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山陰地方の地名に多い「越」とは「百越人が移民した国」という意味では
ないのか?
山陰地方は「越の国」だ。「越浜」という地名があちこちに非常に多い。
これは「越人集団が漂着した浜」、という意味では?
「上越、越前、越後等等」、「越」との由来があることを伺わせている。
大国主命が衣食文化に極めて特化した皇祖として祭られるのも長江一帯や
江南地方文明を色濃く持った移住民だったからと言えるのではないのか。
しかし日本列島は、もともとの先住民の主体は縄文人である。縄文人は5000年
以上前から日本列島に広い範囲で住んでいた。
そこに、紀元前2000年頃から、中国大陸での政変等での惨劇から逃れるために
長江流域や江南地方の「百越」人が日本に渡ってきていたと考えるのが自然だ。
そのルートは
海路の場合はそのときの気候・海況(季節風や黒潮)や船長の航海技術、航海思想
によって大きく左右されたはずだ
1、揚子江や銭塘江の河口から海路で脱出して、琉球や九州西岸・南岸や九州北部、
九州沿岸の群島や山陰地方に漂着した場合。
2、朝鮮半島の南西部ー南部に漂着した場合
3、山東半島まで陸路か又は海岸伝いで青島あたりまできてから黄海に出て
朝鮮半島(馬韓一帯)に漂着した場合
陸路
4、陸路、遼東半島付近経由で朝鮮半島から南下
以上は仮説でなく、もはや遺伝子分布統計(DNA、Y染色体FR-02b)からも証明されてる、
といってよい。最近ではFR-02bでも更に分類されて、朝鮮半島で多く見られる
ものと日本のそれとは異なるとういう見解も出てきてる。