に知識や古典の軽視になってしまいます。
やはりある程度のバランス感覚は必要なのかもしれませんね。

568:日本@名無史さん
09/03/03 08:27:55
>>567
それはさすがに言いすぎじゃないかな?
せめて実践の一部、ぐらいじゃね?
エンジンかけて直進は出来てもそれで車運転できるとはいわんだろ。
まあ、レスの文意を汲めば多分わかった上で書いてるんだろうけど

伝習録のかなりの部分が格物致知と致良知の比較、解説を骨子としてる以上、
特にある程度の朱子学的な解釈に基づく孟子とかは前提的な理解として求められるし、
その辺の流れを消化した上じゃないと
陸象山の心即理が引っ張り出されてくることに説得力がない。
多分、このへんから天理を存し人欲を去る感じの実践的側面とつながると思う。

ただまあ、1900~1910年代生まれの士官学校卒なら
未だその辺の基礎教養はけっこうあったろうし
気分的には敢えて吉田松陰あたりから入って
大塩の洗心洞箚記でもうお腹いっぱいじゃないかな。

569:日本@名無史さん
09/03/08 13:33:02
>>568
歴史的に儒学の一派として陽明学を見るのなら、まったくその通りだと思いますが、
日本における幕末からの陽明学の流れとなると、
陽明学を儒学というより、武士道、禅であるとするような文章がかなり残っています。
なかには陽明学は支那の学問ではなく日本の学問であるという論まであります(これは私もさすがに言い過ぎだと思いますが)。
こういうことから、日本では、儒学から独立した学派として見る視点も存在していると言えるのではないでしょうか。

570:日本@名無史さん
09/03/08 14:30:15
このスレレベル高いね・・・
私は峠を読んで山田方谷をしったのですが
その著”理財論”毎日読んでます。
短い分なのですが日々の仕事に本当に役にたちます。

江戸時代最大の財政家なのに何故か一般にはマイナーなんだよね。

571:日本@名無史さん
09/03/08 20:25:32
URLリンク(silencio.seesaa.net)
影響を受けた本が陽明関連だけどどんな人なんだろう?
芸術家らしいが

572:572
09/03/19 21:15:21
陽明学は、陽明が一丁字も知らぬ庶民にも学を講じたと言われているように、本来的には必ずしも朱子学的教養を前提としていません。

573:日本@名無史さん
09/03/22 09:37:14
秋秋吟(シュウが携帯ではでない)を読むと清々しくなるのでとても好きで、いつしか暗誦できるようになってしまった。
この詩には陽明の思想の教訓が含まれているのかな

574:日本@名無史さん
09/03/22 22:15:54
啾々吟ねぇ。
初めの方は清々しいとも思うが、東家の老翁とか痴人愚者がどうとか、
君子に相応しい詩とは思えず興ざめるのだが、私は特殊な例だろうか。

575:日本@名無史さん
09/03/23 02:17:21
>>573
あれは陽明学の思想よりも王陽明の人柄そのものが出ているんだと思う。
高弟の徐愛が伝習録に、王陽明は快活率直で形式に捉われない人だったと書いているし、
あの吟からは、まさにそんな人柄が感じられる。

576:日本@名無史さん
09/03/23 12:58:16
>>570
岡山県には山田方谷が由来の方谷駅や、同県出身の香西洋樹と古川麒一郎が発見した小惑星を山田方谷と名付けていたりと、
今でも地元でその名は生き続けているようです。山田方谷記念館もあるようですね。

577:日本@名無史さん
09/03/23 19:53:19
>>572
出身などの別け隔てなく学門を教えたのも王陽明の特徴です。
秦州学派の第一人者として名高い陽明の高弟の一人、
王心斎も下層庶民出身ですが王陽明に師事して、その才能を多いに発揮しました。

578:577
09/03/23 20:43:34
訂正
学門→学問

579:572
09/03/25 12:35:04
そうなんですよねぇ。
王心斎の弟子にはまた、
ほとんど文字を知らないような木こりや焼物師、農民らがいましたね。

前の書き込みに陽明学は朱子学が分かっていないと云々というのがありましたが、
陽明自身は、是非の心としての「良知」を掴んでさえいれば、
朱子学の素養は必要ないと考えていたのではないでしょうか?
確かに『伝習録』内では「格物致知」に関する煩瑣な議論がなされているけど、
それは当時の知識界で新知見を発表するには、それを経書解釈の上でも
十分に証明しなければならない必要があったからだと思います。


580:天爵堂 ◆GxL2yKkN1M
09/03/25 23:30:28
私は王龍渓や王心斎を否定はしないが、短絡的に陽明学を理解して、致良知のみで、四書五経の学習を軽視する様な左派的解釈をする人には余り賛成しません。
因みに、陽明学が朱子学を批判的に継承して生まれたのは事実ですが、王陽明は『朱子晩年定論』を書いて、朱子は晩年に陽明学に近い説に至ったとして、朱子との距離を縮める努力をしています。

581:572
09/03/26 16:40:37
陽明学派において、「読書」という行為をどう位置づけるかは、
とても厄介な問題かと思います。
しかし、右派・左派関わらず、読書の大前提として、ある程度の
心の確立、あるいは、心内の天理と人欲とのせめぎ合いに極限まで
フォーカスしつつの読書が推奨されているようです。

王龍渓や王心斎は四書五経軽視とされていますが
(自分もそう思いますが)、
双方ともに新たな『大学』解釈を打ち出していますよね。
特に王心斎の学説は「淮南格物説」と呼ばれて、
かなり広範囲にわたって明代後期思想界に浸透したのですね。

中国近世において、新たな経書解釈を創出することは、
ある種、自己表現の手段だったようです。

582:天爵堂 ◆GxL2yKkN1M
09/03/26 18:03:36
私の記憶違いかもしれないのですが、王心斎は、四書五経の内、『大学』、『論語』、『中庸』しか読んでない人ではなかったでしょうか?

583:572
09/03/26 20:46:46
他にも、『孝経』と『礼記』は読んだようです。

584:572
09/03/27 23:08:02
『朱子晩年定論』は、陽明がおよそ1600通あまりの朱子の書簡のなかから、
自説と一脈通じるような記述を選び出し、朱子の晩年に「仮託」して発表したものです。
その編集の粗雑さは、当時から批判の的になりましたし、また本人もそれを認めています。
このように、陽明は朱子学陣営の賛意も取り付けようと努力する意思はあったのですが、
それはあくまで陽明の恣意的な朱子学の読み換えに依存したもので、
朱子学徒に受け入れられるはずもありません。
もちろん、歴史的に見ても、陽明学とは朱子学の一要素が変化し、極限まで達したものとの見方は可能であり、
また、朱子の膨大な量の書簡中に、陽明の新説に利する内容のものが含まれていたわけですから、
陽明学を朱子学の連続態ということはできます。
しかし、その学問の内実をみますと、明らかに質的差異というか、方法論の相違があることを認めないわけにはいかないのです。
でなければ、「百死千難」を経て「良知」を悟ったことの意味がないでしょう。
以上、あまりにも当たり前のことを述べてしまいました。ご寛恕のほどを。


585:日本@名無史さん
09/03/28 09:43:22
山田方谷は大政奉還の上奏文を起草した人らしい。
それが、山田方谷記念館に残っているようです。

586:國學院大学卒
09/03/28 14:59:00
>>582
そうです。
よくご存じですね。
あなたには
かなりの学識がおありのようです。
陽明学についての知識はたまたま私のほうがありましたが、
知識の幅広さに関していうならば、
あなたの学識の素晴らしさにはかないませんね。


587:日本@名無史さん
09/03/28 17:05:17
>>586
礼儀正しい方です。鑑としたいものですね…

588:日本@名無史さん
09/03/29 10:47:04
林田明大の『いやな仕事もニッコリやれる陽明学』を読んだ人いませんか?

自己啓発本としては面白いけど、陽明学としてはどうなの?


589:天爵堂 ◆GxL2yKkN1M
09/03/29 12:24:23
>>588
林田明大氏は、ルドルフ・シュタイナーとか、ゲーテとか、江戸しぐさ、桜井章一、鍵山秀三郎、韓氏意拳など、本来、陽明学と関係なさそうに思える思想や人物を例に挙げる傾向が強いと思います。
少しくらいなら構わないのですが、最近の林田氏はこの傾向が強すぎると思います。
もっとも、林田氏は陽明学を実践的なものとして捉えているから、その努力ゆえの苦心から、多様な例を挙げざるを得ないのかもしれません。
林田氏御自身、王学左派を評価しておられますが、林田氏自身も陽明学を象牙の塔の代物にしておく事が出来ない左派なのでしょう。

590:日本@名無史さん
09/03/29 12:41:04
>>588
林田明大の真説伝習録入門なら読んだことがあります。
わかりやすく自らや友人の体験を示して、
陽明学を知らない人にも読みやすく良い本だったと思います。
陽明学とゲーテやキリスト教との共通点を示したりと珍しい視点も面白かったです。
「イヤな仕事もにっこりやれる陽明学」は読んだことがないです。

591:天爵堂 ◆GxL2yKkN1M
09/03/29 12:46:13
世間一般の陽明学理解は「知行合一」を「言行一致」と誤解している場合が多い。
林田氏はこれを指摘して、行動と認識は本来別々にあるものではなく、分ける事の出来ない一つのものであるとして、一元論的に捉えるべきだとしています。
これは正しい。
また、司馬遼太郎の陽明学理解が間違っている事も指摘しています。


592:日本@名無史さん
09/03/29 21:53:51
林田氏はベースは東洋思想というより、むしろ70年代位にはやったニューエイジ運動だよね。
だからこそ分かりやすいのかも知れないけど。

593:日本@名無史さん
09/03/30 14:38:14
>>592
日本では良知説の解釈がいろいろとあるのですが、
江戸時代にも良知について、人知を超えた大いなる力という捉え方をする陽明学者がいます。
林田氏の解釈は、おっしゃるとおりニューエイジでよく言うような、人知を超えた力として良知を捉えている感じが強いですね。
現在スピリチュアルという名称で普及しているような概念にも近いところがあるように思います。
仏教で言う八万四千の法門として、若い人が陽明学に触れる入口としては良いと思います。
ただしスピリチュアルは妄想なりオカルトになりやすい面があるのでそこは気をつけるべきでしょう。

594:日本@名無史さん
09/03/30 21:23:57
おぉ、
分かりやすい解説ありがとうございます。
江戸時代も良知を人知を超えた大いなる力という捉え方があったとのことですが、
中江藤樹やその弟子筋のことでしょうか?
藤樹学は、藤樹以降、宗教的神秘的要素が増していったと聞いたことがあります。


595:天爵堂 ◆GxL2yKkN1M
09/03/30 22:01:26
大塩平八郎の『洗心洞サツ記』には、「致良知」と共に「帰太虚」が説かれています。
読んだのが大分前なので、少し間違いがあるかもしれませんが、大塩は「太虚」と言う気の分散した状態を良知の本体と理解していたはずです。
因みに、「太虚」と言う概念自体は、本来、道教の概念ですが、張横キョ(キョの字、携帯につき変換不可)が自説に取り入れていた様です。
陽明学は唯心論的と言われますが、大塩は太虚を説くに当たり、時に物理的、唯物論的とも思える様な表現をしていた様に私は記憶しています。
陽明学に興味のある方なら、一度、『洗心洞サツ記』に目を通して損はしないと思います。

596:日本@名無史さん
09/03/31 02:40:11
『洗心洞箚記』は目を通しましたが、あまり物理的、唯物論的な感じは受けませんでしたね。
張横キョはともかくとして、陽明学派で「太虚」を語る場合、
物質の構成要素としての「気」の分散状態をいうのではなく、
終始、いわば「心法」として言っているのでは?
王陽明も「太虚」に言及していますが、無心無為の「万物一体の仁」
の言い換え位に感じます。


597:天爵堂 ◆GxL2yKkN1M
09/03/31 19:54:08
洗心洞サツ記に久しぶりに目を通して見ました。
確かに、私が過去に唯物論的と思ったのはやや言い過ぎかもしれないと思いましたが、単に修養的意味合い、あなたが言う「心法」としてのみではなく、形而上的意味合いも大塩は含めていると思います。

598:日本@名無史さん
09/04/02 00:32:44
修身教授録に中江先生を一番尊敬してあるとあった
そのほか慈雲とかを褒めていたな。

599:日本@名無史さん
09/04/02 00:34:10
儒学の話で申し訳ないが
日本の儒学の正統なのは荻生徂徠って聞いたのだが
先生の著書を翻訳したものは現在では入手できないのではないかな?

600:日本@名無史さん
09/04/02 02:25:12
頭山満

601:日本@名無史さん
09/04/02 07:30:32
「凡そ小人の常、大なる事を欲して小なる事を怠り、出来難き憂ひて出来易き事を勤めず。」 二宮尊徳

602:日本@名無史さん
09/04/03 04:30:49
日本儒学の正統が荻生徂徠って、
どこ情報?

603:日本@名無史さん
09/04/04 12:10:37
諸阿修羅等居在大海辺ということを心即理を覚るうえでも注意しなければならないと思った。

604:日本@名無史さん
09/04/05 04:18:41
宮崎学の血族で読んだけど陽明と朱子って客家らしいな

605:國學院大學卒
09/04/05 13:09:26
>>602
ちゃんとググれば分かることですよ

606:日本@名無史さん
09/04/06 08:41:13
心正しかれば即ち燈明らかに
気盛んなれば即ち物正し

607:日本@名無史さん
09/04/06 08:48:27
間違えた

「気盛んなれば即ち燈明らかに
心正しかれば即ち物正し」

        春日潜庵

608:日本@名無史さん
09/04/10 08:12:26
「世の中に誠の大道は只一筋なり。
神と言い、儒と言い、仏と言う。
皆同じく大道に入るべき入口の名なり」 二宮尊徳

609:日本@名無史さん
09/04/11 08:15:00
陸澄が問う。
「静かな環境では気持ちが安定していると実感出来ますが、
少しでも事が起きると同じようにはいかず、気持ちが動揺します。
これはどういうことでしょうか。」

王陽明先生が言う。
「それは、静かな環境で自分を養うことのみを知って、
私欲を克服する努力は、していないからである。
そんな状態では、対処するべき事が起きても、
すなわち傾き、倒れるようなことにしかならないだろう。
人は必ず事の上で自らを磨くべきなのだ。
そうであればこそ自然と心は動揺しなくなり、静かな環境にも気持ちは安定するし、事が起きた動の局面にも気持ちは安定するのである。」

610:日本@名無史さん
09/04/11 22:02:02
事上磨錬

611:日本@名無史さん
09/04/12 10:41:12
吉田公平氏の伝習録を買いました。

以前、何の予備知識もない頃に伝習録を図書館で読んだことがありましたが
さっぱり意味不明でした。若干の予備知識と古典漢籍の言い回しに少しなれた今、
以前よりは理解できる気がしてなかなか嬉しいです。

陽明の学は心の陶冶と言いますが、その手がかりが陽明の言葉であるという捉え方で
読み進めてゆこうかとおもいます。



612:日本@名無史さん
09/04/12 13:23:37
「万物を生みだす宇宙の生成原理である孝が、
人間の日常生活に現れたところを手近に名付けていえば、
愛敬の二字にまとめることが出来る。
愛とは人と懇意に親しむという意味である。
敬とは上の者を敬い、下の者を軽んじ侮らないという意味である。」 中江籐樹【翁問答】より

613:日本@名無史さん
09/04/13 23:15:38
今の中国では陽明学はどういう扱いなんですかね?

文革で完全にトドメ刺された形かな

614:日本@名無史さん
09/04/15 12:08:11
最近では、儒学が見直されつつあるようですね。
 

615:日本@名無史さん
09/04/15 12:12:48
少なくとも以前のような先入観や偏見はないと思う。
もちろん、人によるだろうが。

616:日本@名無史さん
09/04/15 12:13:44
少なくとも以前のような先入観や偏見はないと思う。
もちろん、人によるだろうが。

617:日本@名無史さん
09/04/15 21:44:40
不思議なのは、現中国は儒教の国だと言われるのに、
中国人の行動形態は全く孔孟や陽明の教えと何も関わっていないように見えるということ。
例えば、タイは小乗仏教の国で、タイ人は皆敬虔な仏教徒です、と言われて、
実際に行ってみると、まあ胡散臭い坊さんも結構要るけど、確かに仏教の国だなと感じる。
でも、中国人は『同じて和せず』など、聖人の教えのマイナスを地で行く人が多い気がする。

文化大革命で思想家や知識階級は死滅してしまったのかと思ったら、
最近読んだ渋沢栄一の本「論語と算盤」にも同じようなことが書いてあった。

あの平原の大陸で、紀元前から同じ民族・文化が続くと考える方が無理が有るといえばそのとおりだが、
なんだか腑に落ちない。
春秋時代から、ひたすら『小人』の国に成り下がってきた気がする。

618:日本@名無史さん
09/04/16 22:08:20
中国では儒教は基本的に一部エリートのものだが、
民衆にはどれほど浸透していたんだろうか。

619:日本@名無史さん
09/04/18 16:37:20
中国大陸の一般民衆には儒教よりも道教のほうがやはり浸透していたと思うし、
相性がよかったんじゃないのかなと。というほどには、余り道教は良く知らんけど。

朝鮮は李氏朝鮮あたりから朱子学儒教一辺倒になってしまって、しかも王陽明が
批判した朱子学理解のやってはいけないパターンにはまってしまった感じ。
理を外に求め、教条主義的になると。

そういう意味で、私欲を払い、至善たる自己の心の本体(良知)を発揮させる(致す)という陽明の学は
実践できたかどうかはさておき、日本人の質朴で清浄なものを好む感性には合ったのだと思う。


620:日本@名無史さん
09/04/20 22:12:15
>>619
日本に比べて朝鮮は縦の関係が強いのでしょう。
儒学の中にあって横の繋がりの強かった陽明学が朝鮮ではあまり受け入れられなかったのはわかる気がします。
陽明学はもちろん孝も忠も重要視するけど、それを教条的絶対視しないことで、
孝や忠を自らの利益のために悪用する人間を防いでいるのだと思います。

621:日本@名無史さん
09/04/21 01:08:03
>>617
あれだけの多民族が混在している巨大国家だということもあるだろうし、
儒学を生んだ国ではあるけども、
韓非子の法家の思想や孫子の兵法を生んだ国でもあることをお忘れなく。

622:日本@名無史さん
09/04/25 15:10:53
『心の本体は至善』と『無善無悪説』がどうしても矛盾があるように思えて、腑に落ちません。
どなたか、未熟な私に解説をお願いします。


623:日本@名無史さん
09/04/25 21:45:47
>>622
そこはまさに天泉橋の問答で語られたところですね。
陽明学に左派と右派が生まれたことのヒントが、天泉橋での王龍渓と銭徳洪の四句教の捉え方の違いにあるのでは?

624:日本@名無史さん
09/04/28 13:39:50
常に心学の道をはなれず


625:日本@名無史さん
09/04/30 15:41:59
「動けば雷電の如く発すれば風雨の如し、衆目駭然、敢て正視する者なし。これ我が東行高杉君に非ずや」 伊藤博文

626:日本@名無史さん
09/05/04 02:11:54
たとえ雲に隠れても太陽は太陽のままだし、月は月のまま

627:日本@名無史さん
09/05/04 02:18:54
武陽陰士っていうコテが文学板を荒らして困ってます。
どうにかして下さい。ちなみにあだ名は芋姉ちゃんw

628:日本@名無史さん
09/05/05 00:19:25
「忠臣孝子とはいわゆる道義的、道徳的に解釈するから堅苦しくて肩が凝る。
しかし、本当の忠臣孝子というのは情のあつまり、情のいたれる者だと言うのです。」 安岡正篤

629:日本@名無史さん
09/05/06 00:22:40
「険夷もと胸中に滞らず、何ぞ異ならん浮雲の太空を過ぐるに。
夜は静かなり海涛三万里、月明錫を飛ばして天風を下る」王陽明

630:日本@名無史さん
09/05/06 00:26:33
陽明が竜場に流される途上で詠んだ詩ですねぇ。

631:日本@名無史さん
09/05/06 10:04:13
二十六年夢の如く過ぐ
平昔を顧思すれば感ますます多し
天祥の大節 かつて心折す
土室なほ吟ず正気の歌

橋本左内が獄中にて作った詩

632:日本@名無史さん
09/05/07 06:53:29
「箇箇の人心に仲尼有り、
自ら聞見を将(も)って遮迷に苦しむ。
而今指与す真頭面
只だ是れ良知更に疑ふ莫かれ」
王陽明「良知を詠ず」

633:日本@名無史さん
09/05/07 10:51:53
「孝を尽くせば何事もうまく処理できる。孝は東洋の道徳の根本である。」 孫文

634:日本@名無史さん
09/05/07 22:58:47
後世必ず吾が心を知り、吾が志を憐み、吾が道を信ずる者あらんか 橋本左内

635:日本@名無史さん
09/05/07 23:10:43
橋本左内、いい言葉ですね。

636:日本@名無史さん
09/05/09 11:46:31
自己の本領の是当するに因り便ち防範上に於いて疏濶にす可からず。

「自己の本領である心が正しいからといって、禁令法律などの外面的な規定を疎かにしてはならない。」 王陽明

637:日本@名無史さん
09/05/09 14:42:24
>>629
王陽明の作る詩は爽快感があるね。
颯爽とした人柄が伝わってくる。

638:日本@名無史さん
09/05/10 16:04:49
きこりは山にとり、漁夫は海に浮かぶ。人、各々の業を楽しむべし。 中根東里

639:日本@名無史さん
09/05/11 23:44:14
「出る月を待つべし 散る花を追うことなかれ」 中根東里

640:國學院大學卒
09/05/13 18:27:53
>>514
私も日本陽明学に関心があります。

このスレッドは以前から
知っていましたが、
「格物」だとか、なんだか
幾何学のような知識は
面倒で苦手なのでスルーしていました。

もう少し勉強したいと
思います。

641:日本@名無史さん
09/05/13 23:37:57
私も日本の思想から興味をもって陽明学に関心を持ちました。

幕末などの歴史小説、史伝

吉田松陰の留魂録、南州遺訓、言志四録など

陽明学の周辺関係、孫子

伝習録、孟子、論語

と時代をさかのぼって濫読している感があります。
理解はしていませんが、なぜか有る頃からか古典漢籍に面白みを感じるように・・。
昔は全く興味も関心もなかったのに、まさか自分が読むようになるとは。。
人間は不思議です。


ところで、孫子は割りと以前から読んでいるのですが、これは面白いですね。
仁だの義だの天だのという思想性を極力廃して、リアリストに徹して他のものとは
全く違う角度から、厳しくも暖かく人間性を説いている気がします。
兵書だから当然と言えば当然ですが、論語が母性ならば、孫子には父性を感じます。




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